人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第一部 人質から始まる物語

第140話 サナリア王国の終わりが、真のサナリアの始まりとなる

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 会議終了後。
 フュンは、玉座の間に入った。
 二番目にここに入るあたりが、彼の控えめな性格を表している。

 王の席には座らずに、その隣に立つフュンは、サナリアの幹部を睨みつけている。
 王都に到着した時から、彼らをここに監禁していたのだ。
 どこにも逃げられないようにドアの前に兵士を配置して封鎖。
 フュンは彼らの事も許していなかったのだ。

 大臣やらなにやらを、自分の前に並べてフュンは話し出す。

 「あなたたち・・・なぜ、あなたたちはズィーベの暴走を止めなかった。僕にも兄として責任はありますが、そばにいたあなたたちにも責任があります!」
 「・・・・・・・」

 全員が沈黙する。

 「返事もしませんか! まあ、いいでしょう。あなたたち全員・・・牢獄に行ってもらいます」
 「「「・・・な!?」」」

 全員が同時に驚愕した。

 「親族全てまではやりません。ですが、あなたたちは全員収監します。今後サナリアを自由に闊歩することは許しません。それと、そこのあれを面倒見なさい」

 フュンが入口を指さす。
 それが合図だったようで、左右にいた兵士が扉が開けた。
 扉の先にいたのはゼファー。
 左手で桶を持って、右手でラルハンの首の後ろの襟を持って、体を引きずる。
 ラルハンの見るも無残な姿に、この場のサナリアの重要人物たちは凍り付いた。
 あの優しい王子の敵となると、あのような無様な姿に変わってしまうのかと恐怖する。

 「あなたたちは協力して生活してください。この王宮は破壊と改築をします。特別牢を中心に。ある意味一つの暮らせる家にしておきます。だからあなたたちは、そこで暮らしなさい。ちなみにその家の周りには、民たちの目が届くように壁を作りますのでね。あなたたちは常にサナリアの民の目がある生活をしてください。農業などをして、自分たちの力だけで暮らしてみてください。そこで暮らすことで、あなたたちは民の気持ちを理解しなさい。命尽きるまでその生活をするのです! よいですね。あなたたちはそこが生涯の家となります。あなたたちはサナリアの民からの監視を受け、規則正しい生活を送るとともに、民を苦しめたことを後悔しなさい」

 フュンが皆に与えた罰は民の気持ちを分かれである。
 監視付きで共同生活。
 総勢30名と一人の役立たず。
 そしてあと一人、そこに送ろうとしている。
 それは今からくるだろうとフュンが待っているとすぐに来た。
 
 「フュン! ズィーベはどこに。帰って来たのではないのですか。軍がもう来ていたのに・・息子がいないなんて」
 「カミラ・・・はぁ。あなたは・・もうわかっていなければいけない。なぜ、ここに僕がいるのか。事態を察しなければならないのですよ・・・あなたは薄っぺらい・・・考えが浅すぎる」

 偉そうな態度で息子を心配する母親。
 自分の立場を理解していない女に、フュンはため息しか出なかった。

 「誰があなたなんかにカミラと呼ばれなくてはならないのですか。私は王太后ですよ。あなたの言い方は失礼です」
 「いいえ。失礼じゃありません。なぜなら、あなたはただのカミラだ。王妃でも。王太后でもない。ここはもう国じゃない。帝国の領土となります」
 「な? 何を言って??」
 「ここはもう。サナリア国じゃない。ここは帝国のサナリア自治領です」
 「・・・え・・なにを・・」
 「こんなことになったのは、あなたと。あなたの息子と・・・そして僕のせいであります。あなたとズィーベが国を腐らせ、僕がこの国を滅ぼしました。悲しいですけど、サナリアはここで終焉です・・・・後はこれを。ゼファー。みせてあげなさい。最後の情けです」
 「はっ。殿下・・・カミラ、これだ」

 ゼファーは持っている首桶を開けた。
 そこにはもう話すことが出来ない。
 静かになったズィーベが納まっていた。

 「え?・・・え、ズィ・・・べ」

 亡骸となり首だけのズィーベ。 
 生きている頃よりも遥かに穏やかなその表情に、現世での取りついた悪魔が取り払われたように感じる。

 息子が死んだ。
 そんな事は信じられない。
 帝国を取るんだと意気込んで出陣したのが少し前。
 元気に出陣したはずの息子が、今はなぜ何も話さない存在になったのだ。
 彼女の思考は止まりかけていた。

 「カミラ・・・申し訳ないが、あなたの息子は僕が処刑しました。ですが、こうでもしないと彼は苦しみます。この反乱のこの責。それは絶対に許されない。帝国にとって許しがたい事件となります。現皇帝陛下がいかに慈悲の心をお持ちであっても、ズィーベが帝国に連れていかれれば・・・死よりも苦しむことになるでしょう。だから、僕が楽にしてあげました」

 フュンの辛く悲しそうな顔を見ていないカミラ。
 我が息子を殺した憎き仇だと睨みつけた。

 「それでは、あなたもここにいる者たちと同じ罰を受けてもらいます。シガー! シュガ。全員を捕えなさい。監視も怠らないようにお願いします」
 「「はっ」」
 
 新たなサナリアの支配者フュンに従う者たちが一斉にこの場の幹部どもを捕まえる。
 引きずられる前にカミラが睨んできた。

 「貴様、貴様が私の可愛いズィーベを」
 「ええ。そうです。私が殺しましたよ。更生は無理だと思いましてね」
 「・・・な!? 何を言って。更生? ズィーベはもう十分立派な大人でした!」
 「ええ。あなたと同じ立派な悪魔です。ああいう風に育ててしまったあなたの責は重い。その重さは本来・・・・あなたもあの姿にならねばならないのですよ。罪の重さから言ってね」

 フュンは再びラルハンを指さした。
 ラルハンの目だけが動いて、カミラを見つめると。
 見つめられたカミラの方は無残な姿からついつい目を背ける。

 「ほら。それは嫌でしょう。ですからあなたも同じところに入り、あなたは五体満足でそこで暮らしなさい。残りの人生。民と同じように生きるのです。ズィーベが出来なかったようにね。それにあなたがズィーベを殺したようなものなんですよ。だから、あなたも僕と同じく罪を背負いなさい。僕の罪は、サナリアを良くすることで償いますから。あなたは、ズィーベの分まで生きなさい。そして、後悔をしなさい。あなたの指導と。今までのあなたの生き方が。間違いであったとね」
 「な・・・な・・・あ・・」

 言葉を話せないくらいにショックを受けたカミラは気絶した。

 「それでは、シガー。連れて行ってください。こちらの方々もです」
 「はっ。フュン様。そのようにします」

 次目覚めたときは、いつもの自分が住む豪勢な部屋じゃない。
 カミラは、牢獄の中で目覚め、一生そこから這い出る事が出来ない上に、生涯民から見張られる生活を送ることになる。

 「はぁ・・・さすがに、きついですね」

 全ての指令を終えた後、フュンは玉座の肘かけに体を預けた。
 フラフラする頭を押さえているのは、今までのストレスが原因。
 激しい疲れとなって表に現れていた。

 「「「王子!」」」

 三人の女性が駆けつけてきた。
 それは久しぶりの再会だった。

 「ファイアさん。ネルハさん。ミルファさん。お久しぶりですね・・・ああ、お元気でしたか・・・そしてごめんなさい。僕のせいでハーシェさんが亡くなりました。あなたたちの大切なお姉さんが・・・僕の大切な人が・・・」
 「いいえ・・・王子」
 「そうです。王子のせいじゃ・・」
 「ないんですよ。ハーシェはあなたのために死ねたのです。本望だったはずですよ。こうしてあなたが無事なのですから」
 「いや……さすがに・・・」

 顔色の悪いフュンを心配する三人メイド。

 「「「王子!!!」」」

 息を合わせてもいないのに、同時に呼び掛けた。

 「はい」
 「元気を出しましょう。いつもの私たちで、励まします」

 ネルハがそう言うと、三人はフュンの懐に集まった。
 四人が一塊になるようにして抱きしめ合うと。

 「懐かしいですね。何かあると皆さんでこうしましたね。ハーシェさんがよくこれをしてくれましたね」
 「そうです」
 「私たちの絆の証です」
 「それにしても王子・・・大きくなられて。昔は私たちの方が大きかったのに・・・」
 「ええ。五年経ちましたからね。もう僕も二十歳ですからね・・・ええ」

 フュンの誕生日は今日だった。
 悲しい事しか起きてない誕生日に息苦しさで呼吸困難になりそうだった。
 でも、そんな状態から空気を送ってくれるのがそばにいるメイドたちだ。
 彼女らは、幼い頃から支えてくれた。
 フュンにとっての家族。
 大切なお姉さんたちなのだ。

 「ありがとう。ファイアさん。ネルハさん。ミルファさん。あなたたちがいてくれたおかげで。僕はなんとか歩けそうですよ。三人は僕の大切な家族ですからね」 
 「当り前です」
 「私たちは王子の為に生きてます」
 「ずっとおそばにいますから……ハーシェの分も」
 「ええ。ありがとう」

 ここにアイネもいればと、フュンは思った。
 四人でハーシェさんをお見送りできればと思ったのだ。

 「では。僕はまだこれからやらねばならないことをしないと」

 この後。フュンは各々仕事を終えた幹部を玉座の間に呼んだのだ。


 ◇

 「皆さん、ここからの予定を言います。たぶん僕は数日中に帝都に行かなくてはなりません。そこで辺境伯になる準備等をしないと駄目ですからね。その事で、皆さんに協力をしてもらいたい。よろしいですか」

 皆が黙って頷いた。 
 新たなる君主フュンに忠誠を誓う者しかここにはいないから、全員が従順なのである。

 「では帰る際に、ゼファー。ザイオン。両者を借ります。ついてきてくれますか」
 「わかりました」「おうよ」
 「ゼファーはそのまま僕の護衛で、ザイオンは途中の帝都まで、そこから里へ連絡を頼みます。エリナたちにこちらの情報を伝えた方がいいでしょう。里を一人で任せるのも悪いです」
 「わかったぜ。そうするよ」
 「ええ。ありがとう」

 ザイオンが了承し、フュンは話を続ける。

 「次に、ミラ先生。フィアーナ。お二人は兵の訓練をお願いします。こちらの再編させることになる兵は、八千ほどですね。ロイマンの村の軍を足せばもう万以上となる。そうなると、ロイマンだけでの訓練は難しい。そこでお二人の力を借りたいです」
 「わかってる。ある程度まで鍛えたら、頭領に渡すのさ」
 「え? あたしにか。なんであたしに!?」
 「ミラ先生は元々ウォーカー隊の指揮官ですからね。ここで完全に指揮権を持つわけではありませんから。今のところはフィアーナにお願いしたい」
 「そういうことか・・・わかったぜ」

 フィアーナが了承すると、フュンはシガーを見た。

 「ええ。それで、たまにシガーが管理して頂ければ安全かと思いますね。お願いします」
 「了解しました。フュン様」

 シガーも了承した。指示がスムーズに通る。
 フュンの際立った指揮官としての才がここにあった。

 「では、僕の代理としてシガーをここに置きます。彼の判断の全ては僕の判断だと思っていいです。責任は僕が取りますので、自分の判断を信じてください。シガー。よろしいですか」
 「はっ・・・身命を賭して、その仕事。お引き受けします」
 「ええ。お願いしますね。あとクリスも使ってください。彼の意見は貴重です。素晴らしい提案をするでしょう。いいですかシガー」
 「承知しました」
 「あ。あと、シガー。マルフェンさんたち……執事さんたちを内政の方に回してください。もうサナリアの地には大臣らもいませんからね。細かい部分を詰めるのには彼らの能力が重要だと思います。シガーの経験と、彼らの内務の能力を上手く活用してください。あと、そこのポストには外部から人を連れてくる予定なので、安心してください。今の状態は一時的なものとなります」
 「承知しましたフュン様」

 フュンはここでも人々をフル活用しようとしていた。
 今いる人たちで、この危機を乗り越えようとしていたのだ。

 「そして、サブロウ。申し訳ありませんが、ここにいる者たちの中で、影の適性がある者を選抜してくれませんか」
 「ん?」
 「サナリアにも影の部隊が必要でしょう。あの最後に現れた敵。あれらがここにも潜もうとするかもしれません。ならば、影は必要です。今後。ここは収監する場になりますし。犯罪者の収容所になると思うので、この周りの要所には影を配置して、監視を強化したいのですよ」
 「…おう。わかったぞ。やっておくぞな」
 「ええ。お願いします。僕は帝都に帰りますから。その間でお願いします」
 「うむ。おいらにまかせろぞ」

 サブロウが許可したことでフュンはほっと胸をなでおろす。

 フュンがこれからやる事。
 それはサナリアを畳むことだ。
 特にやらねばならないのは、王国の象徴。サナリアの宮殿の破壊だ。
 
 フュンはここを破壊することをすでにこの時点で決めていた。
 思い出が残っていたとしても、ここは新たな場所とならねばならない。
 それに、帝国への反逆の意志がないと、皇帝らに思わせるためにも宮殿は壊しておかなくてはならない。
 だからフュンはここをあえて刑務所にしようと思っている。
 宮殿は王都の中心部にある。
 だからここを小さくして、囲いを作り、大罪人である王妃カミラ。ズィーべの手先となったラルハンや大臣らをこの地に封じて、民からの監視の目を付け加えようとしていた。
 それは、彼らがやったことの逆。
 民たちが、王都を見張っていた兵士らの役割をすることになるのだ。
 
 これは彼らにとっては屈辱という言葉以外に何も思い浮かばない。
 好奇な目や侮辱の眼差しが、一生ついて回る悪魔の刑である。
 これほどの刑を考えたフュンのその怒り。
 空にまで飛べたのではないかと、のちのちに語られている・・・・。
 
 ここでサナリア王国は、終わりとなる。
 ここからは、彼らが中心となり、新たな時代を迎えるのだ。
 生まれ変わるサナリアの地はどのようになるのか。
 それは今後の彼の活躍によるのだろう。

 『サナリア辺境伯』

 この役職を得たフュン・メイダルフィアの手腕で決まっていくのである。
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