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第一部 人質から始まる物語

第134話 サナリア平原の戦い 想定外の戦場

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 関所前の戦いは、サナリア側の戦場が大荒れとなった。
 前方に出ていたサナリア軍のおよそ半分程の兵が、急遽できた落とし穴の中に消えて、その軍の最前線は敵の前に取り残されたような形となった。
 だからこそわかる。
 今、関所前に取り残されたサナリア軍は、今から始まるであろう敵の攻撃で、壊滅してしまうことがだ。
 それに気付くのはサナリア軍ではただ一人だ。

 ここで、前方の様子を眺めていた恰幅の良い男は、ここが好機であると軍配を掲げた。

 現在、相対している軍同士の数はほぼ同数。
 数の差がない戦となっていた。
 ならばここで、自分の手勢が僅か五百であったとしても。
 ここで仕掛けるのに意味がある。
 このタイミングこそが、サナリア軍にとっての痛手。
 あの大戦を勝ち上がった優秀な王子ならば、自分の行動の意味を分かってくれると信じた。
 
 シガーはここで思いっきり叫んだ!
 
 「今こそ・・・・今こそだ。お前たち。私たちはかなり辛抱したぞ。だからここで花を咲かせる時。ここが勝機である! 前へと押し込め! 私たちはズィーベのような外道な王の為に動くのではない。私たちはフュン王子と共に勝利を手にするぞ!」
 「「「おおおおおおおおおお」」」

 閑職のような立場にさせられて、大人しく後ろに居続けたシガー。
 でもそんな立場になっても耐えていたのはこの時の為。
 ひっそりと静かに息を潜めて力を蓄え続けていたのだ。
 
 このタイミング。
 ここに来ての裏切りは、最大限の効果を発揮する。
 シガーの忍耐強さと戦況把握。
 この二つの能力を持ってして、ズィーベを倒す好機をフュンと共に掴み取ろうとした。
 フュンは、四天王の能力を深く理解していたのだ。
 父アハトよりも深くだ。
 今がまさに四天王の本当の力が発揮される時。
 真の力に目覚めたシガーは、フュンの元で躍動していくことになる。


 ◇

 兵たちが落とし穴に落ちた頃で、ここが好機だとシガーが叫んだ直後。

 ラルハンは軍の最後方で指揮を執っていたために、落とし穴の手前で立ち止まれたのは運が良かった。
 だが、そこからでは何も出来ない。
 出来ることといえば、生き残れた手勢を率いて、おめおめと引き下がるしかない。
 ただただ逃げるだけしか選択肢がない状況。
 ラルハンは悔しい気持ちを押し殺してでも、ズィーベの元へと戻るしかないのである。
 
 「な、なんだ。兵たちが消えたぞ・・クソ、どういうことだ!」

 ラルハンは自分の兵が目の前からいなくなったことに衝撃を受けて一旦停止していた。
 自分の足元の先から、地面を見ると、抜け出せない深さの落とし穴がある。
 足があと一歩。
 ほんの少しそちら側にいればと戦慄していた。
 それに、いつの間にこんなものを作ったのだと。
 ・・・焦りが顔に出ていた。

 しばし呆然としてから自分の残りの手勢に向かって退却を叫び。
 ラルハンは、ズィーベの元まで戻ったのである。


 ◇

 戻った直後。
 本陣で待機していたズィーベは、話す前から怒っていた。
 収まらない怒りであることがその表情だけで分かるから、ここは謝るしかない。
 ラルハンは懸命に頭を下げ続けた。

 「王! もうしわけ・・・」
 「貴様ぁああああ! 何をしておる。貴様のせいで兵を失ったのだぞ・・・・貴様という奴は・・・この役立たずがぁ・・・兵数だって・・私たちが勝っていたのだぞ・・・あれではもう数が!!! 大量に数が・・・」

 ズィーベの叱責は止まらない。
 しかしそんな暇はない。
 なぜなら、後ろから彼が来るのだ!
 判断を迅速にしなければ、ここでの対処を間違えると勝負は一気に傾く。

 ここで後ろから伝令兵がやって来た。

 「王! 後方から敵が」
 「後方だと! 敵などいないはず」
 「それが、シガー様が謀反だと」
 「なに!? シガーがか。私を裏切るのか。あの男め……ふざけおって。ラルハン! お前が行け! 奴を殺してこい!」
 「はっ。今すぐ」

 戦場を行ったり来たりしているラルハン。
 これだけでも、疲労は凄まじい。
 やはりズィーベは戦場というものを知らなかった。
 持ち場という概念も。兵の疲労という概念も。
 全ては人に興味がない事から始まる事である。
 何せこれらは戦場では基本の事。
 指揮官とはあらゆることを想定して、戦いに勝つ作戦を立てねばならない。
 その内で当たり前の事。
 それは管理である。
 これが出来るようになってから、初めて戦場に出ても良いと言えるだろう。
 フュンはこういう事を五年も前に学んでいる。
 今のズィーベよりも若い時にだ。
 
 
 ラルハンは、ここで汚名返上だと意気込んで、シガーとの直接対決に向かった。
 これも良くない判断だった。
 なぜなら、裏切りの五百よりもまず目の前のロイマン軍。
 彼らをどうにかしないといけなかった。
 それに、まだ関所の脇から出てこない二つの部隊。
 あの二人が率いる軍を押さえこまなくては、勝負はあっという間に終わってしまう事に気付かないといけないかったのだ。
 ラルハンもまた戦場を良く知らない男である。
 勝負が決まる!
 その場所をいち早く理解できないようでは、戦いに勝つことは難しいと言えるだろう。


 ◇

 目の前の軍の慌てようにフュンは笑う。
 口角を少しだけ上げて、声も出さずに笑っていた。

 「素晴らしい。さすがシガー様だ。ここぞ! 今しかない! その場面。まさにベストのタイミングでやってくれましたね。シガー様は強かに狙ってくれていましたね。僕から何も指示を出していないのに、ご自身のお力で今の勝機を掴んでくれた。さすがです。素晴らしい!」

 何度もシガーを褒めるフュンは次の指示を三人に出す。

 「では行きます! 軍を三手に分けて敵に当たります。ロイマンさんは目の前の落とし穴の前にいる兵を三千で蓋をしながら圧迫してください。押し込んで落とし穴に落としても良いです。どの策を取ってもいいので蓋をするのです。ロイマンさんなら簡単にできるはずです。お願いします!」
 「はい。わかりました。お任せを! 押し込みます!」

 ロイマンが返事をすると軽くフュンが頷く。
 指示はまだ続く。

 「そしてシュガ殿が左。ゼファーが右で、敵の本陣に食いこんでください。おそらくシガー様は二人の攻撃と連動してくれますからね。それで一気に叩いてサナリア軍を消し去ります。シュガ殿。ゼファー! 出撃してください!」
 「自分にお任せを」「はっ。殿下!」

 フュンは関所にいる全軍五千に出撃を命じる。
 ロイマン軍は真っ直ぐ進軍して、落とし穴前にいる兵らを押し込む。
 ジリジリと詰め寄っていき、相手を後退りさせることに成功した。
 ここはロイマンが一枚上手であった。
 もしここで、一気に攻撃を仕掛けていたら、サナリア軍は最後の抵抗をしてくる可能性があったのだ。
 ロイマンは戦場に出る兵士の気持ちを理解していた。
 彼が帝国人であったことがここに来て、活かされた形となった。


 そして、関所の第三馬防柵の左からシュガ、右からゼファーが出撃。
 弧を描くように敵に向かって行く。
 
 二人の部隊が敵に突撃すると、戦場で一撃で総崩れなど滅多に起こることもないのに、実際には防御を固めるのが困難になっていった。
 サナリア軍本陣は、襲い掛かってくるシュガとゼファーの猛攻を止められない。
 彼らの軍の勢いは、千ずつであっても、その勢いは天にも昇るものだった。
 一挙に敵を粉砕していく。
 ここにシガーの五百の兵も加味されて、しかも彼の兵たちは、相手の陣を的確に攻撃していたようで、サナリア軍は三つの部隊によって小さく丸くなるように包囲され始めた。
 
 もうこの勝負は、あと数分で終わる。
 誰もがそう思い始めた時。
 フュンは思いもよらない出来事に出くわす。


 ◇

 やや高台になっている関所から下の戦場を見守るフュンは、数十名の仲間たちと共に勝利を確信していた。
 目の前の包囲戦。
 ゼファーが包囲戦の仕方を勉強しているのは当然だが、シュガとシガーもこのような陣形の勉強をしていたらしい。
 さすがは情報部の人間。
 帝国の戦い方を一人で分析していたらしいのだ。
 入念に独学で学習しているあたり。
 シガーは、サナリアの四天王の中でも最も優秀な男である。

 
 「どうやらここで終わりそうですね・・・ん!?」

 何かの音が後ろから聞こえて、それと同時に苦しむ声も聞こえてきた。

 「王子! にげ・・」
 「え!?」
 
 『ド、バタ。バタバタ・・・・・・』

 護衛兵たちの声を聞いて振り向いたフュン。
 後方で待機していた十名ほどの兵が一気に倒れていた。

 「なに!?・・・・敵襲!? どこから!?」

 手の甲。肩。頬。首筋。舌。
 体のどこかに蛇の紋章をつけた五人の兵士が、フュンの背後に静かに忍び寄っていた。
 フュンの戦いは、勝利から一転して最大の危機へと変わる……。
 
 「それにあの蛇・・・あの刺青は・・」

 彼は大陸の闇とも戦わなければならない運命なのだ。

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