上 下
133 / 358
第一部 人質から始まる物語

第132話 サナリア平原の戦い 弓のフィアーナが飛躍する

しおりを挟む
 赤い狼煙を確認したフィアーナは、関所付近のユーラル山脈から出撃した。
 彼女の狩人部隊二千は、関所の脇にある北のサナリア山脈と南のユーラル山脈の中で半分ずつになって、敵の両翼を攻め込むために待機していたのだ。
 フィアーナの部隊だけは騎馬部隊である。
 
 『こちらからはタイミングだけをお知らせしますからね』

 とだけ言い残された形のフィアーナ。
 具体的な指示をフュンからはもらっていなかった。
 それはなぜなのか。
 彼女には、下手に策を残すよりも自由にやらせる方が良いとのフュンの好判断があったからだった。
 
 フュンの考えの通り。
 フィアーナは、戦いの場面での勝機を嗅ぎ分ける強さがあった。
 戦争の全体像を完璧に把握しているわけじゃない彼女だが、持ち前の勝負勘を頼りに戦いに出て行くことになる。
 的確な行動を勘で導き出す野生児であったのだ。

 「おっしゃ。王子の合図が来た。相手の側面だけを潰すぞ。いいな。それが勝機だ。皆! あたしに続け!」
 「「おおおおおお」」

 
 ◇

 突如として戦場に現れた二部隊の弓騎兵は、サナリア軍の本陣の左翼と右翼に近づく。
 でもなぜか近づくだけに留まっている。
 つかず離れずの立ち位置。
 手が届きそうで届かないそんな距離感でフィアーナの軍は敵の側面に入る。
 敵の背後にも入らずに、ただただ側面だけを走り続けている。
 敵軍の側面後方に行っても、フィアーナの部隊はクルッと反転して、敵軍の側面前方に折り返して走る。
 その行為は、ただそこをうろちょろしているように思うだけなのだが、サナリア軍としては、心理的に兵の圧力を感じる状態となっていた。
 彼女の部隊の微妙な配置と絶妙な距離感のせいでそう思う状態となっている。
 現に相手の意図がよく分からないサナリア軍は、敵への対処もせずに、両翼で動きを止めてしまっていた。

 「よっしゃ、お前らは緩く斉射し続けろ。あたしが狙い撃つ!」

 フィアーナの弓騎兵らは、矢を一斉斉射。
 彼らは矢を平行には撃たず、上から降ってくるような形に矢を放っていた。
 山なりの軌道を目指し、放たれた矢は敵の頭上にふんわりと降り続けていく。
 威力がさほどない攻撃に敵が一安心しているのはいいものの。
 誰かこの狙いを探るべきであろう。
 彼女の意図を知っておけば、何か対処が出来ていただろうに、彼らは深くその事を考えなかった。


 ◇

 フィアーナの鷲のような目が、敵陣を捉え続けている。
 馬上からの索敵でも、敵の表情までしっかり見えていた。

 「どれだ・・・動きで分かるぜ・・・・・あいつ。あいつ、んで、あいつか」

 フィアーナの人探しは、敵軍の小隊長クラスの人物だけ。
 彼女は倒すにも、むやみやたらと倒してはならないと考えていた。
 狩りの基本の一つ。頭を倒す。リーダー格を失えば、その群れは混乱状態になる。
 だから、小隊長を狙っているのだ。

 降り注ぐ矢の中で、周りに指示を出すものが現れていく。
 簡単に対処の出来る攻撃でも、やはり隊長クラスが指示を出しているようだ。
 だから彼女は狙い撃つ敵を見極められた。
 矢を三本。
 背中から取り出したフィアーナは弓を構える。

 「よっしゃ、いくぜ!」

 フィアーナ得意攻撃の強弓『三連矢』
 通常よりも硬い素材の弓を使用しているフィアーナは、一本の矢の威力がとても高く、鉄すらも貫いてしまう。
 さらに同時に三本まで斉射が可能で、その上で正確無比で威力が同じ。
 サナリアが誇る遠距離最強の弓兵であるのが弓のフィアーナだ。
 なぜかは知らないが、こんな優秀な人物をいらないと言った王が、どこかに存在しているらしいのです。
 そいつは、よほど間抜けな王だろう。
 この強さをいらないとは……本当に信じられない。
 馬鹿だけの罵りの言葉だけでは足りないような気がするのである。

 「貫け。ついでに混乱しな!」

 フィアーナの正確な矢は、敵の左翼の隊長クラスを次々に撃破していく。
 そしてこれと同時に、フィアーナの反対側を担当している狩人部隊も、サナリア軍右翼の兵を少しずつ削っていた。
 彼らには彼女のような攻撃は出来ないので、攻撃を前方に集中させて、地味に削っているのである。
 

 ここから小隊長クラスの人間を失ってしまったサナリア軍左翼の混乱ぶりは相当なものとなる。
 一人一人の兵を統率することが不可能な状態になっていくことで、こういう事態になれていないのが、ハッキリとフュンらに分かられてしまう。
 立ち止まったり、急に前に出たり、逃げ惑ったりと、色々な行動を起こしていて、規律のきの字も見当たらない動きをフィアーナの前で披露していた。
 
 だから、この混乱状態を立て直すために、内部の方から隊長クラスがきた。
 それもまた狙い撃ちされてしまうわけだが、立て直すことに集中してから時が経つこと数十分。
 ズィーベの指示であるかはよく分からないが、サナリアの両翼はフィアーナに一本釣りされてしまう。
 両翼の数小隊が彼女の軍を追いかけ始めると、ちらほらと続いて兵士たちが雰囲気に流されていき、どんどんと彼女を追いかけ始める。

 ここで、機転を利かせたフィアーナは、今と同じように矢を放ち続けるよりも、この兵士たちを引っ張ることに決めた。
 全速力でサナリア軍の後方よりも更に後ろ、サナリア王都の方向に移動を開始。
 するとその予定にはない行動を取っているフィアーナに対して、反対側にいるフィアーナの軍もどう行動を起こす。
 あたしと同じように鏡のような動きをしろと、あらかじめ伝えているので、アドリブで彼女の部隊と全く同じ動きをしたのである。
 さすがはフィアーナの軍。
 鋭い勘を持ち、その場に対する理解が良いのだ。
 敵を倒す方法が豊富な狩人たちである。
 両翼のフィアーナ軍が、敵を引っ張った数は自分たちの二倍。
 約4千の兵である。

 彼女は狩人らしく、おびき寄せて戦う。
 これこそが、したたかに生きる狩人たちの底力だ。

 「いくぞ。お前ら! あたしに続け!」

 ここで彼女が凄かったのは、最初は全力で走破したのだが、途中から追いつけそうで追いつかない微妙な速度で走ったのである。
 これにより、引っ張られた兵たちが最後までフィアーナの軍を追いかけてくるのだ。
 途中敵が疲れ始めたのを見極めて、フィアーナらは減速を開始。
 矢を少しだけ放ち、兵を少しだけ削る。
 そうなると、敵兵たちはフィアーナの部隊を追いかけずに、後ろに引くことも出来ないことが確定するために、このまま走って追いかけるしか選択肢がなくなったのだ。
 引いても駄目。押しても駄目。
 どうしようもないから、前に行くしかない。
 正しくそれは、勝機がない状態での追いかけっこである。

 この巧みな戦術は全て、彼女のアドリブ。
 彼女の野性的勘による行動だ。

 「いいか。これを繰り返して、サナリアの王宮を目指してもいいぞ。あいつら、あたしらの倍くらい来てんだろ。そうなりゃ、王子たちも戦いが楽になるはずだ。あたしらは、兵をゴリゴリ削るって、このまま兵を引っ張るぜ。皆! いくぞ。ついてこい!」
 「おおおおおおおおお」

 フィアーナは引っ張った兵を一つにしようと、左右軍を合流させる動きをした。
 サナリア軍のはるか後方になった瞬間に、二つに別れていたフィアーナ軍は合流し、そのままサナリアの王都を目指して走った。
 これにて、四千の敵兵は意味もなく戦場から離脱となる。
 彼らが戦わないといけないのは関所にいる相手だと言うのに、急遽現れた弓騎兵に気を取られて、戦うべき相手を間違えてしまったのである。
 これもそれも、サナリア軍は戦というものを知らなかったのだ。
 甘い。指揮官もその兵士たちも。
 フュンはそう思っていただろう。

 
 そして、彼女の策略の良き点。それは中央軍の小隊長クラスを引っ張った事。 
 これで相手の指揮命令系統に不安を残す結果となったのだ。
 でもこれら全てがフィアーナの勘による行動のおかげであることが驚愕の事実である。
 戦いに対する良き感性と、山育ちでの命のやり取りの感覚の鋭さ。
 そして勝負所を嗅ぎ分ける狩人。
 それが『弓のフィアーナ』
 戦場で自由を与えられたことで、空へと羽ばたいた彼女は、ついに自分の真の力を発揮し始めた。
 その力に気付いたのは、王アハトではなく。
 その息子『フュン・メイダルフィア』である。
 だが、まだ彼女の実力には先がある。
 ……本当の意味での飛翔の時は近づきつつあるのだ。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

弟のお前は無能だからと勇者な兄にパーティを追い出されました。実は俺のおかげで勇者だったんですけどね

カッパ
ファンタジー
兄は知らない、俺を無能だと馬鹿にしあざ笑う兄は真実を知らない。 本当の無能は兄であることを。実は俺の能力で勇者たりえたことを。 俺の能力は、自分を守ってくれる勇者を生み出すもの。 どれだけ無能であっても、俺が勇者に選んだ者は途端に有能な勇者になるのだ。 だがそれを知らない兄は俺をお荷物と追い出した。 ならば俺も兄は不要の存在となるので、勇者の任を解いてしまおう。 かくして勇者では無くなった兄は無能へと逆戻り。 当然のようにパーティは壊滅状態。 戻ってきてほしいだって?馬鹿を言うんじゃない。 俺を追放したことを後悔しても、もう遅いんだよ! === 【第16回ファンタジー小説大賞】にて一次選考通過の[奨励賞]いただきました

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

処理中です...