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第一部 人質から始まる物語

第129話 神出鬼没のウォーカー隊

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 帝国歴520年4月25日。
 イーナミア王国の三方面作戦の本命。アージス平原の戦いにて。

 「こ、これは。大戦以上の圧力・・・・」
 
 戦線はスクナロの本陣が戦うラインまで到達。
 つまり最終防衛ラインに近い状態になっていた。
 スクナロは絶対絶命のピンチに陥っていたのだ。
 
 多方面戦争でアージス平原を担当しているターク家。
 当初。帝国側の予定では、王国の兵が多方面に配置になった分、王国よりも兵がいる帝国の方が人数で有利になるのではないかと、予測していたのだ。
 だからこのアージス平原の人数差もこちらが有利となるはずだったのだが・・・。

 実際のこの戦場は、敵が9万。ターク家が5万。
 二倍近くの兵力差が生まれていた。 
 それはなぜかというと。
 ミランダとジークが予想した通り、相手の戦力がアージスに集中していたからである。
 
 ジークの前にいた兵士らは、船を多く並べることで、実際の兵数が少ない事を隠して、水増しをしていたのだ。
 数万以上の兵がいると見せかけて、実際は多くとも二万の兵士がいたと思われる。
 これは予測に過ぎない。
 なぜなら船を全て燃やし尽くしたためにどれくらいの規模の兵数が乗っていたのかわからないからだ。

 だから数を多くみせる作戦によって、子供騙しの小細工船団が、ハスラに向かうか、リーガに向かうかで帝国は右往左往。
 これがネアルの仕掛けた罠で、見事に帝国に突き刺さったのだ。
 ダーレー家の3万。ドルフィン家の5万。
 これらが自らの領地に待機したことで、一番重要な戦場アージス平原に対して援軍を送れぬ形となってしまったのだ。


 戦力差を作ってしまったこの絶望的な戦場でも、タダではやられまいとして、スクナロは徹底抗戦していた。
 数の不利を逆に利用して、軍を細かく分けて移動しながらの小規模の戦闘を繰り返しては引きの戦いで、この戦いを乗り切っていたのだ。
 ここに戦上手のスクナロの好判断があったのだ。
 その結果。
 英雄ネアルをもってしてもすぐには帝国軍を仕留めきれずに、時間をかけての前方方面の大包囲戦に持ち込むしかなかったのである。
 背後を囲う事が出来なったのはスクナロ軍の強さに押されたからである。
 彼らは個々人がとても強く、そう易々とは後ろは取らせないという動きをしたのだ。
 ネアル軍は4万を減らして、スクナロ軍は1万を減らした。
 
 これだけでも大奮闘の結果だ。
 しかし、時間が経てば兵の差は、戦いの差へとなっていく。
 さすがのスクナロでも、兵力差を覆せずに絶体絶命のピンチを迎えていたのだ。

 「ハルク! ここまでかもしれん。お前の軍を後ろに運んでヴァーザックと合流して防御に回れ。ビスタさえ、抜かれなければ、後は……帝国の他の家に託すしかない」
 「いいえ。殿下。私は最後までお供しますよ。この命最後までですよ。ははは」
 「そうか・・・すまん」
 「いえいえ」

 背筋が伸びている男性ハルクは、スターシャ家の当主。
 サナの父にして、帝国軍の大将格であってもおかしくない人物だが、スクナロを敬愛しているために、戦争時の基本は彼の副官を務めるのである。
 義理堅く武人気質の男性がハルク・スターシャという漢である。

 「殿下。最後にどうしましょうか」
 「うむ・・・そうだな。どうせ消えゆく運命ならば、相手の顔でも拝んでいくか! それで散るのも一興だろ・・・どうだハルク!」
 「ははは。それは勇ましいですな。ではやりましょうか。何人斬りましょうかね。殿下、私と勝負でもしましょうか?」
 「ガハハハ、流石だハルク。お前ならそう言うと思ったわ。よし、いくか!」
 
 絶体絶命。だけど二人は晴れやかな気持ちでいた。
 散り行く時も派手に逝く。
 それがこの武人気質の将軍の二人の心情だった。

 二人で目の前の敵陣を見て笑うと、後ろに人の気配がした。
 二人は一緒になって振り向く。
 すると袴姿の男が歩いてきた。
 警備の厚い本陣なのに、その男は堂々と一人で登場してきた。

 「何者!」
 
 ハルクが剣を構えると、サブロウが下駄を鳴らしながら歩く。

 「ほいほい。おいらに剣を構える時間なんてもったいないぞ。止めときぞ。うんうん」
 「では、何の用だ。不審者じゃなさそうだが」

 スクナロは剣も構えずに堂々と立って聞く。

 「おお。あんたは話が早そうぞ。ならあんたがスクナロぞな。その風格は・・・流石だぞ」

 サブロウはスクナロを見上げた。

 「ああ。そうだ。俺がスクナロだ。貴様は誰だ?」
 「おいらはサブロウ! 援軍を知らせに来たんぞ」 
 「援軍だと!?」
 「嘘をつくな。殿下。こやつは怪しい。本陣に勝手に来て。嘘をついているのでは」

 ハルクの言葉で、サブロウは頬を膨らませた。

 「ああ。帰ろうぞな。味方に疑われるなら帰ろうぞな」

 両手を頭に置き、こいつはもうお手上げだと帰ろうとした。 

 「待て。貴様・・いや、貴殿が伝令係だと。では援軍とはどこの軍だ!」
 「お嬢の軍ぞ。まあ、お嬢って言うよりもミランダだぞ」
 「お嬢??? 誰だ??? しかしミランダは聞いたことがあるな・・・そうか。奴か。混沌の奇術師か!?」

 お嬢はダーレー家でしか通じない。
 皇帝の子らには、シルヴィアか戦姫として言わないと分からないのである。 

 「おうぞ。で、あんたならタイミングを合わせられると思ってるぞ。おいらが知らせとけば安心かと思って、ミラがこっちにおいらをよこしたぞ」
 「タイミング・・・?」
 「ああ。あんたのその顔。やっぱ内容を知りたいぞな。ええ~。援軍はこの軍の背後から五千。んで、奴らの背後からも飛び出てくるぞ。そのタイミングで前進を頼むぞ。挟撃ぞ!」
 「そうか、わかった。助かったぞ。貴殿と、ミランダにな」

 混沌の奇術師カオスマジシャンは奇策を使う。
 だから突拍子もない提案を素直に受諾したスクナロだった。

 「おうぞ。礼は出来たら、坊主に頼むぞ」
 「坊主?」
 「フュンぞ。あやつなら助けられる人がいるならば全力で助ける。だからおいらたちも動いたのぞ。皆がそういう意思になったのもあやつのせいだからだぞ。はははは」
 「そうか。あの人質王子か・・・わかった。ここを乗り切ったら、恩は奴に返そう。前の恩も合わせて返さねばならないからな」

 スクナロは、サブロウと会話した後。
 全力でその場を死守した。 
 そしてサブロウの言ったとおりに後ろから援軍五千が到着した後に、少しだけ敵を押し込むように前に出ると。
 その数十分後に敵軍の背後からオレンジ色の閃光が現れて、大規模挟撃戦となったのである。
 そして。


 ◇

 「ブルー。私たちの背後で軍を指揮しているオレンジの髪の女は誰だ?」
 「たしか。特徴から言ってミランダという帝国の軍師かと」
 「なるほど。軍師か・・・うむ。背後に軍を出現させるとは。これはいったいどこからだ。この戦場では、それは不可能なはずだ。私と相対している軍が別れて現れるのはな!……ん。待てよ。そうか、なるほど。こいつらは軍じゃないな。何かの策で、王国のどこかの都市に潜んでいたのか。それで、一気に我々の背後を攻撃してきたな。また奇策に敗れるか。私は……ああ、面白い。面白いな世界は!! ここはもう一度再戦だ。しばし軍を立て直す。次の為に退却するぞ」
 「はっ」

 自分が不利となっても楽しそうに微笑むネアルは、王国軍に退却を指示した。
 その退却中。
 奇術師ミランダと英雄ネアルは、互いの本陣には手を出さずにすれ違った。

 「あの女が・・・ミランダか。覚えたぞ」
 「あいつが・・・ネアル。風格がありすぎのさ。よくフュンは、こいつの軍の正面に立てたな」

 英雄と奇術師は互いの強さを認識した。
 次会った時は必ず勝つ。
 この思いを持って互いに国へと帰っていった。

 こうして、消耗戦となったアージス平原の戦いは、両者痛み分けとなって、終結したのである。
 帝国としては敗北と捉えてもいいが、ダーレー家としては勝利の結果となる。
 なぜなら、スクナロに恩を売ったというのが後々に効いてくることが明らかだったからだ。
 今回の帝国対王国の戦いは、フーラル川の海戦での勝利、そしてアージス平原では敗北という形になった。
 これで両者の戦いは一勝一敗となり、ここでもまた引き分けの形となる。
 拮抗する二つの超大国。
 しかし、このままの帝国では危険である。
 これから力をつけることが出来る王国。これまでのせいで力が割れている帝国。
 両国の力の差はここから開くことが決まっていた。
 
 そして、まだ・・・。
 帝国には危機が残っている。
 それは帝都の危機だ。
 帝国に迫ろうとするサナリアの軍がまだ健在なのだ。
 戦いの舞台は、サナリア平原に移るのであった。
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