人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第一部 人質から始まる物語

第123話 サナリアの民はどちらを選ぶと思う

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 「そうなると……作戦を変えましょう。一か八かじゃない。確実に勝つための戦略を練り直します。時間を少しもらいますね」

 目を閉じて数分後。
 フュンの思考は、不純物がなくなったように、透明で透き通っていたらしい。
 湧き水のように次々と考えが頭に浮かんでいた。

 「整理しましょう。まずシュガ殿。ズィーベが移動するのはあとどれくらいでしょうか。シガー様から詳しく聞いていましたか?」

 フュンは冷静になった頭で作戦を再構築させる。
 無理のある戦いではなく全員で勝ちきる作戦をもう一度練り直すため、一から情報を整理する。

 「はい。おそらくですが、進軍は三週間……20日前後だと思います。自分たちが王都を出る前に、一か月後に帝都決戦だと父が言ってました」
 「なるほど……ではまだズィーベの軍は動かないとみていい。そしてゼファーの動きで遅く出来るかどうか……んんん。いや、この考えは駄目ですね。こちらの軍の主力となるゼファーの部隊を活用しておいて、この争いが相手次第になるのはよくない。主導権をあちらに譲るような形ではいけません。主導権はこちらが手に入れなくてはなりません・・・ならば。フィアーナ!」
 「なんだ?」

 独り言に近いフュンの話はいつもの物事を考える時の癖が出ている。
 その状態が出ているということは、いつもに近い状態なのだ。
 非常に良い精神状態に戻っていた。

 「木々の伐採をお願いしたい。フィアーナの兵だけではなく、村人の中で木こり職人はいますか。大量に木が必要なのです」
 「いるな。あたしの兵よりも、ベテラン共がいるぜ。ジジババどももいるし」

 フュンは、次にロイマンの方に顔を向ける。

 「よし。ではロイマンさん。村には建築などの職人さんがいるんですよね?」
 「ええ。います」
 「ならばその二つを活用して、ある場所に馬防柵を作りたい。そしてもう一つ。大規模工事をしてもらいたいです。いいでしょうか」
 「え? あ、はい。俺たちは戦いではなく? 建築するんですか? ど、どこに」
 「はい。場所は今から言いますが。一つ忘れないでいて欲しい言葉をあなたに言っておきます。これからあなたたちが作るものは、この戦いを左右するものなんです。ですから、そんなに心配そうな顔をせずとも、戦争には大貢献してもらいますよ。自分たちだけが『のけもの』なんだなんて、不安に思わないでほしいですよ」
 「は、はい。わかりました」

 フュンは、ロイマンの表情で思考を読み取った。
 協力したいと言ったのに、自分が活躍する場面はないのではないかと。

 「ええ。いいですか。この力はですね。戦いを決するほどの物なのです。さらにロイマンさんたちには戦いでも兵力として力を借りますからね! 安心してください。僕はしっかりあなたたちを頼りますからね! 皆さんの好意に甘えるって決めましたからね! それでは、サナリアの地図をお願いします。僕の計画はこうです」

 ロイマンから地図を貰ったフュンはサナリア周辺の地図に青いペンでいくつかの目的地の経路を書き記していく。
 木々の運搬用の道筋と、建築家や木こりの護衛など道のりである。

 「はい。どうでしょう。フーナ村というのは、ベストな位置にあります。それは、ちょうど南下すれば、サナリアの関所に辿り着くのです。そして、僕らは、ここに城を築きます」
 「「「は!?」」」
 「皆さんが驚くのも無理もないですが、ここが最適。この中で実際に関所に行ったことがある人はいますか?」
 
 皆が首を横に振った。
 シュガは王都育ち。
 フィアーナは山育ちで王都までは行っているが、関所が出来てから西側に行ったことはない。
 ロイマンは関所を通らずに、フーラル山脈からサナリアの地に入って来たので、関所を見たことがなかった。

 「そうですか。実はですね。この関所。少しだけ高いんです。高さがあるんですね」
 「地面が高い?」
 シュガが聞く。
 「ええ。まあ、こちら側ですね。マールダ平原の方が標高が高いって言いかえた方がいいですかね。僅かなんですが、傾斜がついているのです。ちょうどここらへんの位置に立てば、関所を見上げる形になるんです。てことはですね。籠城するのにベストであると思うのです! これで僕らは、防衛戦争として戦いを有利に運ぼうかと思います。ここで防衛戦争となれれば、こちらの数が不利であっても十分に戦えるんですよ。あと、そもそもですね。関所の向こうにサナリアの兵を通さなければ、僕らの国は消滅しないで済むのです。だから、これで分かりやすくなったでしょう! うんうん!」
 「ははは。確かにな。まどろっこしいのがなくていいな! その関所をぶち抜かれたらあたしたちの国が死んで、そこを守りきったらあたしらの勝ちだな。いいな! めっちゃいいぜ! 簡単だ!!」
 フィアーナが腕を組んで笑っていた。
 「ですが、それで城とは?・・・」
 ロイマンが聞く。
 「ああ、そうでした。そうでした。話を戻しますね。城というよりも作りたいのは砦ですかね。簡易に築いて防衛戦争にしようと思ってます。こちらの軍はとにかく数が少ない。ならばいくら策を用意しようとも平地戦でぶつかり合えばあっさり負けます。中には素人もいますしね。それと先生程ではないですが、僕の混沌を使っても、皆さんの力を最大限まで引き出せないですしね。あれはウォーカー隊でしか使用できない技ですしね。あれは・・・ね」

 フュンは仲間たちの顔が浮かんでいた。
 荒くれ者の皆の笑顔が次々と出て、銀の輝きを持つ愛しき彼女の顔が最後に浮かぶ。
 大好きな人たちと愛する彼女の為に、負けるわけにはいかないのである。

 「ああ、そうだ。すみません。話しを中断しましたね。また話を続けます。ここに色んな物を準備するには、僕の予想だと、たぶんクリス殿が重要になります。クリス殿にこの経路管理をしてほしい。村民の安全確保、木の運搬、人の管理などですね。あとはこの場所! ここの工期の微調整などもです。彼なら出来ると思うんです。僕は彼の才を信じてます!」
 「・・・ほうほう。ふんふん・・・・そうだな。ちょっと初ジャンルな部分もあるが、あいつなら出来るかもな・・・」
 「そうでしょう。ですからフィアーナから指示をお願いしますね。僕からもするかもしれませんが」
 「ああ。任せろ。あいつにやらす」

 フュンとフィアーナが頷き合う。
 あの男ならば絶対にやり遂げるであろうと。

 「そして、ここで重要な事を追加しますね。シュガ殿」
 「はっ。王子」
 「あなたにこの関所周りの警備をしてもらいたい。フィアーナが連れてきた兵の数百名を率いてください。もし関所付近に偵察に来たサナリア兵がいたら、追い払うのではなく、捕まえてほしいんです。相手にこちらの全容を知られたくない」
 「わかりました。やり遂げます」
 「はい。でもズィーベの頭ですからね……果たしてここまでの警戒するのか……んんん。まあ、念のためにやりましょう。僕ならば、警戒をします。自国内の移動であっても細心の注意を払って、一番最初にここの下見をしますがね。ズィーベはもしかしたらやらないかもしれないですね」
 「しないかもな。あいつ馬鹿だしな」

 フィアーナが椅子の背もたれに寄りかかりながら答えた。

 「ええ。あの子は軍の長としても才がない。それは師であるラルハンも同じでしょう。今頃。ゼファーに苦戦しているでしょうしね。そうだ。ゼファーに伝えてほしいことがありますね。フィアーナ、一週間後にここから伝令兵を出して、ゼファーに撤退せよと伝えてくれますか」
 「おう。任しとけ。でも一週間でいいのか? 今すぐじゃなく」
 「はい。ある程度嫌がらせをしないといけません。しばらくはやってもらって。あとはこっちで最終決戦をします。その前にゼファーが率いている兵の体力回復を優先させてあげたいので、タイミングはそのくらいがベストです。そして僕らは、この地で決着をつけたいと思います」
 
 フュンは地図にある関所を指差して宣言した。
 ここで戦って、ここで勝つと。
 必ず弟を倒す。
 人差し指が強く地図を押していた。


 ◇
 
 フュンは赤いペンを取り出して、関所の周りに何かを書き始めた。

 「こういう形で、こんな風に設置して、ここにこれを用意して、それで罠に嵌めて、そこから、こちらとこちらから出撃で包囲戦へと移行ですかね。たぶんこれに沿って動けば、ズィーベの軍を粉砕できます。どうでしょう?」
 「なるほど」 

 ロイマンが深くうなずくと、他の二人も了承した。
 フュンの策はすでに頭の中で出来上がっていたらしく、あとはもう砦にする工期が間に合うかどうかであった。

 「これは、なんとしてでも、間に合わせなくては。村を総動員させます。今からやりましょう」

 ロイマンが意気込む。

 「ありがとうございます。あと、ロイマンさん。ロイマンさんの軍は、フィアーナから訓練を受けた方がいいでしょう。彼女から手ほどきを貰えば、二千人近い子たちが、短い期間ですがある程度まで成長して戦えるようになると思います」
 「そうですね。それはいい。フィアーナ様よろしいでしょうか」
 「おう。もとより、あたしもそう思ってたとこだ。クリスに指示を出したら、あたしはそっちに向かうぜ」

 フュンたちは、皆で協力しあい話し合う。
 人と人の繋がりで、準備するべきものが整っていく。
 最後にフュンが全員に向かい。

 「それでは、勝ちましょう。この手に勝利をではなく、サナリアに自由を掴んでもらいます。ズィーベを倒してしまえば、それが出来ます。皆さん、僕に力を貸してください」
 「おう」「「はい!」」
 「では・・・僕らはサナリアと戦います! 必ず勝ちます!」


 今より始まるのは、サナリアの英雄アハト・メイダルフィアの子。
 フュン・メイダルフィアと、ズィーベ・メイダルフィアの二人によるサナリアの命運を賭けた戦いである。
 どちらが勝ってもサナリアは消えゆく運命ではあるのだが………。
 どちらが勝てばサナリアの民が幸せになるのかは、火を見るよりも明らかである。
 運命の決戦まで、残りあと僅か。
 
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