人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第一部 人質から始まる物語

第112話 太陽をもう一度

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 人の噂は。
 鳥が飛ぶよりも。
 魚が泳ぐよりも。
 馬が駆けるよりも速い。
 なんて誰が言ったか分からないが。
 本当に噂というのは一瞬で人々の間を駆け巡っていくらしい。
 フュンが捕まったその日の昼から噂は走り出していた。

 「明後日、王子を処刑。アハト王の死の原因はフュン王子である」

 この噂が、サナリアの王都中を疾走していく。
 

 ◇

 サナリアの市場。
 とある八百屋ととある果物屋の間で隣同士の店主は、営業時間の終わり際でこんな話をしていた。
 
 「おい。聞いたか? あの王子さんがアハト王を殺したらしいぞ」
 「はははは。ありえんわ。笑い話だぞそんなもん。おまえ、それを信じられるかって話よ?」
 「…まあ、信じんわな。あの人を疑うのは無理ってもんだぜ」

 八百屋は噂を真っ向から否定した。
 幼い頃からよく知っている王子がそんなことするなんて思えないのだ。

 「王子さんって言えば。懐かしいな。ソフィア様と一緒に買い物に来てくれていた頃をよ。ソフィア様が亡くなった後のすぐにでも、気丈に買い物に来て、ソフィア様の好きだったものを買っていって、それをお供え物にしていたくらい優しい子だったんだぞ。そんな親殺しみたいな外道な事をするもんか。なぁ。お前もそう思うだろ」
 「ああ。そうだよ。王子さんはな。俺が並べている果物を見て美味しそうですね。良いお仕事をしてますね。さすがです。なんて、優しく褒めてくれた人だったんぞ。お偉い王子だったのに、偉ぶりもせずに、いい人だったもんな。そんな人がな。誰だよ・・そんな酷い噂を流した奴は、罰が当たるぜ」
 「そうだ。そうだ。天から罰がくるわな。こんなうわさ・・・・誰が……はい。そうですか。なんて納得すんだよ」
 「そうだ・・・・クソだな。こんな国は」
 
 会話の最後。二人は投げやりになっていた。
 自分たちの国はもうすっかり変わり果てているのだと、もう終わりに向かっているのではないかと絶望していた。

 
 ◇

 サナリアの宮殿。
 兵士待機所にて。 
 仲良し兵士三人組は、宮殿見回りの帰りで休憩をしていた。
 お茶を飲んでもうるさい茶髪男を中心に話し込む。

 「王子を! 処刑だって!? なんだとぉ!!!」
 「そうらしいぞ。でもサヌ。もう少し声を落とせ。ここらは今の王の兵士が多いんだぞ」
 「そ、そうだな。すまん。アンジー」
 
 アンジーが話題を持ってきた。

 「俺も聞いたぞ。王子はしかも王殺しの汚名まであるらしい」

 冷静なイールも噂を聞いたらしい。
 
 「馬鹿な!? ふざけんじゃねええええ」
 「おい。だから、声が大きいって。サヌ!」
 「す、すまん。アンジー」

 とにかく、サヌは声が大きかった。

 「・・・・・・」
 「「どうした。イール?」」

 サヌとアンジーは同時に聞いた。

 「俺は・・・動く」
 「「は?」」
 「俺は、このままじゃ嫌だ。このままなにもしないんじゃ。俺は死ぬまで後悔すると思う。王子を見殺しになんかできるか!」
 「「・・・・・」」
 
 三人で部屋の隅で話していたが、ここでイールは立ち上がった。
 
 「俺は、ここに来る時の王子とゼファーの立派な姿を遠くから見ていたんだ。王子も凄かったが、なによりもあのゼファーが・・・・数年前とは比べ物にならないくらいに、立派な従者として成長していたんだぞ。俺が言った事。覚えてくれているかわからないけどさ。俺は心から嬉しかったんだ……でも、今の俺は何も出来ずに、この部屋の片隅に・・・ずっといるなんて、耐えられん。心が! 耐えられない・・・だから動く」
 「「おい。待てよ。イール!」」
 「どうせ、お前たちも来るんだろ。ついてこい。それにもう少し人が必要だ。なんとかしようぜ。俺たちみたいな弱い兵士でも、二人の力になるんだ・・・違うな……なってみせるんだ!」
 「「おう! 俺たちだって。力になるぜ!」」

 二人はイールを追いかけて、三人となって動き出した。

  

 ◇

 王宮のメイド休憩室で。
 泣きじゃくる三人のメイドの前に立つ一人のメイドは、彼女らの顔を見ても一緒には泣かずに、真剣な顔をしていた。

 「私は戦います! 死んでも戦います。こんな国なんかよりも。私は王子が一番大切なのです。ですから、皆さんはどうしますか。ハーシェさんの意思を継ぎませんか」
 「は・・・ハーシェ・・・私たちの為に・・・犠牲に」
 「いいえ。王子の為ですよ。ハーシェは王子が好きでしたからね」
 「ネルハ。それは違います。訂正しなさい。私たちはです。王子が好きなのは、彼女だけではありません。私たちが大好きなのです」

 三人のメイド。
 ファイア。ネルハ。ミルファはハーシェの同僚のメイドたちである。
 つまり、フュンがサナリアにいた時のメイドたちだ。
 アイネの仲間たちである。

 彼女たちとは違う部署から来たメイドが、その三人のメイドを説得していた。

 「どうでしょう。ここで王子を。私たちで助けるのです。今こそ、恩返しをするべき時なのですよ!」
 「・・・そ、そうですね」
 「そうです。やります」
 「私たちに幸せを・・・こんな私たちでも、お世話をしてもいいんだという喜びと幸せをくれた方ですものね。命を懸けるに値します」
 
 一人のメイドは、三人の顔を泣き顔から決意ある顔に変えさせた。
 ハーシェを失った悲しみの顔から、サナリアの希望を救う為に一歩前へと前進する顔にだ。

 「ここで作戦を練っていきましょ・・・・う!?」

 一人のメイドの話の途中で、背筋が伸びた紳士が四人の前に立った。

 「私もいいでしょうか。ここに来ればあなたたちならば何かすると思い、私が来ましたよ。執事たちも動きます」
 「「「マルフェンさん!?」」」

 フュンの執事長であったマルフェンがコッソリと王宮の休憩室に入ってきた。

 「いいですか皆さん。目を逸らすなどの兵の動きを変えることが出来れば。私たち執事やメイドたちでも王子を救う手助けが出来るでしょう。ですが、牢には鍵が必要です。なので今から、兵士の誰かと協力すれば・・・・我々はフュン様を救えるはずです。今から誰にも気づかれないように人を集めましょう。必ず・・・私たちの王子を救いましょう」
 
 マルフェンは執事たちの中で協力してもらう人をすでに募集しており、集まった者たちの代表として、メイドとの協力を願っていた。
 そして次に兵士たちとも協力して、あの脱獄不可能と呼ばれる重要人が捕まる特別独居房からフュンを救おうとしていたのだ。

 「やりましょう。私たちの王子を、私たちの手で救うのです。王子は私たちの太陽なのです」

 一人のメイドの決意は鋼よりも固い。
 失敗しても成功しても命を失うかもしれない。
 決死の覚悟を既に救出する前からしていた。

 「ええ。そうですね。私たちの王子は、サナリアの希望。フュン様が死ねば・・・おそらく、もう二度と、サナリアは太陽を拝むことはないでしょうね」
 「「「・・・はい」」」
 
 マルフェンの言葉に、四人のメイドは頷いた。
 動き出すは、兵だけじゃない。メイドだけじゃない。執事だけじゃない。
 フュンを救いたいと願う者はあとを絶たないのだ。
 自分の命を懸けても救いたいと願う。行動に移せる。
 それほどにまで愛された王子である。
  

 ◇

 フュンが捕まって一日と半分が過ぎた夜。
 フュンは、地下牢ではなく、ある特殊な場所にいた。
 それは、王宮の西。
 離れの絶望と呼ばれる特別独居房である。
 離れというだけあって、周りに建物がない。
 そしてこの建物は、中から抜け出せない作りの独房である。
 壁が特殊な金属で出来ているからと。 
 三重の扉で、鍵をかけているから、そう言われているのだ。

 「ああ。ハーシェさん、ゼクス様。僕のせいだ・・・僕が、こっちに帰ってこなければ・・・・ああ、僕が、僕が。帝国で死んでおけばよかったんだ。そうしたらお二人が死ぬことなんて・・・僕が・・・・」

 一日中泣き続けていたフュンの心は折れかけていた。
 自分が先に死んでおけば、二人が死ななくて済んだのでは、そもそも自分が生まれてこなければ、とまで思ってしまっていた。
 後悔が体の至る所に現れて、自分を殴りつける。
 どこかに消えろと体を拳で叩きつけるフュンは絶望の中にいた。

 「ああ。ど、どうしたらいいんだ。僕は・・・ああ。ゼファー。そうだ。ゼファーは!? ゼファーは無事なのか。どこにいるんだ」

 絶望していたとしてもフュンは他人が心配になる。
 辺りを見回してもゼファーはいなく、彼がそばにいないだけで不安が倍以上になる。

 「も、もうちょっと。足場を・・安定させて・・・おお願いします・・・・お、王子。いますか。聞こえますか」
 
 特別独居房の高い位置にある小さな窓から、人の声が聞こえた。
 女性の小声は、バランスの悪い中で話しているのか、震えている。

 「…ん!? だ、誰ですか?」
 「王子、もう少し声を落としてください。今、外周りの見張りの兵士が反対側にいるのです」
 「あ、は、はい」
 「い、いいですか! 王子。私たちが今、あなたを助けます・・・私たちは決めたのです。ですから王子は黙って助けられてください。駄々をこねてはいけませんよ。助ける時に誰かが死んでもあなただけは生きてくださいよ。私たちはあなたを救うために全てを捧げています。いいですね」
 「…え!? 駄目です。そんなことは許可しませんよ。それにあなたは誰です?」
 「いいえ。こちらこそ、あなたの指示は許可しません。いいですか。私たちは王子が大好きなのです・・・・王子がいないこの国は、地獄となってます。あのサナリアの統一戦争の時よりも酷いのです。このサナリアの現状を救えるのはあなたしかいないのです。大好きなあなたしかこの国を救えないなら、私たちが命を捧げるのに、これほど価値あることはありません。どうか王子。自分のことは私たちに任せて。そして、運命を天に任せてください。あなたが死ぬのは、こんな酷い場所じゃない。ここではないはずなのです。あなたが生きていれば、この国にはまだ希望があるのです。あなたがいれば、サナリアはもう一度・・・太陽を見られます・・・・って、うわあああ。いつつっ」

 女性が最後に痛みを訴えて、気配が消えた。

 「だ、駄目ですよ。それにあなたはだれですか・・・・あなたは!?」
 「・・・・・・」

 女性からの返事がない。
 もうそこにはいないようである。
 数分後。
 人の話し合いをしているような声の後。
 特別独居房の前で戦いの音が聞こえてきた……。
 フュンの意見は無視された形であったが、何かが始まろうとしていた。

 破滅への道を辿るしかないサナリアの運命がここで大きく変わろうとしていた。
 サナリアにもう一度太陽が登ろうとしていたのだ。
 

 
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