人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第一部 人質から始まる物語

第102話 表に出る闇 表と裏に跨る闇 裏に潜む闇

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 フュンとイハルムが母国を心配していた頃のサナリアの王宮。
 ズィーベの自室にて。

 「それで、何の情報が来たのだ」
 「それがですね。また別の情報筋から情報が来ました」
 「誰からだ。それは」
 「ええ、皇子からであるとか」
 「だから、どれだ。あっちには子がたくさんいるんだぞ。愚図が」

 ズィーベの側近アルルースは、帝国からの知らせについての情報をひとまとめにしたつもりが、彼自身の頭がよくないために情報整理がきっちりなされていなかった。
 アルルースは、ズィーベが持っていた紙を叩きつけられて、ビクつく。

 「・・・た、たしか、第五皇子ですね」
 「五? ヌロか」
 「そうです。そんな名だったような。そこからの情報らしいです」
 「そうか・・・それで何の情報だ?」
 「それが、王国軍が動くとのこと」
 「王国軍が動く?」
 「はい。イーナミア王国が動くので、帝国の最前線が慌ただしくなるとズィーベ様に伝えておいてくれと」
 「・・・ほう。私にその情報が来るとわな・・・・ああ、そうか」

 ズィーベはこの情報から来る分析を開始し、即座に意図が分かる。
 悪知恵だけは察しが良かった。
 
 「わかった。そういう事だな。これで一挙に私の不安も解決しよう。アルルース」
 「・・・え? 何がわかったのでしょう」
 「はぁ。貴様は愚図だな。いいか。徴兵をさらに厳しくしろと、内政官に伝えておけ。あと、税も重くだ。金をもっと集めろと伝えろ」
 「・・・え? なぜ?」
 「なぜじゃない。これらで察しろ! 私たちは戦争の準備をするんだ」
 「・・・ああ。はい。分かりました。行って参ります」
 「よし。頼んだ」

 ズィーベは、ある方向にサナリアの舵を取り始めた。
 それは、この情報を与えてくれた者との約束のない秘密結託である。

 「アルルース!」
 「なんでしょうか? まだなにか?」

 ズィーベは、もう少しで部屋を出ようとしていたアルルースを引き留めた。

 「その情報を寄こした男との接触を途切れさせるな。へばりついでもマークし続けろ。有益な情報を聞き出せ」
 「わかりました。そのようにします」
 「うむ」

 サナリアの運命は少しずつ動き出し始める。


 ◇

 舌の裏に蛇の紋章がある男が、豪勢なお屋敷の中にある机と椅子だけの質素な部屋に入室した。
 机の上にある盤上には、いくつもの駒が並べられている。
 部屋の角で夜空を見つめる男性はその駒を片手でいじり、もう片方はワインをゆらゆらと回す。
 ワインを持つ男が闇から現れる人物に話しかける。

 「来たか」
 「はっ」
 「どうなった。ヌロは」
 「予定通りかと」
 「そうか」
 「戦姫の噂を足して流しました。あれを上手く使いまして、ヌロは動くかと。それにリナ様もです」
 「ん? リナもだと?」
 「はい、例の情報を情報部で掴んだらしいのです」
 「リナはどうするつもりなのだ?」
 「わかりません。ですが何らかの関与をするらしいですぞ」
 「あいつも噂程度で踊らされるか。考えが浅い奴だ」
 
 男はワインを一口飲んで、駒を二つ動かした。
 これとこれかと、盤上から弾き出す。

 「で、あいつらはどのようにして動いてくると」
 「それは、ドス様の方がよくお分かりでは? 皇帝の子らの事でありますよ」
 「はははは。まあ、そうだな。私の方がよく分かっているな。まったく、あやつらは目先の権力しか考えんからな」
 
 男は立ち上がり、窓を開ける。
 
 「外の時代は戦争へ。内の時代は政争へ。時代は、再び動き始めるだろう。そうだろう。イーナミア王国よ。サナリア王国よ。ここより帝国も激動の時代へと進むだろうな・・・しかし、最後に手に入れるのはこの私だ・・・」

 男は最後の一口を飲んでから、空に乾杯した。


 ◇

 どこかの部屋の奥から声が聞こえる。
 声の主の姿は見えない。

 「どうなったトレス」
 「ドスが少しずつ表で動くらしいです」
 「そうか・・・・。他は」
 「シンコがドスの手助けをしているみたいです」
 「わかった。そうか……そいつらだけが動くつもりか」

 男の声は静かだった。
 
 「ええ。そのようです。今回、表立って動くよりも裏から回った方が上手くいくでしょう」
 「・・・御三家戦乱の時は失敗したからな・・・あのジジイと皇帝にしてやられたからな・・」
 「そうですね。ですが今回は抜かりないかと。何重にも罠を仕掛けています」

 トレスは、見えない相手と話を続ける。

 「そうか・・・」
 「ええ。現在我らは、ウナ以外が動いています」
 「ウナ!? いや、そもそも奴は別に動かんでもいいだろう。奴は戦闘関連の時だけだ」
 「そうですね。ですが、ウナは役立ちますぞ。戦いになれば」
 「そうだな。クアトロとセイスはどうしている?」
 「クアトロも動こうとしておりましたが、殺せるターゲットがいなくてですね」
 「なに。暗殺の長が狙いを定めても殺せんだと!?」

 男は驚いた。

 「ええ。目があるらしいのです。各都市に潜んでいる影の目が。これらのせいでセイスの部隊も情報収集が難しくなっているようで」
 「我らの目が動かないと言うのか。闇に潜んでいるのだぞ」 
 「ええ。そうなんです。それがおそらく第六皇子の手の者」
 「第六だと。ジークハイドか。奴め」
 「奴の闇の部隊は優秀です。特に、そのリーダーのフィックス。そして赤い旋律がいます。この両名は我らの力を上回っているやもしれません。居所が分かるのに、尻尾が掴めないのです。特に赤い旋律はまったくわかりません」
 「そうか。噂に聞く赤い旋律か・・・」
 「ええ。セロ様。そ奴らの技・・・まさかとは思いますが」
 「そうかもしれないな。我らと同じ・・・影移動だな・・・そこまで尻尾を掴めないのであれば、そうなるだろう。しかも我らよりも上か……誰が教えたんだ。我らの秘術を・・・」

 闇に潜む男セロは、彼らが使用している技を言い当てていた。
 サブロウと同じ技を扱える集団は、闇に精通した者たちである。
 この時、アーリア大陸のどこかに、誰も知らない世界があったのだ。
 
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