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第一部 人質から始まる物語

第101話 これから何が起こるのだろう

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 帝国暦518年 6月上旬の早朝。
 寝間着姿のフュンが三階のトイレから自室へ戻っていると。

 「王子! 王子!」
 「はい。はい。イハルムさん、なんでしょうか? そんなに慌てて珍しいですね」

 サナリアから帰って来たイハルムが、寝ているアイネの迷惑を顧みずに叫んでいる。
 それがあまりにも珍しいことであったので、フュンは目的地を変更して、慌てて下に降りた。
 玄関ですでに息を切らしているイハルム。
 続きを話す時もまだ焦っていて上手く話せずにいた。

 「お、王子・・・・な。なんと、お、王が前から倒れていたそうなのです」
 「王……あ、父上ですね!?」

 一瞬、王とは皇帝陛下のことだと思ったフュン。
 それくらい帝国に身を寄せていた期間が長くなったのだと、苦笑いする。
 
 「はい。それが意識不明状態がしばらく続いていてるみたいだったんです。それと連動しているのか分かりませんが、私たちに対するサナリアの対応が変わりました。私でも宮殿の中に入ることができなくなってしまい、王の現状をそこまでしかわからなく・・・申し訳ないです」
 「そうですか。意識不明がしばらくですか。確かにその情報だけではよく分からないですね。まあ、父上が死ぬにしても生きるにしてもそんなことがありうるのでしょうかね。僕の知識にはない状態だ」

 父の体調が不安定でもフュンは至って冷静である。
 父親を心配する思いはどこかにあっても、フュンの心の大部分にあるのはサナリアの民の無事だけだ。
 
 「イハルムさん。サナリアでの情報収集や給付金を貰う時はどのようになりました?」
 「そ。それがですね。私が王宮に入ることは禁止となり、お金をもらう場所も変更にあってしまい。さらに、額もかなり減らされています」

 以前までのイハルムは宮殿にある外交官の執務室にまで許可なく入れたのである。
 だが、今は王都にある外交の受付までしか入れない。
 宮殿の中から外での対応は、ほぼ一般人と変わらぬ扱いである。
 この事から、サナリア国はフュン王子の重要度の格下げをしたことが推察される。

 「なるほど。僕らのお金まで減らしてますか。これはおそらく・・・・・ズィーベか王妃。そのどちらかが勝手にやってますね。父上ならばそんな姑息な事はしない」
 「私もそうだと思ってます。王子が疎ましい二人です。嫌がらせのつもりでしょう」
 「はい。でも僕は幸いにも今は帝国の武将の一人になってますからね。それにルーワ村からの資金だって入ってきてますしね。皆で暮す分にはお金には困らないでしょう」
 「はい。サナリアのお金を貰わなくとも余裕であります!」

 現在のフュンは先刻の戦いの恩賞金をもらい、さらにサティたちが運営しているルーワ村の化粧品や薬品の売り上げから給料ももらっているのだ。
 質素倹約しなくても生きていけるほどのお金はあるが、それでも贅沢をしないのがフュンという男。
 お金は貯めておいて、何かに使おうとはしているのである。
 しかし、それもきっと自分の為ではないだろう。
 なにせフュンには、一度前科がある。
 フュンは私財の全てを、ある滅びかけた村に投入したことがあるからだ。

 「そうですね……では、イハルムさん。サナリアでは危険を冒さないでください。何かあった場合はすぐに引き返してくださいね。いいですか。サナリアの情報を得たいと思っても、何も粘らない。僕の事で何かを言われても絶対に怒らない。これを約束してください」
 「は、はい。約束します」

 うんうんとフュンは満足そうに頷き、話は続く。

 「イハルムさん。何かあったらすぐに帰って来てくださいよ。ご自身の身の安全だけを確保してくださいね。たぶん僕のせいでイハルムさんに嫌がらせが来るかもしれませんからね。それでイハルムさんの身に危険が及ぶのは嫌なので、ここでの仕事をメインにしましょう。今はいきなりサナリアに行かなくなると怪しまれると思うので、慎重に行動をお願いします! そうですね……サナリアに行く回数を減らしましょう。いいですね。たとえ、サナリアに行っても絶対に無茶は駄目ですよ。必ず全てを僕に報告でお願いします」
 「わかりました。そのようにします」
 「はい。お願いしますよ。僕はイハルムさんがいなくなっちゃうと、屋敷の管理なんて出来ないですからね。イハルムさんがいないと、駄目駄目ですからね。あはははは」
 「わかりました。私はあなた様にだけ、忠誠を誓って仕えていますからね。サナリアが変わってしまっても、サナリアには未練がありません。フュン様が一番です」
 「あはは。そうですか! ありがとうございます。では、一人じゃ何もできない僕の事をこれからもお願いしますよ。ずっと頼りにしてますからね。ほんとうにお願いしますよ。離れないでくださいよ。あはははは」
 「はい!!! 生涯、おそばにいます! 私の主はフュン様だけですから」

 イハルムは笑顔で事務作業に戻った。
 愛する王子のそばで仕事ができる喜びがあったのだ。
 どんな時も自分やアイネのような身分の低い者も大切にしてくれる王子の為。
 命を捨てでも使命を果たそうと思うがそれは王子への裏切りなので、しっかり生きて使命を果たしていこうと思うイハルムであった。


 ◇

 一人自室に戻ったフュンは椅子に腰かけていた。

 「さて……どうなるのでしょうか。サナリアは僕の事を無視する形になるでしょうね。父上が死んだ場合を想定しなければなりません」

 ここからのフュンは冷静に判断をしなくてはならない。
 それは親子の情などを越えて、慎重にだ。
 彼の肩に乗っているのはサナリアの王族なんて矮小なものじゃない。
 サナリアの民たちの命が乗っているのだ。
 これほど重いものはないのである。
 
 「僕はサナリアの為に動いているのです。断言できますが、僕は親や兄弟が第一でありません……どう動けばよいのやら。もしズィーベが王になったりしたら・・・果たしてこのままの従属の形になるのでしょうか。あの子は余計なことをしないでいてくれるのでしょうか。不安ですね」

 サナリアは弱い。
 それを重々承知のフュンと、帝国の恐ろしさを理解しているアハト。
 この二人の関係値であれば、帝国を裏切るような真似はしないし。
 従順な関係を続けられるのだが。
 果たして、ズィーベであるとどうなるのかが分からない。
 帝国の力をイマイチ理解していないように思うのだ。
 ズィーベは昔から人に興味がない上に、強さを単純に図っている傾向がある。
 興味があるの自分の腕力。跳躍力。足の速さなど。
 彼のその短絡的な思考では、まさかではあるが帝国を格下だとでも思うかもしれない。
 それに・・・。

 「そうです。僕が弱かった子供時代。彼は僕を圧倒していました。だから前回の戦争。僕の活躍で、自分も出来るのではと勘違いしてしまうかもしれません。そこが怖いです。あれは仲間と力を合わせて、なんとか引き分けた戦いなんですよ。碌に戦争の情報も読めないであろうあの子が、正確に僕の戦略や戦術を読めるとは思えない。過程の苦しみを理解せず、結果のみを信じて、自分も出来るのだと思うに決まっています・・・そうなると・・まずい気がしますね」
  
 フュンは自分の弟の性格をよく理解していた。
 傲慢で散漫。
 自分よりも弱き者を馬鹿にする傾向が強い事。
 思ったことが出来ないとすぐに癇癪を起こす事。
 色々な問題点しかない弟であることを思い出していた。

 「まあ、いずれにしても。サナリアを守らねばなりません。僕が精一杯帝国に尽くしていれば、なんとかなるでしょう。まさか。いくらなんでもズィーベが王になっても、従属国から脱却しようとまでは思いませんでしょうしね。まさか・・・あそこにはゼクス様や他の四天王の方がいます・・・・でも不安ですね・・・・はぁ」

 いくら何でも反旗は翻さないだろう。
 フュンの願いにも似た思いであった。

 とても不安な感情に陥るフュンであった。
 
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