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第一部 人質から始まる物語
第98話 幸福と不幸
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早朝からシルヴィアによる熱心な指導が始まった。
両者の汗が交錯するほどの密着具合だ。
「さあ、もっとこちらに、もっと中にです! もっと内側です。 そこではいけません」
「シルヴィア様ね・・・僕はね。そんな高度なことは出来ませんって。あなたを満足させるような技術は持ってないんですよ。お手柔らかにお願いしますよ」
「いいえ。フュン殿! そんなことはありません、あなたなら出来ますよ。さあ早く! 来てください。もっと中に入り込むのです。ああ、こっちの足が悪い。ほら、そこ間違えてます。今の足! 私の太ももを叩く勢いで来てください。ここにです。ここに。足を弾いてもいいです。私の体勢を崩してみてください」
「ええ~。そんなことしたら、あなたと僕の足が絡まって終わりになりますよぉ」
「あなたは反応が良くない。ですから、もっと中に食い込む! そこよりももっと中に。外からなんていけません。中です!!!」
「だから、そこにいくまでが出来ないのです! 足が出ません。手が出ません。ついでにあなたは速すぎる! 僕の体とは作りが違うんですからね」
「いいから何も考えずに私の領域のさらに内側に入りなさい。そこまでは無心となり。そこからは考えていくのですよ。駆け引きをするのですよ。それを体が覚えるようになるまで叩き込みますよ」
「じゃあ、僕の棒をまず受け止めてくださいよ。シルヴィア様、躱さないでくださいよ」
「無理です! 自力で私の懐に入れてください!」
ミランダの屋敷の庭でフュンとシルヴィアは、間合いの訓練を木の棒で練習していた。
戦姫シルヴィアという剣の達人から、学ぶには少々場違いな場所でもあるが、これらは傍目に見れば、ただの稽古にしか見えないから余計に良い。
朝から、こんな激しい訓練をしている二人が、婚約者同士など誰が想像できるのだろうか。
明らかに師弟関係に見える。
「はい。駄目です」
シルヴィアの木刀がフュンの首にトンと置かれた。
「あなたは、私の間合いの中を強引に入り込まなくてはいけません。領域外ではいけませんよ!」
シルヴィアは木刀を使い、地面に有効範囲を描いた。
彼女が設定した間合いは、互いの距離がかなり近かった。
「フュン殿。こちらよりも中に入り、相手を斬るのです。こちらの外から間合いを詰めて、瞬時に斬ることがあなたには出来ないからですよ」
お前はまだ駄目だと、ハッキリ言いきるシルヴィアに、ちょっぴりフュンはがっかりする。
関係が昔以上に進んでいるから、彼女はフュンに遠慮なく指導が出来ていた。
「あなたは速度を持たない。ならばですよ。相手の間合いを完全に潰して戦うしかないのです。勇気を持って中で暴れるのです。しかもそこで読みあいをするのですよ」
「・・・・はい。わかりました」
「返事が弱いですよ」
「はい。シルヴィア様! わかりました!」
言い方がちょっと投げやりである。
「よろしい。では、次は斬る動作も加えて、相手を制圧する技術を身につけてもらいます」
「ええ。まだやるんですか。そろそろ・・・」
「駄目です。あなたは、そのままでは戦場で死んでしまいますよ。訓練の中止は却下です」
まるで師と弟子のような関係の二人。
でもこれは屋敷の外の話である。
屋敷の中に入ると話は別となる。
◇
ミランダの屋敷を解放しているのは、フュンとシルヴィアのためだ。
二人があの小さなフュンの屋敷で、密会していればあらぬ噂を立てられる。
火のないところに煙は立たぬということで、ミランダとジークはミランダの屋敷を使って二人の仲を育む事にしたのだ。
あそこならば二人が会っていたとしても、同じ師を持つ弟子同士なので、なにも不思議じゃない。
だから帝都にいる間のシルヴィアはミランダの屋敷にいるのである。
フュンもミランダの屋敷に入り、フュンのメイドや執事も同じようにミランダの屋敷で暮している。
なので屋敷は改装してある。
あのヘンテコな罠だらけの屋敷では生活が出来ないので、ただの大きくて綺麗な屋敷へと生まれ変わっているのである。
ミランダの屋敷なのに普通に玄関から入る二人。
そこにはアイネもいた。
彼女は両手でタオルを持って待っていた。
「フュン様、シルヴィア様。タオルでございますよ。どうぞ」
「ああ。アイネさん。ありがとうございます。朝早いのにいつもありがとうございますね」
「アイネ、ご苦労様です。ありがとう」
「いえいえ」
二人はアイネからタオルを受け取り感謝を述べる。
アイネは満面の笑みで返した。
二人に仕えることが、何よりも幸せなのだ。
「今日の朝ご飯は何ですか? アイネさんの料理はなんでも美味しいですからね」
「今日は、ガーリックトーストとスクランブルエッグ。サラダに王子が作られたスープとなっています。あ! あとはですね。デザートにプリンもですよ」
「プリンですか。ありがとう。アイネ。私の為ですか」
「はい、そうです。シルヴィア様、甘い物がお好きでしょう?」
「……はい。よくわかりましたね」
シルヴィアは、アイネの気遣いに驚く。
「シルヴィア様。デザートを出す時にいつも嬉しそうな顔をするのでご用意しました」
「顔で分かられてしまったのですね。ははは」
シルヴィアは軽い笑いをしていた。
「シルヴィア様の好物まで・・・流石はアイネさんですね。いつもありがとうございます」
「いいえ。私は、当たり前のことをしているのですよ」
「違いますよ。アイネさん。それは当たり前ではないのです。細かい表情の変化にさえ気づく。そんなあなたは素晴らしい人なのですよ。僕なんかにはもったいないメイドさんです! でもこれからもよろしくお願いしますね」
「こちらこそです。私はお二人に生涯お仕えいたします」
三人で食事を取ろうとリビングに入る。
すると、あの双子がいつの間にか帰ってきていた。
里にいるはずの二人がなぜかここにいた。
「ご・は・ん」「ご・は・ん」
「「ご飯が食べたい! ご・は・ん」」
三人分しか用意していないアイネは、二人の分の食事を取りに行った。
シルヴィアが先に席に着く。
「ニール。ルージュ。あなたたち、帰って来たの?」
「シルヴィ」「帰って来たぞ」
続いてフュンがシルヴィアの隣の席に着く。
「それじゃあ、ゼファーは?」
「馬鹿」「補習!」
「補習??? 里の修行は終わったはずじゃ?」
「ミラと」「サブロウが」
「「鍛え直すって」」
「そうか。鍛え直しね・・・・ってまだ鍛えるの!? あれだけやってたのに!?」
フュンは先月まで一緒にいたゼファーを思い出した。
戦争終結から半年間、テースト山の山頂での訓練をこなしていたはず。
さらにテースト山の中腹にある里の中でも、皆と一緒に地獄の鍛錬をやっていたはずなのだ。
どれだけ鍛えればゼファーは満足するのだろうと若干体の方を心配していた。
体が耐えられる限界値を超えているのではないかと。
「ま、いいでしょう。二人も僕らと一緒にいただきましょう」
「「ご飯!」」
「はい、どうぞ。ニール。ルージュ」
「「姉ね! ありがと」」
「ではアイネ。あなたも、いただきましょう」
「はい。シルヴィア様」
全員の用意が出来上がってから、いただきますと仲良く声を合わせた。
フュンたちは新たな家族としてシルヴィアを受け入れていたのである。
◇
ミランダの屋敷。フュンの自室。
相も変わらずフュンの自室は薬品やら何やらで溢れている。
薬や化粧品といったものから、最近ではサブロウの武器開発の手助けまでしている。
器用な人間であったためか色々な物の開発をすることが出来ていた。
そんな部屋で、フュンはまた何かを机の上で開発している。
ベッドの上に座るシルヴィアは、一生懸命何かを作っている彼の背中を後ろから眺めていた。
「ねえ、フュン。私のことを呼ぶ時に様というのはもういいでしょう。せめて、一緒にいる時だけでも、シルヴィアと呼んでください」
「え? いや、無理ですよ。それは出来ないですね」
シルヴィアにはフュンの顔は見えないが、彼がどんな顔をしていたのかが手に取るようにわかる。
まさか、そんなこと無理ですよっと呆れ半分、驚き半分の顔だろう。
「ほら、シルヴィアって呼んでみてください」
「無理ですね」
「なぜ!」
文字は疑問だが、発した言葉には怒りが混じる。
「それはですね。僕はあなたに、様をつけておかないと。いざ、公の場の時に様を外して呼んでしまいそうです。それはまずいでしょ。シルヴィア様!」
「・・・ええ・・・でも、一回だけ。どうです?」
子供みたいなおねだりであった。
「やめておきますよ。僕は公私を分けておかないと失敗しそうです。あなたの為にも、母国の為にも、帝国で失態を犯すわけにはいかないのですよ。我慢してくださいね。シルヴィア様」
「んんん。もう・・・・」
拗ねたシルヴィアは、しばらくフュンのベッドの上で膨れっ面でゴロゴロした。
「よし。出来ました。ほら見てくださいよ。そんなところにいないで! ほらほら」
フュンは自室の机の前である商品を作っていた。
「んもう。なんですか。ほんとに。あなたという人は・・・・」
シルヴィアは立ち上がり、彼に近づく。
椅子の後ろに立ち、彼の肩に手を置いた。
「ほらほら、これ。見てくださいよ。シルヴィア様にあげていたクリームの改良版ですよ。これで、さらに肌が良くなりますし、何より手に効果があります。べたつきがないので、剣を握っても、滑りません! シルヴィア様、手も綺麗にしたいでしょ。最近の女性はなんでも手も綺麗にするのが流行らしいんですよ。僕、帝都の女性たちに聞いたんですよね。あははは。どうです。いいでしょ」
「・・・え・・・ええ。そうね」
「あれ。あまり、欲しくはなかったですか。嫌でしたか?」
「いや、私の手が綺麗になってどうなるのでしょうか。必要ですかね?」
「僕は嬉しいですよ。あなたが笑ってくれればね」
眩しい笑顔にシルヴィアは癒された。
彼を思わず後ろから抱きしめる。
両手を彼の胸に置き、顔は彼の肩に置く。
「そうですか。そうですね……私はこんないいものをあなたから貰えて……幸せですね。あなたから優しさをもらえてとても嬉しいですよ。私もあなたが笑ってくれたら嬉しいです」
頬を寄せ合い二人は笑いあった。
「あはははは。じゃあ、同じですね。僕たちはね。同じ気持ちなんですね。よかったよかった」
二人は互いが笑顔であれば、何もいらなかったのだ。
ただ気持ちが通じていれば、それだけで幸せであったのだ。
◇
「ごほごほ。お前たちを呼んだ理由は、国の事ではない。俺自身の事だ。大事な話をしておきたくてな」
「「はっ」」
サナリアの四天王は王アハトの招集に応じて、王の自室に入っていた。
体調の優れぬ王は、玉座の間に移動することもままならなかった。
ここ数カ月で急激に体調が悪くなったのだ。
「すまない。お前たち、わざわざ来てもらってな」
「いいえ。王。我らはすぐにでも招集に応じます」
ゼクスが律儀に返事をした。
「ふふふ。お前はそう言うと思ったわ。ごほ・・・・・そ、それで言いたいことなんだが・・・・」
咳が激しく、なかなか言葉を発せずにいる。
「お前たちは、四天王として、次の王についてほしい。次期王となるズィーベを見守って欲しいのだ。お前たちをご意見番とする。今からの政治を、一時的に四人と王の合議制にしようと思うのだ。だから実質、しばらくの間はお前たちに国を任せることにしたい。あいつはまだ若い。補佐くらいの弱い役職をお前たちに与えてはだな。国家運営が難しくなると思うんだ。だから、俺が文書を残しておくからな。お前たちと王の合議制で国家を運営してほしいと書いておくぞ。そしてあいつが十分に育ったときに王として自立させてくれ」
「お、王!?」
シガーとラルハンが驚く。
まさか、自分たちに権限を委譲するとは思わなかったことと、自らが死ぬのが前提の話であったからだ。
「そうか。いいぞ。王。あたしはそれでよ」
「ははは、あっさりだな。お前は」
「いやか?」
「……いや、それがいい。今の俺にはお前くらいの態度の方が楽だな。ははは、それにお前のその真っ直ぐな部分を気に入っているからな」
「そうか。では王。あたしはサナリアに忠誠を誓う。決して私利私欲で次の王を操ろうとはしない。サナリアの為に動こう」
「よし、フィアーナ。サナリアを頼む」
「承知しました王!」
フィアーナは跪いた。続いて。
「我もです。王。サナリアの為に粉骨砕身で」「私もであります」
ゼクスと、シガーも続き。最後に。
「俺もだ。サナリアとズィーベ様の為に身を粉にして働きます」
「うむ。お前たちがいれば国は大丈夫だ。俺自身も安心だ・・・・ごほごほ」
この数日後。王は意識不明になった。
サナリアの英雄の光は消え始め、サナリアの国に暗い影が落ちはじめたのである。
両者の汗が交錯するほどの密着具合だ。
「さあ、もっとこちらに、もっと中にです! もっと内側です。 そこではいけません」
「シルヴィア様ね・・・僕はね。そんな高度なことは出来ませんって。あなたを満足させるような技術は持ってないんですよ。お手柔らかにお願いしますよ」
「いいえ。フュン殿! そんなことはありません、あなたなら出来ますよ。さあ早く! 来てください。もっと中に入り込むのです。ああ、こっちの足が悪い。ほら、そこ間違えてます。今の足! 私の太ももを叩く勢いで来てください。ここにです。ここに。足を弾いてもいいです。私の体勢を崩してみてください」
「ええ~。そんなことしたら、あなたと僕の足が絡まって終わりになりますよぉ」
「あなたは反応が良くない。ですから、もっと中に食い込む! そこよりももっと中に。外からなんていけません。中です!!!」
「だから、そこにいくまでが出来ないのです! 足が出ません。手が出ません。ついでにあなたは速すぎる! 僕の体とは作りが違うんですからね」
「いいから何も考えずに私の領域のさらに内側に入りなさい。そこまでは無心となり。そこからは考えていくのですよ。駆け引きをするのですよ。それを体が覚えるようになるまで叩き込みますよ」
「じゃあ、僕の棒をまず受け止めてくださいよ。シルヴィア様、躱さないでくださいよ」
「無理です! 自力で私の懐に入れてください!」
ミランダの屋敷の庭でフュンとシルヴィアは、間合いの訓練を木の棒で練習していた。
戦姫シルヴィアという剣の達人から、学ぶには少々場違いな場所でもあるが、これらは傍目に見れば、ただの稽古にしか見えないから余計に良い。
朝から、こんな激しい訓練をしている二人が、婚約者同士など誰が想像できるのだろうか。
明らかに師弟関係に見える。
「はい。駄目です」
シルヴィアの木刀がフュンの首にトンと置かれた。
「あなたは、私の間合いの中を強引に入り込まなくてはいけません。領域外ではいけませんよ!」
シルヴィアは木刀を使い、地面に有効範囲を描いた。
彼女が設定した間合いは、互いの距離がかなり近かった。
「フュン殿。こちらよりも中に入り、相手を斬るのです。こちらの外から間合いを詰めて、瞬時に斬ることがあなたには出来ないからですよ」
お前はまだ駄目だと、ハッキリ言いきるシルヴィアに、ちょっぴりフュンはがっかりする。
関係が昔以上に進んでいるから、彼女はフュンに遠慮なく指導が出来ていた。
「あなたは速度を持たない。ならばですよ。相手の間合いを完全に潰して戦うしかないのです。勇気を持って中で暴れるのです。しかもそこで読みあいをするのですよ」
「・・・・はい。わかりました」
「返事が弱いですよ」
「はい。シルヴィア様! わかりました!」
言い方がちょっと投げやりである。
「よろしい。では、次は斬る動作も加えて、相手を制圧する技術を身につけてもらいます」
「ええ。まだやるんですか。そろそろ・・・」
「駄目です。あなたは、そのままでは戦場で死んでしまいますよ。訓練の中止は却下です」
まるで師と弟子のような関係の二人。
でもこれは屋敷の外の話である。
屋敷の中に入ると話は別となる。
◇
ミランダの屋敷を解放しているのは、フュンとシルヴィアのためだ。
二人があの小さなフュンの屋敷で、密会していればあらぬ噂を立てられる。
火のないところに煙は立たぬということで、ミランダとジークはミランダの屋敷を使って二人の仲を育む事にしたのだ。
あそこならば二人が会っていたとしても、同じ師を持つ弟子同士なので、なにも不思議じゃない。
だから帝都にいる間のシルヴィアはミランダの屋敷にいるのである。
フュンもミランダの屋敷に入り、フュンのメイドや執事も同じようにミランダの屋敷で暮している。
なので屋敷は改装してある。
あのヘンテコな罠だらけの屋敷では生活が出来ないので、ただの大きくて綺麗な屋敷へと生まれ変わっているのである。
ミランダの屋敷なのに普通に玄関から入る二人。
そこにはアイネもいた。
彼女は両手でタオルを持って待っていた。
「フュン様、シルヴィア様。タオルでございますよ。どうぞ」
「ああ。アイネさん。ありがとうございます。朝早いのにいつもありがとうございますね」
「アイネ、ご苦労様です。ありがとう」
「いえいえ」
二人はアイネからタオルを受け取り感謝を述べる。
アイネは満面の笑みで返した。
二人に仕えることが、何よりも幸せなのだ。
「今日の朝ご飯は何ですか? アイネさんの料理はなんでも美味しいですからね」
「今日は、ガーリックトーストとスクランブルエッグ。サラダに王子が作られたスープとなっています。あ! あとはですね。デザートにプリンもですよ」
「プリンですか。ありがとう。アイネ。私の為ですか」
「はい、そうです。シルヴィア様、甘い物がお好きでしょう?」
「……はい。よくわかりましたね」
シルヴィアは、アイネの気遣いに驚く。
「シルヴィア様。デザートを出す時にいつも嬉しそうな顔をするのでご用意しました」
「顔で分かられてしまったのですね。ははは」
シルヴィアは軽い笑いをしていた。
「シルヴィア様の好物まで・・・流石はアイネさんですね。いつもありがとうございます」
「いいえ。私は、当たり前のことをしているのですよ」
「違いますよ。アイネさん。それは当たり前ではないのです。細かい表情の変化にさえ気づく。そんなあなたは素晴らしい人なのですよ。僕なんかにはもったいないメイドさんです! でもこれからもよろしくお願いしますね」
「こちらこそです。私はお二人に生涯お仕えいたします」
三人で食事を取ろうとリビングに入る。
すると、あの双子がいつの間にか帰ってきていた。
里にいるはずの二人がなぜかここにいた。
「ご・は・ん」「ご・は・ん」
「「ご飯が食べたい! ご・は・ん」」
三人分しか用意していないアイネは、二人の分の食事を取りに行った。
シルヴィアが先に席に着く。
「ニール。ルージュ。あなたたち、帰って来たの?」
「シルヴィ」「帰って来たぞ」
続いてフュンがシルヴィアの隣の席に着く。
「それじゃあ、ゼファーは?」
「馬鹿」「補習!」
「補習??? 里の修行は終わったはずじゃ?」
「ミラと」「サブロウが」
「「鍛え直すって」」
「そうか。鍛え直しね・・・・ってまだ鍛えるの!? あれだけやってたのに!?」
フュンは先月まで一緒にいたゼファーを思い出した。
戦争終結から半年間、テースト山の山頂での訓練をこなしていたはず。
さらにテースト山の中腹にある里の中でも、皆と一緒に地獄の鍛錬をやっていたはずなのだ。
どれだけ鍛えればゼファーは満足するのだろうと若干体の方を心配していた。
体が耐えられる限界値を超えているのではないかと。
「ま、いいでしょう。二人も僕らと一緒にいただきましょう」
「「ご飯!」」
「はい、どうぞ。ニール。ルージュ」
「「姉ね! ありがと」」
「ではアイネ。あなたも、いただきましょう」
「はい。シルヴィア様」
全員の用意が出来上がってから、いただきますと仲良く声を合わせた。
フュンたちは新たな家族としてシルヴィアを受け入れていたのである。
◇
ミランダの屋敷。フュンの自室。
相も変わらずフュンの自室は薬品やら何やらで溢れている。
薬や化粧品といったものから、最近ではサブロウの武器開発の手助けまでしている。
器用な人間であったためか色々な物の開発をすることが出来ていた。
そんな部屋で、フュンはまた何かを机の上で開発している。
ベッドの上に座るシルヴィアは、一生懸命何かを作っている彼の背中を後ろから眺めていた。
「ねえ、フュン。私のことを呼ぶ時に様というのはもういいでしょう。せめて、一緒にいる時だけでも、シルヴィアと呼んでください」
「え? いや、無理ですよ。それは出来ないですね」
シルヴィアにはフュンの顔は見えないが、彼がどんな顔をしていたのかが手に取るようにわかる。
まさか、そんなこと無理ですよっと呆れ半分、驚き半分の顔だろう。
「ほら、シルヴィアって呼んでみてください」
「無理ですね」
「なぜ!」
文字は疑問だが、発した言葉には怒りが混じる。
「それはですね。僕はあなたに、様をつけておかないと。いざ、公の場の時に様を外して呼んでしまいそうです。それはまずいでしょ。シルヴィア様!」
「・・・ええ・・・でも、一回だけ。どうです?」
子供みたいなおねだりであった。
「やめておきますよ。僕は公私を分けておかないと失敗しそうです。あなたの為にも、母国の為にも、帝国で失態を犯すわけにはいかないのですよ。我慢してくださいね。シルヴィア様」
「んんん。もう・・・・」
拗ねたシルヴィアは、しばらくフュンのベッドの上で膨れっ面でゴロゴロした。
「よし。出来ました。ほら見てくださいよ。そんなところにいないで! ほらほら」
フュンは自室の机の前である商品を作っていた。
「んもう。なんですか。ほんとに。あなたという人は・・・・」
シルヴィアは立ち上がり、彼に近づく。
椅子の後ろに立ち、彼の肩に手を置いた。
「ほらほら、これ。見てくださいよ。シルヴィア様にあげていたクリームの改良版ですよ。これで、さらに肌が良くなりますし、何より手に効果があります。べたつきがないので、剣を握っても、滑りません! シルヴィア様、手も綺麗にしたいでしょ。最近の女性はなんでも手も綺麗にするのが流行らしいんですよ。僕、帝都の女性たちに聞いたんですよね。あははは。どうです。いいでしょ」
「・・・え・・・ええ。そうね」
「あれ。あまり、欲しくはなかったですか。嫌でしたか?」
「いや、私の手が綺麗になってどうなるのでしょうか。必要ですかね?」
「僕は嬉しいですよ。あなたが笑ってくれればね」
眩しい笑顔にシルヴィアは癒された。
彼を思わず後ろから抱きしめる。
両手を彼の胸に置き、顔は彼の肩に置く。
「そうですか。そうですね……私はこんないいものをあなたから貰えて……幸せですね。あなたから優しさをもらえてとても嬉しいですよ。私もあなたが笑ってくれたら嬉しいです」
頬を寄せ合い二人は笑いあった。
「あはははは。じゃあ、同じですね。僕たちはね。同じ気持ちなんですね。よかったよかった」
二人は互いが笑顔であれば、何もいらなかったのだ。
ただ気持ちが通じていれば、それだけで幸せであったのだ。
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「ごほごほ。お前たちを呼んだ理由は、国の事ではない。俺自身の事だ。大事な話をしておきたくてな」
「「はっ」」
サナリアの四天王は王アハトの招集に応じて、王の自室に入っていた。
体調の優れぬ王は、玉座の間に移動することもままならなかった。
ここ数カ月で急激に体調が悪くなったのだ。
「すまない。お前たち、わざわざ来てもらってな」
「いいえ。王。我らはすぐにでも招集に応じます」
ゼクスが律儀に返事をした。
「ふふふ。お前はそう言うと思ったわ。ごほ・・・・・そ、それで言いたいことなんだが・・・・」
咳が激しく、なかなか言葉を発せずにいる。
「お前たちは、四天王として、次の王についてほしい。次期王となるズィーベを見守って欲しいのだ。お前たちをご意見番とする。今からの政治を、一時的に四人と王の合議制にしようと思うのだ。だから実質、しばらくの間はお前たちに国を任せることにしたい。あいつはまだ若い。補佐くらいの弱い役職をお前たちに与えてはだな。国家運営が難しくなると思うんだ。だから、俺が文書を残しておくからな。お前たちと王の合議制で国家を運営してほしいと書いておくぞ。そしてあいつが十分に育ったときに王として自立させてくれ」
「お、王!?」
シガーとラルハンが驚く。
まさか、自分たちに権限を委譲するとは思わなかったことと、自らが死ぬのが前提の話であったからだ。
「そうか。いいぞ。王。あたしはそれでよ」
「ははは、あっさりだな。お前は」
「いやか?」
「……いや、それがいい。今の俺にはお前くらいの態度の方が楽だな。ははは、それにお前のその真っ直ぐな部分を気に入っているからな」
「そうか。では王。あたしはサナリアに忠誠を誓う。決して私利私欲で次の王を操ろうとはしない。サナリアの為に動こう」
「よし、フィアーナ。サナリアを頼む」
「承知しました王!」
フィアーナは跪いた。続いて。
「我もです。王。サナリアの為に粉骨砕身で」「私もであります」
ゼクスと、シガーも続き。最後に。
「俺もだ。サナリアとズィーベ様の為に身を粉にして働きます」
「うむ。お前たちがいれば国は大丈夫だ。俺自身も安心だ・・・・ごほごほ」
この数日後。王は意識不明になった。
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取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
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二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?
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「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」
勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。
ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。
そんなある日のこと。
何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。
『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』
どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。
……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?
私がその可能性に思い至った頃。
勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。
そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……
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病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
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ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
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対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。
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