人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第一部 人質から始まる物語

第95話 成長したのか 退化したのか

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 話の半分以上が不毛で、帝国にとってまったく実りのない会議が終了した後。
 参加した者たちがぞろぞろと会議室から出て行く中で、まだ部屋にいたフュンの元に雄々しい女性がやって来た。

 「おい。あんた。かなり成長したんだな」
 「…ん? ああ。あなたはサナさんではないですか。お久しぶりですねぇ」
 「ははは、中身は変わってなさそうだな。物腰の柔らかさが変わらねえな・・・にしても久しぶりだな。貴族集会以来か」

 風貌は変わっても態度が変わらないことにサナは話しかけてよかったと安心した。

 「ええ…そうですね。直接会うのは、それ以来ですね」
 「…あんた。いい体つきにもなってるし。それに頭脳。あれは凄いぞ。私は戦場の記録を見たんだ。すげえ! しか言葉が出なかったわな。あんた見直したぜ」

 サナが右の拳をフュンの胸にぶつけると、フュンは嬉しそうに笑った。
 
 「ええ、ありがとうございます。僕はあそこからみっちり全部を鍛えましたからね……そうですね、あれからは大変でしたね。僕ってそんなに体を動かすのは得意じゃありませんでしたしね」
 「…そうか。ならほんとに頑張ったんだな・・・・ん?」

 二人の間にもう一人女性が来た。
 公の場なのでいつもの真面目で無表情な態度の女性……のように他人には見えるが、ジークとフュンであればすぐに気付く。
 ちょっぴり焦ってるような顔をしていた。

 「…フュン殿。そちらの方は?」
 「あ、シルヴィア様! こちらは、サナさんですよ。スターシャ家のサナさんです。前に縁があった方でして。お話していたところなんですよ」
 「…そ、そうですか……ん。スターシャ!? それはあの……。私はシルヴィアであります。挨拶もせずにこちらに来たのは無礼でありますね」
 「いえ。戦姫殿。私の方が先に挨拶をしなければならないのに、申し訳ありません」

 スターシャと言えば武家貴族の中でも有名。
 失礼のないようにしなければならないとシルヴィアは深々と頭を下げた。
 サナとしても、皇女様には無礼な態度を見せることは不可能だった。 
 属国の人質であるタイローやヒルダに見せる対応とは一味違う丁寧な挨拶であった。

 「何のお話をしていたのですか。フュン殿」

 愛しい人が綺麗な女性と会話していた。
 それだけで嫉妬が沸き起こる。
 若干嫌味が混じったような言い方だった。

 「それはですね。お久しぶりですと言っていたのです。あと、褒められたので、嬉しくなって少し話し込んでいただけですよ」
 「そうですか。何を褒められたんでしょう」
 「…え。そうですね。前よりも強くなりましたねって、ことですね」
 「そうですか・・・そうでしょう。うんうん。強くなりましたからね。あなたは」

 嫉妬していてもフュンが褒められているので、シルヴィアは喜びを噛みしめていた。
 自分の事よりもフュンが第一の彼女は、彼が賞賛されることが何よりもうれしいのである。
 そこになんとなく気付いたサナは聞いてみた。

 「あの。もしかして、シルヴィア様は・・・・フュン将軍がお好きなのでしょうか?」
 「・・・え・・・いや、あの・・・その・・・」

 ここで言葉に詰まってはよろしくない。
 がしかし、シルヴィアの思考は喜びと驚きで溢れて、嘘が思いつかずで止まっている。

 「あ、すみません。なんとなく思ったことを口走ってしまい、失礼な事を聞きましたね。皇女様ですもの。帝国の出身でない殿方を好きになることはないですね」
 「あははは。サナさん、その通りですよ。そんなことないない。しかも僕は田舎者ってヒルダさんが言っていたじゃないですか。あ、そうだ。ヒルダさんで思い出しましたよ。今はどうしてますか? サナさん、皆さんとも会ってますか?」

 フュンは巧みに話題を逸らした。
 役に立たない姫を置いて、サナと二人きりの会話に持ち込んだ。
 この機転が今までとは違う男である。

 「ヒルダには会っているよ。マルクスはたまに。でもタイローはしばらく会ってないな。なんか忙しくなって茶会も貴族集会もいけないことが多いみたいだ」
 「そうですか。それは残念ですね」
 「あんたもだよな。来なくなったのはさ」
 「え。まあ、しょうがないんですよ。僕もこの二年。修行があって、そういう集まりに参加できなかったんですよね」
 「修行?」
 「ええ。僕は、シルヴィア様と、ミランダさんに修行をつけてもらっていたので。行きたくても行けなかったと言ってもいいですね」
 「ほう。じゃあ、あんたは戦姫の……シルヴィア様の弟子になったのか」

 目の前に戦姫がいたことを思い出し、サナは名前を訂正した。

 「う~~ん。違いますね。正確に言うと、シルヴィア様は姉弟子です。僕が弟弟子という感じですね」
 「そういうことか。なるほど。だからあんたと、シルヴィア様が仲が良さそうに見えたのか。そんで、あの混沌の奇術師の弟子になっていたのか……なるほどな。だから強くなったんだな」
 「まあ、そんな感じですね。シルヴィア様もジーク様も僕の兄と姉。兄弟弟子みたいなものですから、お二人とも僕に優しくしてくれるんですよぉ」
 「ふ~~ん。そうか。帰順してから、そういう風になったのか……なるほどな」

 上手い具合の会話に落ち着いて、サナは納得して帰っていった。
 そして、取り残された二人は小声で話す。

 「ちょっと! シルヴィア様。あそこで話に詰まってはいけませんよ。何を狼狽えていたのですか!」
 「で。ですが・・フュン」
 「私のことは、フュンではありません。殿をつけてください。殿をです! ここはまだ外ですよ。家の中じゃありません!」
 「す、すみません。フュン殿・・・な、慣れませんね。あははは」

 シルヴィアは、引きつった笑顔に乾いた声を出した。

 「慣れてください!!!! お願いしますよ。シルヴィア様! というか元に戻るだけです!!! いいですね!!!」
 「…ご。ごめんなさい」

 フュンとシルヴィアの関係は、先へと進んでいたが、後ろにも戻っていた。
 最近は外だと叱られっぱなしのシルヴィアであるのだ。

 「フュン君の言った通りだぞ。妹よ。お前はポンコツだよな! あれだけ口には気を付けろと、俺が口を酸っぱくしていつも言ってあっただろうが」
 「す、すみません、兄様」
 「はぁ。まあいいや。ちょっとある計画があってな。フュン君。君を少し借りたいぞ」

 ジークはフュンと話したいことがあったらしく、音もなく二人の間に登場した。

 「僕を?」
 「ああ。あとで協力して欲しいことがあるんだけど。今のところは話でだ。そんで、俺の屋敷に来てくれ。少しお茶をしよう」
 「分かりました。あとでですか? それとも今から?」
 「う~ん。そうだな。今からがいいかな。俺の馬車に乗ってくれ」
 「はい」
 
 シルヴィアが自分のことを誘ってくれない兄に不安になって聞く。

 「・・・兄様。わ、私は・・・・」
 「そうだな。お前も来い」
 「わかりました。最初から誘ってくださいよ!」
 「何拗ねてんだ・・・あ、そうか。フュン君を取られるとでも思ったのか」
 「い。いえ。まったく」
 「俺とフュン君は兄弟なの。だから嫉妬するんじゃない。やきもち焼きが。さっきも顔に出ていたんだからな。気を付けなさい」

 シルヴィアはここでも怒られた。
 あの頃の戦姫はどこへ行ったのだろう。 
 凛々しかった姫は、ポンコツ姫になってしまった。
 その後、三人は馬車に乗って帝都をゆっくり移動し始めた。

 ◇

 道中。

 「僕も必要とは用件はなんでしょうか?」
 「ああ。用件というかね。話を聞いてもらいたくてね。相談みたいな感じさ」
 「そうでしたか。わかりました。聞きます!」
 「ありがとう。でね。いきなりだけど、俺たちも弱小から卒業しないといけないと思ってね。そろそろ仕掛けようと思う。今まで商会で貯めた金も使ってさ。ある準備を加速させて、進めていきたいと思ってることがあるんだ」
 「なるほど。そろそろ王家として動き出す頃合いだということですね」

 ダーレー家も力をつける準備をする。
 裏で動いてきたジークがついに表まで計画を進め始めたのだ。

 「そういうことだ。それでね・・・・俺としてはササラの軍強化をしようかとさと思ってんだ。ハスラも強化している俺たちにとって、これ以上の戦力は難しい所なんだけどね。ササラになら、もう一段階強化しても良いと思うんだ。そうなれば俺たちの家の軍事バランスが取れるんじゃないかってさ」
 「兄様・・・そんな計画を・・・頭、使っていらっしゃったんですね」
 「おいおい。お前な。兄を何だと思ってんだ。頭は常に使ってるわ」
 「・・・え・・・そうだったんですね」

 いたく驚きに満ち溢れている表情を妹がしているので、ジークはとてもがっかりしていた。
 その悲しそうな顔に苦笑いするフュンが聞く。

 「ササラの軍が出来上がった場合。誰が管理をやるんですか? あそこの市長さんと、ピカナさんでは、軍隊を整えるのも、維持管理するのもどちらも難しいのでは?」
 「まあね。だからしばらくミランダをあそこに置くことにするよ。兵は鍛えてもらって、いざという時はヒザルスに軍を預けようかとも」
 「なるほどぉ」

 フュンはピカナの顔を思い出して答える。

 「それ・・・ピカナさんはどう考えているんでしょうか?」
 「そうだな。前段階の時から賛成はしてくれているから、本格的に動いても、たぶん了承はしてくれるよ。でもなぁ。ピカナさんはな。戦闘なんか絶対に出来んからな。できたら、王族とか貴族とかの戦いには関係なく、悠々自適に過ごさせてあげたいんだよね」
 「そうですね。兄様。ピカナさんは、お優しい方ですもの。穏やかになる老後を差し上げたいですね」
 「ああ。出来たら無理をさせたくないんだよな」
 
 兄妹はそう言ったが、フュンは違う。

 「いえいえ。ピカナさんはきっとお二人のお役に立てるなら、何だってしますよ。僕がそうなんです。きっとピカナさんもそうお思いになりますよ。だからその時は笑ってお願いしてください。そしたらもっと笑顔でピカナさんは「うん」と返事をしてくれますよ。あはははは」
 「そうだね。そうかもしれないね」
 
 頼られたら嬉しい。
 それはきっとピカナも一緒だ。
 フュンは彼が、そういう心持ちであることを知っている。
 笑顔が素敵で、嘘偽りのない心をもつ素敵な男性の顔をフュンはまた思い出していた。

 「それじゃあ。その計画を覚えておいて欲しい。フュン君も、もしかしたら、強化したササラの軍を使うかもしれないからね」
 「わかりました。ジーク様。覚えておきます」
 「うん。ありがとう。君も頼りにしてるんだよ」
 「はい! 頑張りますよ。あははは」

 こうして、ジークは何かあるごとにフュンにも報告するような形を取り続ける事になるのだ。
 もうすでに家族としてフュンを認めているのである。


  
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