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第一部 人質から始まる物語
第94話 戦後会議
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「何故みすみす取り逃がしたのだ。貴様のせいで、勝ちを逃したのだ。貴様が此度の戦争の戦犯だ」
帝国の会議室に怒号が響く。
第五皇子ヌロ・タークが会議の最初からフュンを叱責し始めた。
その叱責の理由は、最終決戦の敵の退却路にフュンがいながらも、相手の兵たち、王国の英雄を取り逃したことに対するものである。
しかしあれは、あの場の兵士であれば、罪になるような事とは思えない出来事だ。
だからこそ、今のこの場面は、あってはならぬ罪でのことである。
「それは、あの瞬間が大切なのです‥‥あの間。あれこそが重要なのです」
フュンは理不尽な叱責を受けても、冷静に答えた。
するとこの会議の一番の長、第二皇子ウィルベル・ドルフィンが聞く。
「フュン将軍。どういう意味だい?」
「では失礼します……最後を説明しますと。あの時間を生み出さねば、相手は体勢を立て直すことができたのです。そうなれば、我々はもう一度、アージス平原で継続して王国軍と戦う羽目になりました。そうなった場合、敵の左翼はまだ奥地で生きてます。我らは押し込んだだけなのです。そして、敵の右翼も完全消滅していたわけではないのです。なので、敵が残存している状況で、彼らも我らも、もう一度戦うために立て直しにかかりますと・・・・まあ、説明は不要でしょう。そうなった場合くらい。聡い皆様ならばお判りでしょうからね」
フュンは、全てを説明せずに話を切り上げた。
「お前らも、少しは頭で考えてみろよ」という意味だ。
そうは決して言わないのがフュンであるが、さすがに今回はこの謂れなき罪には苛立っていた。
「何を偉そうに講釈を、貴様がそのまま戦えばよかろうが」
「そうです。あなたがその場で戦えば、あの王子を殺せたのでしょう。あの王子はいずれ、いいえ。今すぐにでも帝国の最大の敵となる男です。今回の戦いは、あなたの失敗であるのに違いありません」
第二皇女リナ・ドルフィンもヌロに続いて叱責すると。
「黙れ! 戦場に出ていない者がつべこべ言うな。フュンが正しい! お前たちが間違っている」
第三皇子スクナロ・タークが机を叩いて立ち上がる。
怒気を帯びた声に二人がビクついた。
「よいか。ヌロ、リナ。戦争は……現場で感じなければ意味がないものなのだ。この会議場では……口だけでは何とでも言えるのだぞ。いいか、敵の大将の首はやすやす取れるものじゃない。なぜなら、大将を守る近衛兵と言うのは通常の兵よりも遥かに強く、士気が高い。それに追い込まれた場面というのは誰もが死に物狂いになるのだ。ならばあの時、フュンの部隊が敵に最後まで立ちはだかったとしても、打ち取るのには時間がかかる。そうなれば王国軍全体が逃げている現状。後ろから来る圧力にあっという間にフュンの部隊は飲み込まれ、我が軍の包囲に近い追撃は崩壊する。そうなると、互いの部隊をその戦場のままで立て直すことになってしまえば、あそこでウォーカー隊が立ちはだかった意味が無くなるのだ」
スクナロは冷静な判断が出来る男だった。
さすがは王家の中でも武闘派の出である。
「だからあの時の相手を受け流すという判断が正しい。大将が全速力で逃げるという判断をすれば、後ろの兵や後ろの将は戦わずにして逃げてくれるのだ。だからあれでよいのだ。いいな。お前たちは戦場を知らん。口だけでは何とでも言えるのだ。いい加減、黙っておれ」
「「・・・・・・・」」
二人は苦虫を噛んだような顔をして、フュンを睨んだ。
いい迷惑であるとフュンは真顔で対処する。
「そして、フュンよ」
「は、はい。スクナロ様」
「俺は感謝する。お前のおかげで命拾いした。すまない。迷惑を掛けたのだ」
帝国の第二皇子が属国の王子に頭を下げた。
深い感謝の様子がそこにあり、周りの人間たちを驚かせた。
「いえ。何も迷惑だなんて」
「いや、お前たちの。あの海側からの援軍が無ければ、俺は確実にあの平原で死んでいる。なに、あの援軍の連中。かなり強かったのだ。あの勢いがあってこそ、俺はもう一度息を吹き返すことが出来て、敵軍を追い払えたのだ。だから重ねて感謝するぞ。ありがとう」
「いえいえ。頭をお上げくださいスクナロ様。私は将として当然のことをしたまでなのです。敵に勝つ方法を練った形でしたので。それでたまたま窮地を救った形になっただけなのですよ。本当にたまたまなのです。ですから、頭をお上げください」
「そうか。でも俺は感謝するぞ。俺は戦場での恩は絶対に忘れん! これは必ず返す!」
「・・・は、はい」
竹を割ったような性格のスクナロは、心の芯の部分からフュンに感謝していた。
その感謝に嘘偽りはない。
武人として活躍する皇子だからこそできる清々しいまでのお礼であった。
そして、その深い感謝を聞いてフュンは焦った顔をする。
さすがにここまでの感謝をされると思わなかったのだ。
その両者の感情の違う顔を見て、ジークとシルヴィアは無表情でいるが、ついにこの時が来たかと思う。
自分の信じた男が、ついに別の王族から賛辞を得られるとは。
……二人にとっては、この上ない喜びであった。
だが、この皇子の姿を見て不満に思う者もいた。
その中の人物に、ヌロとリナがいたのだ。
属国の王子の分際で、帝国の皇子に感謝されるなど。
あってはならない事だと思っている。
しばしの間の後。フラムの手が挙がる。
「殿下。私からもよろしいですか」
「よい」
ウィルベルは総大将の意見を聞く体勢になった。
「私は総大将として戦いましたが、あの天才の圧力に負けてしまいました。私は言い訳はしません。負け惜しみもいいません。私の実力では、あの男の相手が務まりませんでした。対峙しただけで、体中から冷や汗が噴き出たくらいです。私がそんな風に恐れを抱いている中でも、右翼大将フュンは見事に戦ったのです。これはとてもじゃないが、私ではまねできない」
フラムも正直な人間であった。
自分の実力を見誤ることはない。
「スクナロ様も私も、彼に窮地を救ってもらいました。あれが無ければ、おそらく、私の軍は全滅で、帝国軍の大敗であります。10万もの大軍を4万まで減らした私が、もっと減らして全てを失ったかもしれません。二度と立ち上がれないほどの傷を負う所でした。ですから、彼の最後の行動を不問としてください」
「ほう。お前もそう来たか」
ウィルベルは、自分の部下から出たフュンを庇う意見に端的に答えた。
「ここからは私の予測ですが、敵の態勢が整うと、おそらく8万の軍となり。我が軍も立て直すと8万となります。なので、これでは同数対決となり、同数であれば、おそらくあちらの方が強い。天才が指揮をしている上に、あちらの方が兵士の質が高いのです。それでは、こちらに有利な部分がない。ですから、敵を退却させる判断を取った右翼大将フュンが正しいのです。もし彼に罰を与えるのであれば、総大将の私にも罰を願いたい」
「うむ・・・・」
ウィルベルにそう進言したフラムは、今回の戦争の総大将としての責任を取ろうとした。
それは三家の一員のドルフィン家の貴族としての誇りではない。
武将としての誇りである。
武将は母国を守るために戦う。それは政争の為ではないのだ。
優秀な人材をこんな馬鹿みたいな会議で、失うわけにはいかないという思いが、フラムとスクナロにはあった。
フュンという切れ者を失う大きさを武将として理解していたのだ。
帝国にとってどれほどの痛手になるかを身に染みて知っているのである。
「・・・・そうか」
ウィルベルは悩む。
彼らの意見の全てを理解している。
だから、フュンを罰するわけにもいかない。
だけど、このままこのフュンの評価が高くなってしまえば、ダーレー家の権威が増して、自分の家であるドルフィン家の権威が下がる。
なぜなら、戦闘評価を正当にすると、ただ中央で閉じこもっていただけのフラム軍と、全ての盤面で活躍したフュンでは武功のレベルが違うのだ。
後に邪魔になりそうな存在となりうるフュンを今のうちに罰するとまで行かなくとも何かいい所で治めておきたいと考えている。
そう優しそうな長兄に見えるウィルベルこそが、皇子の中でもっとも食えない人物であるのだ。
「ウィル兄上」
「なんだジーク」
「ちょいと、お時間よろしいですかな」
「…はぁ。いいだろう」
いつもの飄々としたジークが前に出る。
やや大げさな表現をして会話する。
「今回はですね。何戦争でしたか。そこのヌロ兄上」
「ぐ、何だ貴様。なぜ私に」
「ほらほら、何戦争でしたか」
「第六次アージス戦争だ」
「はぁ~~~~。やはり兄上はお気づきになられていないのですね」
手のひらを額に置いた。
その様子から、完全に兄を馬鹿にしているジークである。
すぐに切り替えて、リナを指さす。
「では、ほら、リナ姉上。どうです、何戦争ですかな」
「…だから、第六次・・・・」
同じ意見を言おうとした彼女の話をぶった斬る。
「チッチッチ、まったくもう、兄上も姉上も、お気づきになられていないようで・・・いや、わざとですね。ああ、そうか。私が答えを言うのを待ってくれていたのですね。ああ、そうでしたか、そうでしたか。なんて、気の利かない弟なのでしょうか。申し訳ありません。私に花を持たせてくれるなんてね。とてもお優しい姉上と兄上でありますね」
ジークは完全に馬鹿にしていた。
凄い顔で二人が睨む。
ジークの隣に座るシルヴィアは疲れ果てた表情をした。
「ほらほら。今回は防衛戦争ですよ。あちらからけしかけてきた戦争です。ということはです。お気づきでしょうか。ほら、ヌロ兄上」
「あああ。何がだ」
「あらま、まだお気づきではないのですか。どうしましょう。ここまでのヒントがあっても答えられないとは。もしや、頭がどこかに飛んでいってしまわれたのでしょうか。風にでも吹かれて王国まで運ばれてしまったのでしょうかね。ああ、私は商人でもあるので王国まで取りにいけますよ。私が取りに行ってきましょうか? あなたの頭を」
「き、貴様あああ」
リナの顔が気付いたような表情に変わる。そこでジークは指名する。
「はいはい。では気付きましたね。リナ姉上」
「そうね。防衛できてますね。領土を荒らされていません」
「はい、その通りです。さすがは姉上です。そこの方とは違いますね」
「き、貴様ああ」
「いちいち煽るな。いちいち怒るな。お前たち。しかし、ジークの言うとおりであるぞ」
意外に冷静なスクナロが意見した。
二人の熱くなる部分を鎮めようとしていた。
「さすがはスクナロ兄上。武人である兄上もそう思いますよね。という事は我らは勝ち戦。勝ち戦に戦犯とはあり得るのでしょうか。どうなのでしょう、皆さま!」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」
会議室にいる全ての人間が沈黙した。
まったくもってその通り。
癪に障るジークの意見であるが、反論する部分が一つもない。
ぐうの音も出ないほどの正論であった。
「最初の話に戻ってしまいますが。フュン殿のせいでみすみす勝ちを逃したとかいうのが、おかしい話じゃありませんか? 戦争に勝っているのですから、勝ちを逃したって思うこと自体が変です。そうじゃありませんかね。ヌロ兄上」
話の流れに挑発を加えるのを忘れない。
彼はここでも大胆不敵である。
「ですから私は、当然のこと。スクナロ兄上も不問ですし、当然のこと。フラム閣下も不問ですよ。帝国を勝利へと導いた者たちに、何を罰することがあるのでしょう。当然フュン殿もですよ。皆さま・・・死力を尽くして帝国の為に戦ったのです。これを罰するとは・・・・どういうことでしょうか。我らは神にでもなったのでしょうかね。それとも相手を滅ぼさない限り、『勝った!』とは言えないのでしょうかね。どうなんでしょうかね!」
この意見がトドメであった。
巧みな誘導でジークは意見をまとめ上げたのだ。
そして、会議の方向性を決定することが出来る人物が口を開く。
「そうだな。それでよいだろう。今回は勝ちである。だから三部隊に恩賞を与えることにしよう。勝ったのだ。我らはな。そういう事にしよう」
ウィルベルは、そう結論付けたのだ。
こうして、この会議で決まったのは全部隊に対して恩賞を与えることである。
のちに皇帝陛下もそれを了承した。
領土を守ったことを、陛下自らが皆に感謝を述べる。
それは陛下の意思で恩賞に加わったのだった。
帝国の会議室に怒号が響く。
第五皇子ヌロ・タークが会議の最初からフュンを叱責し始めた。
その叱責の理由は、最終決戦の敵の退却路にフュンがいながらも、相手の兵たち、王国の英雄を取り逃したことに対するものである。
しかしあれは、あの場の兵士であれば、罪になるような事とは思えない出来事だ。
だからこそ、今のこの場面は、あってはならぬ罪でのことである。
「それは、あの瞬間が大切なのです‥‥あの間。あれこそが重要なのです」
フュンは理不尽な叱責を受けても、冷静に答えた。
するとこの会議の一番の長、第二皇子ウィルベル・ドルフィンが聞く。
「フュン将軍。どういう意味だい?」
「では失礼します……最後を説明しますと。あの時間を生み出さねば、相手は体勢を立て直すことができたのです。そうなれば、我々はもう一度、アージス平原で継続して王国軍と戦う羽目になりました。そうなった場合、敵の左翼はまだ奥地で生きてます。我らは押し込んだだけなのです。そして、敵の右翼も完全消滅していたわけではないのです。なので、敵が残存している状況で、彼らも我らも、もう一度戦うために立て直しにかかりますと・・・・まあ、説明は不要でしょう。そうなった場合くらい。聡い皆様ならばお判りでしょうからね」
フュンは、全てを説明せずに話を切り上げた。
「お前らも、少しは頭で考えてみろよ」という意味だ。
そうは決して言わないのがフュンであるが、さすがに今回はこの謂れなき罪には苛立っていた。
「何を偉そうに講釈を、貴様がそのまま戦えばよかろうが」
「そうです。あなたがその場で戦えば、あの王子を殺せたのでしょう。あの王子はいずれ、いいえ。今すぐにでも帝国の最大の敵となる男です。今回の戦いは、あなたの失敗であるのに違いありません」
第二皇女リナ・ドルフィンもヌロに続いて叱責すると。
「黙れ! 戦場に出ていない者がつべこべ言うな。フュンが正しい! お前たちが間違っている」
第三皇子スクナロ・タークが机を叩いて立ち上がる。
怒気を帯びた声に二人がビクついた。
「よいか。ヌロ、リナ。戦争は……現場で感じなければ意味がないものなのだ。この会議場では……口だけでは何とでも言えるのだぞ。いいか、敵の大将の首はやすやす取れるものじゃない。なぜなら、大将を守る近衛兵と言うのは通常の兵よりも遥かに強く、士気が高い。それに追い込まれた場面というのは誰もが死に物狂いになるのだ。ならばあの時、フュンの部隊が敵に最後まで立ちはだかったとしても、打ち取るのには時間がかかる。そうなれば王国軍全体が逃げている現状。後ろから来る圧力にあっという間にフュンの部隊は飲み込まれ、我が軍の包囲に近い追撃は崩壊する。そうなると、互いの部隊をその戦場のままで立て直すことになってしまえば、あそこでウォーカー隊が立ちはだかった意味が無くなるのだ」
スクナロは冷静な判断が出来る男だった。
さすがは王家の中でも武闘派の出である。
「だからあの時の相手を受け流すという判断が正しい。大将が全速力で逃げるという判断をすれば、後ろの兵や後ろの将は戦わずにして逃げてくれるのだ。だからあれでよいのだ。いいな。お前たちは戦場を知らん。口だけでは何とでも言えるのだ。いい加減、黙っておれ」
「「・・・・・・・」」
二人は苦虫を噛んだような顔をして、フュンを睨んだ。
いい迷惑であるとフュンは真顔で対処する。
「そして、フュンよ」
「は、はい。スクナロ様」
「俺は感謝する。お前のおかげで命拾いした。すまない。迷惑を掛けたのだ」
帝国の第二皇子が属国の王子に頭を下げた。
深い感謝の様子がそこにあり、周りの人間たちを驚かせた。
「いえ。何も迷惑だなんて」
「いや、お前たちの。あの海側からの援軍が無ければ、俺は確実にあの平原で死んでいる。なに、あの援軍の連中。かなり強かったのだ。あの勢いがあってこそ、俺はもう一度息を吹き返すことが出来て、敵軍を追い払えたのだ。だから重ねて感謝するぞ。ありがとう」
「いえいえ。頭をお上げくださいスクナロ様。私は将として当然のことをしたまでなのです。敵に勝つ方法を練った形でしたので。それでたまたま窮地を救った形になっただけなのですよ。本当にたまたまなのです。ですから、頭をお上げください」
「そうか。でも俺は感謝するぞ。俺は戦場での恩は絶対に忘れん! これは必ず返す!」
「・・・は、はい」
竹を割ったような性格のスクナロは、心の芯の部分からフュンに感謝していた。
その感謝に嘘偽りはない。
武人として活躍する皇子だからこそできる清々しいまでのお礼であった。
そして、その深い感謝を聞いてフュンは焦った顔をする。
さすがにここまでの感謝をされると思わなかったのだ。
その両者の感情の違う顔を見て、ジークとシルヴィアは無表情でいるが、ついにこの時が来たかと思う。
自分の信じた男が、ついに別の王族から賛辞を得られるとは。
……二人にとっては、この上ない喜びであった。
だが、この皇子の姿を見て不満に思う者もいた。
その中の人物に、ヌロとリナがいたのだ。
属国の王子の分際で、帝国の皇子に感謝されるなど。
あってはならない事だと思っている。
しばしの間の後。フラムの手が挙がる。
「殿下。私からもよろしいですか」
「よい」
ウィルベルは総大将の意見を聞く体勢になった。
「私は総大将として戦いましたが、あの天才の圧力に負けてしまいました。私は言い訳はしません。負け惜しみもいいません。私の実力では、あの男の相手が務まりませんでした。対峙しただけで、体中から冷や汗が噴き出たくらいです。私がそんな風に恐れを抱いている中でも、右翼大将フュンは見事に戦ったのです。これはとてもじゃないが、私ではまねできない」
フラムも正直な人間であった。
自分の実力を見誤ることはない。
「スクナロ様も私も、彼に窮地を救ってもらいました。あれが無ければ、おそらく、私の軍は全滅で、帝国軍の大敗であります。10万もの大軍を4万まで減らした私が、もっと減らして全てを失ったかもしれません。二度と立ち上がれないほどの傷を負う所でした。ですから、彼の最後の行動を不問としてください」
「ほう。お前もそう来たか」
ウィルベルは、自分の部下から出たフュンを庇う意見に端的に答えた。
「ここからは私の予測ですが、敵の態勢が整うと、おそらく8万の軍となり。我が軍も立て直すと8万となります。なので、これでは同数対決となり、同数であれば、おそらくあちらの方が強い。天才が指揮をしている上に、あちらの方が兵士の質が高いのです。それでは、こちらに有利な部分がない。ですから、敵を退却させる判断を取った右翼大将フュンが正しいのです。もし彼に罰を与えるのであれば、総大将の私にも罰を願いたい」
「うむ・・・・」
ウィルベルにそう進言したフラムは、今回の戦争の総大将としての責任を取ろうとした。
それは三家の一員のドルフィン家の貴族としての誇りではない。
武将としての誇りである。
武将は母国を守るために戦う。それは政争の為ではないのだ。
優秀な人材をこんな馬鹿みたいな会議で、失うわけにはいかないという思いが、フラムとスクナロにはあった。
フュンという切れ者を失う大きさを武将として理解していたのだ。
帝国にとってどれほどの痛手になるかを身に染みて知っているのである。
「・・・・そうか」
ウィルベルは悩む。
彼らの意見の全てを理解している。
だから、フュンを罰するわけにもいかない。
だけど、このままこのフュンの評価が高くなってしまえば、ダーレー家の権威が増して、自分の家であるドルフィン家の権威が下がる。
なぜなら、戦闘評価を正当にすると、ただ中央で閉じこもっていただけのフラム軍と、全ての盤面で活躍したフュンでは武功のレベルが違うのだ。
後に邪魔になりそうな存在となりうるフュンを今のうちに罰するとまで行かなくとも何かいい所で治めておきたいと考えている。
そう優しそうな長兄に見えるウィルベルこそが、皇子の中でもっとも食えない人物であるのだ。
「ウィル兄上」
「なんだジーク」
「ちょいと、お時間よろしいですかな」
「…はぁ。いいだろう」
いつもの飄々としたジークが前に出る。
やや大げさな表現をして会話する。
「今回はですね。何戦争でしたか。そこのヌロ兄上」
「ぐ、何だ貴様。なぜ私に」
「ほらほら、何戦争でしたか」
「第六次アージス戦争だ」
「はぁ~~~~。やはり兄上はお気づきになられていないのですね」
手のひらを額に置いた。
その様子から、完全に兄を馬鹿にしているジークである。
すぐに切り替えて、リナを指さす。
「では、ほら、リナ姉上。どうです、何戦争ですかな」
「…だから、第六次・・・・」
同じ意見を言おうとした彼女の話をぶった斬る。
「チッチッチ、まったくもう、兄上も姉上も、お気づきになられていないようで・・・いや、わざとですね。ああ、そうか。私が答えを言うのを待ってくれていたのですね。ああ、そうでしたか、そうでしたか。なんて、気の利かない弟なのでしょうか。申し訳ありません。私に花を持たせてくれるなんてね。とてもお優しい姉上と兄上でありますね」
ジークは完全に馬鹿にしていた。
凄い顔で二人が睨む。
ジークの隣に座るシルヴィアは疲れ果てた表情をした。
「ほらほら。今回は防衛戦争ですよ。あちらからけしかけてきた戦争です。ということはです。お気づきでしょうか。ほら、ヌロ兄上」
「あああ。何がだ」
「あらま、まだお気づきではないのですか。どうしましょう。ここまでのヒントがあっても答えられないとは。もしや、頭がどこかに飛んでいってしまわれたのでしょうか。風にでも吹かれて王国まで運ばれてしまったのでしょうかね。ああ、私は商人でもあるので王国まで取りにいけますよ。私が取りに行ってきましょうか? あなたの頭を」
「き、貴様あああ」
リナの顔が気付いたような表情に変わる。そこでジークは指名する。
「はいはい。では気付きましたね。リナ姉上」
「そうね。防衛できてますね。領土を荒らされていません」
「はい、その通りです。さすがは姉上です。そこの方とは違いますね」
「き、貴様ああ」
「いちいち煽るな。いちいち怒るな。お前たち。しかし、ジークの言うとおりであるぞ」
意外に冷静なスクナロが意見した。
二人の熱くなる部分を鎮めようとしていた。
「さすがはスクナロ兄上。武人である兄上もそう思いますよね。という事は我らは勝ち戦。勝ち戦に戦犯とはあり得るのでしょうか。どうなのでしょう、皆さま!」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」
会議室にいる全ての人間が沈黙した。
まったくもってその通り。
癪に障るジークの意見であるが、反論する部分が一つもない。
ぐうの音も出ないほどの正論であった。
「最初の話に戻ってしまいますが。フュン殿のせいでみすみす勝ちを逃したとかいうのが、おかしい話じゃありませんか? 戦争に勝っているのですから、勝ちを逃したって思うこと自体が変です。そうじゃありませんかね。ヌロ兄上」
話の流れに挑発を加えるのを忘れない。
彼はここでも大胆不敵である。
「ですから私は、当然のこと。スクナロ兄上も不問ですし、当然のこと。フラム閣下も不問ですよ。帝国を勝利へと導いた者たちに、何を罰することがあるのでしょう。当然フュン殿もですよ。皆さま・・・死力を尽くして帝国の為に戦ったのです。これを罰するとは・・・・どういうことでしょうか。我らは神にでもなったのでしょうかね。それとも相手を滅ぼさない限り、『勝った!』とは言えないのでしょうかね。どうなんでしょうかね!」
この意見がトドメであった。
巧みな誘導でジークは意見をまとめ上げたのだ。
そして、会議の方向性を決定することが出来る人物が口を開く。
「そうだな。それでよいだろう。今回は勝ちである。だから三部隊に恩賞を与えることにしよう。勝ったのだ。我らはな。そういう事にしよう」
ウィルベルは、そう結論付けたのだ。
こうして、この会議で決まったのは全部隊に対して恩賞を与えることである。
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幼い頃、孤児院から引き取られた主人公リュークは、養父となった侯爵から酷い扱いを受けていた。
そんなある日、リュークは『スマホ』という史上初の『Xランク』スキルを授かる。
養父は『Xランク』をただの『バツランク』だと馬鹿にし、リュークをきつくぶん殴ったうえ、親子の縁を切って家から追い出す。
だが本当は『Extraランク』という意味で、超絶ぶっちぎりの能力を持っていた。
『スマホ』の能力――それは鑑定、検索、マップ機能、動物の言葉が翻訳ができるほか、他人やモンスターの持つスキル・魔法などをコピーして取得が可能なうえ、写真に撮ったものを現物として出せたり、合成することで強力な魔導装備すら製作できる最凶のものだった。
貴族家から放り出されたリュークは、朱鷺色の髪をした天才美少女剣士アニスと出会う。
『剣姫』の二つ名を持つアニスは雲の上の存在だったが、『スマホ』の力でリュークは成り上がり、徐々にその関係は接近していく。
『スマホ』はリュークの成長とともにさらに進化し、最弱の男はいつしか世界最強の存在へ……。
どん底だった主人公が一発逆転する物語です。
※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。
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