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第一部 人質から始まる物語
第93話 二人の英雄はここで出会う
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アージス平原の中央。
両国の勝負は終わりに向かっていた。
四万もの差をもろともしないネアル軍が、フラム軍の左翼をすでに壊滅させ、更にはフラムが直接率いている本軍すらも叩く勢いでいる。
喉元を刺し、ここで終わりにしようとしていたのだ。
帝国のフラム軍は残り五万となり、すでに数の優位も失っていた。
そしてここで、ネアルは慈悲もない一撃を加えようとしていた。
「ブルー。左翼のアスターネに指示を出せ、右翼のバールマンすらも超えて本陣急襲とな。それで粉砕する。ここで王国の勝利を手にしようか」
「承知しました。ただいま指示を出しま・・・・ん!?」
「どうした! ブルー」
「王子。あれを・・・まさか!?」
ネアルは、ブルーが驚いた方向を見るために右を向く。
戦場で右に敵が出てくる場面などない。
なぜなら右翼を越えて右の盤面など、隣の戦場の事だ。
だからあのエクリプスが敗北しない限り敵襲などありえないのだ。
あのエクリプスがだ。
兄弟紛争をする前。
エクリプスは第三戦力であり、自分たち兄弟に関わっていなかった。
独自で戦争を行っていた彼は、三年近く前にあと少しでハスラを落とすかもしれない所まで行った名将。
ネアルが勝利した兄弟紛争の後。
雑魚はいらんといつも言うネアルが、エクリプスだけは自分の配下に欲しいと自らの意思で頭を下げるほどに欲っした名将なのだ。
天才が欲するほどの男が今この大事な局面で負けるなど考えられない。
思いもよらないのが本音だ。
だが事態はそう願っていても、悪い方へと向かっていた。
「ブルー。一旦退却する。今の状態でどれだけ押そうが意味がない。我が軍は最初の陣の場所まで一時退却するぞ。下がる!」
「はっ。鐘を鳴らせ! 退却だ」
ブルーが全体に指示を出すと、戦場で鐘が鳴った。
脱兎のごとく後ろにある本陣を目指して退却するネアル軍。
退却すらも高速で鮮やかである。
いきなり敵が逃げ出したことで反応が遅れたフラム軍のその追撃は弱く甘い。だがしかし、横から来るスクナロ軍は甘くはなかった。
ネアル軍の殿を務めることになる右翼のパールマンの兵が少しずつ削られていくのが分かる。
「チっ。あれはなかなか強いな。あの軍は突進が上手いのか」
「王子! 右後ろを。我が軍の左翼を見てください」
「なに。どうした急に! ブルーよ」
「お、お早く」
「なんだというのだ・・・」
ブルーの慌てぶりに、急ぎ右後方を振り向く。
そこでネアルは驚く。
自分の軍の左翼中心部に敵軍が入り込んでいた。
右翼のみならず左翼にまで突撃を受けていたのだ。
「なに!? どこから来た!? 敵は、潜伏していたのか」
「いえ、数からして、林での潜伏は不可能だと思われます」
「じゃあまさか、左翼のサバシア軍も撃破されたのか。サバシアが負けたのか」
サバシア・リーラ。
エクリプスに比べれば実力はないがバランスの取れた将としてネアルは高く評価していた。
カサブランカのような雑魚の元にいてはもったいないとして、引き抜いた将の一人だ。
しかも今回のサバシアの相手は、前回戦った相手だ。
対処はどうとでもなるだろう。
数も互角だろうし、上手くいけば抑え込むどころか、勝てるだろうとも考えていたくらいだ。
だがここで、まさかの敗北を喫するとは、ネアルは夢にも思わずで退却している。
「ん!? な!? なに!?」
ここで正面に顔を戻したネアルとブルーは退却する足を止めた。
目の前の光景に驚いたのである。
◇
少し時間が戻り、スクナロ軍がエクリプス軍を破り、ネアル軍の本陣の方へ移動している頃。
フュンがウォーカー隊の先陣を走っている場面。
「サブロウ! ご苦労様です」
「ほいぞな。今が、お前が描いた盤面ぞ」
「そのようだね」
サブロウが馬でフュンと合流した。
「フュン、ここからはどうするぞ」
「いけます。相手を出し抜きます。それしかあの人に勝つ方法はないでしょう」
「ほほほ。お前さんは面白いぞ。これ、割と楽しいぞな」
「そうですか。僕としてはハラハラで疲れますよ。サブロウ、代わってもらえますか? あはははは」
「嘘つけ。フュンは度胸あるぞい! 代わる気などないぞな」
フュンはまだ冗談を言えるくらいに余裕があった。
サブロウは嬉しそうに答えた。
「エリナ! 今から左に弧を描いて進軍しなさい。それでちょうど撤退している敵の左翼に当たるはずです。いきなさい」
「おうよ」
「なんだったら首級をあげてもいいですよ」
「ははは、フュン。期待しとけよ。あたいによ」
「ええ。もちろん。いつでも期待してます!」
エリナ部隊はネアル軍の脇腹に弧を描いて突撃していった。
「ゼファー! リアリス! ニール、ルージュ!」
「はっ殿下!」「はい殿下」「「殿下」」
それぞれが返事をすると指示が飛ぶ。
「僕についてきてください。敵の真後ろに出ます。予想ではそこが真後ろです」
「「「了解です」」」
フュンは敵の背後を取る動きをしていた。
そしてこの動きはこういう結果となる。
◇
「な!? こいつらは・・・どこから・・・いや、私がここにおびき寄せられたのか・・・」
ネアルは驚く。
もう目と鼻の先に敵軍が、完璧な陣を展開していたことに。
「う、打ち破りましょう。今すぐここで戦いましょう。後ろからも敵が迫っているのです。王子!!」
「ま、待て。ブルー。誰かでてきた」
ネアルは軍への指示を止めた。
敵陣から一人飛び出てきたからだ。
大きな声なのに優しい声が聞こえる。
「我が名はフュン。ガルナズン帝国右翼軍の大将フュン・メイダルフィアであります。貴殿があの・・・王国の英雄ネアル・ビンジャー殿でお間違いないでしょうか」
堂々とした名乗りあげ。
ネアルはさらに驚いていた。
わざわざこの場面で名乗るなんて、なんて度胸だと。
そしてならばこちらもと・・・。
「そうだ。私が、ネアル・ビンジャー。イーナミア王国の第一王子だ。お初にお目にかかる。フュン殿」
ネアルも堂々と答える。
そしてさらに彼も前に出る。
今から、ここで一騎打ちでもするかのような状態になり、ここは二人だけの空間になった。
これほどの乱戦で、なぜか戦場は二人だけの舞台になる。
「その風格、その風貌……やはり、そうでしたか。お会いできて光栄です。あなた様の戦略眼と戦術眼。その全てに敬服しております。こちらが後手に回るしかない策略の数々。素晴らしい手腕です。帝国にはあなたほどの方がいません」
「はははは。いやいや。この無様な退却をご存じないのかな。このような失態を貴殿にさらしてしまっているのだ。さすがにその評価はないだろう。貴殿の方が素晴らしいお手前であるかと思いますぞ」
少し時間が経ち。
「この戦場の図を描いたのは貴殿だな。我が王国軍の左右軍の敗北。貴殿の仕業と見てよいな」
「・・・そうですかね。私の仕業かどうかはわかりませんね。しかし、私の仕掛けだとしても、それはたまたま上手くいっただけですよ。私の方に少しだけ運が味方しただけのことです。全ては紙一重であります」
「はははは。それはない。私が生まれてから一度も取られたことが無い。この私の背後を、貴殿は取った。これを運とは言わせないぞ。なぜなら私は、運で左右されるような失態は侵さないのだ。貴殿の実力に決まっているのですぞ」
「あははは。そうならばいいですね。あなたの強さに近づけたように思えてしまいます」
会話の中で火花が散る。
互いを認め合いながらの牽制が続いた。
「では、ネアル王子。どうしましょうか。投降してくれますか。もうすぐ、包囲は完成しますよ」
「はははは。まさかな。それは出来ないな」
「そうですか。やはりあなた様はそう考えますよね。戦いますよね」
「いえいえ。貴殿こそ。この私が降伏するなど、最初から思っておりませんな・・・・では」
「そうですね・・・・では」
二人は背を向け、自分の軍に帰ると指示を出す。
◇
フュンは三角に敷いた陣に戻る。
これはとても不思議な陣形であった。
「ゼファー、リアリス。予定通りの陣で守りますよ。相手の攻撃の流れを全力で受け流しなさい。目的はわかってますね。僕らは防衛戦争だったのです」
「「はっ殿下!」」
◇
ネアルはその陣形を見てすぐにわかった。
敵であるフュンの思考を読み取って満面の笑みになる。
ここまでの退屈で不満だった心がどこかへ飛んでいった。
ここから先は多忙を極めて自分を満足させる。
ワクワクやドキドキのような、胸が高鳴るような戦いが待っている。
ネアルは、私の前に好敵手が現れてくれたのだと神に感謝した。
運命の人に出会ったネアルは、今までとはうって変わって、活き活きと指示を出す。
「ブルー。この戦争! ここで軍を立て直しても無駄だ。なれば、ここは奴の・・・いや。失礼だな。我が宿敵フュン・メイダルフィアの誘いに乗るぞ。ぶつかってから左右に分かれて本陣以上に退却だ。我らは王国へと帰還するぞ。後ろはとにかく我が部隊に続いて、全力で退却しろと伝えよ。この侵略戦争はこれにて終結である・・・・だが、ここは宿敵に見せつけるしかあるまい・・・ふふふっはははっ」
ネアルは目を瞑り、目を見開いてからまたブルーを呼ぶ。
「ブルーよ。全力を出せと全兵に伝えよ!! 私の宿敵となる男に見せつけるのだ! 我が軍は、退却する姿でも勇ましいのだとな」
「はっ」
「いくぞ。私に続け。王国軍!」
「「「あああああああああああああああああ」」」
◇
全力で退却するネアル軍の前で、フュンが叫ぶ。
「ゼファー。リアリス。敵が来ます! 持ち場を死守しなさい! 僕らは防衛。ここを凌げば勝ちであります。戦いなさい。ウォーカー隊! 最後の勝負です!」
「「「おおおおおおおおおおおお」」」
士気が爆発した両軍の衝突は、第六次アージス大戦で一番の激戦であったとされる。
迎え撃つフュン。逃げるネアル。
両者がすれ違ったのはほんの数秒間の事だったが。
二人はすれ違う際に互いの顔を見て微笑んだとされる。
後の宿敵を歓迎したかのように・・・・。
◇
こうして、アーリア大陸の歴史に名が残る二人の英雄は、この大戦で初めて出会う。
両国の英雄が参加した戦争。
第六次アージス大戦は後の時代には引き分けと称された。
王国側の英雄は、正統後継者として現れた戦争の天才ネアル・ビンジャー。
幼少時からありとあらゆることで誰にも負けなかった。
王国の歴史の中で、戦争をこなす王は今までに存在しない。
不世出の天才である。
後に王国を強固な地盤で固めて帝国と対決する英雄である。
そして、帝国側の英雄は、人質として現れた属国の凡庸王子フュン・メイダルフィア。
幼少の頃より平凡であると称され、多くの失敗と成功を繰り返してきた人物。
何もかもが上手くいってきたわけではない人生。
それでもあきらめずに、誰かに背中を支えてもらいながらも、大きく成長していった努力の人物だ。
後に彼は・・・・・・・・となるが、それはまだいいでしょう。
もう一人の英雄となる男である。
これから先。
二人は宿敵となり、幾度となく、雌雄を決する戦いをすることになるのだが。
それもまた先の話である。
両国の勝負は終わりに向かっていた。
四万もの差をもろともしないネアル軍が、フラム軍の左翼をすでに壊滅させ、更にはフラムが直接率いている本軍すらも叩く勢いでいる。
喉元を刺し、ここで終わりにしようとしていたのだ。
帝国のフラム軍は残り五万となり、すでに数の優位も失っていた。
そしてここで、ネアルは慈悲もない一撃を加えようとしていた。
「ブルー。左翼のアスターネに指示を出せ、右翼のバールマンすらも超えて本陣急襲とな。それで粉砕する。ここで王国の勝利を手にしようか」
「承知しました。ただいま指示を出しま・・・・ん!?」
「どうした! ブルー」
「王子。あれを・・・まさか!?」
ネアルは、ブルーが驚いた方向を見るために右を向く。
戦場で右に敵が出てくる場面などない。
なぜなら右翼を越えて右の盤面など、隣の戦場の事だ。
だからあのエクリプスが敗北しない限り敵襲などありえないのだ。
あのエクリプスがだ。
兄弟紛争をする前。
エクリプスは第三戦力であり、自分たち兄弟に関わっていなかった。
独自で戦争を行っていた彼は、三年近く前にあと少しでハスラを落とすかもしれない所まで行った名将。
ネアルが勝利した兄弟紛争の後。
雑魚はいらんといつも言うネアルが、エクリプスだけは自分の配下に欲しいと自らの意思で頭を下げるほどに欲っした名将なのだ。
天才が欲するほどの男が今この大事な局面で負けるなど考えられない。
思いもよらないのが本音だ。
だが事態はそう願っていても、悪い方へと向かっていた。
「ブルー。一旦退却する。今の状態でどれだけ押そうが意味がない。我が軍は最初の陣の場所まで一時退却するぞ。下がる!」
「はっ。鐘を鳴らせ! 退却だ」
ブルーが全体に指示を出すと、戦場で鐘が鳴った。
脱兎のごとく後ろにある本陣を目指して退却するネアル軍。
退却すらも高速で鮮やかである。
いきなり敵が逃げ出したことで反応が遅れたフラム軍のその追撃は弱く甘い。だがしかし、横から来るスクナロ軍は甘くはなかった。
ネアル軍の殿を務めることになる右翼のパールマンの兵が少しずつ削られていくのが分かる。
「チっ。あれはなかなか強いな。あの軍は突進が上手いのか」
「王子! 右後ろを。我が軍の左翼を見てください」
「なに。どうした急に! ブルーよ」
「お、お早く」
「なんだというのだ・・・」
ブルーの慌てぶりに、急ぎ右後方を振り向く。
そこでネアルは驚く。
自分の軍の左翼中心部に敵軍が入り込んでいた。
右翼のみならず左翼にまで突撃を受けていたのだ。
「なに!? どこから来た!? 敵は、潜伏していたのか」
「いえ、数からして、林での潜伏は不可能だと思われます」
「じゃあまさか、左翼のサバシア軍も撃破されたのか。サバシアが負けたのか」
サバシア・リーラ。
エクリプスに比べれば実力はないがバランスの取れた将としてネアルは高く評価していた。
カサブランカのような雑魚の元にいてはもったいないとして、引き抜いた将の一人だ。
しかも今回のサバシアの相手は、前回戦った相手だ。
対処はどうとでもなるだろう。
数も互角だろうし、上手くいけば抑え込むどころか、勝てるだろうとも考えていたくらいだ。
だがここで、まさかの敗北を喫するとは、ネアルは夢にも思わずで退却している。
「ん!? な!? なに!?」
ここで正面に顔を戻したネアルとブルーは退却する足を止めた。
目の前の光景に驚いたのである。
◇
少し時間が戻り、スクナロ軍がエクリプス軍を破り、ネアル軍の本陣の方へ移動している頃。
フュンがウォーカー隊の先陣を走っている場面。
「サブロウ! ご苦労様です」
「ほいぞな。今が、お前が描いた盤面ぞ」
「そのようだね」
サブロウが馬でフュンと合流した。
「フュン、ここからはどうするぞ」
「いけます。相手を出し抜きます。それしかあの人に勝つ方法はないでしょう」
「ほほほ。お前さんは面白いぞ。これ、割と楽しいぞな」
「そうですか。僕としてはハラハラで疲れますよ。サブロウ、代わってもらえますか? あはははは」
「嘘つけ。フュンは度胸あるぞい! 代わる気などないぞな」
フュンはまだ冗談を言えるくらいに余裕があった。
サブロウは嬉しそうに答えた。
「エリナ! 今から左に弧を描いて進軍しなさい。それでちょうど撤退している敵の左翼に当たるはずです。いきなさい」
「おうよ」
「なんだったら首級をあげてもいいですよ」
「ははは、フュン。期待しとけよ。あたいによ」
「ええ。もちろん。いつでも期待してます!」
エリナ部隊はネアル軍の脇腹に弧を描いて突撃していった。
「ゼファー! リアリス! ニール、ルージュ!」
「はっ殿下!」「はい殿下」「「殿下」」
それぞれが返事をすると指示が飛ぶ。
「僕についてきてください。敵の真後ろに出ます。予想ではそこが真後ろです」
「「「了解です」」」
フュンは敵の背後を取る動きをしていた。
そしてこの動きはこういう結果となる。
◇
「な!? こいつらは・・・どこから・・・いや、私がここにおびき寄せられたのか・・・」
ネアルは驚く。
もう目と鼻の先に敵軍が、完璧な陣を展開していたことに。
「う、打ち破りましょう。今すぐここで戦いましょう。後ろからも敵が迫っているのです。王子!!」
「ま、待て。ブルー。誰かでてきた」
ネアルは軍への指示を止めた。
敵陣から一人飛び出てきたからだ。
大きな声なのに優しい声が聞こえる。
「我が名はフュン。ガルナズン帝国右翼軍の大将フュン・メイダルフィアであります。貴殿があの・・・王国の英雄ネアル・ビンジャー殿でお間違いないでしょうか」
堂々とした名乗りあげ。
ネアルはさらに驚いていた。
わざわざこの場面で名乗るなんて、なんて度胸だと。
そしてならばこちらもと・・・。
「そうだ。私が、ネアル・ビンジャー。イーナミア王国の第一王子だ。お初にお目にかかる。フュン殿」
ネアルも堂々と答える。
そしてさらに彼も前に出る。
今から、ここで一騎打ちでもするかのような状態になり、ここは二人だけの空間になった。
これほどの乱戦で、なぜか戦場は二人だけの舞台になる。
「その風格、その風貌……やはり、そうでしたか。お会いできて光栄です。あなた様の戦略眼と戦術眼。その全てに敬服しております。こちらが後手に回るしかない策略の数々。素晴らしい手腕です。帝国にはあなたほどの方がいません」
「はははは。いやいや。この無様な退却をご存じないのかな。このような失態を貴殿にさらしてしまっているのだ。さすがにその評価はないだろう。貴殿の方が素晴らしいお手前であるかと思いますぞ」
少し時間が経ち。
「この戦場の図を描いたのは貴殿だな。我が王国軍の左右軍の敗北。貴殿の仕業と見てよいな」
「・・・そうですかね。私の仕業かどうかはわかりませんね。しかし、私の仕掛けだとしても、それはたまたま上手くいっただけですよ。私の方に少しだけ運が味方しただけのことです。全ては紙一重であります」
「はははは。それはない。私が生まれてから一度も取られたことが無い。この私の背後を、貴殿は取った。これを運とは言わせないぞ。なぜなら私は、運で左右されるような失態は侵さないのだ。貴殿の実力に決まっているのですぞ」
「あははは。そうならばいいですね。あなたの強さに近づけたように思えてしまいます」
会話の中で火花が散る。
互いを認め合いながらの牽制が続いた。
「では、ネアル王子。どうしましょうか。投降してくれますか。もうすぐ、包囲は完成しますよ」
「はははは。まさかな。それは出来ないな」
「そうですか。やはりあなた様はそう考えますよね。戦いますよね」
「いえいえ。貴殿こそ。この私が降伏するなど、最初から思っておりませんな・・・・では」
「そうですね・・・・では」
二人は背を向け、自分の軍に帰ると指示を出す。
◇
フュンは三角に敷いた陣に戻る。
これはとても不思議な陣形であった。
「ゼファー、リアリス。予定通りの陣で守りますよ。相手の攻撃の流れを全力で受け流しなさい。目的はわかってますね。僕らは防衛戦争だったのです」
「「はっ殿下!」」
◇
ネアルはその陣形を見てすぐにわかった。
敵であるフュンの思考を読み取って満面の笑みになる。
ここまでの退屈で不満だった心がどこかへ飛んでいった。
ここから先は多忙を極めて自分を満足させる。
ワクワクやドキドキのような、胸が高鳴るような戦いが待っている。
ネアルは、私の前に好敵手が現れてくれたのだと神に感謝した。
運命の人に出会ったネアルは、今までとはうって変わって、活き活きと指示を出す。
「ブルー。この戦争! ここで軍を立て直しても無駄だ。なれば、ここは奴の・・・いや。失礼だな。我が宿敵フュン・メイダルフィアの誘いに乗るぞ。ぶつかってから左右に分かれて本陣以上に退却だ。我らは王国へと帰還するぞ。後ろはとにかく我が部隊に続いて、全力で退却しろと伝えよ。この侵略戦争はこれにて終結である・・・・だが、ここは宿敵に見せつけるしかあるまい・・・ふふふっはははっ」
ネアルは目を瞑り、目を見開いてからまたブルーを呼ぶ。
「ブルーよ。全力を出せと全兵に伝えよ!! 私の宿敵となる男に見せつけるのだ! 我が軍は、退却する姿でも勇ましいのだとな」
「はっ」
「いくぞ。私に続け。王国軍!」
「「「あああああああああああああああああ」」」
◇
全力で退却するネアル軍の前で、フュンが叫ぶ。
「ゼファー。リアリス。敵が来ます! 持ち場を死守しなさい! 僕らは防衛。ここを凌げば勝ちであります。戦いなさい。ウォーカー隊! 最後の勝負です!」
「「「おおおおおおおおおおおお」」」
士気が爆発した両軍の衝突は、第六次アージス大戦で一番の激戦であったとされる。
迎え撃つフュン。逃げるネアル。
両者がすれ違ったのはほんの数秒間の事だったが。
二人はすれ違う際に互いの顔を見て微笑んだとされる。
後の宿敵を歓迎したかのように・・・・。
◇
こうして、アーリア大陸の歴史に名が残る二人の英雄は、この大戦で初めて出会う。
両国の英雄が参加した戦争。
第六次アージス大戦は後の時代には引き分けと称された。
王国側の英雄は、正統後継者として現れた戦争の天才ネアル・ビンジャー。
幼少時からありとあらゆることで誰にも負けなかった。
王国の歴史の中で、戦争をこなす王は今までに存在しない。
不世出の天才である。
後に王国を強固な地盤で固めて帝国と対決する英雄である。
そして、帝国側の英雄は、人質として現れた属国の凡庸王子フュン・メイダルフィア。
幼少の頃より平凡であると称され、多くの失敗と成功を繰り返してきた人物。
何もかもが上手くいってきたわけではない人生。
それでもあきらめずに、誰かに背中を支えてもらいながらも、大きく成長していった努力の人物だ。
後に彼は・・・・・・・・となるが、それはまだいいでしょう。
もう一人の英雄となる男である。
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二人は宿敵となり、幾度となく、雌雄を決する戦いをすることになるのだが。
それもまた先の話である。
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