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第一部 人質から始まる物語
第88話 兵が足りない?
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開戦一カ月ほど前。フュンたちがハスラで会議をしたすぐ後。
帝都アサイン城の軍事会議室に皇帝を除いた王家の人間と軍幹部らが集結。
上座に座るのは皇帝代理を務める第二皇子のウィルベルである。
「皆、召集に応じてくれて、ありがとう。ここは一応、正式な場ではあるが、簡易の挨拶にだけして、会議を円滑に進めるために言葉も端的に話すことにする。少し緊急を要する問題が発生してしまい。すまないな」
軽い挨拶でも軍幹部たちは頷く。
当然、この会議の中身の方が問題であるからだ。
「では、今回の問題は。アージス平原だ。そこで戦争が始まる可能性があるかもしれない。諜報部の報告では、王国の最前線基地としての役割を持つ都市ルクセントに軍が集結しているとの情報が入った。この事から、こちらも準備が必要となった」
「兄上。敵の軍量は?」
スクナロはここで武人らしく端的に聞く。
「総勢13万だ」
「お・・・おお。そうか」
さすがの数にスクナロは一瞬だけ止まった。
「なぜ。その小僧がいる。部外者であろう」
なぜか話し合いの内容とは全く関係がない意見が飛び出た。
王家の席にいるヌロが、軍部の席にいるフュンを指さす。
「それは、我がダーレー家の将軍だからですよ。ヌロ兄上!」
ヌロの近くにいるジークが悠々と答えた。
「なんだと!?」
「フュン殿は我がダーレー家の将の一人。さらに今回は、ダーレー軍。ウォーカー隊の大将をするのでね。ここに呼んだのです」
「貴様、この一大事に、属国の王子如きを参戦させるつもりか。大人しく貴様の家は、戦姫を出せ! 戦姫を」
「いやはや。ヌロ兄上。ターク家の軍事権はあなたではなくスクナロ兄上でしょう。という事はダーレー家の軍事権だって、私ではなく。当主であるシルヴィアなのですよ。当主のシルヴィアが彼でいいと言っているのですから彼で確定なのです。あ、それと。フュン殿は、ダーレー家の顧問ミランダのお墨付きの実力者なので、大将任命は何も問題がありません。すでに実力は、ヌロ兄上よりも遥かに上・・・そうですね。もしかして、兄上は将として参加なされないから悔しくて僻んでいるのですか? 全く肝が小さいですな兄上は」
ヌロの意見を真っ向からつっぱねながら挑発したジークは、珍しく含みを持たせず、直接嫌味を言った。
本当はクソ雑魚だなお前まで言いたいが、品が無いので言わない。
それにジークは、そもそもヌロが眼中にない。
ジークとしては、王家筆頭ウィルベルと、軍部のスクナロが反論してくるならば説得に応じるべきだと考えているのだ。
それと、帝国の軍事は基本的に合議制。
スクナロが頂点に近い役割をするが、話し合いにより戦争を行う。
それに並行して、各王家の軍の人事は各王家が担当する。
自分の家の大将を誰に任命するのかも各王家が行うし、どれほどの兵力を戦場に派兵するかも王家が管理する。
「貴様・・・そんなこと・・・だめに決まって・・」
逆上しないだけヌロは少し成長していた。
「ヌロ! お前は黙れ。まずは敵情を知りたい。会議を進めたいのだ」
「・・は、はい。兄上」
ヌロは、全兄であるスクナロの一喝で黙った。
咳払いしてウィルベルから会議が再開。
「いいか。話を続けるぞ。敵の規模は先程の通り。そして、相手の動きから推察すると、アージス平原の方向のみに兵が動いている。だが、他の都市も警戒はしないといけない。そこで、我が帝国の最前線基地の役割を持つ都市。ハスラ。リーガ。ビスタ。この北から南のかけての都市にも兵力は置いておくこととしよう。それでは、各陣営が出せる軍量を知りたい。我がドルフィン家は10万。フラム軍で出せる」
ウィルベルの指示は続く。
「スクナロ! ターク家は?」
「タークは4万だ。だから俺で出る。他には任せられん」
「わかった。それじゃあ、シルヴィア! ダーレー家は?」
「ダーレーは3万です。それ以上出すとハスラを維持できません。そして将は、フュン・メイダルフィアで出ます」
全ての王家の軍情報を聞いた後。
ウィルベルは相手の情報と照らし合わせた。
「よし。では、向こうの事前情報と照らすぞ。こちらの編成はこうする」
ドルフィン家は、兵力10万。
大将 フラム・ナーズロー。
相手は、中央ネアル軍 6万で確定。
ターク家は、兵力4万。
大将 スクナロ・ターク。
相手は、右翼エクリプス軍 4万で確定。
ダーレー家は、兵力3万?
大将 フュン・メイダルフィア。
相手は、左翼サバシア軍 3万で確定。
帝国軍17万対王国軍13万の戦いである。
ウィルベルの編成後。
優雅な手つきの女性リナが満を持して話し出す。
機会を窺っていたようだ。
「あらぁ。シルヴィア。嘘はいけませんよ。兄上を欺こうとしてはいけません。あなたの軍が3万ですって? 2万の間違いでは?」
「いえいえ。リナ姉様。我がダーレー家は帝都から3万で出ます」
「んんん。私の情報では、王子フュンは独立友軍ウォーカー隊で出るのですよね。シルヴィア」
「そうです」
「ならば嘘でしょう。最大2万の独立部隊ではないですか?」
「そうです。ですが、3万で帝都を出て見せます」
「はぁ。何を意地になって・・・・シルヴィア、いい加減にしなさい。嘘をついてはいけませんよ。嘘をつけばフラム閣下とスクナロ兄上に迷惑が掛かりますよ」
「嘘ではありません。姉様! 本当のことを言っております。実際に3万で出ます」
「・・・ん?」
兄が内政の頂点に立っているリナはその下で情報管理の頂点に立っている人物。
内外における情報を集めるのが彼女の仕事であり、味方と敵の軍量なども事前に把握していたのだ。
だから、シルヴィアに対して軍が足りないと指摘したのだが、彼女が頑なに訂正しないので、疑問に思っている。
「リナ。今はそこはどうでもよい。事前に策などを打ち合わせするには、時間が惜しいのだ。あとにしろ」
「はい、ウィル兄上」
リナが大人しく引き下がる。
「では、今回の軍の頂点は、フラムでいいか? スクナロ!」
「そうですな兄上。軍量からいってもそれでよいでしょう」
「よし。ではフラムで行くぞ。フラム、なにか策はあるか」
「はっ」
冷静沈着という言葉が似合うフラムは表情を崩さずにその場に立った。
「私としては、殿下がおっしゃった軍配置で始まりたいかと。我が軍が中央軍を。スクナロ様が左翼を。ダーレー家が右翼に入って欲しいと思ってます」
「それは何故だ」
自分が羅列したことをなぞっているだけ。
彼の言った理由も、考えていることも分かっているが、皆に知らしめるためにウィルベルは聞いた。
「はっ。敵の右翼は、あのエクリプスです。知勇を兼ね備えた者。あれと対するには同じ軍量がせめて必要かと思います」
「そうだな。その通り。俺がやろう」
今度は軍部の長スクナロが納得して頷いた。
自分の対戦相手としても不満がない。
「それで、敵の左翼は、サバシアです。昨年。一度対戦しているウォーカー隊の方が敵を熟知していると思うので、対抗できるかと。しかしながら、二万しかいないのであれば、平地戦であります。敵の方が兵数が多いのが気になります」
フラムは当たり前の疑問を口に出す。
「そうです。私もそこが気になりますよ。シルヴィア」
「そうだ。負けたらタダじゃすまないのだぞ。帝国の敗北に繋がる。貴様が出陣しろ」
リナとヌロがここぞとばかりにシルヴィアに言う。
「それはシルヴィアに聞くよりも彼に聞いた方がよくないか。サナリアの王子フュン。何か言いたいことはあるか」
間に立ったのはウィルベル。
会議を円滑に進めていきたいので、不満を調整してくれた。
遠慮がちに立つフュンは、静かに話し出す。
「はい。それでは一つだけ。私が率いることとなるウォーカー隊は、相手のサバシア軍に確実に勝利しますので、ご心配はご無用であります。皆様には、ウォーカー隊が必ず勝つんだと信じて頂けると嬉しい限りであります」
ルイスからの指導の通り。
こういう場面で弱さを見せてはいけない。仲間につけ入る隙を与えてはいけないのだ。
フュンは堂々と皆の前で答えた。
すると軍部の者たちの目がぎらつく。
そこには、あのスターシャ家や、ストレイル家などの有名貴族の将たちもだった。
一見すれば生意気にも映るフュンの姿。
しかし話した後でも威風堂々とした態度を貫いているので、誰も彼に文句を言わなかった。
「ほう。貴殿は、相当な自信があるようだが・・・兵力一万の差でも勝てるというのか?」
「いえ。兵力に差はありません。二万ではないです。帝都から三万で出ることで勝ちます。これでよいのです」
「・・・・ん?」
意味の分からない言葉に、ウィルベルを始め、この場のダーレー家以外の人間が首をひねる。
「まあ、全ての事情はお話しできませんが、とにかくウォーカー隊は大丈夫だという事です。我が隊は向こうの軍質を遥かに上回っているので、数が問題となることはありえません。それよりも・・・私は敵の総大将。あの英雄のことが気になっております。フラム様。そこはどう戦うおつもりなんでしょうか。王国の英雄は生半可な相手ではありません」
大胆にもフュンは、逆に自分たちの総大将に、あの英雄とどのようにして戦う気なのかと聞いた。
「うむ。私もそこは悩んでいるのだ。だから、定石でいきたいと思っている。貴殿はその定石、分かるか?」
実力を推し量ろうとお試しにフュンに聞いてみた。
「…この場合ですか。ならば挟撃ですね。大規模挟撃です」
「うむ。即答するとはなかなかやるな。貴殿は」
軍部の席の後ろから当たり前のことを言っているぞと、前にいる人間たちにもちらほらと聞こえる。
その中、フラムが感心すると、スクナロも続いて試す。
「どっちでだと思う。辺境王子」
「・・・では、ここは私の考えではなく、お二人の考えを言います・・・おそらく、スクナロ様の左翼軍とフラム様の中央軍の挟撃で、敵中央軍の壊滅を狙うのではないでしょうか。スクナロ様の相対するエクリプス軍は同数です。ならば突破力のあるスクナロ軍で、左翼の戦いを早期決着に導き、一挙に敵本陣中央軍を粉砕しようとお考えになっているのではないでしょうか? なので私のウォーカー隊は右翼で足止めをしてほしいのかと」
「・・なるほど。ジークの言った通りか。わかった。俺はひとまず、お前を大将であると認めよう」
「私もですね。あなたに右翼は頼みたいと思います。ですがあなたの軍は数が合いません。ですから耐えてください」
フュンの意見は正しいようで、二人の考えは左翼と中央の挟撃で相手の本陣を叩くことだった。
これを看破したフュンを、大将にしても問題なしと、二人は認めてくれたのだ。
この二人が認めたという事は、結果。
どんなに不満が残っていようとも、この場にいる将たちも納得せざるを得ない。
フュンへの風当たりは優しくなっていった。
「ありがとうございます。そのように致します」
と言っておきながら、フュンは右の戦場で敵の攻撃を耐え続けるつもりなどさらさらなかった。
勝つと言ったのは、ただの見栄じゃない。
本気で勝つつもりでいるのだ。
周りにはその真意が伝わっていないが、彼の目や態度でジークとシルヴィアだけは本気で勝つつもりであるなと悟っている。
それに、フュンの自信のある声でも分かっている。
「よし、ではその大規模挟撃作戦で勝て。フラム」
「はっ。殿下。帝国の為に必ずや、この戦争勝って見せます」
勝利宣言で会議は終了したのである。
◇
そして、戦地へ出立する朝。
フュンの部隊は、シルヴィアが言ったように、帝都では三万であった。
「いやぁ、何とか調達出来ましたね。ジーク様」
「ああ。結構金使ったけどね」
ジークにより集められた追加の一万の兵。
それは武装している一般人。
エキストラである。
戦えない人間を一万人。
帝都に集めて、ウォーカー隊の中に入れていたのだ。
「よし。いい感じに馴染んでますね。ジーク様、今、この場に向こうの偵察兵はいましたか?」
「いる。フィックスが調べたよ。いた人数は四人だって。それがたぶん、進軍途中まで追跡してくると思うよ。早く本陣に報告したいと思うだろうしね」
「そうですよね。ならば・・・リーガ付近で徐々にこの人たちをばらしましょう。徐々に減れば、敵もきっと気づかないでしょうね」
「わかった。隊の背後にフィックスをつけておくからね。サブロウたちも上手く使って、この人たちをばらしておいてくれ」
「はい。ありがとうございます。それでは行って参りますね。ジーク様」
「ああ。いってらっしゃい。頑張れ、フュン君!」
フュンを見送っているのがジークだけなのは、シルヴィアがすでにハスラを守るために待機しているから。
ジークは、心配で見送ると言うよりも、君なら出来ると後押しをしたかったので、こちらに来たのである。
ここ、帝都にいる時からすでにフュンの策は発動していた。
彼が使う策とは、単純な物ではない。
これは、大局を見据えた大いなる罠の始まりだった。
帝都を出発した時のフュンの部隊は、きっちり三万の兵。
敵が調べた情報は嘘偽りのないものである。
だが、その真の意図を、敵は掴んでいなかったのだ。
フュンが、帝国内部で数をごまかしていたのは、敵を騙すにはまずは味方からを実践したから。
ミランダの弟子らしい策ではなく……。
これはルイスの教え。
盤外戦略の一つである。
あらゆる人の力を身に着けたフュンはこの帝国で大きく羽ばたくのである。
帝都アサイン城の軍事会議室に皇帝を除いた王家の人間と軍幹部らが集結。
上座に座るのは皇帝代理を務める第二皇子のウィルベルである。
「皆、召集に応じてくれて、ありがとう。ここは一応、正式な場ではあるが、簡易の挨拶にだけして、会議を円滑に進めるために言葉も端的に話すことにする。少し緊急を要する問題が発生してしまい。すまないな」
軽い挨拶でも軍幹部たちは頷く。
当然、この会議の中身の方が問題であるからだ。
「では、今回の問題は。アージス平原だ。そこで戦争が始まる可能性があるかもしれない。諜報部の報告では、王国の最前線基地としての役割を持つ都市ルクセントに軍が集結しているとの情報が入った。この事から、こちらも準備が必要となった」
「兄上。敵の軍量は?」
スクナロはここで武人らしく端的に聞く。
「総勢13万だ」
「お・・・おお。そうか」
さすがの数にスクナロは一瞬だけ止まった。
「なぜ。その小僧がいる。部外者であろう」
なぜか話し合いの内容とは全く関係がない意見が飛び出た。
王家の席にいるヌロが、軍部の席にいるフュンを指さす。
「それは、我がダーレー家の将軍だからですよ。ヌロ兄上!」
ヌロの近くにいるジークが悠々と答えた。
「なんだと!?」
「フュン殿は我がダーレー家の将の一人。さらに今回は、ダーレー軍。ウォーカー隊の大将をするのでね。ここに呼んだのです」
「貴様、この一大事に、属国の王子如きを参戦させるつもりか。大人しく貴様の家は、戦姫を出せ! 戦姫を」
「いやはや。ヌロ兄上。ターク家の軍事権はあなたではなくスクナロ兄上でしょう。という事はダーレー家の軍事権だって、私ではなく。当主であるシルヴィアなのですよ。当主のシルヴィアが彼でいいと言っているのですから彼で確定なのです。あ、それと。フュン殿は、ダーレー家の顧問ミランダのお墨付きの実力者なので、大将任命は何も問題がありません。すでに実力は、ヌロ兄上よりも遥かに上・・・そうですね。もしかして、兄上は将として参加なされないから悔しくて僻んでいるのですか? 全く肝が小さいですな兄上は」
ヌロの意見を真っ向からつっぱねながら挑発したジークは、珍しく含みを持たせず、直接嫌味を言った。
本当はクソ雑魚だなお前まで言いたいが、品が無いので言わない。
それにジークは、そもそもヌロが眼中にない。
ジークとしては、王家筆頭ウィルベルと、軍部のスクナロが反論してくるならば説得に応じるべきだと考えているのだ。
それと、帝国の軍事は基本的に合議制。
スクナロが頂点に近い役割をするが、話し合いにより戦争を行う。
それに並行して、各王家の軍の人事は各王家が担当する。
自分の家の大将を誰に任命するのかも各王家が行うし、どれほどの兵力を戦場に派兵するかも王家が管理する。
「貴様・・・そんなこと・・・だめに決まって・・」
逆上しないだけヌロは少し成長していた。
「ヌロ! お前は黙れ。まずは敵情を知りたい。会議を進めたいのだ」
「・・は、はい。兄上」
ヌロは、全兄であるスクナロの一喝で黙った。
咳払いしてウィルベルから会議が再開。
「いいか。話を続けるぞ。敵の規模は先程の通り。そして、相手の動きから推察すると、アージス平原の方向のみに兵が動いている。だが、他の都市も警戒はしないといけない。そこで、我が帝国の最前線基地の役割を持つ都市。ハスラ。リーガ。ビスタ。この北から南のかけての都市にも兵力は置いておくこととしよう。それでは、各陣営が出せる軍量を知りたい。我がドルフィン家は10万。フラム軍で出せる」
ウィルベルの指示は続く。
「スクナロ! ターク家は?」
「タークは4万だ。だから俺で出る。他には任せられん」
「わかった。それじゃあ、シルヴィア! ダーレー家は?」
「ダーレーは3万です。それ以上出すとハスラを維持できません。そして将は、フュン・メイダルフィアで出ます」
全ての王家の軍情報を聞いた後。
ウィルベルは相手の情報と照らし合わせた。
「よし。では、向こうの事前情報と照らすぞ。こちらの編成はこうする」
ドルフィン家は、兵力10万。
大将 フラム・ナーズロー。
相手は、中央ネアル軍 6万で確定。
ターク家は、兵力4万。
大将 スクナロ・ターク。
相手は、右翼エクリプス軍 4万で確定。
ダーレー家は、兵力3万?
大将 フュン・メイダルフィア。
相手は、左翼サバシア軍 3万で確定。
帝国軍17万対王国軍13万の戦いである。
ウィルベルの編成後。
優雅な手つきの女性リナが満を持して話し出す。
機会を窺っていたようだ。
「あらぁ。シルヴィア。嘘はいけませんよ。兄上を欺こうとしてはいけません。あなたの軍が3万ですって? 2万の間違いでは?」
「いえいえ。リナ姉様。我がダーレー家は帝都から3万で出ます」
「んんん。私の情報では、王子フュンは独立友軍ウォーカー隊で出るのですよね。シルヴィア」
「そうです」
「ならば嘘でしょう。最大2万の独立部隊ではないですか?」
「そうです。ですが、3万で帝都を出て見せます」
「はぁ。何を意地になって・・・・シルヴィア、いい加減にしなさい。嘘をついてはいけませんよ。嘘をつけばフラム閣下とスクナロ兄上に迷惑が掛かりますよ」
「嘘ではありません。姉様! 本当のことを言っております。実際に3万で出ます」
「・・・ん?」
兄が内政の頂点に立っているリナはその下で情報管理の頂点に立っている人物。
内外における情報を集めるのが彼女の仕事であり、味方と敵の軍量なども事前に把握していたのだ。
だから、シルヴィアに対して軍が足りないと指摘したのだが、彼女が頑なに訂正しないので、疑問に思っている。
「リナ。今はそこはどうでもよい。事前に策などを打ち合わせするには、時間が惜しいのだ。あとにしろ」
「はい、ウィル兄上」
リナが大人しく引き下がる。
「では、今回の軍の頂点は、フラムでいいか? スクナロ!」
「そうですな兄上。軍量からいってもそれでよいでしょう」
「よし。ではフラムで行くぞ。フラム、なにか策はあるか」
「はっ」
冷静沈着という言葉が似合うフラムは表情を崩さずにその場に立った。
「私としては、殿下がおっしゃった軍配置で始まりたいかと。我が軍が中央軍を。スクナロ様が左翼を。ダーレー家が右翼に入って欲しいと思ってます」
「それは何故だ」
自分が羅列したことをなぞっているだけ。
彼の言った理由も、考えていることも分かっているが、皆に知らしめるためにウィルベルは聞いた。
「はっ。敵の右翼は、あのエクリプスです。知勇を兼ね備えた者。あれと対するには同じ軍量がせめて必要かと思います」
「そうだな。その通り。俺がやろう」
今度は軍部の長スクナロが納得して頷いた。
自分の対戦相手としても不満がない。
「それで、敵の左翼は、サバシアです。昨年。一度対戦しているウォーカー隊の方が敵を熟知していると思うので、対抗できるかと。しかしながら、二万しかいないのであれば、平地戦であります。敵の方が兵数が多いのが気になります」
フラムは当たり前の疑問を口に出す。
「そうです。私もそこが気になりますよ。シルヴィア」
「そうだ。負けたらタダじゃすまないのだぞ。帝国の敗北に繋がる。貴様が出陣しろ」
リナとヌロがここぞとばかりにシルヴィアに言う。
「それはシルヴィアに聞くよりも彼に聞いた方がよくないか。サナリアの王子フュン。何か言いたいことはあるか」
間に立ったのはウィルベル。
会議を円滑に進めていきたいので、不満を調整してくれた。
遠慮がちに立つフュンは、静かに話し出す。
「はい。それでは一つだけ。私が率いることとなるウォーカー隊は、相手のサバシア軍に確実に勝利しますので、ご心配はご無用であります。皆様には、ウォーカー隊が必ず勝つんだと信じて頂けると嬉しい限りであります」
ルイスからの指導の通り。
こういう場面で弱さを見せてはいけない。仲間につけ入る隙を与えてはいけないのだ。
フュンは堂々と皆の前で答えた。
すると軍部の者たちの目がぎらつく。
そこには、あのスターシャ家や、ストレイル家などの有名貴族の将たちもだった。
一見すれば生意気にも映るフュンの姿。
しかし話した後でも威風堂々とした態度を貫いているので、誰も彼に文句を言わなかった。
「ほう。貴殿は、相当な自信があるようだが・・・兵力一万の差でも勝てるというのか?」
「いえ。兵力に差はありません。二万ではないです。帝都から三万で出ることで勝ちます。これでよいのです」
「・・・・ん?」
意味の分からない言葉に、ウィルベルを始め、この場のダーレー家以外の人間が首をひねる。
「まあ、全ての事情はお話しできませんが、とにかくウォーカー隊は大丈夫だという事です。我が隊は向こうの軍質を遥かに上回っているので、数が問題となることはありえません。それよりも・・・私は敵の総大将。あの英雄のことが気になっております。フラム様。そこはどう戦うおつもりなんでしょうか。王国の英雄は生半可な相手ではありません」
大胆にもフュンは、逆に自分たちの総大将に、あの英雄とどのようにして戦う気なのかと聞いた。
「うむ。私もそこは悩んでいるのだ。だから、定石でいきたいと思っている。貴殿はその定石、分かるか?」
実力を推し量ろうとお試しにフュンに聞いてみた。
「…この場合ですか。ならば挟撃ですね。大規模挟撃です」
「うむ。即答するとはなかなかやるな。貴殿は」
軍部の席の後ろから当たり前のことを言っているぞと、前にいる人間たちにもちらほらと聞こえる。
その中、フラムが感心すると、スクナロも続いて試す。
「どっちでだと思う。辺境王子」
「・・・では、ここは私の考えではなく、お二人の考えを言います・・・おそらく、スクナロ様の左翼軍とフラム様の中央軍の挟撃で、敵中央軍の壊滅を狙うのではないでしょうか。スクナロ様の相対するエクリプス軍は同数です。ならば突破力のあるスクナロ軍で、左翼の戦いを早期決着に導き、一挙に敵本陣中央軍を粉砕しようとお考えになっているのではないでしょうか? なので私のウォーカー隊は右翼で足止めをしてほしいのかと」
「・・なるほど。ジークの言った通りか。わかった。俺はひとまず、お前を大将であると認めよう」
「私もですね。あなたに右翼は頼みたいと思います。ですがあなたの軍は数が合いません。ですから耐えてください」
フュンの意見は正しいようで、二人の考えは左翼と中央の挟撃で相手の本陣を叩くことだった。
これを看破したフュンを、大将にしても問題なしと、二人は認めてくれたのだ。
この二人が認めたという事は、結果。
どんなに不満が残っていようとも、この場にいる将たちも納得せざるを得ない。
フュンへの風当たりは優しくなっていった。
「ありがとうございます。そのように致します」
と言っておきながら、フュンは右の戦場で敵の攻撃を耐え続けるつもりなどさらさらなかった。
勝つと言ったのは、ただの見栄じゃない。
本気で勝つつもりでいるのだ。
周りにはその真意が伝わっていないが、彼の目や態度でジークとシルヴィアだけは本気で勝つつもりであるなと悟っている。
それに、フュンの自信のある声でも分かっている。
「よし、ではその大規模挟撃作戦で勝て。フラム」
「はっ。殿下。帝国の為に必ずや、この戦争勝って見せます」
勝利宣言で会議は終了したのである。
◇
そして、戦地へ出立する朝。
フュンの部隊は、シルヴィアが言ったように、帝都では三万であった。
「いやぁ、何とか調達出来ましたね。ジーク様」
「ああ。結構金使ったけどね」
ジークにより集められた追加の一万の兵。
それは武装している一般人。
エキストラである。
戦えない人間を一万人。
帝都に集めて、ウォーカー隊の中に入れていたのだ。
「よし。いい感じに馴染んでますね。ジーク様、今、この場に向こうの偵察兵はいましたか?」
「いる。フィックスが調べたよ。いた人数は四人だって。それがたぶん、進軍途中まで追跡してくると思うよ。早く本陣に報告したいと思うだろうしね」
「そうですよね。ならば・・・リーガ付近で徐々にこの人たちをばらしましょう。徐々に減れば、敵もきっと気づかないでしょうね」
「わかった。隊の背後にフィックスをつけておくからね。サブロウたちも上手く使って、この人たちをばらしておいてくれ」
「はい。ありがとうございます。それでは行って参りますね。ジーク様」
「ああ。いってらっしゃい。頑張れ、フュン君!」
フュンを見送っているのがジークだけなのは、シルヴィアがすでにハスラを守るために待機しているから。
ジークは、心配で見送ると言うよりも、君なら出来ると後押しをしたかったので、こちらに来たのである。
ここ、帝都にいる時からすでにフュンの策は発動していた。
彼が使う策とは、単純な物ではない。
これは、大局を見据えた大いなる罠の始まりだった。
帝都を出発した時のフュンの部隊は、きっちり三万の兵。
敵が調べた情報は嘘偽りのないものである。
だが、その真の意図を、敵は掴んでいなかったのだ。
フュンが、帝国内部で数をごまかしていたのは、敵を騙すにはまずは味方からを実践したから。
ミランダの弟子らしい策ではなく……。
これはルイスの教え。
盤外戦略の一つである。
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弟のお前は無能だからと勇者な兄にパーティを追い出されました。実は俺のおかげで勇者だったんですけどね
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兄は知らない、俺を無能だと馬鹿にしあざ笑う兄は真実を知らない。
本当の無能は兄であることを。実は俺の能力で勇者たりえたことを。
俺の能力は、自分を守ってくれる勇者を生み出すもの。
どれだけ無能であっても、俺が勇者に選んだ者は途端に有能な勇者になるのだ。
だがそれを知らない兄は俺をお荷物と追い出した。
ならば俺も兄は不要の存在となるので、勇者の任を解いてしまおう。
かくして勇者では無くなった兄は無能へと逆戻り。
当然のようにパーティは壊滅状態。
戻ってきてほしいだって?馬鹿を言うんじゃない。
俺を追放したことを後悔しても、もう遅いんだよ!
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