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第一部 人質から始まる物語

第85話 時代は動き始める……それは新世代を中心に

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 フュンが新たな仲間を手に入れている頃。
 王国の英雄ネアルは、最後の仕上げをしていた。
 
 「さてと、今回の籠城で、何回目だ。ブルー」
 「4回目です。王子が直接指揮するのはババン以来ではないでしょうか」
 「そうか。4回か」

 何度も籠城戦から逃がしてもらっているゴアは、匿われる場所を転々と移動してその都度、ブルーに追いやられる形で都市や町を移動していた。
 最終的な移動場所は、アーリア大陸北西の巨大港がある都市ルコットだった。
 過去と同じようにして追い込まれているが、今回は海がある。
 ネアル側が逃げ出せる環境を整えなくても、ゴア側は逃げ出そうと思えば逃げられる。
 その余裕の心持ちがゴアにはあるようだ。
 兵たちもそのような顔つきで、慢心するような笑みを浮かべていた。

 「だから私に逆らうのはやめとけと……はぁ。奴らはどの程度減ったのだ? 貴族共は?」
 「はい。兵は2万まで減ったのですが、ここで寄せ集めになり今は5万です」
 「ふむ」
 「貴族共は、半分以上は殺したかと、人数にすると分かりませんが。家にすれば30家くらいですね。家族もろとも」
 「ほう」

 恐ろしいことを淡々と言ったブルー。
 彼女は責任を三世代までに限定して殺していったらしい。
 家の取りつぶしまでこの反乱でやってのけたのだ。

 「わかった。ここで終わらせるか。いつまでも、市民たちに迷惑をかけるのも悪いしな。そうだ。今まで逃がしてきた都市・・・ババンとかの治安はどうなった」
 「大丈夫です。王子が救世主で、ゴアが悪の支配者のような形に市民の心を誘導しておきました。住民たちの気持ちは一つになって王子の方に傾いています。なので、民たちは王子に心酔していますから、治安は安定に向かっています。あとはヒスバーンが内政を行っています」
 「奴か。あいつもついに出す時が来たか。少々扱いに難しい所があるが・・・」
 「ええ。でも内政や外交の天才ですよ」
 「ああ。まあいい。あいつに任せよう」

 ヒスバーンとは、ネアルの内政官として有名な人物。
 政策から各都市の連携などを考えることが出来る貴重な人物であるが、少々性格に難があり、ネアルでも持て余すのだ。

 「よし。パールマンとアスターネが左右で圧力をかけて、私が正面を突破する。いくぞ。出陣だ」
 「はっ」

 ◇

 帝国歴517年11月11日午前。
 今までは、静かに包囲するだけのネアル軍がここで一転して攻勢に出た。
 城壁のような高い壁で守れているルコット。
 西と東の門にアスターネとパールマンが攻撃を仕掛け、その勢いに押され始めるゴア軍は右往左往した。
 そのせいで中央の門の兵士の配置が換わった。
 まだまだ甘いなと弟の考えが弱い事に無念さを覚えるネアルはここで出陣。
 先頭を走って門をぶち破る動きを見せた。
 ここが王国に現れた稀代の天才ネアルの真骨頂。
 ネアルは一人で何でもできる王だった。
 戦いも、内政もだ。
 これは王国史上最強の王と呼んでも良い。
 なぜなら、イーナミア王国建国以来、戦争をすることが出来る王など、この男しかいないのだ。

 城壁が破られるとそこからはあっという間。
 ネアルは軍を三手に分けて、左右の門を開ける兵と、中央を真っ直ぐ進む兵に別れる。
 ネアルは当然真っ直ぐ進んでいく軍の司令官となり、相変わらず先頭を走って、皆を指揮していた。

 ルコットのお屋敷にいたゴア。
 そこへ手勢500のネアルがやってきた。
 元々は2万ほどの兵がいたネアルだが、左右に1万ずつ振り分け、自分は少数の手勢だけでよいとした。
 それはゴア如きに負けるはずはないとした余裕が見える。

 「ゴア。諦めよ。お前に勝ち目はない」
 「あ、兄上! なぜ、ここに」
 「さあ、命は取らんから、降伏しなさい」
 「・・・で・・・できませぬ。兄上は恐ろしい男です。貴族の皆を殺しました」
 「はぁ。しょうがない。それじゃあ、邪魔をするぞ」

 ゴアがいるお屋敷にはまだ3000の兵がいた。
 この兵も門兵の方に向けていればいいもののとゴアの判断の悪さにイラつきながらネアルは突き進む。
 剣技が力強く荒々しい。王子にしては我流の剣技。
 しかし、その独特のリズムで攻撃するので、ほとんどの兵は対応できずに切り刻まれていった。
 屋敷の奥にいたのは、震える手で剣を持つ弟。
 兄はため息交じりで話し出す。

 「ゴア。剣を置きなさい」  
 「あ、兄上!」
 「いい加減にしなさい。お前の我儘でどれだけの兵を散らせた。貴族もだ」
 「あ・・・兄上が悪いんだ。貴族の人たちを・・・ないがしろに」
 「誰がそんなことを言った? 私か?」
 「・・いえ、貴族が」
 「はぁ。誰かに刷り込まれたということか。でもまあ、お前のおかげで貴族の大粛清はなせたな。そこは感謝しよう。よし、お前はここで捕らえる」
 「え!?」

 ネアルはゴアに不用心に近づく。
 するとゴアはビビりながらでもネアルを斬りつける動きを見せた。
 震える手が、剣筋を微妙に悪くさせる。

 「遅い。それに戦えないのなら、戦うな。ゴアよ」

 ネアルは片手で剣を弾き、ゴアを蹴り上げた。

 「ぐあっ。ごほっ。ごほごほ」
 「甘いのだ。貴様は。こちらに来い。どうしようもない弟よ」

 ネアルは、ゴアの体を縛り上げて、南の門へと連れて行った。

 ◇

 「ネアル様。準備は出来ました」
 「うむ。ご苦労。ブルー」

 何の準備だと、ゴアが周りを確認。
 すると自分に付き従ってくれた貴族たちがずらりと横一列に並んで、首を差し出した形で座っていた。

 「な、何をする気ですか兄上」
 「お前のせいでこいつらは全員死ぬ。それを見せる」
 「お、おやめください。兄上。そ、そんな事をしたら国が」
 「国が? 駄目になると? それはない。もっと優秀な者を選出して地方は統治させるし、中央集権の形で運用するから国家は今よりも安定するわ。それよりも私は、お前の覚悟が足りなかったことが気になるわ」
 「覚悟?」
 「自分が死ぬ覚悟。そして、自分の命令で部下が死ぬ覚悟だ。それもなしに、私に挑戦するとは、甘いぞ。まったく、血を分けた実の弟じゃなかったら許さんかったわ」
 「え!?」
 「よぉく見てろ。ゴア。これが貴様が出した指示の結果だ。貴様のせいで人が死ぬ。目の前でな。後ろでのうのうとしていたお前は近場で人の死を見ていないはずだ。やれ、ブルー。指示を出せ」
 「はっ!」

 ネアルの指示を受けたブルーの右手が挙がり。

 「処刑開始です。やりなさい!」

 右手が下に降りると同時に次々と貴族たちの首は刎ねられた。
 恐ろしき処刑の嵐にゴアの全身が震える。
 間近に見た人の死。その数の多さに吐き気を催す。

 「甘いな。これくらいでな・・・ゴアよ。全てを諦めよ。お前では、このイーナミアを導くことは出来ん。いいか。私は過ちを許す。ただ一度だけだ。二度はない。二度目があった場合。これ以上の死がお前には待っている。これはまだ楽な死に方だからな。お前を殺すとなると、何か凄い方法でやらねばな、民に示しがつかん」

 首を簡単には刎ねない。
 ネアルの言葉の重さに、ゴアは、吐き気ではなく吐いた。
 食べ物も食べていないのに、何か分からない物を吐いていた。

 「はぁ。よし。ブルー。帰還する。王都に行って、こ奴は王城で幽閉だ。我々の近衛兵で監視する生活を送らせるわ」
 「わかりました。手配しておきます」

 この後、ゴアは歴史の表舞台に出てくることはない。
 兄ネアルはゴアを生かした。
 ただそれは生かしただけで、活かしたことはない。
 彼の地位や名誉はもうほぼ地に落ちたからだ。

 「これより、王国を変革させ、そして帝国に勝つわ。ついて来いブルー。アスターネ。パールマン」
 「はっ。王子」
 「は~い。若」
 「了解だ。若」

 新たな時代の王と、新たな時代を支える部下は、次なる戦いの舞台へと向かう。


 ◇

 帝国統一歴518年3月
 帝都のフュンのお屋敷にて。
 久しぶりにお屋敷に戻り、リビングのテーブルでくつろいでるフュンは、アイネとイハルムに囲まれて談笑していた。 
 二人も王子とゆっくりできて幸せを噛み締めている所に、ジークがやってきた。

 「フュン君。これを。すまない。緊急で見てほしいんだ」
 「え、はい。見ますね」

 フュンはジークから貰った資料を読んだ。

 「こ、これは・・・」

 読んだ資料に驚くフュン。
 書かれていた中身は、王国の事の顛末である。
 自分たちが戦った小競合いの間に起きた反乱、その後の迅速な処理までの流れが事細かく書かれていた。

 「凄まじい戦果だ・・・ネアル王子・・・やり方が実に合理的だ。人心掌握を兼ねた籠城戦なんて聞いたことが無いし。それにその後の改革も、凄い。各都市が発展している」
 「そうなんだ。こいつはちょっとまずいかもしれないね」
 「ええ。そうですね。帝国は一枚岩じゃなく、王国はもう一枚になっている。こちらの王子を中心とした国に変わりますね」
 「そうだ。だから準備をしないといけないかもしれない。彼らの内戦があまり痛手になっていない現状」
 「本格的な戦いが幕を開ける・・・ですね」
 「そうだ。フュン君。君の力を借りるかもしれない。ミランダ。シルヴィ。そしてフュン君。ダーレーはこの三人を将にして戦うよ。でもシルヴィアは大将的な存在だ。だから・・悪いけど」
 「ええ。お任せを。ミラ先生と僕が。将として先陣に立って戦いましょう。僕はお二人を守る属国の王子ですからね」
 「ふっ。ありがとう。でも違うよ」
 「え?」
 「君は俺たち兄妹の家族となる男だ。属国の王子なんかじゃない。家族さ」
 「あれ。僕はもう信じてもらえているのですね。辺境伯になると」
 「ああ。もちろんさ。君が俺の妹の旦那になるとも信じてるよ」
 「わかりました。やってみせましょう。ジーク様。僕は頑張りますよ。あははは」

 フュンの笑顔で、ジークも、アイネやイハルムも笑顔になったのでした。
 
 そして、時代は変わっていく。
 時の流れが川の流れよりも速く感じる半年後・・・。
 
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