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第一部 人質から始まる物語

第79話 ササラへ

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 帝国統一歴517年8月中旬。
 肋骨の骨も元に戻ったフュンは、ハスラの駐屯所の特別室で日々を過ごしていた。
 朝はここから始まり、お昼前にはハスラの都市内部にあるお屋敷に行くという生活をしていて、それは、ルイスのために特別に用意されたお屋敷に行くのである。

 「ルイス様。今日もよろしくお願いします」 
 「はい。フュン様。本日もよろしくお願いします」

 小さな体を大きく使って挨拶をするルイスは、とてもじゃないが70を超えているとは思えない。
 若々しい声とその顔が感覚を狂わせる。

 「今日はですね。私の感想から始まりますが」
 「はい」
 「フュン様は、すでに大局を描けると思いますね」
 「え!??! いやいや。僕には無理です。勉強してもまだよく分かってませんし」
 「大丈夫です。私とほぼ同じような考えを持っています。その若さでは十分でありましょう」
 「はぁ? どうなんでしょうかねぇ。ルイス様の足元にも及ばないと思うのですがね」
 「自信を持ちましょう。あなた様はまだ経験が足りないだけです。場数を踏めば大きく成長します。ここから始まるであろう御三家の戦いを経験すればね」
 「そうですか、やはり始まりそうですかね」
 「・・・どう思いますか。フュン様は」

 二人はルイスのお屋敷でお茶を飲んだ。
 向かい合う二人は話題が難しくなり顔が真剣になる。

 「……今すぐじゃないけど、ありそうですよね。僕の勘ですけど」
 「勘ですか」
 「ええ。貴族集会……茶会。あれらを経験すると肌感覚で分かります。自分たちは王家に味方する者。帝国に忠義を示していない。ですから、自分の王家が帝国になることを望んでいる。こう思います」
 「いい感覚ですぞ。フュン様。その考えは正しいと思います。私が経験した御三家戦乱と同じような考えを貴族共は持ち始めていますからね。あの時代に似た雰囲気になるのも皮肉であります」
 「そうですか。しかしその頃の方がよほど不穏だったのでは」
 「そうですな……しかしあの時は陛下と意見が合致した私と奴らとの密約があってこその戦乱終結・・・まあそれくらいしないとあの貴族共は粛清できなかったでしょうね」
 「なるほど。かなりの人間を粛清したのですね」 
 「ええ。まあ。だから私は悪魔ですよ。多くの人間の命を奪ったのですからね」
 「いいえ。そんなことはありませんよ。あなた様がいなければ、今の帝国はないでしょう・・・しかし」

 フュンは、ルイスの苦悩が見えた気がした。
 暗く沈んだ瞳と、歯を食いしばった姿に、あの当時の出来事がいかに苦しいものだったのかを物語っていた。

 「今度はルイス様にそのような事はさせませんよ。僕が倒します。出来るだけ血を見ないようにして!」
 「ん?」
 「出来たら血の流れない王位継承をした方がいいですよ。やっぱり。兄弟は力を合わせた方がよろしいかと思いますしね」
 「はははは。やはりフュン様はお優しいですね・・・」

 その優しさが、この先の苦労に繋がる。
 そんな気がするが今はこの方の優しさを満喫しようとルイスはお茶を一口飲んだ。

 ◇
 
 雑談とお茶をしている二人の元に、銀髪の女性がやってきた。

 「フュン!」
 「あ。シルヴィア様。どうしました。慌てて」
 「フュン。緊急で連絡が来ました」

 シルヴィアとフュンは、この三カ月程で距離が縮まった。
 デートにも行ったし(武器屋)
 お茶も飲んだり、料理も食べたり(フュンが作る)
 夜も一緒に共同で(皆には内緒でベランダで話をしたり)
 まあこれらの事も、婚約者である事からフュンは当たり前の事だと思っているが、彼女は違う。
 フュンと色んなことができて幸せを噛み締めていた。
 二人の思いに少し行き違いはあるが、仲良くなったのは間違いないのだ。

 「なんの連絡ですか?」
 「先生が呼んでいるらしいです。ラメンテに来いと」
 「ミラ先生が!? そうですか。ならば、すぐにでも行きましょうか。よいしょと」

 フュンが立ち上がり、ルイスに一礼して部屋を出て行こうとするとシルヴィアもついていこうとする。

 「待て。シルヴィア」
 「え。は、はいルイス様」
 「お前さんは、呼ばれていないだろ」
 「・・・い。いえ。呼ばれておりますよ」

 シルヴィアの目がルイスを見ていない。

 「嘘をつくな。はぁ。お前はハスラにいなさい。王国に動きがあったら困るからな」
 「・・・る、ルイス様がいるから・・・いいかと・・・」
 「ここの領主はお前だぞ。シルヴィア」
 「・・・んんん」

 シルヴィアが俯くと、フュンが彼女の肩に手を置いた。

 「シルヴィア様。ここはお任せを。僕が呼ばれたんだし。それにですよ。あなたから頼りにされていきたいですよ。僕はね」
 「・・・そ、そうですか・・じゃあ、フュン頑張って」
 「ええ。頑張ってきますね。シルヴィア様」
 「はい。気を付けてくださいね」
 「ええ。あなたの元に帰ってきますからね」
 「……はい」

 顔がパッと明るくなってから、しおらしくなったシルヴィア。
 彼女の扱いがとても上手いなと思ったルイスは、フュンを見る。
 すると目が合う。

 「では、ルイス様。僕、いってきますね。また会いましょう!」
 「ええ。頑張ってくださいフュン様。お武運を」

 気持ちのよい青年は、挨拶をしっかりして自分の師の元へと向かって行った。


 ◇

 「フュン。来たか。このまま馬で移動するからよ。いくぞ」
 「え。あ、はい」

 里について早々、仲間たちに会うこともなく、フュンは連れ去られるような形でミランダと共に移動する。

 「どこに行くのですか」

 馬を飛ばしているが、とこに行くのかもわかっていない。

 「ササラだ」 
 「え? ササラ!? なんでまた?」
 「お前、海賊がササラに現れているのは知ってるか」
 「はい。そうですね。イーサンクさんとピカナさんが海賊対応の話し合いをしていた現場にいましたよ」
 「そうか。それなら話は早いな」
 「え?」

 ミランダは資料を取り出してフュンに渡した。
 馬上であるが難なく受け取るフュンも体の使い方がだいぶ上手くなったようだ。
 
 「こ、これは・・・ササラの港付近にも海賊が!?」
 「そうだ。こうなってくると」
 「そうですね。交易の航路が無くなる。港町にとっては死活問題だ」

 ササラの交易と経済の中心は船でのやり取りだ。
 ここが軸になっているからこそ、今回の港の襲撃は大事件になっている。
 漁師も安全に漁が出来なくなるし、他の南側の都市との航路が無くなるのだ。

 「そう。やつらの支配域が広がっているみたいなんだ。だからあたしがいく」
 「ミラ先生が?」
 「ああ。状況打破には戦闘の可能性があんだとさ」
 「それでですか・・・って。なんで僕が? 先生だけで十分じゃ?」
 「お前はあたしとバディだ。いくらあたしが戦いの天才でもよ。海戦は経験が少ねえ。考えが足りないかもしれないからさ。相談役みたいなもんさ」
 「…なるほど。わかりました。でも僕、海なんて見るのですら1,2回ですよ」
 「わかってるのさ。んでも、二人で考えればなんか思いつくだろ」
 

 フュンが現地に行く意味はある。
 そう思うミランダだった。


 ◇

 ササラに到着し、そのまま港に入った二人は、いつも穏やかな彼と出会う。

 「ピカナ」
 「ああ。ミランダではありませんか。ジークではなく、ミランダが来てくれるとは」
 「なにさ・・・あいつも忙しいということだろうさ」
 「そうですね。ジークも大変でしょう。帝都とのやりとりをしているでしょうから」

 領土が不安定になる。それは領土の数が少ないダーレー家だけにジークの気苦労は絶えないのである。
 他のどこかの都市の経済で、上手くいかなくなった都市をカバーしてあげる等がダーレー家はできないのだ。
 それにダーレー家の経済の中心はササラである。
 ハスラは最前線都市だから、経済を回しにくい点がある。
 それと、こういう仕事はシルヴィアの仕事でもあるが、裏の仕事に近い今回の出来事ではジークがやらないといけない場面である。
 それにシルヴィアは、帝都との駆け引きはあまり上手くない。
 
 「上手く交渉できればいいですけどね」
 
 ピカナが言うと。

 「何の交渉ですか?」
 「ん。フュン君! 見ないうちにまた立派に・・・いい男になりましたね」
 「半年しか経ってないですよ」
 「そうでしたね。でも別人のようですよ。成長してます」
 「そうですか。ありがとうございます・・・それで何の交渉でしょうか」

 フュンも17歳になった。
 骨格の形成も完了しかけているのか成長も止まり180cmになった現在。自分の体格もまあまあ良くなったと自負しても、ゼファーの方が良い体をしているために、さほど成長している実感がない。
 一つ下のゼファーは、現在8cmも背が高い。彼はまだまだ伸びていくので、もっと強くなるであろう。
 フュンは身長が伸びたことにより手足も伸びて戦いにも力強さ出てきている。
 父のような鋭い顔つきにもなってきたところもあるが、穏やかな表情と声は変わらない。 
 どこまで成長してもフュンはフュンである。
 

 「ああ、そうだ。交渉の話ですね。ええ、実はね。造船の交渉の最初。あれらは失敗に終わってます。でも、フュン君も戦ったアージスでの戦いの功績ですんなり話が通って、今は二隻の船が他の都市との連携で作られたんですが。いかんせんね。ササラの軍ではそれらを動かすのが難しく、海兵訓練の交渉をしてますね。ジークは今、バルナガンに協力をもらいに行ってます」
 「バルナガンですか!? あそこって海兵がいたんだ!」
 「ええ。あそこは都市から少し離れた位置に、港があってですね。そこの軍船を動かすために兵士たちがいます。ですから、彼らとの連携が取れないかとジークがターク家に行ってますからね。たぶんスクナロ様の元にいってますよ。ヌロ様ではいけませんからね」

 フュンはヌロとスクナロを思い出す。
 ヌロは嫌味たらしい言葉攻めをしてきた人で、バチバチとジーク様とやり合っていた人との印象。
 スクナロは、帝国に来た時の謁見で一瞬だけ会った人。
 サナリアの人間に近い、武人としての矜持を持つ人だとの記憶がある。

 「ああそうだろうなのさ。あのクソガキは当主としての才はないからな」
 「クソガキって……ミラ先生。駄目ですよ。誰が聞いているかわかりませんよ」
 「クソガキはクソガキだ。あいつは能力もねえのにでしゃばるからな。あたしなんて、何度もあいつの失態にフォローしてやってるのさ」
 「ミラ先生が!?」
 「ああそうなんだぞ。一番やばかったのは、クソジジイとの御三家戦乱の時。あいつのために、一番弱い貴族の軍に当ててやったのに、あいつ負けやがってさ。あたしが隣の戦場だったから助けてやったのさ。だからあいつは雑魚。そん時、礼も言わねえんだぞ。あいつダメダメなのさ」
 「ずいぶんとお嫌いなようで。あははは」

 フュンでも苦笑い。確かにヌロのイメージから、軍の長として戦えるという印象はないし、そのまま一個人としての強さもスクナロに比べるとない印象を受ける。 

 「まあ、ヌロ様の話はここまでで、僕たちはどうすればいいのでしょうか? 先生。ピカナさん」
 「ああそうだな。ピカナ。お前の屋敷を貸してくれ」
 「いいですよ。ミランダ。ぜひ来てください。まずは休んで」
 「ああ。そうするのさ。にしてもお前はいつもニコニコだな!」
 「はははは。そうでしょう。変わりませんよ。僕はね。こんなお偉い立場になっちゃってもね」
 「そうだな。でも、あんたくらいだろ。ここを上手く切り盛りできるのはさ。よし、休むぞ。フュン。馬で長旅だったからな。ちょいと疲れを取って、リフレッシュしたら策を考えるのさ」
 「わかりました。ピカナさん、お邪魔します」
 「ええ。フュン君。君ならいつでもここを我が家だと思ってくださいね」
 「はい。ありがとうございます」
 「何畏まってんだフュン。ピカナはそういう皆の親父的な男なんだぞ。遠慮する方が失礼なのさ」
 「そ、そうなんですか」
 「そうなのさ。な! ピカナ」
 「ええ。そうですね。ミランダの父は難しいですがね」
 「なぬ!? ピカナにも難しい事があったか・・・」
 「はははは。冗談ですよ。ミランダも可愛い子ですからね」
 「ふん! ピカナも冗談言うようになったか。良い感じにダーレーに慣れ親しんできたのさ・・・ああ。ゆっくり休みてえな。疲れたぁ」

 ミランダとフュンは、ここから二日間しっかり休んだのでした。
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