上 下
77 / 397
第一部 人質から始まる物語

第76話 親子

しおりを挟む
 「父上。これを」
 「どうしたネアル。珍しいな。余の寝所にまで来るとは」
 「内密にしてもらいたいことがありましてね。父上にはこれをやって頂きたい」
 「どれ」

 クター王は、ネアルの意見書をパラパラとめくっていく。
 内容を要約すると、兵1万2千をルクセントに用意して欲しいとのこと。
 
 「ふむ。こんな簡単な事でいいのか」
 「ええ。お願いします」
 「しかし、この計画書・・・アージスを本気で取る気はないな。ここにはそう書いてあるがな」
 「……父上さすがですね。お気づきに・・・」
 「当り前だ。攻略するには兵数が足りない。これは帝国との本格戦争にさせない配慮があるぞ」
 「ええ。しかしこれが重要であります。帝国の目は全てルクセントに集まりますからね。一時でも目がそこに集まればいいのです。全体の監視の目の弱体化を図りたいのです。一極集中させたいのですよ」
 「ほう、そうか・・・わかった。許可しよう。ただ、戦地へ行く者は自分で頼め。余はそこの権限も与える」
 「…わかりました。いいでしょう。ですが私が交渉したとしても、それを王命と名乗ってもよろしいのですか。私は勝手に王命として命令を下しますぞ」
 「もちろんだ。お前にその件。全権を委任しよう。そして、お前の好き勝手やるといい。私は口出しをせん」
 「はい。ありがとうございます」

 頭を下げてネアルは部屋を後にした。
 王の判断の速さから、自分が何をするのかを理解している。
 何も言わないのは実に父上らしいと。
 満足そうな笑みを浮かべるネアルだった。

 ◇

 その翌日。玉座の間に来たのはゴア。

 「ゴア。何の用だ」
 「父上。なぜ、父上は冷徹な血が流れる兄上を王に・・・王国にとって許されざることでは」
 「・・・何が言いたい。兄を王にするなとでも言うのか」
 「いいえ。そうではありません。ですが兄上が王では、王国の貴族らの賛成を得られませんぞ」
 「そうか」

 たったの一言だけを返す王は何も考えていないのではないか。
 この人は無能な父ではないかと、ゴアは父親を疑った。

 「それで、何が言いたいのだ。ゴアよ。お前を王にしろと言いたいのか」
 「いえ。そうでは」
 「では、王になりたい。お前はそう言いたかったのか?」
 「・・・違います。私は兄上では王には向かないと言いたいだけです」
 「はぁ。そうか」

 私が王になります。
 こう言ってくれた方が気概があってよし。
 とクター王は思った。
 相手を批判するだけ。具体性のない意見だけ。誰かに言わされたような言葉だけ。
 いかに部下が優秀であろうとも、トップがこれでは組織は腐るであろう。
 誰かの意見に流されるような王は王ではない。
 ゴアには王が向かないのだと、クター王が思っていても、そう宣告してあげなかった。
 それは、決着は直接兄弟でつけるべきだと思っているからだ。
 
 二人は実の兄弟である。母親も同じ。父親も同じ。
 なのに、これから争うのだ。
 それも王国全てを巻き込んだ大いなる内戦である。

 クター王は、どちらが勝っても、譲位する気である。
 ただ勝つ方がどちらであるかを知っている。
 彼もまた愚鈍な王ではなく、英雄とまではいかないが優秀な王であるからだ。
 誰が良くて。誰が悪いかくらいは分かっている。
 だけど、この戦いは静観するつもりであるのだ。
 兄弟に戦争するなとは決して言わない。

 「では好きにしろゴア。やりたいようにやってみよ」
 「ありがとうございます。父上」

 そう言われたことが許可だと思ったゴアは満足そうな顔を浮かべて部屋を後にした。
 
 彼が出て行く様子を最後まで見ていたクター王は、【まるで幼い子供だ】の感想のみが出てくる。
 それでもまあ、我が子の事が可愛いと思ってもいる王であった。

 しかしここでも情はあっても弱き王はいらない。
 兄を倒せぬようでは、帝国も倒せぬのだ。

 「ふっ。さあ我が息子どもはどのような決着を着ける気だ。イーナミアの歴史で、王族で戦おうとする者はいない。だからそれをやるには覇気のある王にならないといけないのだぞ。ゴアよ。お前の兄はそういう男なのだぞ・・・」

 ◇

 四日後。
 前日にクター王がルクセントで軍事行動を起こすと宣言。
 その事により少なからず貴族たちには動揺が走った。
 まさかこの場面で戦争準備をするとは思わなかったのだ。
 
 だからゴアたちは軍略会議をした。
 貴族共を集めて、ネアル王子に対して反旗を翻そうとしていた。
 ゴアの目標はネアルただ一人。
 王には譲位をしてもらう算段なので、王を殺すつもりはないのである。

 「やるぞ。ターレス。グルドン。ジャイル。私はやる」
 「わかりました。王子。やりましょう」

 ターレスが答えた後に、皆が賛同する。

 「「「そうだ!」」」」
 「我慢の限界なのだ。兄上は恐ろしい。それに貴族をないがしろにする政策ばかりだ。土地の没収や、貴族の兵縮小。これではあなたたちの権力は維持できない。それを打破するには戦うしかないぞ。なぁ。皆のものよ」
 「「「おおおおおお」」」

 ゴアは声高らかに宣言した。
 兄を倒すと。

 「グルドン。蜂起するにはどこでやる。兄上を叩くにはどうすれば」
 「そうですね。クター王がルクセントで戦う準備をするということは、そこで蜂起するのはよくないですからね。ババンはどうでしょう。あそこであれば、王都にも近く最前線ではありません。ババンで蜂起し、ネアル王子を挑発して戦いをする。もしくは、それに応じない場合は王都を攻めて王に直訴し、ゴア様に王位を譲ってもらう。これが良いかと思いますよ。単純でしょう」
 「そうだな。それが良さそうだ。では決起はいつになる」
 「ルクセントの準備が整うまでと、我々もゆっくり時間をかけねばなりません。地方の貴族たちも集結させますゆえ」

 アーリア大陸の最西端シルリア山脈のそばにある都市ババン。
 王都ウルタスの北北東にある都市だ。
 だから双方は隣接都市と呼んでも良い。
 ゴア王子はここを拠点に反ネアル派を結成して兄を倒そうとしていたのだった。


 ◇

 「さて……ブルー。お前は何を考えている」

 ネアルは判断をブルーに任せる。
 最も信頼する女性で、王子の頭脳であるからだ。

 「はい王子・・・・ゴアはババンで決起すると思っています」
 「うむ」
 
 ネアルは同じ意見であると頷く。
 
 「合っているのですね」
 「まあな。続きを」

 彼の表情だけでブルーは自分が肯定されたと確信した。

 「ここからは私の考えです。決起した貴族は、現在王国に帰順している貴族のほとんどだと思われるので、そこで全滅に持っていきたいと考えています。どうせ、この先もいらぬ貴族共です。ここで倒しておきます。しかしこれはおそらく、引っ張り出した方が楽です。王都で防衛するのも、今後王子が王都を治める際に住民の心証がよくないので、外で倒すことにします」
 「ほう……しかし外と言っても、ババンでもないのだろ?」
 「そうです。シルリア山脈に軍を配置し、ババンから出撃した所を背後から襲います。野戦ですが、倒せますね。どうせ烏合の衆ですからね。出てきた軍を一瞬で粉砕し、相手の軍全体を弱らせます。しかしこれが。どれくらいの規模で攻めてくるかはわかりませんから。どれくらいの兵力をそこに割くかで悩んでいます」

 ブルーの作戦を聞いたネアルは満足げに頷く。

 「うむ。では私自らが率いるのはまずいかな」
 「はい。王子は王都にいてこそ、ゴア王子が王都を狙いますからね」
 「そうだな。では、後はブルー。アスターネ。パールマンに任せる。全ての軍事行動を起こしていいぞ。責任は私が取る」
 「わかりました。王子。では私共は先回りで潜伏します」
 「ブルー。兵は四万でいい。それで十分だと思う。あと奴らが軍事行動を起こすのは、ルクセントの兵が配備されてしばらくのことだと思うのだ。だから奴らに反乱の兆しが見えたら、私がお前に指示をだそう。それまでは練兵と偵察でもしておけ」
 「わかりました。そのようにします」

 ブルーは指示を受けて準備を開始した。
 ゴア王子の動向を見守りながら、貴族たちの動きを注視していたのだった。

 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

クラス転移で裏切られた「無」職の俺は世界を変える

ジャック
ファンタジー
私立三界高校2年3組において司馬は孤立する。このクラスにおいて王角龍騎というリーダーシップのあるイケメンと学園2大美女と呼ばれる住野桜と清水桃花が居るクラスであった。司馬に唯一話しかけるのが桜であり、クラスはそれを疎ましく思っていた。そんなある日クラスが異世界のラクル帝国へ転生してしまう。勇者、賢者、聖女、剣聖、など強い職業がクラスで選ばれる中司馬は無であり、属性も無であった。1人弱い中帝国で過ごす。そんなある日、八大ダンジョンと呼ばれるラギルダンジョンに挑む。そこで、帝国となかまに裏切りを受け─ これは、全てに絶望したこの世界で唯一の「無」職の少年がどん底からはい上がり、世界を変えるまでの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 カクヨム様、小説家になろう様にも連載させてもらっています。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...