人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第一部 人質から始まる物語

第68話 皇帝の子らの会議

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 フュンたちが切磋琢磨していた頃、帝都ではある問題が起きた。

 「動きが出た」

 帝都の会議室に集まる皇帝の子供たちの中で、最年長のウィルベルが口を開いた。

 「なんのですか。兄上」

 ヌロが聞く。

 「王国の動きだ。南で軍事行動が起きているらしい。ルクセントから1万2千の用意があるみたいだ」
 「1万2千・・・・数が少ないですね。軍事行動を起こすにも。その数では……アージスからこちら側を狙えませんよ」
 
 シルヴィアは当然の疑問を聞いた。

 「その通りだ」

 ウィルベルも彼女の意見に納得する。
 
 その数でアージス平原を横断することは困難である。
 なぜなら、アーリア大陸中央南にあるアージス平原は、視界を遮るものがほぼ何もない大地なので、少数の兵で戦争をすると考えるのはあり得ないのだ。
 そこから相手を攻めるのならば、最低でも5万以上の大軍を送こまねば相手の兵を上回る事は出来ない。
 王国側にもアージス平原での最前線の都市があるように、帝国側にも都市ビスタがあるので、1万2千程度であれば瞬時に迎撃することが可能となるためだ。

 「俺が戦えばいいのか。1万2千くらい楽勝だぞ」

 腕組みをしているスクナロが鼻息荒く答えた。
 ビスタを所有するのはターク家である。
 
 「いや、駄目だと思いますよ。スクナロ兄上。私が思うにそれだと本格戦争に発展してしまうかと。ビスタで軍事行動を起こすと、4万は用意できるでしょう」
 
 リナが答えると、ウィルベルも続く。

 「私もそう思うのだ。2万以上で兵を出そうとしてしまえば。あちらだってな。増援をしてくる可能性があるだろうな……悩ましいな」

 出来るだけ本格戦闘にしたくないウィルベルは悩んでいた。
 戦わなければ、そのまま一万二千の兵が帝国を荒らしにかかるし、かといってここから大量の軍で行動を起こすと向こうもムキになって、兵を増援させて戦争の準備を始めるかもしれないと。

 「そうですね・・・」
 「・・・難しい・・」

 皇帝の子らも悩ましい問題にため息を漏らす。
 だが、ここで一人だけ意気揚々としている人物がいる。
 こんな時でも飄々としているのは相変わらずだ。

 「兄上たち。ここは私に任せて頂きたいですな」
 「珍しくお前がいると思ったら、意見まで出してくるのか」
 「ええ。出しますよ。ヌロ兄上。この問題の解決はこの私ジークにお任せを」

 ジークの大袈裟な礼にヌロは嫌な顔をする。

 「ここは独立友軍ウォーカー隊に任せて頂きたい」
 「…奴らか・・・・ジーク。今回はダーレーが受け持つというのか」
 「ええ。ウィル兄上。どうでしょうかね」
 「しかしだな。兵力は。こちらからも少なくないと小競合いから戦争へと発展するぞ」
 「ええ。もちろん。そこはわかっていますよ。ですから我らは少数でアージスへ行きます。5千で、堂々とあちらをお待ちするので、お任せください」
 「ご、5千だと!?」

 スクナロが思いっきり机を叩く。
 少なすぎる数に驚きと違和感が行動として出た。
 戦を舐め切っている態度だと思ってしまったのだ。
 
 「いえいえ。スクナロ兄上。怒らなくても大丈夫であります。5千。ウォーカー隊であればその数で十分。私どもが必ず撃退します。ただそのかわりと言っちゃなんですが・・・」

 ジークの顔が商人の時のものに戻る。
 ニヤリと笑い全体を見回した。

 「ウィル兄上。スクナロ兄上。我らの造船の許可をして頂きたい」
 「造船?」「造船だと?」
 「ええ。今、我らの都市ササラの交易航路にですね。海賊が出るのですよ。兄上たちの領土。北のバルナガン。それとその隣の属領ラーゼとも本当は取引をしたくてもですね。海賊のせいで航路がなくて困ってます。私どもはその時の護衛の船が欲しくてですね。その許可を頂きたいのです。陛下にも話を通してますが、お二人の許可があると急ピッチで船を作っていけるのですよ。許可して頂けないでしょうか」

 交渉材料の一環としての戦闘請負。
 ここを上手く処理しようとしているジークはもう一つたくらみがある。
 それはフュンである。
 そのアージス平原での戦いで、ミランダの配下として参加してもらい、彼に成長してもらおうと思っているのだ。
 前回は防衛戦争。今回は野戦。
 今回の戦争は大規模ではないが少しずつ大きくなってもらうにはちょうど良い経験になるはず。
 それと戦いをすると敗北するばかりの印象ではいけない。
 今度は生きて帰って来てもらいたい。
 ここでの勝利で、自分の自信と、他人へ知らしめる実績が欲しいところである。

 「ふむ。対価・・・お前にしては分が悪いのではないか。交渉で負けを請け負うとは。珍しいな」
 
 その仕事の見返りとして、価値が見合っていないとウィルベルは思った。
 ジークならばもっと吹っ掛けて来てもおかしくない。

 「いえいえ。そんなことありませんよ。ウィル兄上。船は我々にとって重要事項なのです。この先の帝国の海路を作りたいのですよ……そうですね。ウィル兄上がそう言ってくれるならば、ターク家とドルフィン家の技術が欲しいですな。技術協力はどうでしょうか」
 「・・・そうだな。それならば対等くらいになるか・・・いいだろう。私は許可しよう」

 ウィルベルは追加条件が加わり許可したが。スクナロは・・・。

 「まあ、俺も賛成だがな・・・しかし俺は5千で敵を撃退できるとは思えないのだが。ジーク。負ければアージス平原を取られることにもなるぞ」

 賛成には賛成だが、やはり重要な戦いが不安だった。

 「はい。そこは大丈夫でありますよ。なぜならもし負ける場合があったとしても、スクナロ兄上のお力を貸して頂けますからね。軍事の全てに長けている兄上が後ろにいるからこそ、我がウォーカー隊が勇気を持って戦場に出られるのですよ。ええ、兄上のおかげです」

 あからさまのおべっかを聞いていないスクナロは、ジークの策を頭の中で展開して考える。
 自分が受け持つ最前線の都市ビスタ。
 そこから西に広がるアージス平原でウォーカー隊が戦う。
 もし敗れても急ぎ編成して戦えば、まだ1万2千程度であれば平原で撃退できるかと計算した。

 「わかった。俺が後ろを守ってやろう。ジーク。何かあれば連絡をよこせ」
 「ええ。そうします。では今回の事は、任せて頂けますかな。このダーレー家に」

 ジークが鮮やかな敬礼を披露すると、他の皇子らは難しい顔をしながらも許可した。
 大いなる戦争になるか。
 それとも小競合いで済むのか。
 全てはウォーカー隊にかかっている。
 彼らが少数の兵で勝てば、小競合い程度で済むのだ。

 大陸の戦争の運命を左右するかどうかの戦いが、もうそこまで迫っていたのだった。


 ◇

 会議後。ダーレーの屋敷にて。

 「フィックス。皆に連絡を入れたか」
 「はい。緊急招集でビスタに集まれと出しましたよ。里にいるミラも隊を編成しながら準備してます」
 「よくやった。フュン殿たちはどうだ。護衛は」
 「入れてないです。双子がしっかりやってますからね。彼らは明日こちらに来ます」
 「わかった。そうか。ニールとルージュも成長したか」
 「ええ。俺たちクラスまでは……もうそろそろですかね。十三やそこらであの実力は相当じゃないですかね」
 「そうか・・・頑張ったな。あの子たち」
 「ええ。そうっすね」

 ジークは自分の席に座った。
 フィックスはその向かいに立つ。
 
 「それで他の彼らはどうなった。お前の目から見てどうだ」
 「ん。彼らとは?」
 「フュン君が受け持つことになる隊長候補たちだ」
 「ああ。あいつらですね。そりゃあ、坊ちゃんの仲間の成長もかなりのもんですよ」
 「そうか」
 「ええ。ゼファー君はもう化け物になりかけてますよ。修行の具合が俺以上っすからね。死んでもおかしくない量をこなしてます。後はリアリスも文句を言いながらゼファー君と張り合いますから成長してます。カゲロイもサブロウの旦那の訓練についていってますし、ミシェルもザイオンの修行に付き合って実力を伸ばしてます。あとミラの戦術訓練もですかね。あとは・・タイムですね。あの子は普通で、中々いい感じの指揮官になりそうですよ。普通の考えをそのまま戦場で発揮できる子ですから。坊ちゃんにとって、良い感じの副官になりますよ」
 「なるほどな。お前の総評はそんな感じか。わかった。少し安心したわ。成長したか。あの子たちもな」

 時代は徐々に次世代へと移り始める。

 
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