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第一部 人質から始まる物語
第52話 貴族集会 Ⅴ
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「・・・あ、ありがたいお誘いでありますね・・・え・・ええ・・とても」
時間を延ばすかのような返事でも、フュンの思考は高速回転中である。
ここから先。
言葉一つをとっても。
一言一句を大切にしなければならない。
なぜなら相手が王家の右腕なのだ。
下手な言葉では首一つでは済まされない恐れがある。
これはサナリアの命運を賭けた口での戦いである。
「どうかしましたか?」
「・・・・・」
条件反射のように頭が更に高速回転しているフュンが、この『どうかしましたか』には二重の意味があると即座に判断した。
【返事を早くよこせ】と【何故こんな所で、お前の言葉が止まるのだ】
の二点の意味がある。
フュンは、間を上手く利用して紡ぎ出すべき言葉を選んでいく。
「・・・そうですね・・・有難いお言葉ですが・・・一つお聞きしても」
「なぜです。帰順しますと言えば済むのです。貴殿の理由なんて、いりませんよ」
言葉が高圧的でも、態度が高圧的ではない。
それだけにスカーレットとこのまま対決するのは得策ではない。
相手がこっちのスカーゼンならばと、フュンは一瞬だけ弟の方を見た。
反撃する糸口が一つ欲しい所であるのだ。
「・・・私が若輩者であるが故・・・この件。独断で判断するのは難しいのです・・・ですからいったん持ち帰り・・・国で相談をしたいかと・・・」
「駄目です。今決めなさい」
フュンに最後まで言わせないスカーレット。
これはがんじがらめでの搦め手の口撃だ。
ここには逃げ道がない。
口調がゆったりとしている分、相手が冷静であることが伺える。
「そうですか。では、逆にお聞きします。なぜ僕が必要なんでしょうか」
そう来るならばと、フュンはあえて質問をした。
ここでの、この場面で、この度胸。
フュンの度胸は並大抵のものではない。
誰にも真似できないだろう。
「いえ、待ってください。僕ではなく、サナリアが必要ということでしょうか?」
「……そうですね。貴殿というよりも」
フュンの機転により、相手に会話の主導権を簡単には渡さなかった。
質問するなという態度の人物に、あえての質問で敵を困らせる。
駆け引きは続く。
「あなたたちは位置が良いですね。有事の際の」
「・・・なるほど・・・ということは。もし、帝都にですね。もしも、何かがあった場合に我々が必要……ということでしょうか?」
今のスカーレットの考えでは、おそらく有事の際に帝都へ行く道が近い。
この意味だけであるのだろう。
だが、この言葉で取っ掛かりが出来たと思ったフュンは、頭を下に下げている間に笑った。
「そ、そうですね。もしも、ですね」
そしてここでたどたどしい。
ならばここに何らかの意図があってもおかしくないとフュンは読み切った。
今日のフュンは、頭が完全に冴えていたのだ。
サナリアの位置は、帝都の東。
関所を外せば帝都に最も近い都市がサナリアで、最速で軍を差し向けることが出来る場所である。
だから、サナリアの位置が良いと言ったので、それはいつでも出せる兵力を置ける場所として欲しいのだとの裏返しであると、相手の考えを読み切り、そしてこれを話の軸にする。
ここからフュンは考えの押し付けを開始する。
舌戦には、相手に付け入る隙を与えずにこちらの意見が正しいのだと思わせる技法と戦略が必須で、それがたとえ意見として間違えていようとも、相手を捻じ伏せるにはやらなければいけない事なのだ。
ここから、フュン本来の頭の良さが垣間見える会話が繰り広げられる。
「それは、スカーレット様たちに……いえ、ターク家に反乱の意図があるとのお話でしょうか。ならば私共は帝国に帰順している身であります。あなたたちと同じ家に帰順することは、断固として拒否せねばなりません。私とサナリアは帰順できませぬ」
「貴様! 何を言っている! 無礼だぞ。我が家と我が主ターク家に対して!」
スカーゼンが怒鳴ったので、会話を広げる糸口が増えた。
この会話。
実際に反乱をする意思がそちらにあろうとなかろうと関係ないのだ。
もっともらしい理由で、相手を口で押しに押す。
それがフュンの策である。
「それは、どういうことでしょうか。無礼?」
目標をスカーゼンに切り替える。フュンは睨むようにして見た。
「反乱する。そうなれば、私よりもそちらが無礼でありましょう。私の母国は帝国に身を捧げていますし。属国として帝国に従属する。と堂々と大陸に向けて宣言しているのです。だから、こちらに反乱をするという意思は絶対にない。今の会話では、そちらにはあるような言い方でしたよ。どうですか。スカーゼン様」
ここぞとばかりに意図して挑発をした。
舌戦は、出来るだけ攻撃が効く奴を手玉に取るに限る。
フュンにしては珍しいことだった。
「・・・貴様ぁあああ」
「スカーゼン! おやめなさい。相手の策略に嵌ってはいけません。黙っていなさい」
スカーゼンのせいで説得が失敗すると思ったスカーレットは即座に諫める。
これは、つけ入る隙が少ないスカーレットとの対決になると、フュンはここで予想した。
「私たちが帝国に反乱ですか・・・。それはありえませんね。我が家は帝国の名門の一つ。ストレイル家であります。国を翻す必要のない地位なのです。むしろあなたの国の方が反乱を起こしやすいのです。あなたがそんなことを思うのなら、あなたの国にこそ反旗の意志があるのでは」
「ええ。地理的にはその通りでありますが……。しかし、サナリア如きの兵力で・・・、帝国に歯向かうなどありえないのです」
フュンは、反乱が出来る事象を羅列するより前に、気持ちで強く否定した。
「私共は、とても弱い。一言で言い表せぬほどに兵力がありません。ですから、反乱などありえないのです。ですが、その微々たる戦力も使い道があれば、有利へとなる。つまり私共の国を手に入れようとするのは、帝国への反乱する意図があるのでは、との一つの可能性を私があなた様たちの意見を勝手に解釈してお話ししてしまったのですよ。一の戦力では無理でも複数の戦力が絡み合えば、帝都を落とすことも可能だと考えてみて良いのですからね」
雄弁にフュンは返した。
相手にこちらの意見を押し付けるのは、相手と同じ戦法。
これは舌戦なのだ。
あらゆる口実で敵と戦わなければならない。
「ふむ。貴殿はそのように我々が考えると思っていると。なら、そこまでおっしゃるのなら、どのように落とせると考えているのですか」
踏み込む一手。
スカーレットも引く気はない。
「・・・それは・・・私の幼稚な考えを披露するわけにはいきませぬ。あまりにも恥ずかしい策でありますゆえに。遠慮したいです」
遠慮する気のない言葉。
ここで引くと見せるには訳がある。
主導権を渡さぬためだ。
「いいですよ。笑わないので披露して頂きたいです」
「いえ。私程度が思いつく策ならば、そちらにいる有能な将の皆様はとっくに思いついているはずですから。この場で、披露するには忍び難い。堂々と話すのもお恥ずかしいことでありますし、無意味な事でありましょう」
スカーレットとフュンは、睨みつけていないのに睨み合う。
目に見えない火花は、確実に散っていた。
「そう来ましたか・・・では、考えをおっしゃって頂ければ、貴殿の評価がさらに良くなるのやもしれませんよ」
「私は誰かの評価の為に生きておりません。なので愚鈍な者はご迷惑にならないようにここから立ち去ろうかと思います」
「いえいえ。お話を一つお願いします。私はあなたを愚鈍とは考えておりません」
逃れられない。
抜け出せない。
迷路に入り込まそうとするスカーレットの会話はグルグルとその場を歩かされているだけに、フュンには感じた。
この無駄な押し問答の中でもフュンの思考は、生き残るための会話の糸口を掴もうとしていたのだ。
実はこの先の会話の流れを頭の中で勝手に組み立てているのである。
「では、私のというよりも一般的な策の一つとして聞いてもらいたいです」
自分の考えではないとの予防線を張る。これに意味はなくとも、意味はある。
この場には他にも部外者がいるから、自分ではなく世間一般の考えであると強調した方が良い。
「わかりました。いいでしょう」
「では・・・私は帝都の兵を減らした場合にだけ。サナリアのみでも帝都を攻略可能だと見ています」
「それはなぜですか」
「はい。サナリアは弱い。それだけは断定できます。ただし、それは数が少ないからではなく、戦争の経験が少ないからであります」
「それはどういう意味でしょうか」
「そのままの意味であります。サナリアは本格的な戦争というものを経験していないと言ってもいいのです。私共は、紛争程度の戦しか経験していない。ただ単純に武器を振り回しているだけの野蛮人の戦いだったという事です」
「なるほど。それと先程の意見はどう結びつくのですか。関係がないのでは?」
「いいえ。それは、私共は兵士としては強いのです。ただの1対1ならば、おそらく帝都の兵と互角以上に戦えると思うのです。ですから、帝都の兵を少なくすれば、サナリアであっても帝都を落城させることは可能であるとみます。しかし、これには、何らかの罠か、とっておきの策が必要で、帝都にいる兵を減らすという非常に難しい事をこなさなくてはならないので、私共のような辺境の国ではそれを起こすことが不可能であります。なので私共が単独で反乱を起こす可能性は1%もありません。だからこそ、私は協力すれば可能性があると言ったのです。そして、あなた方の誰かが、何らかの策で帝都にいる兵士を減らしたりすることが出来れば、私共だけでも帝都を落とせるのです。だから、私共を欲しがる理由としては、これでしょうかと逆にお聞きしたい」
フュンの挑戦的な質問に、スカーレットは止まった。
感心したようにうなずいて、話し出す。
「なるほど。貴殿は頭の回転が非常によろしいようだ・・・」
「・・・そのようだな」
ヴァーザックが急に声を出し、冷静であったスカーレットが驚く。
「貴様は、なかなかの切れ者である。我が軍に入れても幹部にしたいくらいだな・・・そうだな。そこまで拒絶するのなら、我としてはターク家ではなく、ストレイル家に帰順しなさい。かなりの好待遇で優遇しよう。辺境の王子よ」
困った意見が飛び出た。
実質ターク家に来いとの誘いである。
今でも何本もの神経が擦り切れそうな会話だったのに。
ここからは、その神経が熱で溶けていきそうになる。
「・・・確かに、私にとっては、あまりにも良い条件でありますが、お断りいたします」
「何故だ」
「私はもう帰順先が決まっているのです」
「む・・・貴様はどこにも帰順していないと聞いているぞ」
「はい。ですが。私の帰順先は、皆さまの予想外でありますから。誰も知りえぬという事です。ですからお断りであります」
正直に言い切る。
フュンは最後に駆け引きなしの賭けに出た。
三日前。
フュンは緊急の伝書鳩を帝都にいるアイネから貰っていた。
それは父の手紙である。
その中身には何気ない会話が主であったが最後に書かれていたのが、帰順の了解であった。
ならばここが手札の見せ所。
フュンの自分の持つ手札の中で、最も強いカードを相手に叩きつける。
「どこだ! ドルフィンか? まさか、ナーズローか!?」
「いえ。私の帰順先はダーレーであります」
「「「ダーレーだと!?」」」
親子三人が同時に驚く。
と思ったら、フュンの周りにいる黒服の者たちも驚き、近くに寄れなかったヒルダたちも堂々と宣言したことに驚いた。
これにてフュンは完全に弱小王家に入ると公に宣言したからだ。
しばしの沈黙の後。
部屋の上をぼんやりと見ているヴァーザックが、ニヤニヤと笑い出す。
「ふっ。あそこに入るというのか。それはもったいないな・・・我らに帰順しないか・・・ならば、最終手段か・・・・持ってこい」
「ん?」
ヴァーザックが指を指した先をフュンが見ると、戦いの天才のゼファーが男たちに囚われていた。
ゼファーよりも弱そうな男たちに掴まるなどありえない。
何かをされたに違いない。
ゼファーは、フュンの前に突き出される。
「な、なぜ・・・ゼファー殿が」
「貴様は、立場悪くても王子。殺せんからな。だから我らに帰順しないのであればそいつを殺す事にしようと思う。断りの代償だ」
「ゼファー殿!? なぜ」
「で、殿下・・・口と・・・体が痺れ・・・」
「体が!? なぜ・・・ん?」
フュンはゼファーの瞳を見た。
白目の部分に黄色みがかかっている。
という事はこれは、パールワーという花の痺れ粉を使用したと判断。
これは即効性ではなく遅効性、その上で弱い成分の痺れ粉である。
無味無臭なために使用条件に合うのは、食事の中に入れこむこと。
ここでフュンは思い出した。
ゼファーは大量の食事を取っていたのだ。
おそらく、ここの食事のどれかに、パールワーの花の粉が使用されていたのだ。
小食であるフュンにはほとんど効かなかったが、ゼファーは大量に食べたので痺れの罠が効いたのだろう。
「まさか。食事の中に・・・」
「・・・フッ」
軽く笑ったスカーゼンによって答えは出た。
非常に不味い状況で、フュンは決断を迫られる。
「で、殿下。殿下の役に立てぬのであれば、私はここで死んでもよいです・・・」
「そんなわけにはいきません! 僕の大切な友です。あなたがいなければ僕は生きていけないと言ったでしょう! 黙っていなさい」
「・・で、殿下」
選択肢は帰順しかない。
そう追い込まれたフュンが「あなたの家に帰順します」と言うために一歩前に出たその時。
この場にとても良く通る声が響いた。
「は~~~~はは~~~。あれあれぇ。なんだか、不穏な雰囲気がプンプンしますな。臭い臭い。とても嫌な匂いでありますね。ここは消臭しないといけませんな。貴族の汚い匂いは、お部屋にビッチリとこびり付きますからな」
青いスーツのド派手な男が華麗に登場した。
時間を延ばすかのような返事でも、フュンの思考は高速回転中である。
ここから先。
言葉一つをとっても。
一言一句を大切にしなければならない。
なぜなら相手が王家の右腕なのだ。
下手な言葉では首一つでは済まされない恐れがある。
これはサナリアの命運を賭けた口での戦いである。
「どうかしましたか?」
「・・・・・」
条件反射のように頭が更に高速回転しているフュンが、この『どうかしましたか』には二重の意味があると即座に判断した。
【返事を早くよこせ】と【何故こんな所で、お前の言葉が止まるのだ】
の二点の意味がある。
フュンは、間を上手く利用して紡ぎ出すべき言葉を選んでいく。
「・・・そうですね・・・有難いお言葉ですが・・・一つお聞きしても」
「なぜです。帰順しますと言えば済むのです。貴殿の理由なんて、いりませんよ」
言葉が高圧的でも、態度が高圧的ではない。
それだけにスカーレットとこのまま対決するのは得策ではない。
相手がこっちのスカーゼンならばと、フュンは一瞬だけ弟の方を見た。
反撃する糸口が一つ欲しい所であるのだ。
「・・・私が若輩者であるが故・・・この件。独断で判断するのは難しいのです・・・ですからいったん持ち帰り・・・国で相談をしたいかと・・・」
「駄目です。今決めなさい」
フュンに最後まで言わせないスカーレット。
これはがんじがらめでの搦め手の口撃だ。
ここには逃げ道がない。
口調がゆったりとしている分、相手が冷静であることが伺える。
「そうですか。では、逆にお聞きします。なぜ僕が必要なんでしょうか」
そう来るならばと、フュンはあえて質問をした。
ここでの、この場面で、この度胸。
フュンの度胸は並大抵のものではない。
誰にも真似できないだろう。
「いえ、待ってください。僕ではなく、サナリアが必要ということでしょうか?」
「……そうですね。貴殿というよりも」
フュンの機転により、相手に会話の主導権を簡単には渡さなかった。
質問するなという態度の人物に、あえての質問で敵を困らせる。
駆け引きは続く。
「あなたたちは位置が良いですね。有事の際の」
「・・・なるほど・・・ということは。もし、帝都にですね。もしも、何かがあった場合に我々が必要……ということでしょうか?」
今のスカーレットの考えでは、おそらく有事の際に帝都へ行く道が近い。
この意味だけであるのだろう。
だが、この言葉で取っ掛かりが出来たと思ったフュンは、頭を下に下げている間に笑った。
「そ、そうですね。もしも、ですね」
そしてここでたどたどしい。
ならばここに何らかの意図があってもおかしくないとフュンは読み切った。
今日のフュンは、頭が完全に冴えていたのだ。
サナリアの位置は、帝都の東。
関所を外せば帝都に最も近い都市がサナリアで、最速で軍を差し向けることが出来る場所である。
だから、サナリアの位置が良いと言ったので、それはいつでも出せる兵力を置ける場所として欲しいのだとの裏返しであると、相手の考えを読み切り、そしてこれを話の軸にする。
ここからフュンは考えの押し付けを開始する。
舌戦には、相手に付け入る隙を与えずにこちらの意見が正しいのだと思わせる技法と戦略が必須で、それがたとえ意見として間違えていようとも、相手を捻じ伏せるにはやらなければいけない事なのだ。
ここから、フュン本来の頭の良さが垣間見える会話が繰り広げられる。
「それは、スカーレット様たちに……いえ、ターク家に反乱の意図があるとのお話でしょうか。ならば私共は帝国に帰順している身であります。あなたたちと同じ家に帰順することは、断固として拒否せねばなりません。私とサナリアは帰順できませぬ」
「貴様! 何を言っている! 無礼だぞ。我が家と我が主ターク家に対して!」
スカーゼンが怒鳴ったので、会話を広げる糸口が増えた。
この会話。
実際に反乱をする意思がそちらにあろうとなかろうと関係ないのだ。
もっともらしい理由で、相手を口で押しに押す。
それがフュンの策である。
「それは、どういうことでしょうか。無礼?」
目標をスカーゼンに切り替える。フュンは睨むようにして見た。
「反乱する。そうなれば、私よりもそちらが無礼でありましょう。私の母国は帝国に身を捧げていますし。属国として帝国に従属する。と堂々と大陸に向けて宣言しているのです。だから、こちらに反乱をするという意思は絶対にない。今の会話では、そちらにはあるような言い方でしたよ。どうですか。スカーゼン様」
ここぞとばかりに意図して挑発をした。
舌戦は、出来るだけ攻撃が効く奴を手玉に取るに限る。
フュンにしては珍しいことだった。
「・・・貴様ぁあああ」
「スカーゼン! おやめなさい。相手の策略に嵌ってはいけません。黙っていなさい」
スカーゼンのせいで説得が失敗すると思ったスカーレットは即座に諫める。
これは、つけ入る隙が少ないスカーレットとの対決になると、フュンはここで予想した。
「私たちが帝国に反乱ですか・・・。それはありえませんね。我が家は帝国の名門の一つ。ストレイル家であります。国を翻す必要のない地位なのです。むしろあなたの国の方が反乱を起こしやすいのです。あなたがそんなことを思うのなら、あなたの国にこそ反旗の意志があるのでは」
「ええ。地理的にはその通りでありますが……。しかし、サナリア如きの兵力で・・・、帝国に歯向かうなどありえないのです」
フュンは、反乱が出来る事象を羅列するより前に、気持ちで強く否定した。
「私共は、とても弱い。一言で言い表せぬほどに兵力がありません。ですから、反乱などありえないのです。ですが、その微々たる戦力も使い道があれば、有利へとなる。つまり私共の国を手に入れようとするのは、帝国への反乱する意図があるのでは、との一つの可能性を私があなた様たちの意見を勝手に解釈してお話ししてしまったのですよ。一の戦力では無理でも複数の戦力が絡み合えば、帝都を落とすことも可能だと考えてみて良いのですからね」
雄弁にフュンは返した。
相手にこちらの意見を押し付けるのは、相手と同じ戦法。
これは舌戦なのだ。
あらゆる口実で敵と戦わなければならない。
「ふむ。貴殿はそのように我々が考えると思っていると。なら、そこまでおっしゃるのなら、どのように落とせると考えているのですか」
踏み込む一手。
スカーレットも引く気はない。
「・・・それは・・・私の幼稚な考えを披露するわけにはいきませぬ。あまりにも恥ずかしい策でありますゆえに。遠慮したいです」
遠慮する気のない言葉。
ここで引くと見せるには訳がある。
主導権を渡さぬためだ。
「いいですよ。笑わないので披露して頂きたいです」
「いえ。私程度が思いつく策ならば、そちらにいる有能な将の皆様はとっくに思いついているはずですから。この場で、披露するには忍び難い。堂々と話すのもお恥ずかしいことでありますし、無意味な事でありましょう」
スカーレットとフュンは、睨みつけていないのに睨み合う。
目に見えない火花は、確実に散っていた。
「そう来ましたか・・・では、考えをおっしゃって頂ければ、貴殿の評価がさらに良くなるのやもしれませんよ」
「私は誰かの評価の為に生きておりません。なので愚鈍な者はご迷惑にならないようにここから立ち去ろうかと思います」
「いえいえ。お話を一つお願いします。私はあなたを愚鈍とは考えておりません」
逃れられない。
抜け出せない。
迷路に入り込まそうとするスカーレットの会話はグルグルとその場を歩かされているだけに、フュンには感じた。
この無駄な押し問答の中でもフュンの思考は、生き残るための会話の糸口を掴もうとしていたのだ。
実はこの先の会話の流れを頭の中で勝手に組み立てているのである。
「では、私のというよりも一般的な策の一つとして聞いてもらいたいです」
自分の考えではないとの予防線を張る。これに意味はなくとも、意味はある。
この場には他にも部外者がいるから、自分ではなく世間一般の考えであると強調した方が良い。
「わかりました。いいでしょう」
「では・・・私は帝都の兵を減らした場合にだけ。サナリアのみでも帝都を攻略可能だと見ています」
「それはなぜですか」
「はい。サナリアは弱い。それだけは断定できます。ただし、それは数が少ないからではなく、戦争の経験が少ないからであります」
「それはどういう意味でしょうか」
「そのままの意味であります。サナリアは本格的な戦争というものを経験していないと言ってもいいのです。私共は、紛争程度の戦しか経験していない。ただ単純に武器を振り回しているだけの野蛮人の戦いだったという事です」
「なるほど。それと先程の意見はどう結びつくのですか。関係がないのでは?」
「いいえ。それは、私共は兵士としては強いのです。ただの1対1ならば、おそらく帝都の兵と互角以上に戦えると思うのです。ですから、帝都の兵を少なくすれば、サナリアであっても帝都を落城させることは可能であるとみます。しかし、これには、何らかの罠か、とっておきの策が必要で、帝都にいる兵を減らすという非常に難しい事をこなさなくてはならないので、私共のような辺境の国ではそれを起こすことが不可能であります。なので私共が単独で反乱を起こす可能性は1%もありません。だからこそ、私は協力すれば可能性があると言ったのです。そして、あなた方の誰かが、何らかの策で帝都にいる兵士を減らしたりすることが出来れば、私共だけでも帝都を落とせるのです。だから、私共を欲しがる理由としては、これでしょうかと逆にお聞きしたい」
フュンの挑戦的な質問に、スカーレットは止まった。
感心したようにうなずいて、話し出す。
「なるほど。貴殿は頭の回転が非常によろしいようだ・・・」
「・・・そのようだな」
ヴァーザックが急に声を出し、冷静であったスカーレットが驚く。
「貴様は、なかなかの切れ者である。我が軍に入れても幹部にしたいくらいだな・・・そうだな。そこまで拒絶するのなら、我としてはターク家ではなく、ストレイル家に帰順しなさい。かなりの好待遇で優遇しよう。辺境の王子よ」
困った意見が飛び出た。
実質ターク家に来いとの誘いである。
今でも何本もの神経が擦り切れそうな会話だったのに。
ここからは、その神経が熱で溶けていきそうになる。
「・・・確かに、私にとっては、あまりにも良い条件でありますが、お断りいたします」
「何故だ」
「私はもう帰順先が決まっているのです」
「む・・・貴様はどこにも帰順していないと聞いているぞ」
「はい。ですが。私の帰順先は、皆さまの予想外でありますから。誰も知りえぬという事です。ですからお断りであります」
正直に言い切る。
フュンは最後に駆け引きなしの賭けに出た。
三日前。
フュンは緊急の伝書鳩を帝都にいるアイネから貰っていた。
それは父の手紙である。
その中身には何気ない会話が主であったが最後に書かれていたのが、帰順の了解であった。
ならばここが手札の見せ所。
フュンの自分の持つ手札の中で、最も強いカードを相手に叩きつける。
「どこだ! ドルフィンか? まさか、ナーズローか!?」
「いえ。私の帰順先はダーレーであります」
「「「ダーレーだと!?」」」
親子三人が同時に驚く。
と思ったら、フュンの周りにいる黒服の者たちも驚き、近くに寄れなかったヒルダたちも堂々と宣言したことに驚いた。
これにてフュンは完全に弱小王家に入ると公に宣言したからだ。
しばしの沈黙の後。
部屋の上をぼんやりと見ているヴァーザックが、ニヤニヤと笑い出す。
「ふっ。あそこに入るというのか。それはもったいないな・・・我らに帰順しないか・・・ならば、最終手段か・・・・持ってこい」
「ん?」
ヴァーザックが指を指した先をフュンが見ると、戦いの天才のゼファーが男たちに囚われていた。
ゼファーよりも弱そうな男たちに掴まるなどありえない。
何かをされたに違いない。
ゼファーは、フュンの前に突き出される。
「な、なぜ・・・ゼファー殿が」
「貴様は、立場悪くても王子。殺せんからな。だから我らに帰順しないのであればそいつを殺す事にしようと思う。断りの代償だ」
「ゼファー殿!? なぜ」
「で、殿下・・・口と・・・体が痺れ・・・」
「体が!? なぜ・・・ん?」
フュンはゼファーの瞳を見た。
白目の部分に黄色みがかかっている。
という事はこれは、パールワーという花の痺れ粉を使用したと判断。
これは即効性ではなく遅効性、その上で弱い成分の痺れ粉である。
無味無臭なために使用条件に合うのは、食事の中に入れこむこと。
ここでフュンは思い出した。
ゼファーは大量の食事を取っていたのだ。
おそらく、ここの食事のどれかに、パールワーの花の粉が使用されていたのだ。
小食であるフュンにはほとんど効かなかったが、ゼファーは大量に食べたので痺れの罠が効いたのだろう。
「まさか。食事の中に・・・」
「・・・フッ」
軽く笑ったスカーゼンによって答えは出た。
非常に不味い状況で、フュンは決断を迫られる。
「で、殿下。殿下の役に立てぬのであれば、私はここで死んでもよいです・・・」
「そんなわけにはいきません! 僕の大切な友です。あなたがいなければ僕は生きていけないと言ったでしょう! 黙っていなさい」
「・・で、殿下」
選択肢は帰順しかない。
そう追い込まれたフュンが「あなたの家に帰順します」と言うために一歩前に出たその時。
この場にとても良く通る声が響いた。
「は~~~~はは~~~。あれあれぇ。なんだか、不穏な雰囲気がプンプンしますな。臭い臭い。とても嫌な匂いでありますね。ここは消臭しないといけませんな。貴族の汚い匂いは、お部屋にビッチリとこびり付きますからな」
青いスーツのド派手な男が華麗に登場した。
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私が平民だとどこで知ったのですか?
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
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とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
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