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第一部 人質から始まる物語

第44話 お困りの兄

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 ジークはフィックスと共に商会にいた。
 モンジュ大商会。
 これがジークの商会の名前である。
 アーリア大陸でも有名な商会の一つで、王国にも顔が効く。
 しかし、この王国の際は別な商会名で販売をしている。

 こちらの商会、世間上でのトップはキロックとなっていて、ジークがそこに関与していることを知っているのは帝国の貴族くらい。
 一般市民はジークの存在すら知らないのだ。

 商会の中にあるジークの隠し部屋にいる二人。
 椅子に座って資料を読むジークとその正面に立つフィックスはこれから先の重要案件の話し合いをした。

 「旦那。今度。バルナガンで茶会が開かれるようですよ。それも王族を省いた形で行われるようで。その名前を、貴族集会という呼ぶらしいです」
 「貴族集会? なんだそれは?」

 フィックスとの会話で聞きなれない単語が出てきた。
 ジークの顔に疑問が示されるとフィックスは、ある情報筋から聞いた情報を説明してくれる。

 「旦那。それがですね。なにやら、貴族たちだけを集めて交流会をするみたいでしてね。ここで茶会と違う点は王族を省くこと以外に、人質が参加するらしいんですよ。強制らしいです」
 「なに。ということは、フュン殿もか」 
 「そうっすね。坊ちゃん。やばくないすか」
 「そうだな……後ろ盾がない状態で貴族共の中に入るのは危険だ。それにバルナガンか。かなり厳しいぞ。俺たちの目が届きにくいしな」
 
 帝国三大都市のバルナガン。
 ターク家が所有しているアーリア大陸北東の巨大都市。
 ちなみに隣接ではないが、近場に属領ラーゼ国がある。
 
 ジークやフィックスの予想は、貴族集会の主催が、おそらくこの都市の主のターク家の貴族の誰かであることだ。
 癖のある貴族たちを束ねる癖のある人物たちの顔が思い浮かぶ。

 「スクナロもヌロも一癖ありますからね……大変だ、坊ちゃんは・・・」
 「ははは。俺の兄弟に癖のない奴なんて、いないだろ?」
 「確かにね。旦那の兄妹は、みんな。ひでえもんな」
 「お前、何言ってんだ。シルヴィは普通だ」
 「・・・え!? それはいくら何でも無理じゃないすか。お嬢が一番変わってますって」
 「なに!? シルヴィは婚期だけが遅れているだけだ。他は普通だ。綺麗だ」
 「いや、それはたしかに。お嬢は綺麗ですけどね……はぁ。相変わらずあんたは、妹馬鹿ですね。シスコンすね」
 「なんだと!? まあ、いいか。急いだ方がいいな。早く帰って準備をした方が良さそうだ。フュン殿にこの事を知らせよう。フィックス。帰るか」
 「わかりました」
 
 二人は急ぎ屋敷に帰る。
 フュンの為に色々準備をしてあげようと屋敷で資料をまとめる。
 そしてしばらくしたら、シルヴィアが屋敷に帰って来た。
 いつもの無表情な顔ではなく悲しみに暮れている顔をしていた。
 
 「・・・」
 「お。愛しの妹よ。どうした?」
 「・・・・・・」
 「ん?」

 シルヴィアは、ジークとフィックスを無視して廊下を歩き自室へと向かう。
 自分のドアノブを掴んだところで、ジークがその手を掴んだ。

 「どうした? お前らしくない。そんなに俯いて」
 「・・・え? に、兄様。こちらに帰っていらしたのですね」

 妹は、兄はどこかにふらっと出かけていると思っていた。

 「なんだよ。無視していたんじゃなく、ただ気が付かなかっただけだったのか・・・ってどんだけ、ぼうっとしてんだよ」
 「・・・いえ。なんでもありません。それでは」

 妹は部屋に入ろうとする。

 「おいおい。何があった? この頼れる兄様ジークに言いなさい。何でも聞いてやるぞ」
 「・・・兄様は・・・別にいいです。それでは」
 
 妹を心配する兄の顔を一瞬だけ見る。
 直後シルヴィアは肩を落とした。
 ジークは、顔を見られてから、肩を落とされたもんだから、ジークも肩を落とすことになった。

 ジークとフィックスはシルヴィアの部屋の前で会話する。

 「今の酷くね」「酷いっすね」
 「そうだろ。そう思うよな」「悲しそうな状態のお嬢…初めて見ましたね」

 ジークとフィックスの『酷い』は別物であった。

 「いや、そうじゃないわ。俺のこと、『別にいい』だってよ、酷くないか?」
 「いや。俺がお嬢でも、旦那には『相談』しないかな。うんうん」

 フィックスの態度が失礼だったので。

 「この野郎・・・今からでもお前を商会から外そうかな。サブロウの所に戻そうかな。あの地獄の訓練をしてもらおうかなぁ!」

 ジークは少々怒ったのである。

 「い。いえ。それは・・・俺が悪かったですって。旦那ぁ」
 


 ◇


 その後の数日間、シルヴィアは寝込んでいた。
 いつもの朝の稽古にも出ず、お昼から夜にかけてする書類作業もせずに、珍しい日々を過ごした。
 これは、さすがにと。
 心配になったジークが、シルヴィアを呼び出す。

 「兄様、なんですか」
 
 横を向いているシルヴィアの目の周りが赤い。
 泣いていたようだ。

 「お前・・・どうした? いい加減に話しなさい。悩んでいるのは分かっている。話しにくいのも分かっている。だが、ダーレー家の当主はお前で、ダーレー家の家族は俺とお前しかいないんだぞ。二人で協力して生きていくしかないのだ。お前、そのままではいかんぞ」
 「・・・に、兄様・・・ですが・・・もう・・・私は」
 「何で悩んでいるのだ。言ってみなさい」

 いつものお茶らけた調子のいいジークではない。
 ここにいるのは優しい表情の兄である。
 長い沈黙の後、シルヴィアは話した。

 「・・・フュン殿と私は、婚約の約束をしたのですが・・・姉様がどことなく、不安げなことを言うもんだから。姉様にそこを確認してもらおうと、フュン殿の話を聞きだしてもらったのです。そしたら、そんなことは知らないとフュン殿が言ったらしく……悲しくて辛くて、どうしたらいいかと。あれは、やはり夢だったのかと・・・・悩んでいました」
 「・・・は!? 恋煩いだったのかよ。しかも馬鹿だ・・・」

 ジークは、まさかの妹の悩みに頭を抱える。
 想像の10倍以上も妹は馬鹿だったのだ。

 「ば、馬鹿ではありません・・・でも重要な事なのです」
 「はぁ・・・お前、その事情はな。俺はミランダから聞いている。いいか。だからその話は夢じゃないんだ。現実の話で合っている」
 「で。ですよね。そうですよね。夢じゃないですよね。よ、よかった。あ。でもなぜフュン殿はあんなことを・・・」

 シルヴィアの目に光が宿った。
 生気に溢れたように見える。

 「だからそこを考えられないお前を馬鹿だと言ったんだ。いいか。あのフュン殿が不用心に他人にペラペラと重要事項を言うとでも思うか。フュン殿はな。サティに対しても言わんと思うぞ。慎重を期すはずだ。それに、どこから話が漏れるか分からないから、絶対に誰にも口外しないと思う。それも、俺たちに気を遣ってくれてのことだぞ。お前、フュン殿の思考を読んでいないな。馬鹿者が!!!」

 ジークが妹に対してここまで怒るのは珍しい。

 「・・・あ・・・そ・・それはそうですね。私は・・・わたしのことばかり考えておりました。彼のことを考えておりませんでした」
 「・・・そうだろ。はぁ。お前、フュン殿のことになると、とんでもないアホになる傾向があるな」
 「アホではありません。しかし・・・まだ不安です。兄様。兄様ならフュン殿と会話出来ますでしょ。聞いてみてくださいよ」
 「…はぁ。仕方ない。可愛い妹の頼みだ。それはやっておいてやる。だけど、お前はもう少しフュン殿のことを信用しろ。いいな」

 コクンと頷いた妹を見て、兄は優しく微笑んだ。
 何があっても妹に甘い兄であった。

 「まあいい、俺が話をつけにいってやるからな。普段通りにお前は仕事をしてくれ。えっと、たしか彼は今、ルーワ村にいるよな?」
 「…はい。そうです。彼は視察に行ってます」
 「よし。俺は元々フュン殿に伝えなきゃいかんことがあるからな。それにバルナガンの都市にも用事が出来たんで、寄り道がてらにルーワ村に行ってくる。そこでその話も聞いておくからな。だけど、俺はバルナガン近辺に少し滞在しなきゃいけないから。こっちに帰るのが遅くなるから手紙か何かでお前には連絡を入れる。それでいいか? シルヴィ!」
 「に。兄様・・・あ、ありがとうございます。兄様。私は初めて兄様を尊敬します。兄様の妹でよかったです。ありがとうございます」

 【バタン】
 と自分の言いたいことを言って、妹は自分の部屋に帰っていった。

 「え・・・今の・・・これで・・・尊敬されるの・・・・今までは・・おいシルヴィ。ちょっと」

 初めて尊敬されたことが、こんな事なの。
 ジークは悲しくもなり虚しくもなったのでした。
 めでたしめでたし。
 でもありません。
 
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