41 / 397
第一部 人質から始まる物語
第40話 それぞれの思い
しおりを挟む
戦争が終わった翌日の夕方。
片手に酒を持っているミランダが叫ぶ!
「おらぁ。クソ野郎ども。飲めや。騒げや。楽しめや! ジークの奢りになってるからよ。遠慮すんなよ! どんどん飲めい。あたしも飲むぞい! 乾杯だ、こらぁ!」
戦いの疲れを一日で癒したウォーカー隊は、ハスラの駐屯所でミランダを中心にどんちゃん騒ぎをしていた。
正規軍が多いハスラの兵士たちは、飲み会の最初。
このウォーカー隊のバカ騒ぎを敬遠していたのだが、徐々にその盛り上がりに馴染み始め、宴会の中盤辺りでは、すっかりウォーカー隊とも打ち解けて、今や、両方の兵士たちは一緒になって酒を飲み交わしている。
亡くなった仲間たちを悼み、悲しみに暮れるだけが、弔いではないという様に。
◇
いつも通りのエリナと、どことなく儚げなザイオンは並んで酒を飲む。
「お前のとこは、誰か死んだか?」
エリナの空になったコップにザイオンが酒を注ぐ。
「死んでねぇ。あたいらのとこは船を撃沈させただけだからな。合流した頃にゃ、たぶん、シゲマサたちが囲まれていたところだろうな。だからあたいらはカバーの為に城壁の方に行ったしな」
「・・・そうか・・・」
ザイオンはエリナに注いだ酒瓶の中身を空にする勢いでラッパ飲みする。
「ザイオン。東の戦いはお前のミスじゃないぜ。あたいらもあの小僧の力をちょいと信じたろ。でもあたいらは後悔してねえだろ。それにな。あいつも後悔してねぇと思うぜ。あいつの顔を確認してやれねぇけどよ、あたいらはあいつの最後の顔・・・分かってるだろ! どうせ、満足してんだよ。あいつはよ・・・・シゲマサってのはそういう男だ」
「・・・・ああ・・・、わかってるぜ。全部な。シゲマサはいい男だったからな」
二人はシゲマサを偲んでいた。
◇
サブロウは、宴会場ではなくハスラの慰霊碑にいた。
都市を守った英雄たちが眠る場所で、サブロウは酒を片手に白い皿の盃を二つ持って慰霊碑の前に座る。
一つを自分に、一つを慰霊碑に置いて話す。
「シゲマサ。飲めぞ」
いつも通りに、友と盃を交わすためにシゲマサに酒を注いだ。
「お前、やっぱ……おいらにゃ、もったいない奴だったんぞ。優しくて、部下思いで。いい奴だったんぞ。おいらとは正反対ぞな。なのにおいらよりも先に逝きやがって、いい奴だったから死んだんだぞ。もう少し性格が悪くなったらな。お前は死ななかったんぞ。おいらみたいに悪い奴になれぞな。バカたれ……お前は、おいらの後に逝けぞな。はははは」
もう一つの自分の盃に酒を入れて、笑いながらサブロウは一気に飲み干す。
「そうだな。サブロウにはもったいなかったな」
「ん? ミラ、こっちに来てたんぞ。あっちで宴会してたんじゃないのぞ」
「ああ。あたしは、もう十分飲んだ。あれだけ飲めれば満足だ!」
「ふっ。さすがは悪童だぞ」
あたしにもくれと言わず、ミランダは自前の皿をサブロウの前に出した。
何も言われてないのにサブロウは、そこに酒を注ぐ。
慰霊碑の正面に入ったミランダは、貰った杯を慰霊碑に向けて、彼と乾杯をしようとした。
「……謝らねぇぞ。後悔もしねぇわ。ただ・・・シゲマサ・・・お前の思いだけは、絶対に繋いでみせるのさ。あたしは誓ってやる」
ミランダは、自分の話が聞こえない相手に宣言をした。
「正直、あたしはあの判断をミスったって思ってる。だけどな……あたしが今、ここでお前に謝罪と後悔だけをしていたらな。きっとシゲマサの判断に傷をつけるだけなんだ。だからあたしは感謝するぞ。弟子を守ってくれたことにな。あいつらは、たぶん。あたしの最高傑作になる二人だ。だから、シゲマサへのたむけは、あいつらを立派な人物にすることだろ。な! サブロウ!」
サブロウの肩を抱いて、あえてミランダは笑う。
泣く姿や嘆く姿は絶対に見せない。
シゲマサが悲しみだけだから。
「……そうだぞ。おいらもちょいとあの小僧共に賭けてみるぞ。おいら、初めて。ミラを本気で手伝ってやるぞ」
「そうか。そんじゃ、皆にも手伝ってもらって、あいつらを一人前にすっか。サブロウ」
「おうぞ。やったるぞ」
「ナハハハ。だってよ。シゲマサ!!! あたしら。あいつらを最強にしてやんぜ。だから安心して眠れ。あたしらが来るまでな。あたしらがそっちに行ったら、そっからは騒ぐからよ。休んでな」
その後、ミランダとサブロウは、シゲマサと共に朝まで飲み明かしたのだった。
◇
宴会の末席に。
リンゴジュースを飲むゼファーとオレンジジュースを飲むミシェルが並んで座っていた。
酒の飲めない二人にはちょうど良い飲み物であり、年相応でもあるのでどこか初々しくも見える。
しかし、他の者たちに比べて静かにしている二人は、雰囲気が少し暗かった。
「わたしは、で、殿下をお守りできなかった。またもや従者失格です」
「なにを言っているのですか。あなたも王子も命があります。次があります。ですから頑張りましょう」
「ミシェル殿?」
「ええ。あなたはまだまだでした。でも成長の余地がありますよ」
「・・・は・・・はい」
「例えば、戦術です。槍はすでに達人級。ですが、まだ戦術の勉強をしておられない様子」
「は、はい。す、少しは勉強してます。が・・・ほとんどわかりません」
暗い顔のゼファーの為に、そばにいるミシェルは優しく諭してくれていた。
「そうですか。では一つお聞きしましょう。王子の失敗した作戦が、なぜ皆に褒められているのか。そこがお分かりになっていますか?」
「それは・・・・わかりません。包囲戦なことくらいしか」
「そうですか。では、教えましょう。あの包囲戦が特殊であったからです」
「特殊?」
「そうです。包囲するならば普通、左右から挟んで徐々に押し込んで戦えばよかったのですが、王子はあえて、敵を分断してから包囲を開始したのです。それが何故か分かりますか」
「わ、わかりません」
「あれは、ザイオン様の突破力を完全に理解しているからです。おそらく、あの時の王子は、ザイオン様と私、そして王子の三部隊で普通の包囲をすると、圧力が均等に入らなくて綺麗な包囲を描けないと判断したのでしょう。それでは時間がかかります。だから、私たちの部隊が相手の半分の位置で分断して、一次段階と二次段階に分けて撃破しようとしたのです。その上、私たちは三千。相手は五千です。普通の包囲では攻撃がゆっくりし過ぎていて、混乱から立ち直られたら数の力で負けるとも判断したのです。ですから、メリットとデメリットを最大限考え抜いた上での策をたったの数分で完成させた王子に、皆が感服しているのですよ。ですから、あなたの主君はとても素晴らしい才をお持ちなのです」
フュンの作戦を完璧に理解していたミシェルもまた素晴らしい才能の片鱗を見せていた。
わかりやすく丁寧にゼファーに教えることで、彼の頭でも作戦の中身が理解できた。
「そ、そうだったのですね。さすがは殿下・・・我が主君は素晴らしかったのか」
「ええ。そうです。そして、私の部隊にあなたが来たのは、あなたならば私を守ってくれると思っての事。あなたと私は、王子やザイオン様の部隊に比べて遥かに難しい攻防一体の場所に派遣させられたのですからね。あの時は腕が鳴ったでしょ。私と一緒にね」
「は、はい。もちろんです」
「ええ。ですから元気を出してください」
「はい。ミシェル殿ありがとうございます。少し元気が出ました」
「いえいえ。ですが、あの戦争、あなたもまだまだだったんですが、私もまだまだだったんです。ですから、一緒に強くなりましょう。私はまた王子とは戦に出るような気がします。その時は、あの人の役に立つ武将となりましょう。あなたも私もです」
「はい。ありがとうございます。私も必ず良き武将になってみせます」
「ええ。私もありがとうございます。お二人には、いい刺激を貰いましたよ。これからよろしくお願いします」
二人は晴れやかな気分で乾杯して、それぞれのジュースを飲んだ。
◇
フュンはシルヴィアと共に奥の上座の席にいた。
この宴会の主催者のような立場のシルヴィアが、フュンに対して末席を用意してはいけないと、隣の席を用意したのだった。
フュンはただの将ではない。
一応、こんなでも属国の王子である。
「…皆さん、明るいですね」
「ええ。こうやって、死者を送るんですよ。皆、慣れているのです。嫌ですけどね。ウォーカー隊もハスラの軍もです」
「…そうですか。これが戦いでしたか。僕が小さい頃には、戦いがほとんど終わってましたからね。この雰囲気を知りませんでしたね」
「そうですか。では、あなたはこれから乗り越えるべきものがたくさんあるのですよ。良い経験も悪い経験も全てをひっくるめて、経験しなければならないのです。フュン殿……あなたもこの皆の顔を覚えていてください。きっと、次にも・・・この顔を見たくなりますから」
「・・・そうですね。一生忘れないと思います」
二人で、正面にいる皆を見る。
ただの町の酒場のような、そんな雰囲気で酒を飲む兵士らは、暴れながら飲む者や、飲み比べする者、泣いている者や笑っている者、王宮などでは味わえない人々の感情が素直に見える宴会だ。
フュンにとってはこれらが楽しくもあり、悲しくもあり、虚しくもあり、嬉しくもあった。
一端の戦士の仲間を入りをしたのかもしれないとそう思ったのだ。
「僕は・・・説得してみます。シルヴィア様」
「え?」
「……僕はダーレー家に帰順しようかと思います。父上……いや、サナリア王国の許可を得たら、僕はお二人の庇護を受けたいのです。よろしいでしょうか」
「・・・は、はい。こちらこそお願いします。でも、いいのですか? 私たちは弱いですよ」
「はい。大丈夫です。ジーク様。シルヴィア様。ミラ先生。あと、ここにいる人たちの笑顔を見たら、なんだか僕も本当の仲間になりたいなって思いました。このまま、この宙ぶらりんの立場ではきっと皆さんの仲間とは心から言えないような気がします。ですから、いいでしょうか? 僕があなたの家に帰順しても……まだサナリアからの許可が出るか分かりませんがね」
「・・・守ります。私が、あなたと。その故郷を。絶対に守ります」
「…ありがとうございます。では、僕から一つ聞いてもいいですか?」
前を向いていたフュンがここで隣にいるシルヴィアを見つめた。
「シルヴィア様は、ここを愛してますか?」
「・・・・え!?」
「どうでしょう。愛していますか?」
シルヴィアの顔が真っ赤になる。
それは何故か、彼女の耳にはこう聞こえたのです。
「シルヴィア様・・・・・愛してます・・」
至近距離でいるはずなのに、何故か断片的にしか聞こえていない。
耳でも遠くなったのかと、ジークかサティがここにいれば突っ込まれるであろうが今は的確にツッコミを入れてくれる者がいない。
超天然お姫様は、混乱状態に入った。
「あれ? シルヴィア様? 聞いてます」
「・・・はい・・聞こえてます・・・愛してます・・・はい」
「ですよね。僕だって、そうなんだから」
フュンが言う「そう」はサナリアを愛しているである。
彼女の「そう」はそうだと思っていない。
私を愛してくれている。
自分への愛の告白かと勘違いしているのだ。
顔から湯気を猛烈に出している彼女は、話が半分くらいに聞こえている。
「ここにいる人たちの笑顔で分かる。みんな。前を向いてここを守ろうとしたんだ。それはきっとここを愛しているから。かけがえのない場所だからだ。だから僕も、苦しくても前を。辛くても先に進まなければいけない。それに結局は、御三家に入らなくてもサナリアは危険になるかもしれない。ならば・・・僕が、ダーレー家を勝たせるんだ。勝つ陣営に入れてもらうんじゃなくて、その陣営を勝たせるくらいの強い男になる。そうでしょう。その方がいいはずだ。シルヴィア様! 僕は必ずお二人をお守りしますよ。ジーク様にもそうお伝えください」
シルヴィアの手を握ったフュン。
その温もりでシルヴィアは何故か正気に戻る。
フュンの顔を見つめ返すことが出来た。
「え? あ。はい。え、兄様? なんのこ・・・と?」
「そして、僕は、ここの民も。そしてウォーカー隊も。ジーク様の商会も。全部守れるくらいに強くなります。待っていてください。必ず、一人前になってみせますから」
「・・・は、はい。あなたが強くなるのをお待ちしてます」
「はい。頑張りますからね。僕は皆の為により強く成長してみせますから」
シルヴィアは、フュンの宣言を冷静な気持ちで受け止めることが出来た。
純情お嬢様は、天然なお姫様であったのだ。
片手に酒を持っているミランダが叫ぶ!
「おらぁ。クソ野郎ども。飲めや。騒げや。楽しめや! ジークの奢りになってるからよ。遠慮すんなよ! どんどん飲めい。あたしも飲むぞい! 乾杯だ、こらぁ!」
戦いの疲れを一日で癒したウォーカー隊は、ハスラの駐屯所でミランダを中心にどんちゃん騒ぎをしていた。
正規軍が多いハスラの兵士たちは、飲み会の最初。
このウォーカー隊のバカ騒ぎを敬遠していたのだが、徐々にその盛り上がりに馴染み始め、宴会の中盤辺りでは、すっかりウォーカー隊とも打ち解けて、今や、両方の兵士たちは一緒になって酒を飲み交わしている。
亡くなった仲間たちを悼み、悲しみに暮れるだけが、弔いではないという様に。
◇
いつも通りのエリナと、どことなく儚げなザイオンは並んで酒を飲む。
「お前のとこは、誰か死んだか?」
エリナの空になったコップにザイオンが酒を注ぐ。
「死んでねぇ。あたいらのとこは船を撃沈させただけだからな。合流した頃にゃ、たぶん、シゲマサたちが囲まれていたところだろうな。だからあたいらはカバーの為に城壁の方に行ったしな」
「・・・そうか・・・」
ザイオンはエリナに注いだ酒瓶の中身を空にする勢いでラッパ飲みする。
「ザイオン。東の戦いはお前のミスじゃないぜ。あたいらもあの小僧の力をちょいと信じたろ。でもあたいらは後悔してねえだろ。それにな。あいつも後悔してねぇと思うぜ。あいつの顔を確認してやれねぇけどよ、あたいらはあいつの最後の顔・・・分かってるだろ! どうせ、満足してんだよ。あいつはよ・・・・シゲマサってのはそういう男だ」
「・・・・ああ・・・、わかってるぜ。全部な。シゲマサはいい男だったからな」
二人はシゲマサを偲んでいた。
◇
サブロウは、宴会場ではなくハスラの慰霊碑にいた。
都市を守った英雄たちが眠る場所で、サブロウは酒を片手に白い皿の盃を二つ持って慰霊碑の前に座る。
一つを自分に、一つを慰霊碑に置いて話す。
「シゲマサ。飲めぞ」
いつも通りに、友と盃を交わすためにシゲマサに酒を注いだ。
「お前、やっぱ……おいらにゃ、もったいない奴だったんぞ。優しくて、部下思いで。いい奴だったんぞ。おいらとは正反対ぞな。なのにおいらよりも先に逝きやがって、いい奴だったから死んだんだぞ。もう少し性格が悪くなったらな。お前は死ななかったんぞ。おいらみたいに悪い奴になれぞな。バカたれ……お前は、おいらの後に逝けぞな。はははは」
もう一つの自分の盃に酒を入れて、笑いながらサブロウは一気に飲み干す。
「そうだな。サブロウにはもったいなかったな」
「ん? ミラ、こっちに来てたんぞ。あっちで宴会してたんじゃないのぞ」
「ああ。あたしは、もう十分飲んだ。あれだけ飲めれば満足だ!」
「ふっ。さすがは悪童だぞ」
あたしにもくれと言わず、ミランダは自前の皿をサブロウの前に出した。
何も言われてないのにサブロウは、そこに酒を注ぐ。
慰霊碑の正面に入ったミランダは、貰った杯を慰霊碑に向けて、彼と乾杯をしようとした。
「……謝らねぇぞ。後悔もしねぇわ。ただ・・・シゲマサ・・・お前の思いだけは、絶対に繋いでみせるのさ。あたしは誓ってやる」
ミランダは、自分の話が聞こえない相手に宣言をした。
「正直、あたしはあの判断をミスったって思ってる。だけどな……あたしが今、ここでお前に謝罪と後悔だけをしていたらな。きっとシゲマサの判断に傷をつけるだけなんだ。だからあたしは感謝するぞ。弟子を守ってくれたことにな。あいつらは、たぶん。あたしの最高傑作になる二人だ。だから、シゲマサへのたむけは、あいつらを立派な人物にすることだろ。な! サブロウ!」
サブロウの肩を抱いて、あえてミランダは笑う。
泣く姿や嘆く姿は絶対に見せない。
シゲマサが悲しみだけだから。
「……そうだぞ。おいらもちょいとあの小僧共に賭けてみるぞ。おいら、初めて。ミラを本気で手伝ってやるぞ」
「そうか。そんじゃ、皆にも手伝ってもらって、あいつらを一人前にすっか。サブロウ」
「おうぞ。やったるぞ」
「ナハハハ。だってよ。シゲマサ!!! あたしら。あいつらを最強にしてやんぜ。だから安心して眠れ。あたしらが来るまでな。あたしらがそっちに行ったら、そっからは騒ぐからよ。休んでな」
その後、ミランダとサブロウは、シゲマサと共に朝まで飲み明かしたのだった。
◇
宴会の末席に。
リンゴジュースを飲むゼファーとオレンジジュースを飲むミシェルが並んで座っていた。
酒の飲めない二人にはちょうど良い飲み物であり、年相応でもあるのでどこか初々しくも見える。
しかし、他の者たちに比べて静かにしている二人は、雰囲気が少し暗かった。
「わたしは、で、殿下をお守りできなかった。またもや従者失格です」
「なにを言っているのですか。あなたも王子も命があります。次があります。ですから頑張りましょう」
「ミシェル殿?」
「ええ。あなたはまだまだでした。でも成長の余地がありますよ」
「・・・は・・・はい」
「例えば、戦術です。槍はすでに達人級。ですが、まだ戦術の勉強をしておられない様子」
「は、はい。す、少しは勉強してます。が・・・ほとんどわかりません」
暗い顔のゼファーの為に、そばにいるミシェルは優しく諭してくれていた。
「そうですか。では一つお聞きしましょう。王子の失敗した作戦が、なぜ皆に褒められているのか。そこがお分かりになっていますか?」
「それは・・・・わかりません。包囲戦なことくらいしか」
「そうですか。では、教えましょう。あの包囲戦が特殊であったからです」
「特殊?」
「そうです。包囲するならば普通、左右から挟んで徐々に押し込んで戦えばよかったのですが、王子はあえて、敵を分断してから包囲を開始したのです。それが何故か分かりますか」
「わ、わかりません」
「あれは、ザイオン様の突破力を完全に理解しているからです。おそらく、あの時の王子は、ザイオン様と私、そして王子の三部隊で普通の包囲をすると、圧力が均等に入らなくて綺麗な包囲を描けないと判断したのでしょう。それでは時間がかかります。だから、私たちの部隊が相手の半分の位置で分断して、一次段階と二次段階に分けて撃破しようとしたのです。その上、私たちは三千。相手は五千です。普通の包囲では攻撃がゆっくりし過ぎていて、混乱から立ち直られたら数の力で負けるとも判断したのです。ですから、メリットとデメリットを最大限考え抜いた上での策をたったの数分で完成させた王子に、皆が感服しているのですよ。ですから、あなたの主君はとても素晴らしい才をお持ちなのです」
フュンの作戦を完璧に理解していたミシェルもまた素晴らしい才能の片鱗を見せていた。
わかりやすく丁寧にゼファーに教えることで、彼の頭でも作戦の中身が理解できた。
「そ、そうだったのですね。さすがは殿下・・・我が主君は素晴らしかったのか」
「ええ。そうです。そして、私の部隊にあなたが来たのは、あなたならば私を守ってくれると思っての事。あなたと私は、王子やザイオン様の部隊に比べて遥かに難しい攻防一体の場所に派遣させられたのですからね。あの時は腕が鳴ったでしょ。私と一緒にね」
「は、はい。もちろんです」
「ええ。ですから元気を出してください」
「はい。ミシェル殿ありがとうございます。少し元気が出ました」
「いえいえ。ですが、あの戦争、あなたもまだまだだったんですが、私もまだまだだったんです。ですから、一緒に強くなりましょう。私はまた王子とは戦に出るような気がします。その時は、あの人の役に立つ武将となりましょう。あなたも私もです」
「はい。ありがとうございます。私も必ず良き武将になってみせます」
「ええ。私もありがとうございます。お二人には、いい刺激を貰いましたよ。これからよろしくお願いします」
二人は晴れやかな気分で乾杯して、それぞれのジュースを飲んだ。
◇
フュンはシルヴィアと共に奥の上座の席にいた。
この宴会の主催者のような立場のシルヴィアが、フュンに対して末席を用意してはいけないと、隣の席を用意したのだった。
フュンはただの将ではない。
一応、こんなでも属国の王子である。
「…皆さん、明るいですね」
「ええ。こうやって、死者を送るんですよ。皆、慣れているのです。嫌ですけどね。ウォーカー隊もハスラの軍もです」
「…そうですか。これが戦いでしたか。僕が小さい頃には、戦いがほとんど終わってましたからね。この雰囲気を知りませんでしたね」
「そうですか。では、あなたはこれから乗り越えるべきものがたくさんあるのですよ。良い経験も悪い経験も全てをひっくるめて、経験しなければならないのです。フュン殿……あなたもこの皆の顔を覚えていてください。きっと、次にも・・・この顔を見たくなりますから」
「・・・そうですね。一生忘れないと思います」
二人で、正面にいる皆を見る。
ただの町の酒場のような、そんな雰囲気で酒を飲む兵士らは、暴れながら飲む者や、飲み比べする者、泣いている者や笑っている者、王宮などでは味わえない人々の感情が素直に見える宴会だ。
フュンにとってはこれらが楽しくもあり、悲しくもあり、虚しくもあり、嬉しくもあった。
一端の戦士の仲間を入りをしたのかもしれないとそう思ったのだ。
「僕は・・・説得してみます。シルヴィア様」
「え?」
「……僕はダーレー家に帰順しようかと思います。父上……いや、サナリア王国の許可を得たら、僕はお二人の庇護を受けたいのです。よろしいでしょうか」
「・・・は、はい。こちらこそお願いします。でも、いいのですか? 私たちは弱いですよ」
「はい。大丈夫です。ジーク様。シルヴィア様。ミラ先生。あと、ここにいる人たちの笑顔を見たら、なんだか僕も本当の仲間になりたいなって思いました。このまま、この宙ぶらりんの立場ではきっと皆さんの仲間とは心から言えないような気がします。ですから、いいでしょうか? 僕があなたの家に帰順しても……まだサナリアからの許可が出るか分かりませんがね」
「・・・守ります。私が、あなたと。その故郷を。絶対に守ります」
「…ありがとうございます。では、僕から一つ聞いてもいいですか?」
前を向いていたフュンがここで隣にいるシルヴィアを見つめた。
「シルヴィア様は、ここを愛してますか?」
「・・・・え!?」
「どうでしょう。愛していますか?」
シルヴィアの顔が真っ赤になる。
それは何故か、彼女の耳にはこう聞こえたのです。
「シルヴィア様・・・・・愛してます・・」
至近距離でいるはずなのに、何故か断片的にしか聞こえていない。
耳でも遠くなったのかと、ジークかサティがここにいれば突っ込まれるであろうが今は的確にツッコミを入れてくれる者がいない。
超天然お姫様は、混乱状態に入った。
「あれ? シルヴィア様? 聞いてます」
「・・・はい・・聞こえてます・・・愛してます・・・はい」
「ですよね。僕だって、そうなんだから」
フュンが言う「そう」はサナリアを愛しているである。
彼女の「そう」はそうだと思っていない。
私を愛してくれている。
自分への愛の告白かと勘違いしているのだ。
顔から湯気を猛烈に出している彼女は、話が半分くらいに聞こえている。
「ここにいる人たちの笑顔で分かる。みんな。前を向いてここを守ろうとしたんだ。それはきっとここを愛しているから。かけがえのない場所だからだ。だから僕も、苦しくても前を。辛くても先に進まなければいけない。それに結局は、御三家に入らなくてもサナリアは危険になるかもしれない。ならば・・・僕が、ダーレー家を勝たせるんだ。勝つ陣営に入れてもらうんじゃなくて、その陣営を勝たせるくらいの強い男になる。そうでしょう。その方がいいはずだ。シルヴィア様! 僕は必ずお二人をお守りしますよ。ジーク様にもそうお伝えください」
シルヴィアの手を握ったフュン。
その温もりでシルヴィアは何故か正気に戻る。
フュンの顔を見つめ返すことが出来た。
「え? あ。はい。え、兄様? なんのこ・・・と?」
「そして、僕は、ここの民も。そしてウォーカー隊も。ジーク様の商会も。全部守れるくらいに強くなります。待っていてください。必ず、一人前になってみせますから」
「・・・は、はい。あなたが強くなるのをお待ちしてます」
「はい。頑張りますからね。僕は皆の為により強く成長してみせますから」
シルヴィアは、フュンの宣言を冷静な気持ちで受け止めることが出来た。
純情お嬢様は、天然なお姫様であったのだ。
78
お気に入りに追加
463
あなたにおすすめの小説
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
クラス転移で裏切られた「無」職の俺は世界を変える
ジャック
ファンタジー
私立三界高校2年3組において司馬は孤立する。このクラスにおいて王角龍騎というリーダーシップのあるイケメンと学園2大美女と呼ばれる住野桜と清水桃花が居るクラスであった。司馬に唯一話しかけるのが桜であり、クラスはそれを疎ましく思っていた。そんなある日クラスが異世界のラクル帝国へ転生してしまう。勇者、賢者、聖女、剣聖、など強い職業がクラスで選ばれる中司馬は無であり、属性も無であった。1人弱い中帝国で過ごす。そんなある日、八大ダンジョンと呼ばれるラギルダンジョンに挑む。そこで、帝国となかまに裏切りを受け─
これは、全てに絶望したこの世界で唯一の「無」職の少年がどん底からはい上がり、世界を変えるまでの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
カクヨム様、小説家になろう様にも連載させてもらっています。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる