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第一部 人質から始まる物語

第34話 ハスラ防衛戦争 Ⅲ

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 「どうだ。フュン。分かったか」
 「はい、ミラ先生。これで敵は、物理的にも意識的にも前だけを見ているということですね。背後ががら空きとなってます。僕らの攻撃が簡単に通る! これがお二人の作戦ですね」

 フュンもまた二人の策を理解した。
 
 「そうだ。だからここからは電光石火でいくのさ! いいか。フュン。勝負どころが来た時はな。指揮官っちゅうのは思い切った判断をする時が来る。策が上手くいく、上手くいかないのに関わらず、戦場は勢いが大切な時も来るのさ。いいか、フュン。戦況と仲間の顔を覚えておけ! テンションで押し切れるときは押し切るのよ!」
 「はい! わかりました。覚えておきます先生」
 「おう。んじゃ、いくぜ」

 ミランダとサブロウの狙いは二重。
 それは、都市が落城しかけていると思わせて、敵にあえて城を襲わせること。
 そして、敵が攻勢に出ているために、背後を気にしなくなることの二点だ。
 こちらの奇襲に対して、相手は何の策も講じられないだろう。
 それにこの奇襲は、サブロウ丸三号の音と煙のおかげで各方面が気づかなくなるはずなのだ。
 
 そしてここで、ミランダが大声で檄を飛ばす。
 勝負どころだからだ。
 戦いは初手が大事である。
 
 「よっしゃ、野郎ども! 最初から全開で暴れんぜ。相手の背後を一挙に叩いて、この戦場の北を制圧するぞ。いいな。目の前の敵を蹴散らして殲滅するだけだ。こんなん分かりやすくて単純だろ。お前らみたいな阿保共には、これくらいがちょうどいいのさ!!! いくぞ、ウォーカー隊」
 「「おおおおおおおおおおおおおおおおお」」

 仲間の声の次にさらに叫ぶ。

 「王国の野郎ども! 無駄になるかもしれんが、あたしの名をその身に刻んでおけ。あたしは稀代の天才軍師。混沌の奇術師カオスマジシャンのミランダだ! お前たちが、勝利の美酒を味わおうとしていた所に横やり入れるようで悪いがな。ここからは、混沌の世界に誘ってやるぜ! お前たちには、あたしらの苦い酒でも飲んでもらおうか。ナハハハ」

 ミランダの口上と共に、ウォーカー隊は乱戦に突入。
 北の戦場は一気に混沌の渦に飲み込まれた。
 乱戦に突入すると無類の強さを発揮するのがこの荒くれ者どものウォーカー隊。
 相手は前に集中していたために、ウォーカー隊の最初の一撃を防御できずに、隊列の後方が一瞬で崩壊した。
 数で圧倒している北の王国軍。
 後方部隊は一気に瓦解すると、後はもう崩壊を免れない。

 敵が崩れていくのを見逃さないウォーカー隊は、北の壁際まで王国軍を押し込んで、殲滅戦へと移行していく。
 すると城壁の方から凛とした声が響いた。 

 「皆さん! 梯子で登って来る敵と、下の前列の兵に向けて矢を斉射しなさい。とにかく前だけでいいのです! それで疑似的に敵を挟むのです。こちらにも意識を集中しなければいけないようにするのですよ。そうすればザイオンらの部隊が一掃してくれます。いきます! 放て!!」

 ミランダたちと共闘するシルヴィア。
 自分たちの手助けをする戦姫に皆が笑う。

 「ナハハハ。お嬢! お前は立派なあたしの弟子なのさ。おい野郎ども、お嬢がおぜん立てしてくれたぞ。これで一気に全滅まで持っていくぞ」
 「「「おおおおおおおおおおおおおおお」」」

 勢いづくウォーカー隊は北の軍を一瞬で壊滅へと追い込む。

 「お嬢を救うぞ。いくぜ」

 ザイオンが敵の深部まで侵入。
 そのデカい体とデカい馬を駆使して、敵の隊列に風穴を開けた。
 敵陣をそこで分断して、敵兵らは一気に連携が取れなくなった。
 倍近いはずの北の王国軍が全滅寸前にまで追い込まれたその時。

 「ザイオン。おいらをあそこに飛ばしてくれぞ」
 「…お?」
 「いいから。はやくしてくれぞ」
 「わかった。まかせろ」
 
 サブロウは、北の壁の上を指さした。
 一気にそこまで飛ばせと言っていたが、どうやってやるのとフュンは思う。
 だが、すぐに結果が分かる。

 「飛んでけ、サブロウ!」
 「おうぞ。やれぞ。ザイオン!」
 「おっしゃああああああああああああああああ」

 大剣の刃にサブロウを乗せて、そのままザイオンはサブロウを打ち上げた。 
 城壁よりも飛びそうなくらいに、空に向かって飛んだサブロウは、なんと梯子も使わずに北の壁の上に到着したのだ。
 華麗に着地したサブロウはすぐにシルヴィアの元に行こうとするが、シルヴィアがすでに、サブロウの落下点に駆け寄っていた。
 二人は、すぐに話し合いに入る。

 「サブロウ!」
 「お嬢。軍を」
 「わかっています。すでに北の予備兵と北の城壁にいた軍の半分を下に向かわせてます」

 サブロウの登場の前からシルヴィアはミランダの動きを先読みしていた。
 シルヴィアの指示が出続ける。

 「門兵、北の門を開ける準備をしなさい。マール! 先生に合流するのです」
 「へい。お嬢、いってきますよ」

 サブロウは、彼女のスムーズな指示に満足していた。

 「さすがだぞ。お嬢。おいらがなんも言わんでいいなんて、成長したぞな」
 「いいえ。それを言うならサブロウがさすがなんです。あの煙幕弾、お見事でした」
 「いやいや、かなり成長したんたぞ。お嬢よ。昔とは違うぞな。ははは」

 弟子の成長を喜ぶサブロウだった。



 ◇

 北の王国兵も残りが少なくなっていた。
 隊はまだ戦闘継続中であるが、ミランダはフュンをそばに呼ぶ。

 「フュン! お前の初陣これで蹴りをつけろ」
 「…ど、どれででしょう?」
 「あたしは、お前にウォーカー隊の指揮権をやることにした。全権を委譲する。この三千の兵で東の王国兵を蹴散らせ。あたしは別行動だ。今からここの城門が開いて、上から援軍の兵士がくるのさ。だから、あたしはそっちに合流して西の王国兵を蹴散らす。左右をやれば後は南をブチ殺して防衛完了だ。いいな! お前の補佐にザイオンをつける。そんでお前の直属の部下にシゲマサをつけるからいってこい。お前はひたすら勝つ方法だけを考えろ! 不安になったら、シゲマサに相談しろ。あいつは副官として、ここにいる隊長クラスよりも遥かに優秀だからな」

 フュンがウォーカー隊の部隊長でも勝てるとミランダは予想した。
 この敵の慌てよう。
 あとは北の壊滅を他方面に知らせずにいれば、優秀な弟子であるフュンならば、ウォーカー隊を上手く操り、敵を倒せると踏んだのだ。
 ミランダは、フュンにこの戦場で勝利を味わわせて、自信をつけさせようとしていた。

 「わ、わかりました。それじゃあ、2分もらいます」
 「よし。行け!」

 指揮権を貰ったフュンは東の王国兵を破る策を考える。
 いくら敵が前のめりになって、まだこちらに気付いていないとしても、数は向こうが断然上。
 そして、こちらが攻勢に出れば、徐々に敵も異変に気付いていくだろう。
 そこで何かの策で、相手を一瞬で壊滅に追い込まないといけない。
 早期決着に向かうような策で挑まないといけないのだ。

 と、フュンは監視台から見た時の東の戦場を思い出して考えていた。
 しばし目を瞑って、策が思いついた頃にザイオンとシゲマサが近づいてくる。

 「どうすんだ。大将!」
 「た、大将!?」
 「ああ。そうだぜ。今は王子様が大将だ。いいか。今は自分が将であると考えるんだぞ。お前の命で皆が動く。責任が出てくる。いいな。ミランダはそういう事も任せたという事だ。ただ指揮権をお前にあげただけじゃないんだぞ」
 「・・・そ、そうですね。責任ですね・・・・」

 ザイオンもまたフュンを指導をしていた。
 彼の言い方からは、軽い忠告の様にも聞こえるが、実は重要なことである。
 責任のある立場であることを理解させようとしていた。
 ザイオンもミランダやサブロウと同様にフュンに期待しているからこその厳しい指導なのだ。

 「そうだぜ。そんで勇気をもって決断をするんだ。命令をする時の心構えの一つだぜ。いいか、指揮権を持つ者の策に後退はあっても、思考には後退はないのだ。さあ、お前の初陣。決めてやろうぜ。檄を飛ばせ。皆に! 力を授けるんだ!」
 「は、はい」
 
 ザイオンに背中を押されたフュンはウォーカー隊の前に出た。

 「み、皆さん。僕は、ミランダ先生の弟子のフュンです。僕から言えることはですね。この戦い、勝てると信じてます。皆さんの力があれば、僕はどんな敵にも負けないと思ってます」

 ニヤニヤと笑うウォーカー隊は、ミランダの新たな弟子を嬉しそうに眺めた。

 「人は協力して初めて強さが出る。僕は幼少の頃からお師匠様から教えられて育ちました。これまでの皆さんも一人の力で勝ってきたわけじゃないんです。皆が力を合わせたからこそ勝ってきたのです」

 フュンの檄は次第に熱を帯びるが口調は優しいままだった。

 「……ですから、信じてもらえますか。皆さん。僕のことを。そして、僕はもう皆さんを信じています。皆さんとなら一緒にやれると。この戦の勝利への道を、僕は作りました。ですから、その道を僕と共に歩みましょう。今から東の敵軍を撃退します。ここからもう一度敵を殲滅します! 突撃開始です!」
 「「おおおおおおおおおおおおおおおお」」

 
 フュンの鼓舞は、また違った形の檄であった。
 ミランダの短い檄とは違い、長い文章であったのに兵士一人一人の心に不思議とスッと染みる。
 思いが伝わる檄だった。
 優しい口調から広がる思いの欠片を胸に刻み、フュン率いるウォーカー隊は突撃を開始する。
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