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第一部 人質から始まる物語
第32話 ハスラ防衛戦争 Ⅰ
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雑木林の中で馬を全速力で走らせているウォーカー隊は急ぎハスラ北の戦場へ向かう。
敵まではまだ遠い。
対岸からこちらに向かってくる船が、林に入る前に大きく見えていたので、決戦までは残りあとわずか。
戦いの始まりを予感し、皆は緊張感と高揚感と共に駆け抜けていく。
「エリナ、お前らの部隊の二十くらいを連れて、あの船を落とせ!」
「は!? どうやって? そんな人数じゃ、あんなもの絶対に無理だぞ。あの船だって小さぇって言っても、数百は敵が乗ってるだろ?」
ミランダとエリナは、馬に乗って互いの顔を見ながら会話していた。
「これだ、サブロウのお手製だ。こいつが百はある。あの二隻に向かって投げ込め」
「なんだこれ」
エリナは巾着袋に入った重要な物を渡された。
袋の中身を見ながら馬を走らせるという器用な事をしていた。
「サブロウが言うには、火炎瓶改だってよ。でもこいつからは直接火は出ないらしいのさ。んで、こいつを使うには、とにかく船に叩きつけるんだ。だから連れて行くのは遠投ができる奴と火矢を放てる奴を選んでくれ。船が到着する前に馬で移動しながらこいつを投げ込んで、全部投げ終わってから火矢を入れろ。そしたら大爆発を起こすらしいのさ。サブロウを信じろ。いいな」
「わかった。あたいらはそれでいいとして、ミラはどうすんだよ」
「あたしはあいつらの軍の背後に電撃で行くのさ。それこそ他の方面にも、知らせが行く前にあっという間に決着をつけるからよ! だから、こっちのタイミングにも合わせてほしいから、ギリギリまでこの林の中に隠れてから、向こうの船にアタックしてくれ。まだこちらの意図をあっちの包囲をしている奴らに知らせたくねえからな」
「わかった。タイミングは合わせるわ・・・・って、な、なんだ!?」
返事をしたエリナが驚く。しかし、それはエリナだけではない。
ハスラの北部を走るウォーカー隊全体が馬の手綱を強く握り驚いた。
◇
激しい轟音と共に地面が揺れて馬が多少グラつく。
音と地面の揺れからして間違いない。
皆の予想はついていた。
戦場に出たことのないフュンたちではわからないが、ミランダたちならばすぐに気づく。
大砲の音とその衝撃だ。
間近に見える北側の船は、こちら側にまだ到着していないのに、この音が聞こえるということは。
「クソ、南は到着しちまったみたいだ。まじいな」
「いんや。ミラよ、これは絶好の機会ぞ。この林でおいらたちの部隊は目隠しされている。そんで大砲の音は大きいぞ。だからこのままこの状況を利用するぞ! こっちの蹄の音をかき消してもらって接近を知らせずに行くのぞ。そうすりゃ、おいらたちの突撃は、奇襲として絶対に成功すっぞ。エリナ、おいらの工作部隊連れてきているぞ?」
何故かサブロウはここが好機であると言い切った。
間違いなくハスラの危機であるのに対して、何かの策がある模様。
自分の隊を呼びつけた。
「おうよ。お前の部隊はあたいの隊に編入してる。シゲマサで統率しているからよ。ほんじゃ、ちょい待ち。サブロウ組、サブロウにつけ。シゲマサの後ろに入れ」
「はっ」
サブロウに忠実な兵士が30人。サブロウに向かって、馬を寄せていった。
シゲマサが先頭を走り、サブロウに話しかける。
「サブロウ。お前にしては、珍しいな。あんなに人に興味を持つなんてよ。よほど、あの王子さんを気に入ったんだな」
「おうぞ。あいつ面白いぞ。今までにいないタイプの男だ」
「ああ。あの王子さんはな。変わってて、いい男だな。影にいたから分かるわ」
「そうぞ。だが逆にミラの弟子にしては普通の感性を持ってるから変わった奴じゃないんだぞ。でもあいつ。その変わっていない心持ちな分、今までで一番おもろい奴なんだぞ。シゲマサも話してみるといいぞ」
「そうか………それは楽しみだな」
「そうぞ、シゲマサ。楽しみにしとけぞ。ははは」
二人が会話した最後に、サブロウは、ミランダに指示を出す。
「おいらの仕掛けの後に、ミラ! 敵の背後を狙うぞ」
「なんかやるんだな」
「おうよ。任せとけぞ」
「わかった。ディレイで突撃すっぞ。サブロウ組を前に出して、あたしらはその後。そんで、エリナの別動隊はあの船を川に沈めてこい!」
「わかった」
エリナは返事をしてすぐに、馬を西側に移動させ川へと向かう。
騎乗しながら二十人を編成して目的地に向かうあたりに、彼女の優秀さが際立っていた。
そして、ミランダ隊はサブロウ組を前面に出して突撃の体勢を取った。
◇
サブロウが前に出ていく少し前。
ハスラの壁の上にて。
城はないが頑強な高い壁に囲まれている都市ハスラ。
凛として立つ女性はハスラ西の中央の位置にいた。
後悔を滲ませながら川を見つめている。
この戦いの初戦である野戦。
そこでの敗戦が今に響き。
このどうしようもない無様な籠城戦へと繋がっているのだ。
「……あの船は兵士を運んでいるのでしょうか? 増援でしょうか。十分な包囲戦をしているというのに、まだ増援を? これはどういうことでしょうか。ううん。敵の思考を読み切れない。なかなか抜け目がない人物です。このままでは……私たちは厳しいかもしれません」
包囲戦に集中していたシルヴィアには、船で何が運び出されているのかまでは、見ていなかった。
「南の船の方が到着が速そうです・・・・ザンカ、あれが見えますか。中身を見てください」
「わかったお嬢。見るわ。待ってな」
「はい」
ダーレー軍総隊長ザンカは、元はウォーカー隊の隊長の一人。
ウォーカー隊の時は隊長格で最も優秀な男であった。
幼い頃からお嬢を育ててきたミランダとその仲間たちは、なんだかんだ彼女に文句を言っても娘のようにかわいがっている者たちなので、ウォーカー隊隊長の数名をシルヴィアのためにダーレー軍の隊長として置いているのである。
そのお嬢心配組の中の一人であるザンカは、敵船の中を見た。
「ありゃ、大砲だぞ。何ちゅうことだ」
「な!? 大砲!?」
シルヴィアは、このハスラの壁をもぶち破ることが出来る兵器を楽々と帝国領土に入れてしまったことを無念に思っていた。
これは彼女にとって初めての失態だった。
今までの敵の攻撃手段は、船からの上陸作戦か、南の湖からの迂回ルートによる攻撃である。
いずれも人のみで、攻城兵器は持ち運べなかった。
それはなぜか、簡単な理由である。
陸地であろうと船であろうとそれらを運んでいると移動が遅くなってしまい、防御側の対処がたやすくなってしまうという点があるのだ。
船であれば、川岸に布陣してからの進軍になるので、対岸で待ち構える準備ができる。
湖を回る陸地迂回ルートを選択すると、長距離移動がネックとなって、その大移動を発見しやすいのだ。
だから大砲を使うということ自体が、暗黙のルールではないが勝手に禁止事項となっていたのだ。
しかし今、そのルールが破られるようなのだ。
悠々と運び出せている現状が目の前にある。
だから、シルヴィアの落胆ぶりは凄まじかった。
無様な籠城状態に持ち込んでしまった自責の念に追い込まれて思考も停止しようとしていた。
でもその思いを隠すように必死に無表情を保って、仲間たちに不安を与えないようにしている。
「まずいですね。どうしたら・・・・」
「お嬢。やばいぞ。あれはあそこから放り込んで来る気だ。あんな距離から角度を付けているぞ」
「まさかそれでは・・・狙いは・・・中ですか!」
敵船はハスラより南西の川岸に上陸。
そこからすぐに、砲撃の準備を敵がしている。
遠距離からの砲撃を仕掛けるつもりなのだ。
その意図は何十発もかけて分厚い城門を破壊することよりも、都市に放り込んで壊滅を狙うことを優先しているのだ。
都市全体が危険な状態に持ち込まれたシルヴィアは冷や汗をかいた。
「お嬢! あれを止めるために、あっしらが行きましょか?」
「だめです。マール。ここの門を開けてしまえば。その先の戦闘は地獄です。相手の軍に飲み込まれるだけです」
どんなに気落ちしていてもシルヴィアは的確な判断を即座に出来ていた。
これを最初から発揮できていたらと自分でも後悔している。
「マール! 住民の避難を優先させてください。都市のどこに砲弾が落ちても良いような状態にしましょう。とにかく人命を優先します。何とか耐えていれば、たぶん兄様が・・・きっと・・」
都市内部の崩壊は免れない。
耐え続けて、どこかで現れるはずの逆転の一手を待つしかない。
ここでシルヴィアは、自分の兄を信じたのだ。
自分の窮地を知らない兄なわけはない。
兄ならば、この窮地に何か手を打っているはずだと。
その希望に、反撃の未来を託すため、さらに籠城をすることで時間稼ぎをすることを選んだ。
「わかりやしたよ。あっしの部隊で住民を移動させます。西と東の地下に逃がします」
「はい、お願いします」
マール自身は城壁に残って部隊に住民の大移動の指示を出した。
西と東の地下道。
北と南の頑強な作りの巨大施設の中に人を非難させていく。
「これが本当に今の最善手なのですか・・・・申し訳ない。ハスラの民よ。情けない君主であります。私のせいで兵士ばかりか、住民すら、命の危機に晒すとは、申し訳ありません」
都市の人々の移動を上から眺めて、シルヴィアは懺悔した。
心に残る悔しい思いと共に、愚痴はこれっきりにしようと区切りをつける。
「シルヴィア様。砲弾がきました。都市に落ちます!」
伝令兵が叫ぶ。
「来ましたか。やはり、これは・・・・・」
野戦前。
シルヴィアの耳に届いた情報が、以前の二度の襲撃とは変わっていた。
それは、南のフーラル湖から迂回してくるとの情報が届いていたのだ。
変である。
今までとは場所が違うしわざわざ湖からなんてと怪しんでいた。
でも、そう感じながらも、実際にシルヴィアはその情報の通りに出撃してしまった。
そして、違和感は当たっていたのだ。
情報の場所に敵兵はいなかったのだ。
しかしそれが半分が本当で、半分が嘘であったことを今包囲攻撃を目の当たりした状況で初めて理解したのだ。
この敵の狙いは完璧だった。
シルヴィアを一旦南に出陣させたのは、北の行動を悟らせないための囮。
巧みな誘導であった。
彼女はその南側の次の報告で、山側に大群が現れたとの連絡を受けて、そのまま軍を転進させたので、シルヴィアたちが有利な戦場を設定できずに、相手の戦場で戦ってしまったことで、あっさりと敗北を喫した。
だから、シルヴィアはこの戦いの初戦からずっと後手に回り続けたのである。
要するにシルヴィアは、情報戦に完璧に屈していたのだ。
最初から敵を待ち構えていれば、こうはならなかったであろう。
変な情報を掴まなければ、山の麓で叩き潰すこともできたかもしれない。
シルヴィアはここまでの流れの全てに疑問を持ち慎重に行動を起こしたほうがよかったのだ。
「私は戦姫だとか言われて、浮かれていたのですね。そうです。以前の少数での上陸作戦。あれもこの戦争のための布石。あれで私を油断させる作戦であったのですね。だから私は今回の想定をしっかり出来なかった。自分では油断をしたつもりはなくても、油断してしまっていたということですね・・・ふぅ~。これはまずいです。ハスラを取られれば。我がダーレー家は……」
ここで轟音は三つ鳴る。
一つは都市の中に落ちて建物周辺を破壊。
一つは南の壁に当たり、砲弾の方が負けて砕け散る。
一つは失敗したのか。
遠くには飛ばずに南の敵兵士が配置されている後ろに落ちた。
もう少しで敵は味方を殺すところであった。
大砲とは扱いの難しい代物だ。
正確性がなくランダムの当て勘に近しい。
大砲の命中率は、離れた目標に放つと余計に低くなる。
だからこそ戦場では近距離で使うのが常であるが、近距離であると弾に角度がつけられない。
そして、この事から敵の狙いは都市の中に大砲の弾を落とすことだと、シルヴィアたちは分かっていた。
「ゆ、揺れが・・・激しい。これがあちらの大砲の威力なんですね」
ハスラに落ちる大砲の揺れは地震のようだ。
シルヴィアがしゃがみこんで耐えていると、同じようにして耐えているザンカの声が聞こえる。
「・・・砲弾か? 真上を見ろ! む、無数だ。なんだあれは!?」
「南の砲弾は装填準備で、まだなはず。そして北はまだ船すら到着していないはずです・・・・まさか、これでは・・・」
シルヴィアたちの頭上には、予想の出来ない数の大砲の弾が降り注いでいた。
絶望的なその数にシルヴィアは死を覚悟する。
ハスラ防衛戦争は大量の砲弾によって幕を開けたのである。
敵まではまだ遠い。
対岸からこちらに向かってくる船が、林に入る前に大きく見えていたので、決戦までは残りあとわずか。
戦いの始まりを予感し、皆は緊張感と高揚感と共に駆け抜けていく。
「エリナ、お前らの部隊の二十くらいを連れて、あの船を落とせ!」
「は!? どうやって? そんな人数じゃ、あんなもの絶対に無理だぞ。あの船だって小さぇって言っても、数百は敵が乗ってるだろ?」
ミランダとエリナは、馬に乗って互いの顔を見ながら会話していた。
「これだ、サブロウのお手製だ。こいつが百はある。あの二隻に向かって投げ込め」
「なんだこれ」
エリナは巾着袋に入った重要な物を渡された。
袋の中身を見ながら馬を走らせるという器用な事をしていた。
「サブロウが言うには、火炎瓶改だってよ。でもこいつからは直接火は出ないらしいのさ。んで、こいつを使うには、とにかく船に叩きつけるんだ。だから連れて行くのは遠投ができる奴と火矢を放てる奴を選んでくれ。船が到着する前に馬で移動しながらこいつを投げ込んで、全部投げ終わってから火矢を入れろ。そしたら大爆発を起こすらしいのさ。サブロウを信じろ。いいな」
「わかった。あたいらはそれでいいとして、ミラはどうすんだよ」
「あたしはあいつらの軍の背後に電撃で行くのさ。それこそ他の方面にも、知らせが行く前にあっという間に決着をつけるからよ! だから、こっちのタイミングにも合わせてほしいから、ギリギリまでこの林の中に隠れてから、向こうの船にアタックしてくれ。まだこちらの意図をあっちの包囲をしている奴らに知らせたくねえからな」
「わかった。タイミングは合わせるわ・・・・って、な、なんだ!?」
返事をしたエリナが驚く。しかし、それはエリナだけではない。
ハスラの北部を走るウォーカー隊全体が馬の手綱を強く握り驚いた。
◇
激しい轟音と共に地面が揺れて馬が多少グラつく。
音と地面の揺れからして間違いない。
皆の予想はついていた。
戦場に出たことのないフュンたちではわからないが、ミランダたちならばすぐに気づく。
大砲の音とその衝撃だ。
間近に見える北側の船は、こちら側にまだ到着していないのに、この音が聞こえるということは。
「クソ、南は到着しちまったみたいだ。まじいな」
「いんや。ミラよ、これは絶好の機会ぞ。この林でおいらたちの部隊は目隠しされている。そんで大砲の音は大きいぞ。だからこのままこの状況を利用するぞ! こっちの蹄の音をかき消してもらって接近を知らせずに行くのぞ。そうすりゃ、おいらたちの突撃は、奇襲として絶対に成功すっぞ。エリナ、おいらの工作部隊連れてきているぞ?」
何故かサブロウはここが好機であると言い切った。
間違いなくハスラの危機であるのに対して、何かの策がある模様。
自分の隊を呼びつけた。
「おうよ。お前の部隊はあたいの隊に編入してる。シゲマサで統率しているからよ。ほんじゃ、ちょい待ち。サブロウ組、サブロウにつけ。シゲマサの後ろに入れ」
「はっ」
サブロウに忠実な兵士が30人。サブロウに向かって、馬を寄せていった。
シゲマサが先頭を走り、サブロウに話しかける。
「サブロウ。お前にしては、珍しいな。あんなに人に興味を持つなんてよ。よほど、あの王子さんを気に入ったんだな」
「おうぞ。あいつ面白いぞ。今までにいないタイプの男だ」
「ああ。あの王子さんはな。変わってて、いい男だな。影にいたから分かるわ」
「そうぞ。だが逆にミラの弟子にしては普通の感性を持ってるから変わった奴じゃないんだぞ。でもあいつ。その変わっていない心持ちな分、今までで一番おもろい奴なんだぞ。シゲマサも話してみるといいぞ」
「そうか………それは楽しみだな」
「そうぞ、シゲマサ。楽しみにしとけぞ。ははは」
二人が会話した最後に、サブロウは、ミランダに指示を出す。
「おいらの仕掛けの後に、ミラ! 敵の背後を狙うぞ」
「なんかやるんだな」
「おうよ。任せとけぞ」
「わかった。ディレイで突撃すっぞ。サブロウ組を前に出して、あたしらはその後。そんで、エリナの別動隊はあの船を川に沈めてこい!」
「わかった」
エリナは返事をしてすぐに、馬を西側に移動させ川へと向かう。
騎乗しながら二十人を編成して目的地に向かうあたりに、彼女の優秀さが際立っていた。
そして、ミランダ隊はサブロウ組を前面に出して突撃の体勢を取った。
◇
サブロウが前に出ていく少し前。
ハスラの壁の上にて。
城はないが頑強な高い壁に囲まれている都市ハスラ。
凛として立つ女性はハスラ西の中央の位置にいた。
後悔を滲ませながら川を見つめている。
この戦いの初戦である野戦。
そこでの敗戦が今に響き。
このどうしようもない無様な籠城戦へと繋がっているのだ。
「……あの船は兵士を運んでいるのでしょうか? 増援でしょうか。十分な包囲戦をしているというのに、まだ増援を? これはどういうことでしょうか。ううん。敵の思考を読み切れない。なかなか抜け目がない人物です。このままでは……私たちは厳しいかもしれません」
包囲戦に集中していたシルヴィアには、船で何が運び出されているのかまでは、見ていなかった。
「南の船の方が到着が速そうです・・・・ザンカ、あれが見えますか。中身を見てください」
「わかったお嬢。見るわ。待ってな」
「はい」
ダーレー軍総隊長ザンカは、元はウォーカー隊の隊長の一人。
ウォーカー隊の時は隊長格で最も優秀な男であった。
幼い頃からお嬢を育ててきたミランダとその仲間たちは、なんだかんだ彼女に文句を言っても娘のようにかわいがっている者たちなので、ウォーカー隊隊長の数名をシルヴィアのためにダーレー軍の隊長として置いているのである。
そのお嬢心配組の中の一人であるザンカは、敵船の中を見た。
「ありゃ、大砲だぞ。何ちゅうことだ」
「な!? 大砲!?」
シルヴィアは、このハスラの壁をもぶち破ることが出来る兵器を楽々と帝国領土に入れてしまったことを無念に思っていた。
これは彼女にとって初めての失態だった。
今までの敵の攻撃手段は、船からの上陸作戦か、南の湖からの迂回ルートによる攻撃である。
いずれも人のみで、攻城兵器は持ち運べなかった。
それはなぜか、簡単な理由である。
陸地であろうと船であろうとそれらを運んでいると移動が遅くなってしまい、防御側の対処がたやすくなってしまうという点があるのだ。
船であれば、川岸に布陣してからの進軍になるので、対岸で待ち構える準備ができる。
湖を回る陸地迂回ルートを選択すると、長距離移動がネックとなって、その大移動を発見しやすいのだ。
だから大砲を使うということ自体が、暗黙のルールではないが勝手に禁止事項となっていたのだ。
しかし今、そのルールが破られるようなのだ。
悠々と運び出せている現状が目の前にある。
だから、シルヴィアの落胆ぶりは凄まじかった。
無様な籠城状態に持ち込んでしまった自責の念に追い込まれて思考も停止しようとしていた。
でもその思いを隠すように必死に無表情を保って、仲間たちに不安を与えないようにしている。
「まずいですね。どうしたら・・・・」
「お嬢。やばいぞ。あれはあそこから放り込んで来る気だ。あんな距離から角度を付けているぞ」
「まさかそれでは・・・狙いは・・・中ですか!」
敵船はハスラより南西の川岸に上陸。
そこからすぐに、砲撃の準備を敵がしている。
遠距離からの砲撃を仕掛けるつもりなのだ。
その意図は何十発もかけて分厚い城門を破壊することよりも、都市に放り込んで壊滅を狙うことを優先しているのだ。
都市全体が危険な状態に持ち込まれたシルヴィアは冷や汗をかいた。
「お嬢! あれを止めるために、あっしらが行きましょか?」
「だめです。マール。ここの門を開けてしまえば。その先の戦闘は地獄です。相手の軍に飲み込まれるだけです」
どんなに気落ちしていてもシルヴィアは的確な判断を即座に出来ていた。
これを最初から発揮できていたらと自分でも後悔している。
「マール! 住民の避難を優先させてください。都市のどこに砲弾が落ちても良いような状態にしましょう。とにかく人命を優先します。何とか耐えていれば、たぶん兄様が・・・きっと・・」
都市内部の崩壊は免れない。
耐え続けて、どこかで現れるはずの逆転の一手を待つしかない。
ここでシルヴィアは、自分の兄を信じたのだ。
自分の窮地を知らない兄なわけはない。
兄ならば、この窮地に何か手を打っているはずだと。
その希望に、反撃の未来を託すため、さらに籠城をすることで時間稼ぎをすることを選んだ。
「わかりやしたよ。あっしの部隊で住民を移動させます。西と東の地下に逃がします」
「はい、お願いします」
マール自身は城壁に残って部隊に住民の大移動の指示を出した。
西と東の地下道。
北と南の頑強な作りの巨大施設の中に人を非難させていく。
「これが本当に今の最善手なのですか・・・・申し訳ない。ハスラの民よ。情けない君主であります。私のせいで兵士ばかりか、住民すら、命の危機に晒すとは、申し訳ありません」
都市の人々の移動を上から眺めて、シルヴィアは懺悔した。
心に残る悔しい思いと共に、愚痴はこれっきりにしようと区切りをつける。
「シルヴィア様。砲弾がきました。都市に落ちます!」
伝令兵が叫ぶ。
「来ましたか。やはり、これは・・・・・」
野戦前。
シルヴィアの耳に届いた情報が、以前の二度の襲撃とは変わっていた。
それは、南のフーラル湖から迂回してくるとの情報が届いていたのだ。
変である。
今までとは場所が違うしわざわざ湖からなんてと怪しんでいた。
でも、そう感じながらも、実際にシルヴィアはその情報の通りに出撃してしまった。
そして、違和感は当たっていたのだ。
情報の場所に敵兵はいなかったのだ。
しかしそれが半分が本当で、半分が嘘であったことを今包囲攻撃を目の当たりした状況で初めて理解したのだ。
この敵の狙いは完璧だった。
シルヴィアを一旦南に出陣させたのは、北の行動を悟らせないための囮。
巧みな誘導であった。
彼女はその南側の次の報告で、山側に大群が現れたとの連絡を受けて、そのまま軍を転進させたので、シルヴィアたちが有利な戦場を設定できずに、相手の戦場で戦ってしまったことで、あっさりと敗北を喫した。
だから、シルヴィアはこの戦いの初戦からずっと後手に回り続けたのである。
要するにシルヴィアは、情報戦に完璧に屈していたのだ。
最初から敵を待ち構えていれば、こうはならなかったであろう。
変な情報を掴まなければ、山の麓で叩き潰すこともできたかもしれない。
シルヴィアはここまでの流れの全てに疑問を持ち慎重に行動を起こしたほうがよかったのだ。
「私は戦姫だとか言われて、浮かれていたのですね。そうです。以前の少数での上陸作戦。あれもこの戦争のための布石。あれで私を油断させる作戦であったのですね。だから私は今回の想定をしっかり出来なかった。自分では油断をしたつもりはなくても、油断してしまっていたということですね・・・ふぅ~。これはまずいです。ハスラを取られれば。我がダーレー家は……」
ここで轟音は三つ鳴る。
一つは都市の中に落ちて建物周辺を破壊。
一つは南の壁に当たり、砲弾の方が負けて砕け散る。
一つは失敗したのか。
遠くには飛ばずに南の敵兵士が配置されている後ろに落ちた。
もう少しで敵は味方を殺すところであった。
大砲とは扱いの難しい代物だ。
正確性がなくランダムの当て勘に近しい。
大砲の命中率は、離れた目標に放つと余計に低くなる。
だからこそ戦場では近距離で使うのが常であるが、近距離であると弾に角度がつけられない。
そして、この事から敵の狙いは都市の中に大砲の弾を落とすことだと、シルヴィアたちは分かっていた。
「ゆ、揺れが・・・激しい。これがあちらの大砲の威力なんですね」
ハスラに落ちる大砲の揺れは地震のようだ。
シルヴィアがしゃがみこんで耐えていると、同じようにして耐えているザンカの声が聞こえる。
「・・・砲弾か? 真上を見ろ! む、無数だ。なんだあれは!?」
「南の砲弾は装填準備で、まだなはず。そして北はまだ船すら到着していないはずです・・・・まさか、これでは・・・」
シルヴィアたちの頭上には、予想の出来ない数の大砲の弾が降り注いでいた。
絶望的なその数にシルヴィアは死を覚悟する。
ハスラ防衛戦争は大量の砲弾によって幕を開けたのである。
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