人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第一部 人質から始まる物語

第31話 お姫様の危機は喉元まで迫っていた

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 「あなたはこっちです。傷が軽いので後で治療します。しかし油断は禁物です。必ずお水で傷を綺麗にしてくださいね。あなた、そこのあなたはあっちです。あちらの治療を受けて、しっかり治しましょう。はい、僕についてきて」

 まともな救護班のいないウォーカー隊で傷ついた者を治療していたのはフュンだった。
 初の戦場に出て気持ちと顔つきが変わっていたフュン。
 でも、やることはいつもと同じで変わらない。
 それが無性にほっとする。
 ゼファーは、いつも通りの主の表情と態度に一安心していた。
  
 「あ! ほら。動いちゃ駄目ですよ。これは傷の治りが早くなる塗り薬なのです。大人しくしてくださいね! ちょっと、ああもう。すみません、ゼファー殿。そちらの方の身体を押さえてください」
 「はい。殿下」
 
 フュンは完全にいつもの調子の穏やかな優しい青年に戻っていた。
 

 ◇

 「いでえええええええ」
 
 フュンから離れた位置にいた兵士が、右肩を押さえた。
 絶望したような声で、ずっと叫び続ける。 
 
 「あんたさ。これくらいどうってことないって。ピーピー、ピーピー、泣いてもしょうがないじゃん。ここがそんなに腫れてもいないんだよ。ただの軽い打ち身なんじゃないの。あんたはいっつも大袈裟なんだって」
 
 彼の隣にいる女性は、ちょっと突き放したような言い方だけど慰めてはいる。
 でもフュンは異変だと思い、急いでやって来た。

 「あ! そこの人。肩を引っ張らないで。そこに待っててください。肩を見せてください」
 
 フュンは、痛がる男性の腕を引こうとした女性を止めた。

 「え? あんたは王子じゃん。なんでこんなとこに?」
 「はい。王子ですが。あなたもちょっと手伝ってくださいね。でも今は待っててください」

 フュンは痛がる男性の肩を診察する。
 肩がそんなに腫れていない。でも痛がっている。
 色が変色していないから、打撲でもない。
 肩と腕の位置が、左右で違う。
 これは正常な配置にない。
 ならば・・・。

 「脱臼ですね。あなたは、この人の肩に触れないでください。僕が腕を肩に入れ込みますので、体の方を支えて!」
 「え? なに?」
 「いいから早く、動いて!」
 「え、う。うん」
 
 女性は戸惑いながらも、フュンに言われたとおりに動く。

 「すみません、いいですか。あなたはそちらの左肩を抑え込んでくださいよ。彼を動かさないようにして。僕がこっちの右腕から右肩に入れ込みますからね・・・どれどれ・・・」

 女性は男性の左肩を固定。
 フュンは男性の右腕を持って、そこから正確な位置を探り、腕を嵌めこむ。

 「ぐあああああ。いてええええ」
 「ごめんなさい。今、一瞬で入れますからね。ふん!」
 「だああああ。いってええええ。ええ?」
 
 男性の涙はすぐに止まって痛みが消えた。
 腕が簡単に入り込んだようだった。
 
 「あれ? どうなったんだ? 俺の肩…」
 「はい。もう大丈夫ですよ。でも、数日はこっちの腕は使わないでください。それにあなたはしばらく休んだ方がいい。今の状態だと小さな衝撃でも簡単に外れやすくなってますからね。また短期間で外れると癖がついちゃいます。僕が後でミラ先生に言っておきますから休息を取りましょう」
 「え? ミラ先生!? ああ、ミランダのことか。王子さん、ありがとう」
 「いえいえ。それでは! まだ診ないといけない人がいるんで。じゃあ」

 男性は、また新たな患者を診ると言ったフュンの背を追いかけて見つめた。
 
 「あんた。よかったじゃん。王子に治してもらって!」
 
 男性は隣の女性に頭を叩かれた。
  
 「おい。怪我人だぞ。俺の事、大事にしろよ。あの王子さんみたいによ」
 「え。聞こえな~い」
 「くそ。ガサツ女め。王子さんみたいに優しくなれよ」
 「聞こえな~い」

 男女の小さな喧嘩を聞きながら、フュンはいつも通りに人の為に動いていた。


 ◇

 フュンの治療を受けた人とそれをそばで見守るウォーカー隊の人々が会話する。

 「なんだあの人。王子じゃなかったっけ?」
 「そうだよ」
 「王子なのにあんな事できるのか」
 「王子なのに出来るみたいだよ」
 「あの人、ある程度、戦いも出来てたぞ」
 「なんか珍しい人だな」
 「ああ。間違いない」「だはははは。面白れぇ奴」
 「これ見てよ。すぐ治ったんだけど、傷」「マジかよ。すげえ」
 「私も見てもらおうかしら」「お前、怪我してねえじゃん」
 「私も」「だからお前も怪我してねえじゃん」

 ウォーカー隊の隊員たちは最初フュンに疑念を抱いていた。
 王子だか何だか知らないが、お偉いさんが戦場に出ても役に立たないと。
 そんなので活躍できるのは天才のお嬢だけであるとも思っていた。
 でも、色んなことが出来るフュンを、ウォーカー隊の面子は次第に認め始めていくことになる。
 


 ◇

 漆黒だった空の下に淡い光が出てきた。
 光の主は顔を出す。
 太陽が登りはじめて、戦場は光を得た。
 するとこの戦いの結果が明確になっていく。

 王国の補給拠点は無残にもウォーカー隊によって壊滅。
 王国の兵士で生き残っている者はこの辺りでは見当たらない。
 戦場はミランダたちの完璧な勝利を示していた。


 拠点のど真ん中でミランダたちは話し合いを始める。
 もちろん兵の治療を終えたフュンもそばで待機していた。

 「サブロウ! 敵の取りこぼしがあるか?」
 「ないぞ。周りを一周してきたが。その外に出たような足跡もなかったぞ」
 「そうか。なら殲滅完了ってことなのさ」
 
 サブロウの偵察で、王国兵の全滅は確認された。

 「よし、ここからだな。望遠鏡はあるか?」
 「おいら持ってるぞ。でもこいつらの物資の中にもあったぞ」
 「そうか。助かるな。あれら全部、奪っておこう。ザイオン、数十名を物資運搬係に回しておいてくれ。そうだな。怪我で戦えない奴らで編成してやれ。怪我人メインで物を運び出すんだ」
 「おうよ、わかったぜ。やっておく」
 「頼んだ。里に運んでおいてくれなのさ」
 「了解だ」

 ザイオンは運搬の隊を編成しに兵士らの輪の中に入っていった。

 「よし、どうなってんだ。お嬢はよ・・・・」

 ミランダは望遠鏡でハスラの都市周辺を索敵する。
 都市ハスラは敵兵士らに囲まれているのがこの高台から裸眼でもよく分かる。
 敵は、ハスラの四面。
 東西南北に満遍なく兵士を配置していた。
 それもかなりの数の兵数を用意していたようだった。

 「ありゃ、万だよな!?」
 「そうぞ。おそらくは二万くらい。東西南北の四方に五千ずつはいると見ていいぞ」
 「マジか。兵数は総勢で八千って聞いてたんだがな。情報が違うのさ……まさか次々とこの補給路を拠点にして、山越えしていきやがったのか・・・んで、こっちは三千・・・こりゃ、策がないといかんな」
 「ああ。でも幸いにも都市は落ちてはいないんだぞ」
 
 二人はハスラの包囲を破る手を黙って考える。
 そこで裸眼のフュンがある事に気付いた。

 「あのぉ。ミラ先生。サブロウさん」
 
 二人が振り向いてくれると話を続ける。

 「あちらに船が見えませんか。イーナミア王国の領土です。川を挟んで向こうからです。ほら、あれ!」
 「「は???」」
 
 何を言ってんだと思いながら、二人は川を挟んだ向こうを望遠鏡で見る。
 裸眼ではあれが船だと断言できるほどの形には見えないのだが。

 「「なに!?」」

 望遠鏡では、はっきりと見えた。
 フュンが言ったように船が都市から川へと陸路で運ばれている最中であった。
 小型寄りの中型船四隻。
 ハスラのよりも少し遠めの南と北の川を二か所から二隻ずつで移動しようとしていた。
 その後ろにくっつくように大砲も移動してある。
 ということはその大砲を船に積むはずなのだ。

 「「まさか!?」」
 「やばいのさ」「まずいぞ」

 二人が同時に言った。

 「奴らは、このために・・・・チッ、これは普通の包囲戦じゃないのさ。そうか。んじゃあ、今のこの包囲すらもただの囮。大砲を使用するための繋ぎの包囲だ。奴ら……安全に大砲を運搬するためにお嬢に籠城させたんだ。そうみて間違いないのさ。これは・・・全部の策がこれをする為の罠。二度の無意味な川からの襲撃。そして今回の山側からの奇襲。その結果のこの二万での包囲すらも囮。本命は大砲の持ち込みか。なら、まずいぞ。一刻も早くお嬢を救わねば、お嬢もハスラも全滅だ」
 
 敵の綿密な計画に、ミランダは血相を変える。
 珍しく慌てる様子を皆に見せてしまったことで、仲間たちに動揺が伝わっていく。
 大胆不敵の女性であるがゆえに隊に緊張が走った。

 「どうする。あの数の大砲はまずい。んん、ありゃ。いくつだ……こっちが六門……で、あっちが三門か。あんな量。一方的に浴びれば都市は簡単に崩壊するぞ。あそこがいかに城壁のような囲いがあったとしてもなのさ」
 「あのぉ」
 「なんだ。どうしたのさ。フュン?」

 またもやフュンは指摘する。
 北側の船と南側の船を交互に指さした。

 「あれをですね。こちら側の対岸に来る前に落とすのはどうでしょうか。あちらの南側の大砲を運ぶ船は、ここから急いで向かっても、絶対に間に合わないです」
 
 南の船はすでにイーナミア王国側の川岸に到着していた。

 「ですが、あの北側の船ならば、まだ間に合う。僕らの位置からも近いですし。それに船を運んでいる速度があちらよりもない。それに大砲も倍あるので積み込むのにも時間がかかります」

 北の船の二隻はまだ陸地を走っている上に、大砲が六門。
 準備にはまだ時間がかかりそうだ。

 「ということは、こちらから奇襲が出来れば、船が上陸する前に落とせるかも。と思ったんですが。ミラ先生、サブロウさん。どうでしょう? まあ、あくまでも僕みたいなド素人が考えた事ですけどね。あはははは」

 具体的に中身を考えているわけではないが、その考えは一考するには価値がありすぎた。
 ミランダが口を開く。

 「なるほど。なるほど。ちょい待ち。その策はありなのさ。サブロウ、どうだ? 何か道具があるか?」
 「ふむふむ。面白いぞ。なかなか良い着眼点だぞ。やるぞこいつは。そんじゃこれはどうぞ。ミラ・・・・」

 二人の考えがまとまり始めているようで、フュンの意見は貴重な参考意見になった。
 しばしの打ち合わせをするようで、二人の中で策は構築されているらしい。

 「よし。サブロウ。出るか。おそらく、撤退か敵の大将を狙えるのさ」
 「おうぞ。いってみようぞ」

 確認作業を済ませた二人はそれぞれで準備をはじめる。


 ◇

 下がってしまった全体の士気をミランダが一旦上げにかかった。
 皆の前に仁王立ちで立つ。

 「いいか、ウォーカー隊のクソ野郎ども。あたしらは電光石火の奇襲を行う! 山を下りた後は、そこにエリナが来ているからな。そのまま急いで馬に乗って、あそこの包囲の敵。北の門前にいる軍に突っ込むぞ。ぜってえ、お嬢を救うからな。いいな馬鹿野郎ども」 
 「「おおおおおおおおおおおおおおお」」

 やる気があるのかないのかはよく分からないウォーカー隊。
 しかし、今のミランダの口調が本気ならば、それに応えるのがこの隊である。
 士気は絶好調となり、そのままの勢いで山を下る。

 ◇

 ウォーカー隊の先頭からさらに先を走るサブロウが下山に成功した。
 時間ピッタリに麓にいたのは、別動隊を率いていたエリナだった。

 「さすがだぞ。エリナ」
 「おうよ。サブロウ。んで、上はどうなったんだ?」
 「上は全滅させたぞ。だが、問題が出たぞ」
 「なにが出た?」
 「今からハスラに大砲が運ばれようとしているんだぞ。川からぞ」
 「な!? それはまずいな。お嬢がやばいだろ?」
 「ああ。このままならお嬢はまずいぞ。だから急ぐぞ。今からミラたちが来るから、馬を頼むぞ。皆に渡してくれぞ」
 「わかった。お前ら、予備の馬を用意しろ。鞍をつけてやれ」
 「へ~い」

 エリナは麓で馬の受け渡しの準備に入る。
 三十分後。
 
 「エリナ、助かるのさ。全員が馬に乗ったら走るぞ。時間が惜しいんだ」
 「わかってる。あたいらはもういけるぜ」

 エリナたちのおかげで下山した兵士らはスムーズに馬に乗る。
 馬上からミランダは、皆に指示を出す。

 「よし、ウォーカー隊急ぐぞ!」
 「おおおおおおおおおおおお」

 エリナが率いていた部隊も共に士気が上がって、ウォーカー隊三千が騎馬に乗り、戦場へ向けて発進したのだった。 

  
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