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第一部 人質から始まる物語

第23話 王子の初命令

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 青と赤の移動。
 二色が交わらずに平行に走っていく。
 牢屋の廊下に二色の直線を描いた。

 「ったく。教えただろが。なんで真っ直ぐ来んだよ。馬鹿双子!」

 ミランダは刀を鞘に納めて、素手で立ちはだかる。
 青い閃光のニールが先に走っていき、ミランダに攻撃を仕掛けた。
 背中に隠し持っていたナイフを取り出して、ミランダの肩を躊躇なく刺す動きを見せるが、肩に刺さる直前に手首を簡単に握られてしまう。
 今のニールへの対処で生じる僅かな隙。
 そこに赤い閃光のルージュが、ミランダの腹を刺そうとしてナイフを突き出したが、その攻撃もミランダの反対の手によって防がれた。

 ミランダによって宙に吊るされた双子。 
 必死にジタバタするが、彼女の手が外れることがない。

 「お前たち! あたしゃ、いつも言っとるだろが。お前たちは二人で一つ。だから、戦場でも常に一心同体であれと。それにお前ら。あたしみたいな格上相手に何を直進で真っ正直に戦いに挑んでいるのさ。もっと変化をつけろ。お前たちはパワー型でもバランス型でもない。スピード型であるのさ。もっとだ。いいな、もっと速く、もっと鋭くなのさ。さあ来い。お前たち」

 ミランダは廊下の奥、牢屋の入り口の方に双子を投げ飛ばした。
 空中で体を反転させて、双子は再びミランダに襲い掛かる。

 「ミラめ」「くそ」
 「負けない」「勝つ」
 「さあ、来い。ニール、ルージュ」

 
 ◇

 フュンは双子の動きを眼で追えなかった。
 あまりの速さにただ茫然としていただけである。
 戦いは苛烈で、女性は一切手加減をしていない。
 思いっきり蹴る、思いっきり殴る。
 これが当たり前であり、刀を抜かずとも圧倒的な力を誇る女性相手に、双子は勇気を出して戦っている。
 なのに自分は何もできずにいる。
 それが情けなかった。

 でもフュンは考える事だけはやめていなかった。
 
 「・・・・ここから大声を出して。あそこにいるゼファー殿が起きたとしても、あの縄のせいで磔から解除はされないし・・・・だとすると、ゼファー殿を助けるには、僕があそこに行かないといけない。ああ、でもあの人の戦っている隙をついて、あの十字架を奪う真似なんて絶対に僕にはできないぞ。息を合わせない限りは・・・・だね」
 
 フュンはブツブツと考えを言って、頭の中を整理していた。
 これは彼の癖のようである。
 
 「よし。やるしかない」

 フュンは歯を食いしばってここが正念場だと自分を奮い立たせた。

 「ニール! ルージュ! 来てくれ。僕の所に!」
 「ん?」「およよ」

 戦いの途中だがフュンの声に反応した双子は後ろを振り返った。
 こっちに来てほしいと手招きするフュンの元に戻った。

 「おい。どこいく。まだ戦いは続いてんだぞ!」
 「「ミラ、うるさい」」
 「チッ、なんだよ」

 不満げなミランダも戦う相手がそばにいないので中断せざるを得なかった。

 「ごめんね。君たちを頼りたいんだ。いいかな?」
 「うん」「いいよ」
 「「頑張る」」
 「ありがとう。それじゃあね・・・・・・」

 フュンは耳打ちをして、双子に指令を出した。

 「・・・・で、いいかな? 出来るかい?」
 「できる」「やる」
 「よし! 僕の合図で走り出してね」
 「「わかった」」

 フュンは自分の足に精一杯力をため込んだ。
 双子だけじゃなく、自分も走り出す準備をしたのだ。

 「それじゃあ、頼みます! ニール! ルージュ!」
 「「出る」」

 青と赤は合図通りに走り出した。
 今度の動きは少し変わり、青の閃光が先を走り、赤の閃光がその後ろを走る。
 一本の線として二人が走った。
 しかしこれもまた直線の動きであったのだ。

 「だから言ってんだろ。もっと動きに変化を加えろってさ。甘いんだよ。ニール!」
 「くらえ! ミラ!」
 「だ・か・ら。まだ甘い!」
 
 ニールは容赦なくミランダの顔面にナイフを投げる。
 ほとんど予備動作なしの不意の攻撃。
 だがミランダは、たやすく首だけでかわした。

 二人を視野に捉え続けるミランダ。
 変化のない直線的な動きしかしてこない双子に苛立つ。
  
 だがしかし、ここでその直線的な動きに変化が生じていた。
 ニールの後ろを走るルージュが左右の壁を蹴って高速で移動を開始。
 ミランダは前だけでなく横も注視しないといけないようになっていた。
 前から向かってくるニールを視野のど真ん中にいれると、激しく左右に動くルージュが視野の端でちらついてしまう。

 「ほう。お前たちにしては、なかなかやるのさ。頭を使ったな。上出来だ」

 ルージュは最後の壁の一蹴りで、前にいるニールを飛び越えながら追い越して、ミランダの背後に回った。
 ルージュが自分の裏を取った動きに、ミランダは満足そうな笑みを浮かべた。

 「よくやった。だがまだまだだ! ルージュ、それではまだ甘いのさ!」
 「ミラこそ甘い」

 空中にいるルージュがミランダの腹目掛けて斜め下にナイフを投射。
 二人の息の合った連携から来る最速の一投だ。
 このナイフだけは、身をよじってもかわせないと判断したミランダは、体を後ろに傾けながら、ナイフの持ち手の部分に蹴りを入れて弾き飛ばし防御した。
 天井に向かってナイフは回転している。

 「なるほどな。これはいい。お前たちにしては素晴らしい攻撃だったのさ。でもあたしにはまだま・・・なに!?」

 今度はニールが上空に打ち上げられたナイフを手に取る。
 そのままミランダの顔面に向けて全体重をかけて攻撃を開始した。
 ミランダは体を傾けすぎてしまったせいで、地面に向かって倒れようとしていた姿勢だった。
 このままいくと、相手の攻撃は防御不可である。
 
 「これは。かわすのも防御するのも、さすがに無理だな。チッ。よくやってんな。チビ助ども」

 ミランダはここで仕方なく刀を抜刀する。
 倒れ込みながらミランダは、居合切りのような形でニールのナイフだけを弾いた。

 「む! ミラめ」

 ニールは残念がったが。

 「成功だ。ニー!」「ほんとか。ルー」
 
 ルージュがそう言って、空中にいる兄をそのまま抱きかかえて、ミランダから距離を取るようにして離れた。

 「何が成功だ。あたしを倒しておらんだろうが! 生意気を言うな。チビ助ども・・・・・・なに!?」

 目の前の状況の変化でミランダは全てを理解した。
 双子と自分の戦いはただのブラフ。本命は違うことにあったのだ。



 ◇

 少し前。

 「いいかな。こういう攻撃なんだ。あの人の目を釘付けにしてほしいんだ。最初は君たちが、ただただ前進している振りをする。その次にどっちかが背後を取るんだ。そこで、彼女の体をあっちに振り向かせてほしい。その間に僕が走っていきたいんだよ。そして、彼女の視野を一度君たちだけに集中させて、意識を狭めてほしいんだ。いわば彼女の周りに二人が常にいて、注意を反らし続けて欲しいんだ。そうすれば、意識も視野も狭まって、僕が彼女の真横をすり抜けることが出来ると思うんだよ」
 「「わかった」」
 「うん。それでね。僕はゼファー殿を救う。そうなれば三対一になるでしょ。何とかなるかもしれない。その後のことはその後で考えよう」
 「「わかった」」
 「それじゃあ、頼んだよ。君たちを頼らないといけない。頼りない僕だけど信じてほしいんだ。きっと君たちなら出来るからね!」
 「「わかった。殿下、信じる! 頑張る!」」
 「よし、それじゃあ、いこう!」

 フュンは元々双子にミランダに勝てと言ったわけではなかった。
 ゼファーを救って戦況を逆転させることが目的であった。


 ◇

 話は今に戻る。

 「ゼファー殿。起きてください。ほら、ゼファー殿」
 
 フュンはゼファーをすでに救い出している。
 磔にしている縄を近くにあったゼファーの槍で切り外して、顔を軽く叩いていた。

 「・・・ん?・・・殿下!?」
 「よかった。無事ですね。本当に良かった。申し訳ないです。僕があなたを窮地に追い込みました。ごめんなさい」
 「で、殿下!? いいえ。私の不注意で敵に捕まったのです。あ! まだ敵がいますね。殿下、お下がりください。私がお守りします。私はあなたの従者なのです。命をここで懸けるのが私の役目。お逃げください」
 「え!?」
 「奴はとんでもなく強いのです。私でも敵いません。ですから、私が命を捨ててでもお守りします。今から粘りますので、早く逃げてください」

 ゼファーの焦りは早口で伝わって来た。
 フュンに告げた後、二人の前で武器を構える双子に叫ぶ。

 「そこのガキども、殿下を頼む。ここから逃げるには貴様らが重要なのだ。殿下を頼む!」

 決死の覚悟のゼファーは双子に指示を出した。
 
 「おまえでは」「無理」
 「数分も」「持たない」
 「お前の命」「意味ない」
 「三人で」「戦う」
 
 双子はこの戦いを一人には任せられないと宣言した。
 実力差がありすぎることを理解しているのは、ゼファーだけではない。
 普段から彼女と戦っている双子も同じである。

 「じゃ、じゃあ誰が殿下をお守りするのだ。全滅しては、殿下を守るなど無理ではないか」  
 「だ、大丈夫です。僕は大丈夫。僕も戦うので、四人で戦えば何とかなります。やってみましょう」
 「それは絶対に許可できません! 殿下は大切な私の主君。我が身可愛さに主君を危険にさらせば、一生涯の恥であります。たとえ、私が死んでも、それが恥となります。ここは私にお任せを、必ず。お守りします! 必ず生きてください。お逃げを」
 「そ、それは嫌です。ま、待ってください。ゼファー殿!」

 ゼファーはいってしまった。
 主君が引き止めたのに出て行ってしまったのだ。
 フュンは死を覚悟して走り出した彼の背を泣きながら見る事しか出来なかった。
 だが直後に赤と青の閃光がくっついていた。 

 「おおおおおおおおおおおお」
 「まだ挑むか。坊主も諦めが悪いな・・」

 渾身の叫びの中でゼファーが槍で突進。
 ミランダは、決死の覚悟をしていると彼のその顔ですぐに分かった。
 これは玉砕覚悟の一撃だと。
 たとえ自分が切られても相手を切る。
 相打ちを狙う目をしていた。

 「ミラ!」「覚悟!」

 ここで突如、ゼファーの影に隠れていた双子が急に飛び出てきた。
 左右に分かれて、壁を蹴ってから一本に収束するようにミランダに飛び掛かる。
 意識がゼファーに集中した分、反応が遅れた。

 「な!? ガキども。なかなかやりおるのさ。影移動の応用を使ったな。よくやったのさ」

 三位一体の攻撃に、ミランダはようやく本気を見せた。
 抜刀術で一閃、左右から赤と青の閃光のナイフだけを弾いて、二人を壁際に蹴散らし。
 そしてその返す刀でゼファーの槍の突進すらも弾いた。
 だが、その槍が弾き飛ばされても、ゼファーの前進が止まっていなかった。
 それこそ、それすらも織り込み済みのゼファーの覚悟。
 素手であってもミランダを封じ込めようと飛び掛かったのだ。

 玉砕覚悟の男に満足した笑みを浮かべたミランダは、自分の最速の刃を上から振り下ろした。

 「こいつはいい覚悟だぜ。あたしゃ、満足! 最速で斬ってやるわ!」

 ゼファーから見てもその剣戟は美しく最後に斬られるのがこれほどの使い手で嬉しいと思った。
 だが、最後に殿下を守れなかったのだけは心残りであり、彼の行く末を見守ることが出来ない悲しさに目に涙が少しだけ出てきた。

 私はここで死ぬ。
 殿下、申し訳ない。
 ああ。これで最後になるならば、せめて殿下のお姿を見たかった。
 
 っと目を瞑った瞬間。


 金属音が鳴った。
 武器も持っていないのに、鳴った音の大きさに驚き、ゼファーが目を開くと。
 銀色の髪のポニーテールの結び目がゼファーには見えた。
 それに身に覚えのある声も聞こえた。

 「おいミランダ! 大概にしろ。何を本気出しているんだ。相手は子供だぞ、馬鹿者が!」

 この現状を間近に見て驚いたのはゼファーだけではなかった。
 泣きながら遠くで戦いを見ていたフュンも驚く。

 「あ!? ああ、すまん。すまん。ついな。この小僧があまりにいい覚悟であたしに突っ込んできやがったんでな。武士の情けで斬ってやろうかと思っちまったのさ。ナハハハ」
 「ふざけんな。この馬鹿が、見極めるどころか殺そうとすんな馬鹿! もう二度とお前にものを頼まん。帝国の恩賞金も帳消しにするわ」
 「おおお。すまんすまん。それだけは勘弁してくれぇい。頼むよ。皇子~~」
 「ふん。もう話を聞かん!」

 ジークがミランダをきつく叱った。
 その後、ジークはゼファーに顔を向ける。

 「すまんな。ゼファー君。こいつが馬鹿でさ」
 「い、いえ。私が未熟で・・・あんな覚悟で戦うしか」

 ジークは、俯いたゼファーの頭の上に手を置いた。

 「いやいや。君は立派な従者だよ。命を懸けてでも主君を守る。この若さでそんな従者は他にいないだろう。本当に立派で素晴らしい従者だ」

 笑顔でそういったジークは手を離し、奥を指さす。

 「でもね。友人としては最低かもしれんよ。ほら、彼の所に行って謝っておいで」
 「え!?・・・・・・殿下・・・」

 ゼファーは、ジークが指さした方を向いた。
 泣き崩れているフュンがそこにいた。
 急いで彼の元に向かう。


 その間ジークは双子を助けた。
 ミランダに弾き飛ばされて壁にもたれかかる二人を介抱する。

 「ニール。ルージュ。お前たちもすまんな。でもお前たちがまさか人の為に戦うとはな・・・よく戦ったぞ。偉いな。お前たちは!」
 「偉いかジーク」「およよよ」
 「ああ、偉いぞ。この鹿に育てられたのにな。この馬鹿よりも遥かに偉いわ。はははは」

 馬鹿がやけに誇張されていた。

 「えっへん」「褒められた」
 「ミラ」「バカ!」

 ジークは双子の頭を撫でて労ったのだった。


 ◇ 

 ゼファーがそばに来たことで、フュンは安心でさらに涙が出た。

 「ああ、駄目ですよ。僕のことを置いて死んだら、僕は今後どうやって生きたらいいんですか。あなたがいなければ僕は生きていけませんよ。絶対に生きていけません。一緒に戦いましょうって言ったじゃないですかぁ」 
 「も、申し訳ありません。殿下。しかし、私は殿下を死なせるわけにはいきません。殿下に命を捧げると、自分にもおじ上にも誓っておりますから。殿下が生きてくれなければ意味がありません」
 「それは却下します。断固拒否します。今後は僕と二人で生きていくと誓ってください。あなたも死なない。僕も死なないです。よいですか。これは命令です。お願いではありません! 命令です! 命令! 絶対命令です」

 駄々をこねたことのないフュンが初めての駄々をこねた。
 幼い子供のように泣きながらの命令をゼファーは引き受けた。

 「はっ。殿下。今後はその命令を胸に刻みます。私はどんなものよりも強くなり、必ずあなたを生きてお守りします」
 「そうしてください! 絶対ですよ!」
 「はっ。必ずや」

 ゼファーは主に固く誓った。
 どんな者よりも必ず強くなり、あなたを守って見せると。

 「王子いいいいいいいい。ゼファーさんんんんんんんん」

 ここで扉の前でずっと待機していたアイネが二人の間に飛び込んできた。
 二人の首に両腕をかけて、アイネが挟まったことで、三人がひと塊になった。

 「お二人が死んだら嫌ですよぉおおおおおおお。私、怖かっだああああああああ」
 「はいはい。そうですよね。アイネさんも怖かったですよね。うんうん」
 「はいいいいいいいいいい、王子いいいいいいいいいいい」
 「も、申し訳ありません。アイネさん」
 「そうです。申し訳ないですよ。ゼファーさんんんんんんん。もっと謝って」
 「す、すみません・・・・アイネさん」
 「はいいいいいいいいいい。ゆるじまず許しますううううううううううう」

 ぐしゃぐしゃになって泣くアイネの隣で、フュンも一緒になって泣いている。
 ゼファーは泣いてはいないが、アイネにも迷惑を掛けてしまったと彼女の腕に抱きしめられながら深く反省していたのである。

 こうして三人は絆を深めていった。
 彼らは普通の主従ではない。
 もっと強力な絆があるのだ。
 
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