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第一部 人質から始まる物語
第22話 入り乱れるお屋敷での出来事
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玄関から勢いよく落下したゼファーは尻餅をついた。
「な。なんだ、なんだ。ここはどこなんだ。屋敷の玄関にいたはずだったが・・・独房?」
降りた先の部屋は暗く、目の前には頑強な鉄格子があった。
「鉄格子!?」
ゼファーは両手で檻を握り、押し引きを繰り返して破壊を試みたが、この鉄格子はビクともしない。
何故にこんなものが屋敷にあるのかと、ゼファーは一度後ろに下がり考える。
「なんたることだ。敵の罠にかかるとは・・・・って、どこに敵がいるのだ! 全然見当たらんし! 全然見当がつかん! それになぜ、ただの屋敷にこんな設備が。変だぞ。ここは……こ、このままでは殿下の御身が危ないやもしれん。急いで出ねば」
自分の現状の方が分が悪いのに、ゼファーは主君の心配しかしてなかった。
◇
部屋の扉の前に書いてある怪しい鳥の絵に呆れてる銀髪ポニーテールの男性は、『どうせ、あいつは寝ころんでいるんだろう』と予想しながら、扉の前で大きな声を出した。
「おい。ミランダ。聞こえるか? 起きてんのか! ここの扉を開けるからな。そっち側に罠を仕掛けてんじゃねぇぞ!」
「あ!? その声。シスコンなのさ。わざわざ、あたしの屋敷になんで来たのさ」
「入るからな」
男性はドアノブを慎重に回す。
以前ここを回したら、弓矢が飛んできたので最大限警戒をしていたのだ。
「何もないよな。よし。おいミランダ。入ったぞ。あ! やっぱな。相変わらずのぐうたら生活だな。片付けろよ馬鹿! それになんだこれは、酷いな。食い物はどうなってんだこれは? 自炊はしてないのか」
ミランダの部屋の床は、足の踏み場もなくゴミだらけであった。
「あ? あたしがそんなことするわけねえのさ。そこらへんの食べ物を買い溜めしておくのさ。あとは週に一度の露店の料理で生きていくのさ」
横になっているミランダは、さっきまでミカンを食べていたらしい。
テーブルの上に新しめのミカンの皮があった。
「馬鹿者が! お前、あの子たちの食べ物はどうしてるんだ? あの子たちは育ち盛りだぞ」
「あ!? あいつらには金をやっておいてんのさ。どっかで自分たちでメシでも食ってんだろ? 生きる術は自分で見つけねばな。この世の中を強くは生きられんのさ。弱肉強食なのさ」
「馬鹿が。まだ小さいんだぞ。お前が管理しろ。拾ったのはお前なんだ。親だろうが」
「はあ!? そういうのはめんどくさいんだよ。それにあいつらはもう12なのさ。大丈夫、自分で生きていけるのさ!」
「ふざけんな! まだ見た目には、6つか7つくらいにしか見えんのだぞ。お前が栄養面を管理しろよ」
「いいのさ。それも大丈夫なのさ。いずれは大きくなるんだし。それにあいつらの身体能力は極限まで鍛えてあるから、そこら辺の大人にも負けんから安心しろ。でも残念なことに頭の方は無理だったのさ。馬鹿にも程があるのさ・・・そこが無念だ」
「はぁ。相変わらず楽観視の怠け女だ。だから嫁にもいけんのだぞ」
「んだとてめえ。そこに居直れ。我が弟子よ!」
「うるさいわ。いつからお前が俺の師になったんだ。お前なんか俺に何も教えてねえわ」
「あたしゃ、指導係なのさ!」
「それはお前が勝手に言ってることだろ。母上と叔父上に押し売りしただろう。自分をよ」
「ははぁん。そんなにまじまじと怒っちゃって。あたしが好きだからって、照れるなよ。シスコン!」
「誰がお前なんかを好きになんだよ。ありえんわ。はぁ」
「そんなに照れるなって、それにだ。天才のあたしが育てた奴はいずれも最強であるのさ。だからお前も強い。けどあの子はもっと強いのさ。な、お嬢は元気か?」
「はぁ。それが真実なのが厄介だ。本当のことすぎて、ムカつくわ……ああ、妹は元気だぞ。暇になったら会ってやってくれ。つうかずっとお前は暇か」
「おうよ。ニシシシ」
オレンジ髪のぐうたら女性に、あの雄弁な銀髪男性は振り回されていた。
流石の銀髪男性でも、こちらの女性と舌戦して勝つ自信はない。
◇
「殿下」「ここから」
双子は屋敷の脇にある井戸の前まで二人を案内した。
「え? ここ? 井戸だよ?」
「うん」「井戸」
「でも」「正式な入口」
『嘘ぉ』と二人がぽかんと口を開けていると、双子が井戸の中に先に入っていく。
まさか自分から飛び降りたのかと思い、慌てて中を覗くと双子は梯子を使って降りていた。
「あ、よ、よかった。無事なんだね」
「殿下!」「姉ね!」
「降りる」「気を付けて」
双子は暗い闇の中に進み、二人に忠告した。
「わ、分かったよ。僕らも降りるね」
フュンは隣で心配そうに井戸の中を見つめるアイネに声をかける。
「アイネさん、僕が先に降りますからね。君が落ちてしまっても僕が必ず支えますから。安心してください」
「え!? いや、それなら王子が後に、私が守ります」
「あははは。それじゃあ、男として立つ瀬がない。先に降りますね。安全に降りていきましょう」
「わ、わかりました」
こうして、ゼファーを救おうと、二人は深い闇の中に入っていったのである。
◇
話は戻り、気まぐれの女の場面へ。
「で、何の用であたしの屋敷に来たんだ。呼びつければいいものをさ」
「俺の所に呼んで、お前が来た試しが一回もないだろ? お前に会うには、俺から会いに行かないと会えんだろうが」
「ん? 半年に一度くらいは出向いているのさ」
「それは、帝都城へだろ。あそこで金もらってんだからな。あっちなら当然行くだろ。お前ならさ」
「そうだそうだ。金はもらわんと生きていけんからなぁ。大変なのさ……なぁ、金なんて、ここに送ってくれればいいのにさ」
「なんでこんなにぐうたらなのに、お前って奴は有能なんだよ……世の中理不尽だ・・・はぁ」
「はっ。いまさら気付いたのか。あたしは天才だぞ。ナハハハ」
「天才じゃないだろ。天災だろ。はぁ」
向かいに座る銀髪男性はうな垂れた。
敵にすればこの上ないほどの強敵。
味方にすればその狂人性に苦労する。
ミランダを相手するには少々骨が折れるのである。
「で? 何の用なのさ?」
「ああ、それはだな。どうしても、お前に見てもらいたい人がいるんだ」
「ほう。ジーク直々に依頼するほどの人物なのか。面白いな」
「そうだ。俺の友人でさ。俺は、その人を結構気に入っているんだが……」
「ん? なに、お前の友人。しかも、気に入っただと!? 妹以外にか!?」
「ああ、つうか、いちゃ悪いか!」
「いやそれはいい事なのさ。そうか・・・お前があたしら以外の人を信じるとはなぁ。よかったな」
銀髪男性は人に対して警戒心が強いらしい。
ミランダは腕組みをして、何回も頷きながら喜んでいた。
「……それでだ、その人物を見極めてほしいんだ」
「なに? 見極める? あたしが? お前でも見極めきれんかったのか。それほどの難敵なのさ?」
「あ、ああ。その人はな。少々変った人でな。お前の様な変わり者でなければ見極められんのだよ。俺のような真っ正直な人間にはな、あの人の大きな器の底が見えないんだ。だから、お前のようなひねくれ者じゃなきゃ底まで覗けん!」
「ふざけてんのかお前。あたしはひねくれ者じゃないわ! お前こそ、へそ曲がりだろうが。まあいい。そいつを連れて来いなのさ。あたしが見てやんよ」
「ほんとか! なら明日にでも・・・」
【ビ――――】
部屋に音が響く。
侵入者の警報音であった。
「あ!? 誰かがこの屋敷に入って来たなのさ。おいジーク! そこの刀を取ってくれ。放り投げてこいなのさ」
「ああ。わかった。ほらよ。行くのかミランダ? 俺もついていってやろうか」
「あ? まあ、別にいいぞ。でもあたしの後ろにいな。あたしが守ってやんさ」
強者でもあるジークを、堂々と守ると宣言した彼女。
オレンジの髪でオレンジの服を着用しているオレンジ好きのミランダは、自分の屋敷に侵入した人物の元へと向かった。
◇
話はゼファーを助けたいフュンへ。
「王子、暗いですね。どこにいますか」
「そばにいますよ。ほら、手を繋いでおきましょう」
井戸の真下に降りたフュンとアイネは手を繋ぐ。
そばにいるのに互いの顔が見えないくらいにこの井戸の下は暗かったのだ。
でもそんな不自由の中で、アイネは密かに喜んでいた。
雰囲気で分かる隠し切れない幸せオーラが、彼女に纏わりついていた。
「ニール、ルージュ。僕らの手も握ってもらえますか?」
「うん」「いいよ」
ニールとアイネが手を繋ぎ、ルージュとフュンが手を繋いだ。
暗闇を四人で並ぶようにして歩いていく。
「ニール。ルージュ。君たちはここが見えているのかな?」
「見えてる」「はっきりくっきり」
「我らの」「お家だもん」
暗闇の道の中。
迷うことなく進む双子は二人を引き連れてどんどん進んで行く。
「殿下」「あいつ」
「どうする」「見に行く?」
「あいつ・・・ゼファー殿のことだね。お願いするよ。早く助けに行きたいんだ」
「わかった」「案内する」
少しずつ明るくなる道を歩き、双子はゼファーの元へと案内してくれるのだった。
◇
話は牢へと向かうミランダへ。
「誰かが罠に。かかったのさ~。そんな間抜けな奴は。誰なのさ~。あたしの家に無断では~。入れないのさ。怖いのさ。二度と出られん屋敷なのさ~。おお、こわこわ~」
鼻歌を歌いながら地下牢の前の廊下まで来たミランダとそれに呆れているジーク。
敵襲があっても、余裕の態度が崩れないのがまた余計に腹が立つ。
「おいミランダ。気を付けろよ。牢から出てるかもしれんだろうが」
「それはないだろう。あそこは特別製の鉄で作っとるのさ。達人でなければ牢の鉄は破れんのさ」
「達人だったらどうすんだよ」
「ん? そんな奴はあの簡単な罠に引っかかるほどの間抜けじゃないだろ?」
「た、確かにそうだな」
「ナハハハ。あんまり気にすんな。あたしに任せとけなのさ」
先頭を歩くミランダが先に地下牢に到着。
そこで、金属が壊れる音が鳴った。
【ガシャン】
牢屋の中で金属製の物は一つしかない。檻だけである。
【ドン・・・・ガラシャン】
「む、壊したのか。やるな敵も。ジーク! お前は少しそこで待機だ。あたしが先に仕掛けるのさ」
牢前の階段でジークを待機させた。
彼の姿を見せないのは、いざ援護の時にこちらの隠し玉を置いて、戦闘を有利にするためである。
「わかった。無茶すんなよ。相手が強かったら俺に言えよ」
「ナハハハ。あたしがお前に助力を乞うとでも?」
「ないな。一応言っただけだ。ほら、いけよ。俺はここで見張るからよ」
「おうよ。行ってくるのさ」
とんでもない速度でミランダは敵へと向かったのだった。
◇
話は脱出を図るゼファーへ。
「こ、ここはどうなっているのだ。やたらと頑丈な壁であるし、やたらと頑強な檻だ。しかしここからしか脱出できる場所はないのだ。斬るしかあるまいな」
壁を拳で叩いても、檻を引っこ抜こうとしても上手くいかないから、ゼファーはしょうがなく槍を装備した。
そしてそこから槍を二閃、檻を斬り裂いた。
檻の上部と下部を斬って足で蹴飛ばす。
外に出るとほぼ同時に、オレンジ色の髪をした女がこちらに向かって来た。
刀を右手に持つ女性の足は、自分よりも速かった。
「な!? だ、誰だ!?」
「ほう。あたしの速度に反応できるのか。やるな小僧」
ゼファーは女性の攻撃を槍で受け止めた。
女性は一旦距離を取って、ゼファーを挑発するかのように手で煽った。
「面白いのさ。かかってきな」
「何を余裕ぶっておるのだ。この私が四天王以外の女には負けん。フィアーナ様以外にはな!」
「ん? フィアーナ。どっかで聞いたことある名前だな」
ゼファーはここから反転攻勢に出た。
槍で突く。
この猛烈な勢いを持った突進攻撃の前でも、女性は余裕の笑みでいる。
真っ直ぐ一直線に向かってくる槍を、女性は刀で受け止めた。
それに一瞬たじろいだゼファーだが、そこからさらに槍の回転を上げて女性を攻撃するが、彼女はニヤニヤと笑い始めた。
「く、なんたる強さ・・・本当に人なのか・・・ば、化け物じゃないか」
「ほうほう。面白い。どれ、これはどうなのさ。少年」
お試しの一閃。女性は軽く横に刀を振った。
「ぬわぁ」
槍で防いだはずなのに、体が後ろに持っていかれる。
信じられないくらいの腕力に押された。
槍が撓む。
想像以上のダメージを受けたのだと、槍を気にしてしまったゼファーは、目線が一瞬だけ槍に集中してしまった。
その一瞬が余計だった。
オレンジの髪をした女性が目の前に迫ることに気付かなかったのだ。
息する暇がない。
ゼファーは目まぐるしい状況の変化に対応できなかった。
「んんん。あたしの屋敷に入ってきた割にはあくどさを感じないのさ。太刀筋からして、真っ直ぐな性格とみていいぞ。どうしたもんかなのさ。でも入って来たからには斬り伏せるか・・・どうしよ」
この瞬間。
ゼファーは女性の本気を見た気がした。
今までとは違う一閃に、一歩も動けずにいた。
振り下ろされる刀の刃だけが見えて。
自分が死ぬかも知れぬというのに、この美しい太刀筋に見惚れて惚けていた。
女性の刀が、ゼファーの目前に迫ったその時。
「ミランダ! その子は俺の知り合いだ。殺すな」
女性ではない。誰かの声が聞こえた。
ゼファーの目の前は真っ暗になる……。
意識はここで無くなったのだ。
◇
話はジークとミランダへ。
「ミランダ! その子は俺の知り合いだ。殺すな」
「馬鹿が! はやく言え!」
ミランダは振り降ろした刀の刃を即座に反転させて、相手を気絶させた。
斬り殺す一歩手前での出来事である。
「あっぶねぇのさ。おい、ジーク。そういう事は早く言いなさい」
「すまん。まさか、この家に侵入してきたのが、この子だとは思わんかったんだ。という事はあの子も来ているのか。でも俺がいてよかったぞ。この子が死んだら、あの子はとても悲しむだろう」
「それはいいとして。で、誰だこいつ? 結構強かったのさ」
ジークは、倒れているゼファーを救護しながら言う。
「ああ。この子はゼファー君だ。俺がお前に見てもらいたい人物の従者兼友人だ」
「友人だと!? 従者が?」
「ああ。そうだ、フュン殿はそういう王子なのだ。間違いなく、人を一番に大切にしている」
「なに? 王子? そんな王子がいるのか。為政者なのにか?」
「ああ。そうだ。でも帝国の人質になってしまったがな」
「なるほど。そいつをあたしに見てもらいたかったのか・・・・。そうか、ならこいつを上手く使おう」
ミランダはゼファーを持ち上げて、何かを企んだ。
彼女の笑顔は邪悪な笑みに見える。
「なに!? 何する気だ。お前!」
「その王子の性質を見ようと思う。いいか。こういう状況になれば、人はその本質を見せてくれる。このガキの事を本当の友人と思っているかどうかをさ。じゃ、お前はあそこの物陰にいろなのさ。人を大切にする人物なら、必ずここに来るはずだからな。あたしが待ち構えてみるのさ」
ニヤリと笑ったミランダの邪悪な微笑みに、ジークは戦慄を覚えた。
◇
話はもう少しで牢屋に到着するフュンへ。
「こっち」「殿下!」
「あと少し」「もう少し」
「うん。ありがとね。二人とも」
フュンたちは、地下牢に行くために暗き狭い廊下を歩いている。
この井戸から入る正式な入口は途中で一本道から二又に別れている。
左の道は上階に繋がり屋敷の中に入ることができ、右の道はそのまま暗い地下牢に繋がっていた。
左の道は複雑にうねっていて迷路になっているのに対して、右の道は一本道である。
なのでフュンたちは右の道を真っ直ぐ歩いていった。
道は、徐々に明るくなり。
最初の頃の誰がそばにいるのか分からなくなるようなくらいの道ではなくて、互いの顔くらいは見えるような暗さに変わっていたのだ。
壁の松明の火が強くなってきたら双子が止まった。
「ここ」「地下牢」
「そうなんだ。じゃあ、開けて入ろう」
「うん」「開ける」
双子がドアを開けた途端、あまり表情の変化のない双子が驚いていた。
「「な!?」」
フュンも中に入ってみると、腕組みをしたオレンジ色の髪の女性が立っていた。
「は? なんでお前たちがここにいんだ? まさか、こいつらを連れ込んだのはお前らか? 何してんのさ」
「「・・・・・」」
止まった双子の代わりにフュンが前に出て質問する。
「すみません。ここに人が落ちてきませんでしたか? 間違えて僕の友達が落ちてしまったのです。どうでしょうか?」
「そうか、お前だな」
女性は見極めるべき人間を見定めた。
「……ほれ。こいつだろ?」
「え!?」
気絶しているゼファーが壁に磔になっていた。
十字架に縄で両手両足をグルグルに巻き付けられていたのである。
「お前・・・どうする。こいつをさ。こんな風にされたらよ」
鞘から刀を引き抜いて、オレンジの女性はゼファーの首元に刀を突きつけた。
刃先はあと少しで首を切ることが出来る。
「ど、どうするって・・・あ、謝ります。無断でこの屋敷に入ったことを謝罪するので、そちらの青年を返してもらえないでしょうか」
「んんん。そういう事を聞きたいじゃないんだがな」
困った表情をする女性に双子が怒り出した。
「そいつ」「嫌い」
「でも」「殿下の友達」
「「ミラ、離せ」」
双子はなりふり構わず走り出した。
双子の目は、戦う決意のある目であった。
「ほう。お前たちが自主的にあたしに挑むというのか。そこまでしても、こいつを守ろうとするとは。なるほど。面白いのさ。お前たちが感情的になるなんてな。よし、かかってこい!」
不敵に笑った女性は、満足そうにそう言った。
「な。なんだ、なんだ。ここはどこなんだ。屋敷の玄関にいたはずだったが・・・独房?」
降りた先の部屋は暗く、目の前には頑強な鉄格子があった。
「鉄格子!?」
ゼファーは両手で檻を握り、押し引きを繰り返して破壊を試みたが、この鉄格子はビクともしない。
何故にこんなものが屋敷にあるのかと、ゼファーは一度後ろに下がり考える。
「なんたることだ。敵の罠にかかるとは・・・・って、どこに敵がいるのだ! 全然見当たらんし! 全然見当がつかん! それになぜ、ただの屋敷にこんな設備が。変だぞ。ここは……こ、このままでは殿下の御身が危ないやもしれん。急いで出ねば」
自分の現状の方が分が悪いのに、ゼファーは主君の心配しかしてなかった。
◇
部屋の扉の前に書いてある怪しい鳥の絵に呆れてる銀髪ポニーテールの男性は、『どうせ、あいつは寝ころんでいるんだろう』と予想しながら、扉の前で大きな声を出した。
「おい。ミランダ。聞こえるか? 起きてんのか! ここの扉を開けるからな。そっち側に罠を仕掛けてんじゃねぇぞ!」
「あ!? その声。シスコンなのさ。わざわざ、あたしの屋敷になんで来たのさ」
「入るからな」
男性はドアノブを慎重に回す。
以前ここを回したら、弓矢が飛んできたので最大限警戒をしていたのだ。
「何もないよな。よし。おいミランダ。入ったぞ。あ! やっぱな。相変わらずのぐうたら生活だな。片付けろよ馬鹿! それになんだこれは、酷いな。食い物はどうなってんだこれは? 自炊はしてないのか」
ミランダの部屋の床は、足の踏み場もなくゴミだらけであった。
「あ? あたしがそんなことするわけねえのさ。そこらへんの食べ物を買い溜めしておくのさ。あとは週に一度の露店の料理で生きていくのさ」
横になっているミランダは、さっきまでミカンを食べていたらしい。
テーブルの上に新しめのミカンの皮があった。
「馬鹿者が! お前、あの子たちの食べ物はどうしてるんだ? あの子たちは育ち盛りだぞ」
「あ!? あいつらには金をやっておいてんのさ。どっかで自分たちでメシでも食ってんだろ? 生きる術は自分で見つけねばな。この世の中を強くは生きられんのさ。弱肉強食なのさ」
「馬鹿が。まだ小さいんだぞ。お前が管理しろ。拾ったのはお前なんだ。親だろうが」
「はあ!? そういうのはめんどくさいんだよ。それにあいつらはもう12なのさ。大丈夫、自分で生きていけるのさ!」
「ふざけんな! まだ見た目には、6つか7つくらいにしか見えんのだぞ。お前が栄養面を管理しろよ」
「いいのさ。それも大丈夫なのさ。いずれは大きくなるんだし。それにあいつらの身体能力は極限まで鍛えてあるから、そこら辺の大人にも負けんから安心しろ。でも残念なことに頭の方は無理だったのさ。馬鹿にも程があるのさ・・・そこが無念だ」
「はぁ。相変わらず楽観視の怠け女だ。だから嫁にもいけんのだぞ」
「んだとてめえ。そこに居直れ。我が弟子よ!」
「うるさいわ。いつからお前が俺の師になったんだ。お前なんか俺に何も教えてねえわ」
「あたしゃ、指導係なのさ!」
「それはお前が勝手に言ってることだろ。母上と叔父上に押し売りしただろう。自分をよ」
「ははぁん。そんなにまじまじと怒っちゃって。あたしが好きだからって、照れるなよ。シスコン!」
「誰がお前なんかを好きになんだよ。ありえんわ。はぁ」
「そんなに照れるなって、それにだ。天才のあたしが育てた奴はいずれも最強であるのさ。だからお前も強い。けどあの子はもっと強いのさ。な、お嬢は元気か?」
「はぁ。それが真実なのが厄介だ。本当のことすぎて、ムカつくわ……ああ、妹は元気だぞ。暇になったら会ってやってくれ。つうかずっとお前は暇か」
「おうよ。ニシシシ」
オレンジ髪のぐうたら女性に、あの雄弁な銀髪男性は振り回されていた。
流石の銀髪男性でも、こちらの女性と舌戦して勝つ自信はない。
◇
「殿下」「ここから」
双子は屋敷の脇にある井戸の前まで二人を案内した。
「え? ここ? 井戸だよ?」
「うん」「井戸」
「でも」「正式な入口」
『嘘ぉ』と二人がぽかんと口を開けていると、双子が井戸の中に先に入っていく。
まさか自分から飛び降りたのかと思い、慌てて中を覗くと双子は梯子を使って降りていた。
「あ、よ、よかった。無事なんだね」
「殿下!」「姉ね!」
「降りる」「気を付けて」
双子は暗い闇の中に進み、二人に忠告した。
「わ、分かったよ。僕らも降りるね」
フュンは隣で心配そうに井戸の中を見つめるアイネに声をかける。
「アイネさん、僕が先に降りますからね。君が落ちてしまっても僕が必ず支えますから。安心してください」
「え!? いや、それなら王子が後に、私が守ります」
「あははは。それじゃあ、男として立つ瀬がない。先に降りますね。安全に降りていきましょう」
「わ、わかりました」
こうして、ゼファーを救おうと、二人は深い闇の中に入っていったのである。
◇
話は戻り、気まぐれの女の場面へ。
「で、何の用であたしの屋敷に来たんだ。呼びつければいいものをさ」
「俺の所に呼んで、お前が来た試しが一回もないだろ? お前に会うには、俺から会いに行かないと会えんだろうが」
「ん? 半年に一度くらいは出向いているのさ」
「それは、帝都城へだろ。あそこで金もらってんだからな。あっちなら当然行くだろ。お前ならさ」
「そうだそうだ。金はもらわんと生きていけんからなぁ。大変なのさ……なぁ、金なんて、ここに送ってくれればいいのにさ」
「なんでこんなにぐうたらなのに、お前って奴は有能なんだよ……世の中理不尽だ・・・はぁ」
「はっ。いまさら気付いたのか。あたしは天才だぞ。ナハハハ」
「天才じゃないだろ。天災だろ。はぁ」
向かいに座る銀髪男性はうな垂れた。
敵にすればこの上ないほどの強敵。
味方にすればその狂人性に苦労する。
ミランダを相手するには少々骨が折れるのである。
「で? 何の用なのさ?」
「ああ、それはだな。どうしても、お前に見てもらいたい人がいるんだ」
「ほう。ジーク直々に依頼するほどの人物なのか。面白いな」
「そうだ。俺の友人でさ。俺は、その人を結構気に入っているんだが……」
「ん? なに、お前の友人。しかも、気に入っただと!? 妹以外にか!?」
「ああ、つうか、いちゃ悪いか!」
「いやそれはいい事なのさ。そうか・・・お前があたしら以外の人を信じるとはなぁ。よかったな」
銀髪男性は人に対して警戒心が強いらしい。
ミランダは腕組みをして、何回も頷きながら喜んでいた。
「……それでだ、その人物を見極めてほしいんだ」
「なに? 見極める? あたしが? お前でも見極めきれんかったのか。それほどの難敵なのさ?」
「あ、ああ。その人はな。少々変った人でな。お前の様な変わり者でなければ見極められんのだよ。俺のような真っ正直な人間にはな、あの人の大きな器の底が見えないんだ。だから、お前のようなひねくれ者じゃなきゃ底まで覗けん!」
「ふざけてんのかお前。あたしはひねくれ者じゃないわ! お前こそ、へそ曲がりだろうが。まあいい。そいつを連れて来いなのさ。あたしが見てやんよ」
「ほんとか! なら明日にでも・・・」
【ビ――――】
部屋に音が響く。
侵入者の警報音であった。
「あ!? 誰かがこの屋敷に入って来たなのさ。おいジーク! そこの刀を取ってくれ。放り投げてこいなのさ」
「ああ。わかった。ほらよ。行くのかミランダ? 俺もついていってやろうか」
「あ? まあ、別にいいぞ。でもあたしの後ろにいな。あたしが守ってやんさ」
強者でもあるジークを、堂々と守ると宣言した彼女。
オレンジの髪でオレンジの服を着用しているオレンジ好きのミランダは、自分の屋敷に侵入した人物の元へと向かった。
◇
話はゼファーを助けたいフュンへ。
「王子、暗いですね。どこにいますか」
「そばにいますよ。ほら、手を繋いでおきましょう」
井戸の真下に降りたフュンとアイネは手を繋ぐ。
そばにいるのに互いの顔が見えないくらいにこの井戸の下は暗かったのだ。
でもそんな不自由の中で、アイネは密かに喜んでいた。
雰囲気で分かる隠し切れない幸せオーラが、彼女に纏わりついていた。
「ニール、ルージュ。僕らの手も握ってもらえますか?」
「うん」「いいよ」
ニールとアイネが手を繋ぎ、ルージュとフュンが手を繋いだ。
暗闇を四人で並ぶようにして歩いていく。
「ニール。ルージュ。君たちはここが見えているのかな?」
「見えてる」「はっきりくっきり」
「我らの」「お家だもん」
暗闇の道の中。
迷うことなく進む双子は二人を引き連れてどんどん進んで行く。
「殿下」「あいつ」
「どうする」「見に行く?」
「あいつ・・・ゼファー殿のことだね。お願いするよ。早く助けに行きたいんだ」
「わかった」「案内する」
少しずつ明るくなる道を歩き、双子はゼファーの元へと案内してくれるのだった。
◇
話は牢へと向かうミランダへ。
「誰かが罠に。かかったのさ~。そんな間抜けな奴は。誰なのさ~。あたしの家に無断では~。入れないのさ。怖いのさ。二度と出られん屋敷なのさ~。おお、こわこわ~」
鼻歌を歌いながら地下牢の前の廊下まで来たミランダとそれに呆れているジーク。
敵襲があっても、余裕の態度が崩れないのがまた余計に腹が立つ。
「おいミランダ。気を付けろよ。牢から出てるかもしれんだろうが」
「それはないだろう。あそこは特別製の鉄で作っとるのさ。達人でなければ牢の鉄は破れんのさ」
「達人だったらどうすんだよ」
「ん? そんな奴はあの簡単な罠に引っかかるほどの間抜けじゃないだろ?」
「た、確かにそうだな」
「ナハハハ。あんまり気にすんな。あたしに任せとけなのさ」
先頭を歩くミランダが先に地下牢に到着。
そこで、金属が壊れる音が鳴った。
【ガシャン】
牢屋の中で金属製の物は一つしかない。檻だけである。
【ドン・・・・ガラシャン】
「む、壊したのか。やるな敵も。ジーク! お前は少しそこで待機だ。あたしが先に仕掛けるのさ」
牢前の階段でジークを待機させた。
彼の姿を見せないのは、いざ援護の時にこちらの隠し玉を置いて、戦闘を有利にするためである。
「わかった。無茶すんなよ。相手が強かったら俺に言えよ」
「ナハハハ。あたしがお前に助力を乞うとでも?」
「ないな。一応言っただけだ。ほら、いけよ。俺はここで見張るからよ」
「おうよ。行ってくるのさ」
とんでもない速度でミランダは敵へと向かったのだった。
◇
話は脱出を図るゼファーへ。
「こ、ここはどうなっているのだ。やたらと頑丈な壁であるし、やたらと頑強な檻だ。しかしここからしか脱出できる場所はないのだ。斬るしかあるまいな」
壁を拳で叩いても、檻を引っこ抜こうとしても上手くいかないから、ゼファーはしょうがなく槍を装備した。
そしてそこから槍を二閃、檻を斬り裂いた。
檻の上部と下部を斬って足で蹴飛ばす。
外に出るとほぼ同時に、オレンジ色の髪をした女がこちらに向かって来た。
刀を右手に持つ女性の足は、自分よりも速かった。
「な!? だ、誰だ!?」
「ほう。あたしの速度に反応できるのか。やるな小僧」
ゼファーは女性の攻撃を槍で受け止めた。
女性は一旦距離を取って、ゼファーを挑発するかのように手で煽った。
「面白いのさ。かかってきな」
「何を余裕ぶっておるのだ。この私が四天王以外の女には負けん。フィアーナ様以外にはな!」
「ん? フィアーナ。どっかで聞いたことある名前だな」
ゼファーはここから反転攻勢に出た。
槍で突く。
この猛烈な勢いを持った突進攻撃の前でも、女性は余裕の笑みでいる。
真っ直ぐ一直線に向かってくる槍を、女性は刀で受け止めた。
それに一瞬たじろいだゼファーだが、そこからさらに槍の回転を上げて女性を攻撃するが、彼女はニヤニヤと笑い始めた。
「く、なんたる強さ・・・本当に人なのか・・・ば、化け物じゃないか」
「ほうほう。面白い。どれ、これはどうなのさ。少年」
お試しの一閃。女性は軽く横に刀を振った。
「ぬわぁ」
槍で防いだはずなのに、体が後ろに持っていかれる。
信じられないくらいの腕力に押された。
槍が撓む。
想像以上のダメージを受けたのだと、槍を気にしてしまったゼファーは、目線が一瞬だけ槍に集中してしまった。
その一瞬が余計だった。
オレンジの髪をした女性が目の前に迫ることに気付かなかったのだ。
息する暇がない。
ゼファーは目まぐるしい状況の変化に対応できなかった。
「んんん。あたしの屋敷に入ってきた割にはあくどさを感じないのさ。太刀筋からして、真っ直ぐな性格とみていいぞ。どうしたもんかなのさ。でも入って来たからには斬り伏せるか・・・どうしよ」
この瞬間。
ゼファーは女性の本気を見た気がした。
今までとは違う一閃に、一歩も動けずにいた。
振り下ろされる刀の刃だけが見えて。
自分が死ぬかも知れぬというのに、この美しい太刀筋に見惚れて惚けていた。
女性の刀が、ゼファーの目前に迫ったその時。
「ミランダ! その子は俺の知り合いだ。殺すな」
女性ではない。誰かの声が聞こえた。
ゼファーの目の前は真っ暗になる……。
意識はここで無くなったのだ。
◇
話はジークとミランダへ。
「ミランダ! その子は俺の知り合いだ。殺すな」
「馬鹿が! はやく言え!」
ミランダは振り降ろした刀の刃を即座に反転させて、相手を気絶させた。
斬り殺す一歩手前での出来事である。
「あっぶねぇのさ。おい、ジーク。そういう事は早く言いなさい」
「すまん。まさか、この家に侵入してきたのが、この子だとは思わんかったんだ。という事はあの子も来ているのか。でも俺がいてよかったぞ。この子が死んだら、あの子はとても悲しむだろう」
「それはいいとして。で、誰だこいつ? 結構強かったのさ」
ジークは、倒れているゼファーを救護しながら言う。
「ああ。この子はゼファー君だ。俺がお前に見てもらいたい人物の従者兼友人だ」
「友人だと!? 従者が?」
「ああ。そうだ、フュン殿はそういう王子なのだ。間違いなく、人を一番に大切にしている」
「なに? 王子? そんな王子がいるのか。為政者なのにか?」
「ああ。そうだ。でも帝国の人質になってしまったがな」
「なるほど。そいつをあたしに見てもらいたかったのか・・・・。そうか、ならこいつを上手く使おう」
ミランダはゼファーを持ち上げて、何かを企んだ。
彼女の笑顔は邪悪な笑みに見える。
「なに!? 何する気だ。お前!」
「その王子の性質を見ようと思う。いいか。こういう状況になれば、人はその本質を見せてくれる。このガキの事を本当の友人と思っているかどうかをさ。じゃ、お前はあそこの物陰にいろなのさ。人を大切にする人物なら、必ずここに来るはずだからな。あたしが待ち構えてみるのさ」
ニヤリと笑ったミランダの邪悪な微笑みに、ジークは戦慄を覚えた。
◇
話はもう少しで牢屋に到着するフュンへ。
「こっち」「殿下!」
「あと少し」「もう少し」
「うん。ありがとね。二人とも」
フュンたちは、地下牢に行くために暗き狭い廊下を歩いている。
この井戸から入る正式な入口は途中で一本道から二又に別れている。
左の道は上階に繋がり屋敷の中に入ることができ、右の道はそのまま暗い地下牢に繋がっていた。
左の道は複雑にうねっていて迷路になっているのに対して、右の道は一本道である。
なのでフュンたちは右の道を真っ直ぐ歩いていった。
道は、徐々に明るくなり。
最初の頃の誰がそばにいるのか分からなくなるようなくらいの道ではなくて、互いの顔くらいは見えるような暗さに変わっていたのだ。
壁の松明の火が強くなってきたら双子が止まった。
「ここ」「地下牢」
「そうなんだ。じゃあ、開けて入ろう」
「うん」「開ける」
双子がドアを開けた途端、あまり表情の変化のない双子が驚いていた。
「「な!?」」
フュンも中に入ってみると、腕組みをしたオレンジ色の髪の女性が立っていた。
「は? なんでお前たちがここにいんだ? まさか、こいつらを連れ込んだのはお前らか? 何してんのさ」
「「・・・・・」」
止まった双子の代わりにフュンが前に出て質問する。
「すみません。ここに人が落ちてきませんでしたか? 間違えて僕の友達が落ちてしまったのです。どうでしょうか?」
「そうか、お前だな」
女性は見極めるべき人間を見定めた。
「……ほれ。こいつだろ?」
「え!?」
気絶しているゼファーが壁に磔になっていた。
十字架に縄で両手両足をグルグルに巻き付けられていたのである。
「お前・・・どうする。こいつをさ。こんな風にされたらよ」
鞘から刀を引き抜いて、オレンジの女性はゼファーの首元に刀を突きつけた。
刃先はあと少しで首を切ることが出来る。
「ど、どうするって・・・あ、謝ります。無断でこの屋敷に入ったことを謝罪するので、そちらの青年を返してもらえないでしょうか」
「んんん。そういう事を聞きたいじゃないんだがな」
困った表情をする女性に双子が怒り出した。
「そいつ」「嫌い」
「でも」「殿下の友達」
「「ミラ、離せ」」
双子はなりふり構わず走り出した。
双子の目は、戦う決意のある目であった。
「ほう。お前たちが自主的にあたしに挑むというのか。そこまでしても、こいつを守ろうとするとは。なるほど。面白いのさ。お前たちが感情的になるなんてな。よし、かかってこい!」
不敵に笑った女性は、満足そうにそう言った。
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