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第一部 人質から始まる物語

第16話 戦場の華 戦姫シルヴィアの剣技

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 フュンが攫われる場面。
 実はジークとゼファーもその現場を見ていた。
 
 「で、殿下!」
 「ゼファー君、ちょっと待ってくれ」

 フュンを探し回ってようやく見つけたタイミングで二人は、ちょうど親子と別れた後で攫われている所のフュンを見つけていたのだ。
 ゼファーの動きを止めるために、ジークはゼファーの肩を右手で鷲掴みにして行動を制限させた。

 「な、何をするのです。離してください。私は殿下を!?」
 「いやいや、ちょいと待ってくれ。ゼファー君」
 「私の邪魔をするつもりですか! ジーク様!! 邪魔をするなら殿下の恩人のジーク様でも、私は斬りますぞ」

 ゼファーが槍を取り出そうとする。

 「まあまあ、待ちなさいって。そんなに慌てない。慌てない」

 これより少し前のこと。
 フュンがいつの間にかにいなくなっていたことに気づいた二人は、二手に分かれて探すわけにはいかず、二人一組となって一緒になって探していた。
 それは、ゼファーが帝都の道を知らないためである。
 一人で勝手に探しに行っては、君も迷子になってしまうだろう。
 ジークがそう諫めてくれたおかげで、ゼファーは迷子にならずにフュンを探すことが出来たのである。
 二人は露店通りの道沿いを探すのは完了したので、次に来た道を戻って反対側の雑貨屋通りでフュンを探していたところ、今、まさに黒い影によって連れ去られた現場を偶然目撃したのだ。

 「ジーク様! 今の私に冗談は通じませんぞ」

 ゼファーは背中の槍に手をかける。

 「大丈夫だって落ち着きなさい。心配しない」

 いつもよりも穏やかにジークは話し出した。

 「落ち着いていられません。殿下が連れ去られたのです。急がねば」
 「だから、大丈夫だ! 俺の妹が走っていった。ならばきっと助け出すであろう」

 ジークはフュン以外にもう一人も目撃していた。
 血相変えたシルヴィアがフュンを追いかけていたのを見かけていたのだ。
 相手が四人であろうとも、戦姫であれば一人で十分。
 フュンの安全は確保されたようなものなのだ。
 妹に対する信頼感によって、ジークはここまで落ち着いている。

 「だから、俺たちは妹の後ろに入るぞ。あとをつける!」
 「あとをつける?」
 「ああ。いい感じになるぞ。これは面白くなる。あの顔……俺でも見たことがないからな」
 「え? どういう意味で・・・」
 「ついてこい! 俺の走りに追いついてこれるかい。ゼファー君」
 「え? あ、は、はい。ついていきます」
 
 何故かここでジークは、邪悪な笑みを浮かべた。
 二人の進展。
 特に妹の感情が知りたくて、ジークはあえてフュンを助けなかった。
 今を楽しむ余裕があるジークと、なんで助けに行かないのかと文句を言いたいゼファー。
 この二人は現場にいながら事件に関与しなかった。
 一刻も早く助け出したいゼファーは、ここで一つ大事なことに気づいていなかった。
 槍の達人に近しい実力があるのに、片手で肩を掴まれただけで、動きを止められていた事にだ。
 そうゼファーはジークの強さに気づいてなかったのだ。

 
 
 ◇

 「あの黒い人たちは、王子をどこへ連れて行く気なのでしょう。まあまあの速さで移動してますね。私にとっては散歩程度ですけど・・」

 余裕を持って走るシルヴィアは、あえて速度を落として敵を追いかけている。
 全力で走ってしまえば、今すぐにでも敵の前を走りそうだったのだ。
 ではなぜ彼女がそうしないのか。
 それは今いる場所が、帝国民で賑わう通りの中であるからだ。
 出来たら人の目が届かない範囲で敵を斬りたい。
 物騒な考えと街中の人々への配慮を持った考えを同時に持っていたシルヴィアである。

 「んんん。ここは……住宅街まで来てしまいましたね。ますます相手を斬れませんね。どうしましょうかね」

 敵が向かったのは西地区にある住宅街。
 帝都の中で二つある住宅街の内の平民クラスの住宅がずらりと並ぶ場所。
 平民クラスの人たちの人数は帝都の中でも大半を占める。
 なのでここは、他の地域よりも建物が密集している地域であるので、人通りが多く、目につきやすい反面、人目にも紛れやすいというメリットとデメリットがある。

 それにしても一般人にとっては相手の動きが速いのか。
 フュンが物の様に担がれながら移動しているのに悲鳴の一つも上がらなかった。
 誘拐事件であると誰も気づいていなかった。

 「んん、私にはゆっくりに見えますがね。皆さんには敵が素早く動いてるようにでも見えるのですかね。おそらく・・・あ!!!」
 
 敵は急に進路を切り替えた。
 住宅街のひと気のない場所。
 地下道の入り口に入っていた。
 彼女は地下道に入る前にさらに気配を消した。
 中へと侵入して後をつけるには注意が必要であったため、彼女は殊更に慎重に進むことを選択したのだ。
 薄暗い中で敵の位置を把握しながらゆっくりと走ると敵とフュンの声が聞こえてきた。


 「あのぉ。皆さん、僕に何の御用なんでしょうか? あなた方の服装は何故真っ黒なんでしょうか? 暑くないですか? そろそろ春が終わりますよ。今は涼しい格好の方がいいですって、蒸し暑いでしょ。その服の中」
 「・・・・・」
 「いやぁ、出来たらお話して欲しいですよね。なんだか独り言みたいで寂しいですよね。返事欲しいですよぉ」
 「・・・・・」
 「はぁ。無理ですか。でもでも、どこへ行くかくらいは話して欲しいものですよね。これからどこに行くんでしょう? 僕、どこに行くんでしょう? ここに来たばかりだから、道も知らないんで帰れるかな」
 
 こんな緊迫感のある場面で全く緊張感がない。
 なんて男なのと、走っているシルヴィアの膝がガクッと落ちた。

 「え? もしかして、あの方には恐怖心がないのでしょうか。これほどのことをされて、冷静な声で話せるとは。もしかして馬鹿なのでしょうか。そうですよね。たぶん何も考えてないんですよね・・・いや、もしかして大物なのかもしれません。胆力が他の方とは全然違うのかも。はぁ、まあ助けるにしても、そんなことは関係ないですよね。どちらでもいいでしょう。そろそろですね」

 地下道をかなり進んだので、敵に近づくことを決意したシルヴィア。
 一気に敵との距離を詰めた。
 今までの減速していた走りを捨て、全速力で駆け抜ける。
 敵の速度を上回る速さであっという間に敵の背後を取った。
 敵四名の縦長の隊列の中で、前から二番目の人物の肩にフュンが担がれていた。
 確認後、ではまずは一人と。
 シルヴィアは、一番後ろの敵に一閃。

 「ぐわはあああああ」
 シルヴィアの接近に気づいていない一番後ろの男が悲鳴をあげて倒れる。
 「な、何だ!」
 その前の男が驚いて振り向く。
 「敵襲だ。その男を連れていけ」
 先頭の男が冷静に二番目の男に指示を出した。
 敵の指示役は意外にも状況判断が的確だった。
 二番目の男はフュンを担いで走り出す。
 
 「振り向く速度が遅い! それにあなた! 戦闘判断が遅いですよ」
 
 シルヴィアは、後ろから二番目の男の膝の上を軽く斬りつけた。
 その攻撃があまりにも鮮やかで、自分が斬られたことに気づいていない男は、視界が徐々に下がっていく。
 そこに気付くのも遅いのは彼女の速度が速過ぎるから。
 足を斬られた敵は動きの制御が出来ずに、どんどん地面に沈んでいくように感じていく。

 「な・・・・なん・・・だと」
 「すみません。殺すまではしませんが、腕くらいはもらっておきましょうかね。人を誘拐する罰ということで。その身に恐怖と罰を刻んで、このような事はもう二度とやらないとその体に誓ってください。そしてその姿を見て、残りの人生を悔やみなさい」
 「ぐおおおお。おれのうで・・・があああああああああ」
 
 シルヴィアは、敵が地面に倒れ込む前に左腕を斬り落とした。
 流れるような剣技は敵を圧倒して、相手方を畏怖させる。

 「お、お前はとにかく先に行けぇ。なんとしてでも俺たちの仕事を完遂しなければならん」
 「わわ、わ、わかったっす」
 
 戦闘経験の薄い二番目の敵を先に行かせるために。
 一番目の敵が叫びながらシルヴィアに立ちはだかった。

 
 ここまでの一連の流れが速すぎて、フュンは事態の把握に遅れていた。
 目まぐるしい戦況の変化に対応できずにいたのだ。
 やっとここで目を覚ましたかのように反応を示す。

 「あ! シルヴィア様。なぜここに」
 
 担がれながらもフュンはそう言った。
 能天気なその声に拍子抜けしたシルヴィアであるが、どんどん先へと連れ去られて行く彼の目を見て大声で答える。

 「王子! 必ず助けますからね。ご安心を。少し待っていてください。こちらの敵を斬り伏せますから!」
 「あ、はい。わかりました、信じてます! あ、でも殺さないでくださいよ。お話が聞きたいので」
 「・・・え?」
 「お願いします。シルヴィア様ならできるはずですよね? この人たちよりもお強いはずです!」
 「え、あ。まあ・・できますが・・・さすがにそれは・・・」

 信じると即答で言ってくれたことは嬉しかった。
 でも彼の意外な答えで戸惑いが生まれた。
 その一瞬の戸惑い、その止まってしまったタイミングで、敵は攻撃を仕掛けてきた。
 ダガーのような短い射程の二対の刀がシルヴィアの喉を襲う。

 「む!」

 反応速度が敵とシルヴィアでは違う。
 咄嗟の攻撃であろうがシルヴィアには全く関係なかった。
 全身がバネの様に動く彼女の体は、攻撃の一つを剣で受け止めて、もう一つはのけぞる形でかわした。
 タイミングをずらす二連の攻撃を鮮やかに躱して流れるように敵との距離を取る。

 「き、貴様。この連撃を。出来るな!?」
 「あなたは、まあまあ良い動きです。それにしても、あなたは私を知らないのですか? もしや、帝国民ではないのですか?」
 「ん?・・・ま、まさか・・・・この暗闇で輝く髪・・・しかも銀髪・・・なぜここに・・・戦場にいるのではないのか。戦姫!」
 「やはり知ってましたね。では降参していただけないでしょうか。あなたと私では実力差があるのです。あと大人しくしていれば体のどこかが無くならずに済みますよ。あなたも五体満足でいたいでしょうに」
 「・・・出来るか、そんな事・・・・クソが」

 敵はなりふり構わず突っ込んできた。
 今度のシルヴィアは、先程とはうってかわって戦闘態勢を取っている。
 敵の行動を先回りして動き出すことが可能な体勢であるが、目的が攻撃ではなかったようだ。
 敵への対応が遅れた。
 
 「これでもくらっとけ、戦姫!」

 敵は小刀を走らせるふりをして、胸ポケットから煙幕弾を落とした。
 地面に着くと同時に大量の煙が出る。

 「しまった・・・こうなったら仕方ありません」

 黙々と焚かれた煙のせいで視界を奪われたシルヴィアは、あえて眼を瞑った。
 耳で敵の行動を把握しようとしたのだ。使えないものは切り捨てるという考えである。
 彼女が耳をフル活用すると敵は・・・。

 「なるほど。もうここにはいないのですね。靴の音も呼吸音もありません。あの方は手練れだ」

 シルヴィアは煙を突き抜けるように走りだす。
 再び敵を追いかけ始めた。


 ◇

 フュンを運ぶ男性は、息切れを起こしながら地下道を走る。

 「はぁはぁ。なんて敵だ。一気に二人もやられちまうなんて」
 「あのぉ。なんであなたたちは僕を誘拐しているんでしょうか?」
 「・・・なんだお前。誘拐されてるって、自分の状況を分かってたのかよ。じゃあなんでさっきから冷静なんだよ」
 「いや、別に冷静じゃないですよ。緊張してます。でもそれではいけませんよね。自分の置かれた状況を把握しないといけませんよね。あたふたしてたら、この世の中、前には進めませんよね。大変ですよねぇ。世の中って。本当にねぇ。それで、あなたたちも辛い立場なんでしょう。その感じだと誰かに命令されたのですかね? なんでこんな大それたことをしてるんですか? そこの所、どうなんでしょう?」
 「な!? お前、馬鹿なのか。なんで気付いていて普通に俺と会話を」

 二人が普通に会話していると、先程通って来た道から男性の声が聞こえる。

 「は、走り抜けろ。戦姫が来るぞ。とにかく仕事を完遂する。そうすりゃ、俺たちは金が手にはいるんだ。急げえええ」
 「わ、わかった」

 フュンを担ぐ敵は慌ててさらに加速する。
 
 「それで……誰に引き渡すんですかね?」
 「な!? 黙れよ。なんでお前普通に会話出来んだよ」
 「いや、それは先程言いましたよ。世の中が世知辛いって」
 「そうじゃねぇだろ。自分の置かれた状況を把握したいって言っていたぞ」
 「ああ。そうでしたね。で、僕はなぜこのような状況なのでしょう?」
 「こ、こいつ。頭がおかしいぜ」

 担ぐ敵とフュンが会話していると、あとから来た敵が怒り出す。

 「くちゃくちゃ喋ってねえで、急げってんだ。戦姫が来てるって、言ってんだよ。ボケ!」
 「んなこと、このガキに聞いてください。俺のせいじゃないっす!」
 「うっせえんだよ。お前が黙ってればいいんだ。そのガキが何を話そうとな」

 喧嘩しながら走る敵を冷静に見つめるフュンは、実は敵の話とこれらの行動に加えて、敵が唯一隠していない目から分析を開始していたのだ。

 自分を担いでいる人物からあまり悪の心を感じない。
 会話の流れ、会話時の声の出し方。
 どれを取っても普通の人物である。
 だがしかし、この目の前にいる男からは悪の波動を感じる。
 仕草や目線に普通の人間ではない動きがある。
 特殊な訓練を積んだものだと感じた。
 それと、この首にある刺青はなんだ。
 刺青をしている癖に、襟の長い服で微妙に隠しているのも気になる。

 と、色々考えていた所で、フュンから見て奥の方で銀色の光が輝く。
 夜空を照らす月のように美しい輝きだ。

 「あ!?」

 フュンが声を出すと。

 「いちいち、うるせえんだよ。クソガキが」

 小刀を持つ男が切れ気味に言った。

 「いえ。申し訳ない。ですが、あなたは負けてしまいますよ。いいのですか?」
 「はぁ。いい加減、黙ってろよ」
 「そうですね。でも僕勝ちますよ。僕の力じゃありませんがね。それでは」
 「な、何を言って????」

 男はここでやっと気配を察知した。真上を見上げる。
 地下道の壁を蹴って、通常よりも高く飛ぶシルヴィアを見た。
 すでに剣が自分の方に・・・

 「なに!? クソが」
 「それでは間に合いませんよ。あなたは王子の罠にかかりましたね。集中力を欠きました」

 フュンの会話はただの騙し。
 会話の流れはなんでもよくて、とにかく注意を引き付けることが目的であった。
 彼女が追い付いてきたことが分かると同時にフュンはこの作戦を思いついたのである。
 彼の臨機応変さにシルヴィアは感心していた。
 助けるのは当たり前に出来る事だったが、こうも自分が動きやすいように誘導してくれるとは思わなかったのだ。

 「では、斬ります」

 シルヴィアの一閃は、刃先が真っ直ぐ。
 敵の肩から腹にかけて走っていった。
 着地と同時に剣を鞘にしまい歩き出す。

 「ど、どこへいく・・・・ん、ぐはあ。ごほお」

 そこから数秒後、斬られたことに気づいていない敵から、一気に火山が噴火したように血が噴き出た。
 ただ殺すなとフュンに言われた彼女の一撃は、深手にまで留めた手加減の一太刀であった。
 まだかろうじて息のある敵にフュンは安堵しながら彼女の実力に感動した。

 「そこの方。王子をここに降ろしてもらえれば斬りません。投降してください」
 「・・・あ・・・あ・・・・あああ。もういやだぁ 俺は降りる。こんな仕事嫌だあああああああああ!」
 「ま、待ちなさい!」
 
 男はパニックになって逃げだすと、フュンを投げ捨てた。

 「いた。いただだだ。ちょっと。降ろすなら、もう少し優しくしてくださいよ」

 フュンは、地面に顎を打って痛がる。
 もう少し丁寧に扱ってくださいよと思って、前にいるシルヴィアを見たその時。

 「な!? まずいです。シルヴィア様、後ろ」
 「え!?」

 フュンがいる前にだけ意識を集中させていたシルヴィアは反応に遅れる。
 倒したはずの男が立ち上がっているとは思わずに油断してしまった。
 背後から伸びてくる二対の小刀の勢いを完全に殺すことは不可能。
 振り向きながら剣で最初に対処する。
 
 「ん。一つは無理ですね。仕方ありません、もう本気を出します」

 敵の右手の小刀を剣で払い。
 左手から遅れてやって来る攻撃は、首だけで対処した。
 この時、頬をわずかに切られてしまうが、これを気にせずシルヴィアは剣を一閃。
 手加減なしの本気の一閃は敵の胴体を真っ二つに斬った。
 先ほどの鮮やかな剣戟はまだ本気でなかったのだ。
 容赦のない一撃を見たフュンは恐ろしさと美しさを同時にシルヴィアから感じた。

 「あなたは……ほんとに・・・(剣技は)綺麗ですね。本当に」
 「…ほへ?」

 背後から突然言われたものだから、シルヴィアは動揺した。
 湯でも沸かせそうなくらいに赤くなる顔では、後ろを振り向いた時に彼に示しがつかない。
 頭を振って元の表情を取り繕いながら、フュンの方を見ようと振り向くのだが、ここで一気に視界がおかしくなった。
 褒められた恥ずかしさがまだあるが、たぶんこれが原因ではない。
 画面の端がぼやけ始め歪む。
 
 「こ、これはなんでしょうか。目がおかしい。しかし、それでも奴を追わねば・・・王子を狙った原因がわからなくなります」

 逃げようとしている敵を追いかけようとするが、体が上手く動かない。
 シルヴィアは倒れ込もうとしていた。
 様子のおかしい彼女の体をフュンが精一杯支える。

 「シ、シルヴィア様。どうしました。シルヴィア様? おかしい。なにかがおかしい」

 彼女はフュンに支えられてやっと座ることが出来た。
 フュンは様子がおかしくなっていく彼女をまじまじと見つめる。

 「これは何でしょう。一体・・・・・ん? まさかこれは・・・あれではないでしょうか。だとしたらまずい。急がないと」 

 彼女の頬の傷を見たフュンは、一人焦っていた。



 ◇

 「これはずいぶん派手にやったな。我が妹は・・・まったく。こいつなんか重傷じゃないか。フィックス。こいつらを治療しておけ。命を救って、この件を洗いざらい話してもらうぞ。いいな」

 ジークは、腕のない男を指さしていた。

 「わかりましたよ。旦那は人使い荒いんだから。まったくもう」
 「つべこべ言うな。急げ。片腕ないんだぞ。こいつはよ。急がんと死んじまう」
 「へいへい」

 ジークとゼファーとフィックスは、二人がいる地下道にすでに入っていた。
 冷静沈着なジークは、外に応援も用意している。 
 自分の馬車を待機させて、事態の収拾も図っていた。

 「この太刀筋、お見事でありますね」

 ゼファーは腕を切られた男を見てそう言った。

 「ほう。切れ味だけで、妹の腕前が分かるかい?」
 「ええ。素晴らしい腕前であります。我がおじ上に匹敵するやも……いや、もしかしたらそれ以上なのかもしれません」
 「それほどの御仁なのか。その叔父上殿は」
 「はい。サナリアの四天王。槍のゼクスが私が尊敬するおじであります。我が師でもありますし、我が主君の師でもあります」
 「…なるほど。だからゼファー君は強いのだな。その方に一度お会いしたいものだ・・・・ん?」

 ここまでの二人はゆったりと会話を楽しんでいた。
 緊迫感があるはずの現場なのだが、シルヴィアがいれば万事解決だろうと、ゼファーでも思えて来ていた所で。
 ゼファーが自慢したゼクスにお会いしたいものだと、ジークが言おうとしたその時。


 「ほええええええええええええええええええええええええええええええええええ」


 地下道に響き渡る叫び声。
 大音量の叫びに驚いた二人が顔を見合わせる。
 声の主は誰だ?
 二人は慌てて駆けだした。

 「で、殿下!!!!」
 「シルヴィアでも危ないというのか!? まさか! それほどの手練れがいるのか」

 二人は声がする地下道の奥へと走っていった。
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