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第一部 人質から始まる物語

第12話 茶会開催

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 謁見後の夜、茶会は開催された。
 城の脇にある大きな会場で王族が主催する一大行事。
 それが茶会。
 王族と貴族と豪商が一堂に会するのである。
 現皇帝以前は晩餐会などと呼ばれていた催し物だ。
 
 帝国の王族又はそれに準ずる者が開催する茶会は、互いの親睦を深めたり、相手の現在の立ち位置を把握したりする場で、参加する各人には様々な目的がある。
 皇帝は、王家のパワーバランスを探るため。
 王家としては、貴族たちの管理を目的にして。
 貴族らは、自分たちと親しくなる商人を探すために。
 そして、商人らは得意の取引先を開拓するために参加するのである。

 このようにして、茶会開催の理由と参加する理由は様々なのだ。
 さらにこれらに加えて、帝国にはサナリア以外にも属国を持っているので、その国らをこの行事で監視するという役割も含まれている。
 だからフュンは、たまたま茶会に出席できたのではなくて、この日までには必ず帝国に来るようにというお達しがあったのだ。
 とりあえず、この場に間に合ってよかったと暢気に思うフュンはゼファーを連れてきていた。

 「殿下。これは何とも、広い会場でありますね」
 「そうですね。こんな広い場所はサナリアにはありませんね。特にあのサイズのステンドグラスとかはね。素晴らしいものばかりだ」

 フュンは、大きく煌びやかなステンドグラスを指さした。

 「たしかに見たことがないです。殿下、綺麗ですね」
 「ええ。綺麗ですよね。来てよかったですね。ゼファー殿」
 「…はい。殿下のおかげです」

 珍しい物ばかりの会場で、二人がキョロキョロしていると後ろから声を掛けられる。

 「あらぁ。あなたたちは初めて見る顔でございますわ。あれがそんなに珍しいとは、どこの田舎者なのかしら」
 「ヒルダ、やめなさい。君たち、申し訳ない。この子は口が悪いのです。許してもらえると嬉しいです」
 「な、タイロー。何を失礼な。私は口が悪くありません。思ったことが口に出るだけです」
 「それをやめなさいと言っています」

 黒の礼服に身を包んだタイローが、黒の手袋をしている手で、女の子の手を握りしめた。
 彼女の口を塞ぐことが出来ないから、手で言葉を止めようとしていた。
 気の強そうな女の子は、それでも止まらない。
 なぜなら彼の手を振り払おうとしているからだ。

 フュンは、二人に失礼のないように先に名乗り上げる。

 「私はフュン・メイダルフィアと申します。辺境にあるサナリア王国の第一王子です。以後お見知りおきを」
 「ああ。その名は噂のですね。では貴方があの田舎のボンクラ王子ですわね」

 ゼファーがものすごい顔で威嚇しようとしたがフュンが彼の顔の前に手を出して止めた。
 彼女とは違い、彼の方は大人しく引き下がる。

 「こら。ヒルダ。君はまったく」

 タイローはヒルダを叱責した後。
 フュンに丁寧に頭を下げた。

 「私はタイローです。タイロー・スカラと申します。あなたと同じ立場で、北の属国ラーゼ国からの人質であります。同じ立場であるので仲良くしていただけると嬉しいです」
 「あ、同じ立場で。そうですかぁ。ではタイローさん。こちらこそ、今後ともよろしくお願いします」

 フュンも丁寧に頭を下げた。

 「ほら。ヒルダも。君も同じでしょ」
 「…いいわよ。やればいいんでしょ。私はヒルダ・シンドラ。南の属国シンドラ国の第二王女よ。タイローと私。そしてあなたは同じ立場。人質よ。でも私の国は田舎ではないし、私はボンクラな人間でもないわ。優秀だもの」
 「君って人は・・・まったくもう。子供みたいに・・・」

 彼女の態度が改まらず、タイローは頭を抱えた。

 「あははは。ヒルダさん、よろしくお願いします」
 「なに。今の会話であなたが笑う要素がどこにあったのよ」
 「いや、ヒルダさんがあまりにも正直な方で面白いと思ったのですよ。笑ってしまい失礼しました」

 フュンは満面の笑みで謝った。

 「はぁ~。何を言っているの? どういう事よ。タイローわかる?」
 「私にもわかりません。どういうことですか? フュン殿?」

 フュンは真面目な顔になって答えた。

 「僕は、瞳を見れば大体その人の心が分かるのです。なので、あなたの目を見れば、本当にあなたが言っていることに嘘がない事が分かります。あなたの根はとても良い人です。言葉は悪くても正直が一番であります。人質という立場で正直に生きられていて、僕は格好良いなと思ったのですよ」
 「な!?」

 驚いたヒルダは耳を真っ赤にして立ち去ろうとする。
 かなりの照れ屋であった。

 「あなたに言われなくてもそんなことわかってるわ。プン」
 「あ。待ってくださいよ。ヒルダ。ごめんなさい。フュン殿、また」
 「はい。また会いましょう。タイローさん!」
 「ええ。失礼します」

 タイローは、慌ててヒルダを追いかけた。

 「殿下! あいつは失礼な奴ですよ。なぜお怒りにならないのですか」
 「あははは。あれくらいでは怒りませんよ。それよりもゼファー殿。もう少し感情のコントロールをしましょうよ。冷静さは戦闘でも役立つはずですよ。自分を律しておくのです。いちいち怒っていたら冷静に物事を判断できなくなりますからね」
 「は、はい。申し訳ありません殿下」
 「いえいえ。そんなに恐縮しないでください。今の僕はね。全然ゼファー殿を怒ってませんよ。あなたが僕の為に怒ってくれようとしているのはもちろん分かっていますよ。そんなに僕はあなたから大切に思ってもらえて、僕としてはとっても嬉しいんです。ですけど、ゼファー殿も感情をコントロールしていって、こういう場所を冷静に乗り切りましょうって話をしたかっただけですよ。あははは」
 「わ、わかりました」

 優しいフュンはここでも怒らずにいる。
 どんな時も感情はフラットに持っていこうとするのがフュンという男である。
 これは母の教えを子供の頃から守っている証でもあった。

 
 ◇

 茶会が中盤に差し掛かったあたりで、主催の挨拶が始まった。
 此度の主催者はターク家の当主、第三皇子スクナロであったのだが。
 茶会前にスクナロに緊急の用事が出来てしまったので、挨拶はヌロが代わりを務めることになった。
 彼の挨拶は、順調なスタートをきって、中盤辺りまではとんとん拍子でよかったのだが、終盤で事件が起きた。

 「それで、今回の人質は辺境のサナリア王国の第一王子フュン・メイダルフィアであります。こちらにどうぞ。田舎の王子」
 「あ。はい。どうもです」

 馬鹿にされていることは重々承知。
 だけど、そこを気にしてはいけない。
 フュンは、ここが半分は正式な場であることを理解している。
 誰からも笑われておけば、上手く切り抜ける道があると、フュンは極めて冷静にヌロの隣に登壇した。

 「どうですか。皆さん。今度の人質は、この田舎臭い匂いが取れない者ですよ。どうでしょう」
 「「ははははは」」

 だしに使われているな。
 と思うフュンはヌロの隣で一緒になって笑っていた。

 「よく笑っていられるな。何か言う事はないのか。貴様は」
 
 ヌロの問いに、フュンは平気な顔で答える。

 「え? そうですね。人質でありますが仲良くしてもらえると嬉しいですね。フュンです。みなさん、よろしくお願いします」
 「な!? なに」
 
 嫌がらせを受けても平然と挨拶が出来るフュンにヌロが驚く。
 そしてその軽い挨拶で、ここの貴族らは笑い出した。
 掴みは完璧だった。

 見世物のようになっているフュンを見て、憤りを隠せぬほどに怒っているゼファー。
 持っているグラスを叩き割ってこの場で全員殺して暴れ回ろうかと思ったが、フュンの顔を見たら全てが収まった。
 冷静になれと言っていたのを思い出したのだ。
 そもそも腹を立てているのは馬鹿にされ続けている当事者であろうと自分に良く言い聞かせて、心を落ち着かせていた。
 でも、心の底は怒りには満ちている。
 食いしばりすぎてゼファーの歯が折れそうなくらいになっていた。

 「それでですね。皆さんもご存じの通り。こちらの人物はあの噂のボンクラで愚鈍な王子です。私はその片鱗を先程の謁見で見たのですよ。なんと、我らの皇帝陛下に謁見するのに、ボロボロのみすぼらしい格好で来ましてね。しかも農民の様に泥付きな恰好でしてね。それは酷いあり様でしたよ。それだけでも酷いのに、さらには遅刻までしましてね。失礼極まりない男です。皆さんも注意しましょうね。もしかしたら、皆さんとなにかを約束すれば、遅れてくるかもしれません・・・いえ。来ないかもしれませんぞ」
 「「ははははは」」

 惨めな思いをさせる為だけの演説。
 陰湿ないじめでフュンは会場中の笑いものになる。
 会場の雰囲気は完全にヌロの独壇場。
 何も気にしないことで有名なフュンですら、この場にいたくないような空間を作り上げていく。
 どのタイミングで会話に切り込んでいけば、これを終わらせることが出来るのか。
 会話の流れを読むことに長けているフュンでも分からなかった。



 そんな最悪の雰囲気の会場の扉が勢いよく開いた。
 茶会に招いていた者の中で、最も来場しないであろうと言い切れる人物がこの場に現れたのである。
 その人物はお気楽、道楽、気まぐれの男で、帝国の貴族の間でも最も有名な不真面目男だ。

 歩くたびに揺れる銀のポニーテールの髪。
 美しさが溢れる顔立ちの男性は、何故か邪悪な笑みを振りまきながら、フュンたちのそばまで歩いてきた。

 「皆さん! 兄上が言う事がもし本当ならさぞ可笑しい話ですよね。ほんと、ほんと」

 銀髪の男性は皆の方からヌロにも話しかけた。

 「兄上。そちらの御仁をボンクラと称したのですか? 本当に? いや~。まさかね。どうでしょう、言いました?」
 「…あ、ああ、言ったとも」

 ヌロは、銀髪の男性が醸し出す謎の圧力に狼狽えて答えた。

 「おお! まさか・・・そんなことを言ってしまうのですね。兄上ぇ~。ならば、今すぐにでも病院に行かれたほうがよろしいかと思いますよ。兄上の目は腐っているのやもしれませんぞ。大変だこりゃ・・・」

 男性はヌロの顔に近づいた。
 腐っているぞその目はと、目を指さす。

 「いやいや、病院にいかなくてもですね。医者は呼んだほうがよろしいかもしれませんぞ! 今すぐに目をお取り換えした方がよろしいですよ。絶対に………ええ、ええ。そんな節穴の目は今後のターク家にとってよろしくないことですぞ。スクナロ兄上のご迷惑となりましょうに。ほらほら、お早めに換えにいきましょうね、お帰りになられた方が良い。ヌロ兄上ぇ!」

 ヌロを堂々と挑発をする男の名を。
 ガルナズン帝国第六皇子「ジークハイド・ダーレー」
 
 そして、またの名を。
 風来の商人「ジーク」であった。

 
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