人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖

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第一部 人質から始まる物語

第11話 帝国到着

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 ガルナズン帝国の起源は五百年ほど前。
 アーリア大陸の中央東にある小さな都市から始まった。
 一人の若者が、身一つで作り上げた国がガルナズン帝国である。

 初代皇帝アイザック・ヘイロー・ヴィセニアは、味方を作り出すのがとても上手く、当時の戦乱の世に新たな風を巻き起こした人物だ。
 周りにいた敵国の方が強大であったのにも関わらず、それでも彼を中心に小さな国は勝ち進んでいった。 
 仲間の才を余すことなく思う存分発揮させる能力は、誰にも真似できない稀有な才能だった。
 人を上手に操ることが出来る。
 彼はそういう人たらしな部分があったのだ。
 
 周辺地域の国を吸収して、仲間たちと共に平和に治めていく。
 彼が地盤を固めていくと、支配域は徐々に拡大していって、領土や物資もどんどんと豊かになっていった。
 そして、それが他国よりも優れ始めると、他の国も帝国に従順になっていく。
 帰順する国が増えていった帝国は、最終的にアーリア大陸の東半分を手に入れるのである。
 なので帝国の貴族たちというのは、元は別の国の王などの位の高い人間であったのだ。
 だからこそ、初代皇帝が死去した後。
 内乱は度々起こってしまうのである。
 特にここ百年間は酷く。
 イーナミア王国との戦争と、帝国領土内の内乱が重なっていた。
 それでは帝国が疲弊し続けて、いずれは内部崩壊が始まるだろうと思った現皇帝は、己の家族を使って、全ての帝国内の反乱分子を鎮めたのである。
 完全鎮圧に成功した帝国は、今はもう王国との戦いに集中している。
 帝国を一枚岩にした現皇帝もまた偉大なる王の一人として数えるべき人物であるのだ。


 ◇

 ガルナズン帝国の玉座の間。
 サナリア王国の玉座の間とは比較してはいけないほどの差がある荘厳な部屋に、帝国の皇帝とその子供たちが集まっていた。
 フュンのお目見えというよりも、これはただの挨拶程度のもの。
 通過儀礼の様な事であるためか、小人数が彼を迎え入れている。
 ここにいたのは、皇帝とその子供たちだけ。
 今か今かと待ちわびている彼らが、そわそわじゃなく若干苛立ちが募っているには訳がある。   
 それは約束の時が過ぎても、肝心のフュンだけがこの場にいないからだ。

 皇帝の子供たちはフュンを待ちきれずに話し出した。
 皇帝が玉座の間の中央で座っているのに対して、子供らはその前で左右に分かれて立っている。
 皇帝から見て右側の人物が大きな声を出した。

 「遅い! これはどういう事だ。我らの方が早く集まるとは今までになかったことぞ・・・何を考えておるのだ。辺境の王子如きが」

 短気で豪気な男性は紫の短髪と大柄な肉体が目立つ。
 ガルナズン帝国第三皇子スクナロ・タークが怒りを露わにしていると、隣のド派手な格好をしている第五皇子のヌロ・タークも続く。
 
 「スクナロ兄上の言う通りだ。遅すぎますよ。どこをほっつき歩いているのやら」
 「そうだろう。そう思うだろ。俺たちを待たせるとは。どこまで愚図な奴なのだ。噂以上なのではないか!」

 二人が大声で話をしていると、向かい側に立つ綺麗な瞳を眼鏡で隠す大人しそうな男性。
 第二皇子ウィルベル・ドルフィンが忠告する。

 「スクナロ。ヌロ。声が少し大きいぞ。静かにしろ。父上は目を瞑ってらっしゃるのだ。大きな声で驚かせてしまうのはよくないことだぞ」
 「「申し訳ありません。ウィル兄上」」

 スクナロとヌロが素直に頭を下げた。
 そんな注意をしたウィルベルの隣の女性。
 第二皇女リナ・ドルフィンが皆に問う。

 「それで私たちはどれほど待てばよいのでしょうかね? 一体何様のつもりなの。まさか私たちよりも偉いとでも思ってるのでしょうかね」

 この疑問の正確な答えを知りたい皇帝の四人の子たち。
 彼らとは少し離れた位置の下座に立つロングの銀髪が美しい女性。
 第五皇女シルヴィア・ダーレーが、口を開いた。

 「まだ約束の時間にして三分少々過ぎただけです。しばらくは待ってもよろしいかと思われます」

 シルヴィアの言動を聞いたヌロが呆れて話し出す。

 「お前は暢気だな。シルヴィアよ。もしかしてお前。ジークのせいで遅刻に対して麻痺しているのではないか。それにジークはどうしたのだ? 今日もいないのか」
 「私とジーク兄様は関係ありません。それとジーク兄様はここには来ませんよ。王家が集まる仕事は私に全部丸投げですから。ヌロ兄様。ジーク兄様は無視してください」
 「はっ。奴らしいわ。なぜジークは王位を捨てないのだ。いつも帝都にいない癖に」

 スクナロが吐き捨てるように言うと、他の皇帝の子らも頷いた。

 「王位のことは兄様方が本人に聞いてください。私では答えかねます」

 シルヴィアは皆の呆れている顔を見ながらも更に話し出す。

 「話を戻しますが、時間など少々遅れてもよいでしょう。もう少し待ちましょう。ここで肝心なのは挨拶に来る事であります。どれだけ遅れてもよいのです。しかしここで来ないとしたら、私は容赦なくこの剣で斬り伏せます。たとえ属国の王子であろうとも」

 シルヴィアは標的を見つけたかのように部屋の入口に目を向けた。
 赤い瞳が真っ赤に燃えたように見える。

 「あら。流石は戦場の華と言われる戦姫でいらっしゃることね。勇ましいこと。おほほほほ」
 「リナ姉様、今は戦姫は関係ありません。それに姉様も戦場に出れば、戦姫と言われますよ。一度出てみてはいかがですか。毎日、堅苦しい宮殿に居ては息が詰まるでしょう」

 嫌味をわざと言ったリナと、真面目に答えたのに嫌味になるシルヴィアが睨み合う。

 「まあまあ。俺たちだって、少しは待ってもいいだろ。別に先方から今日は来ないって言ってきてないんだからさ。絶対に来るはずさ」

 優しい物言いのウィルベルが全体を和ましていると、部屋の前の兵士が扉を開けた。


 「サナリア王国。第一王子フュン・メイダルフィア殿が入室されます」

 兵士の宣言がなされたことで、今まで話していた皇帝の子供たちは黙る。
 扉の先にいる人物を見るために集中しはじめた。

 ◇

 だがここで、予想外の事が起きた。
 入室してきた人物の姿に、皆が驚く。
 足元が泥だらけ。
 上半身がよれよれの服になっている男が、皇帝陛下の前で跪こうとしていた。

 「こ、皇帝陛下。この場に遅れてしまい申し訳ありません。道に迷ってしまいこちらに到着するのに遅れてしまいました。陛下のお時間を奪うという大罪、この首一つで満足していただけないでしょうか。どうかお許しを」

 肩で息をする王子を見てまた更に皇帝の子らは驚く。
 今までの謁見者は、身なりを整えてくるのが常識。
 というかそれが当たり前な事だ。
 なのになぜか、この王子はボロボロでしかも疲れ果てているのだ。
 どういう事だと皇帝の子らはその場でたじろいでいた。

 ガルナズン帝国。
 第三十一代皇帝【エイナルフ・ヘイロー・ヴィセニア】が目をゆっくりと開き、フュンをしかと見た。
 話し出す声に威厳がある。
 一瞬でこの場を制圧するかのような重苦しい雰囲気に変わる。
  
 「うむ。まあ時間のことなど、どうでもよい。フュン殿。突然であるが、そちは人質の役割とはどういうものだと思う」

 てっきり怒られる者だと思ったフュンは、想定外の質問に慌てた。

 「え!? あ。は、はい・・・ええ、国が裏切らない証だと考えます」
 「ふむ。それだけか。他にはないか」
 「そ、それは……これ以上の役割は私には分かりません」

 頭を下げていたフュンは、ここで皇帝の顔を見た。
 特に瞳を凝視する。

 「しかし、役割じゃなくて、私個人の決意を表明してもよろしいでしょうか。陛下」
 「……よいぞ。何でも発言してよい。許可する」

 懐の広い皇帝は、フュンから出した条件を即承諾した。

 「陛下ありがとうございます。私はサナリアの王族の為にここに来たのではなく、我が国の民の為だけを思い、ここにいます。ですから、私は帝国を裏切るような真似だけは決して致しません。民の命を背負っているのですから。サナリアの王族如きの命ではなく、民のために私はここでしっかりと役目を果たしていきたいと思っております。なので今後は時間も守っていくので。どうか今回の無礼。お許しを頂けないでしょうか」

 この決意表明で、フュンは皇帝の姿を完全に捉えた。
 荘厳な部屋で威厳のある人物が頷く。
 威圧感の様なものを纏いながらもどこかに慈悲があるそんな印象をフュンは抱いた。
 真剣な眼差しで皇帝を見ていると、皇帝もまたその目を真剣に見つめ返した。

 「・・・そうか。なら、もうよい。あと、時間に遅れたことをそんなに気にするでない。そんなことは些細な事なのだ。余はこうして、まだまだそちを待っていたとしても怒り出すような器の小さき男ではない。だから安心して、屋敷に帰ってよいぞ。遠路はるばる、ご苦労であった。休まれよ」
 「はっ。ありがとうございます。皇帝陛下!」
 
 部屋を出ようとするフュンの姿は、明らかに疲労困憊状態だった。
 ふらつきながら赤い絨毯の上を歩く。
 時折絨毯からはみ出そうに歩いているのが笑いを誘うが、皇帝の子らは笑うに笑えない出来事だった。
 皇帝との緊張感ある会話のせいもあるのか、彼の疲労の様子は顔色にまで表れていて、扉前の兵らも、こんなに青ざめて大丈夫だろうかと逆に心配になっていた。


 変な訪問客が部屋から出ると皇帝の子らは話し出す。

 「なんだあいつは、なんであんなに疲れているのだ?」
 「そうですね。意味が分からないです」

 スクナロとヌロは疑問に思った。

 「確かにな。服に泥があったしな。王子の具合は大丈夫なのか? 医者にでもみせてあげればいよいのだろうか?」
 「兄上。それはいらないでしょう。ご自分で何とかすると思われますよ、でも私らに会うのに身なりもしっかりしないとは・・・ボンクラというのにふさわしいのではないですかね?」

 ウィルベルとリナがそう評した。

 「私はあの眼に恐ろしさを感じました。兄様たちは感じませんでしたか。力強さの様なものです」

 他の皇子たちは首を横に振っていた。
 どうやらシルヴィア以外、フュンの目に意識が向いていなかったようだ。
 でもそれは当然であろう。
 普通そこまで気が向くことはない。
 なぜなら彼の様子があまりにも変であるからだ。

 そして最後の皇帝の考えはというと。

 「うむ。あの小僧・・・・面白い。余を見極めておった。この場面で、逆にこちらの様子を窺うとは、大胆不敵であるな。まったく……この場で緊張もせずに堂々たる姿を余に見せるとは。なんたる男だ。辺境にあんな人物がいるとはな。全く面白い。世界は広いぞ」

 皇帝は子供たちには聞こえないようにそう呟いた。
 フュンが持つ力の片鱗を感じたようだった。

 「お前たち!」
 「はっ」

 皇帝は跪いた皆に命令する。

 「今夜の茶会に、余は出ないがお前たちは出来るだけ出席せよ。よいな」
 「「「承知しました。陛下!」」」

 皇帝の子供らは命令を受諾した。


 ◇

 皇帝謁見後、茶会前。
 フュンは自分にあてがわれた小さな屋敷にいた。
 謁見が終わり、ほっと一息している所である。
 フュンは、アイネが入れてくれたお茶を飲む。
 
 「はぁ~。美味しいですね。アイネさんはお茶を入れるのも上手ですね」
 「ありがとうございます。王子」
 
 頬を赤く染めて嬉しそうにアイネは答えた。

 「殿下! その、先程の格好で皇帝とお会いして大丈夫だったのでしょうか? 皇帝に対して失礼ではなかったのかと心配をしてまして・・・」
 「ああ。ゼファー殿も心配してましたか。いやぁ。意外と大丈夫でしたよ。あっさりお許しをもらえましたしね。あははは。あれ? でも、これって、もしかして命拾いという奴ですかね? あははは」
 「「「はぁ」」」

 ゼファーだけじゃなく、イハルムもアイネもため息をついた。
 能天気である主君に呆れてしまった。
 そう彼らは遅刻と格好のせいで、フュンが死ぬかもしれないと慌てていながらも、これ以上遅くなっては打ち首ものだろうと思い、祈るような思いで皇帝の元へ送りだしていたのである。

 謁見の少し前。
 こちらに向かう道中。
 ぬかるみに嵌った人を助けたり、食べ物を落としたという少年の為に自分の食料を少し分けたり、道端で転んでしまった少女を慰めたりと、とにかく寄り道をしまくった結果。
 間に合うはずだった時間に、間に合うことが出来なくなり、着替える暇もなく皇帝の元に辿り着いてしまったのだ。
 とにかく人に良くしないと気がすまない王子のせいで挨拶に遅れたのである。
 イハルムの名誉のために宣言する。
 決して彼の馬車の運転のせいで、遅れたのではない。
 王子が全面的に悪いのだ。
 
 「まあまあ。無事でよかったという事にしておきましょうよ。あははは」

 フュンはアイネが入れてくれた美味しいお茶をまた飲んだ。

 「で。殿下ぁ~」「お。王子ぃ~」

 こういう心配をこれからもしなければならないのかと、今後を憂いた皆は同時に肩を落としたのだった。

 
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