ギルドマスタークロウ

咲良喜玖

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元最強勇者 ギルドマスタークロウ

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 勇者『クロウ』
 その昔、世界にその名を轟かせていた天才がいた。
 魔法。スキル。格闘術。剣術。戦術。ステータスなどなど。
 あらゆる部門において右に出る者がおらず、この世の全ての技を会得したと言われている男。
 この世界の支配を目論む魔王を倒すべく。
 最後のダンジョンである『魔王城』を一人で完全攻略しかけた男でもある。

 世界最強の魔王。
 それに対して、勇者『クロウ』はその実力をいかんなく発揮して、戦いで傷一つ負った事のない魔王の喉元に刃を突き付けてからあと一歩。
 そこで二人の勝負が終わったとされている。
 魔王は、その時の戦いで激しく消耗して、自宅に籠って療養することになり、勇者ら人間たちがいるアルフレッド大陸の侵略をすることが出来なくなった。
 勇者クロウのおかげで、人間たちは束の間の平和を手に入れたのだ。

 しかし、時が経つと、彼の偉業は人々の記憶から消えていた。
 当時の出来事のおかげで、魔族の襲来も大幅に減ったので、ますます彼の存在は薄れていくのである。
 人は現金な生き物なのだ・・・。
 
 


 ◇

 アルフレッド大陸の極東。
 田舎町ロクサーヌ。
 中規模の町は、温かな気候で住みやすい。だからか、人々がのんびりと暮らしている。
 町人たちは、ぼうっとした人たちが多いらしく、日がな一日海を見ているだけの人もいるらしいのだ。
 そんな町の何よりも素晴らしい点と言えば、ここの付近の魔物が弱くて有名なので安全なことだ。
 町の人々でも倒せるレベルのモンスターである。
 お鍋の蓋で防御して、フライパンで攻撃して倒せるレベルである。

 だから初狩りがしやすいので、初心者の冒険者が多くやって来て、レベルアップを図るのだ。
 なので宿などは繁盛していると聞く。
 気持ちが穏やかになりそうな場所にあるギルドには、小さい建物だけど人が溢れていた。

 『ガヤガヤガヤガヤ』

 ギルドの受付窓口が二つしかない。
 窓口二つに並んでいるのはそれぞれ十人ずつで後ろの人は、小さいギルド会館だから外に出て並んでいた。
 ラーメン屋でもないのに、大混雑の大盛況である。

 「マスター! マスターも手伝ってくださいよ。また今日もたくさん人が来てるんですよ。頼みますよ」
  
 受付1番を担当しているリリアナが、後ろで昼寝のように寝転がっているマスターを呼んだ。

 「寝ないでください。あなた、ここのギルドマスターですよ。シオンさんがいなくても、ちゃんと仕事してくださいよ」
 
 受付2番を担当しているフランは、今すぐにでも後ろのマスターを蹴りたくてしょうがなかった。
 でも前にいる冒険者の登録作業に忙しいので出来ない。

 「大丈夫。大丈夫。君たちならね。それくらいできるんだよ。俺はそういう仕事が出来る人を選んでいるからね。うんうん。だから頑張りたまえ~~」
 
 ロクサーヌのギルドマスター『クロウ』
 額に刀傷がある男性は、二人を応援した。
 中年らしからぬ軽快さを持っている。
 手を振る彼の手の平も傷が残っていた。
 よく見れば他にも体に傷がある。

 「あ。マスター。そんな事言って、今日もお仕事から逃げようとしてますね」
 「違うよ。リリちゃん。俺はね。君たちが成長すると思ってね。うんうん。そのまま君たちに任せているんだ。若者はね。どんどん働いた方が良いんだよ。おじさんよりもたくさんね」
 「マスター。この仕事で成長なんてしませんよ。毎日毎日同じことの繰り返しですよ。ちょっと変わったことでもあれば成長すると思いますがね。同じ作業じゃ無理です。成長なんてしません。だからマスターも成長しません」

 二人の職員は、目の前に冒険者がいながら答えた。
 これから希望に満ちた冒険者人生を歩もうとしている冒険者の目の輝きが消えているように感じる。
 なんだか二人の受け答えが現実的すぎて、夢も希望もない答えだからである。

 「フラン君、そんなことないでしょう。これはお仕事の基本なんだよ。だから若者が疎かにしちゃいけない仕事だ。だから、頑張りましょうねぇ。リリちゃん! フラン君!」

 とクロウが二人の肩に手を置いたら、耳が引っ張られた。
 綺麗な長い爪が刺さって痛い。

 「いてててて。爪。爪!!」
 「ちょっとクロウ。またどこかに逃げようと思っているのね。駄目よ。あなたはこっち」
 「げ!? シオン!? なんでここにいるんだ。外回りじゃなかったのか。他の都市のギルド会館に行くとか言ってなかったっけ?」 
 「あなたがサボるのかもって、私の勘が囁いたのよ。心配で途中で引き返してきたわ」
 「気味悪いわ。その勘やめてくれる?」
 「なによ。私の勘にいちゃもんつけるわけ?」
 「いいえ。ごめんなさい」

 美しい紫の薔薇。
 と呼んでもいいくらいの棘と美しさを兼ね備えた美女シオン。
 切れ長の目にやや長めの紫の髪が特徴的。
 スレンダーに見えてグラマラスな容姿も妖艶な雰囲気を醸し出す要因だ。
 彼女は、元特級冒険者で、光陰のシオンダークマスターシオンである。
 現在世界で五本の指に入るかもしれない大魔法使いなのだ。
 なぜか冒険者を辞めてギルドの職員となった。
 それが巷の噂の七不思議とされている所だ。


 このギルドで一番大きな机の前で、シオンは人差し指でアピールした。

 「ここに座りなさい」

 怒られながらとぼとぼと歩くクロウは、机の前に行くと、シオンに肩を押し込まれて、ギルドマスターの椅子に座る。

 「は~い」

 彼の不貞腐れた顔を見て、イラっと来たシオンが、ほっぺたを右手で鷲掴みにする。
 ぎゅっと握るにも、爪が食い込みそうなので、優しさで指の腹で押し込んでいる。
 
 「仕事! しなさいよ!」
 「・・・は、は~い」
 「手を動かして。クロウ」
 「・・・は、は~い」
 「それしか返事しないわけ? 仕事しなさいよ!」
 「しゅみません・・・下を向けないです。あなた様の手が邪魔で、資料がどこにあるか見えなくて、紙を持てないです。仕事できないです」

 細めの綺麗な手が邪魔で、テーブルの上の資料を持てない。

 「あら、ごめんなさい。じゃあ、離したら仕事してくれる?」
 「はい。します。シオン様」
 「よろしい。はい。じゃあ、お仕事してね」
 「しゅみませんでした」

 情けない声で返事をしたクロウは、ギルドの帳簿を見た。
 仕事をし始めた彼を見て、シオンは隣の席に座って別な仕事をする。
 しばらくして・・・。

 「ここのギルドさ。忙しい癖に、稼げないよな」
 「ん?」
 「シオン。ここを見てくれ」
 
 シオンがクロウの背後に回って、横から顔を出すと、たわわなものがちょうど自分の顔の隣に来るので、クロウは目を背けた。
 彼女の服装は、胸の谷間がバッチリ見える素晴らしい服装なのである。
 
 「え・・あ、あの。シオンさん。出来たらもっとそちらに行って、いただけないでしょうか」

 クロウは、自分のそばじゃなくて、机の脇にいけと彼女の移動を促した。

 「なぜ?! こっちの方が私が見やすいでしょ」
 「俺に近い! いいから、離れてくれ」
 「なによ。私が嫌なの!」
 「そうじゃありません。男としてはですね。とて~~~もありがたいものをね。お見せして頂いてね。嬉しい限りです。ですが、俺的にはね。あからさまなのはちょっとね。こう、なんていうんですか。もっと隠されている方がですね。興奮するというかね。出来たら遠目でチラチラ見たいです。それにそっちの方が助かります。あとね。俺はリリちゃんくらいがちょうどいいんですよ。おしとやかな。慎ましい感じでもいいです。隠している感じだとね」
 「は!? あなた、何の話してるのよ」
 「夢と希望の話さ・・・男のロマンだよ・・・君には分からんだろう。君にはね」
 「!?!?」

 クロウは急に上を見上げて、黄昏た。
 夢と希望がたくさん詰まったものは、隠された方が良い。
 でも大きいのもまた良い。
 それで、たまに見える方がもっと良い。
 常に出しているのはちょっと違う。
 それに出来たら、綺麗な足とムチムチな太ももとかお尻の方も見せてほしい。
 ちょっとしたフェチである。

 「それで、冗談ばかりのあなたは何が言いたいのよ。まったく」

 彼女は言われたとおりに机の横に移動した。
 クロウの言う事を以外にも聞いてくれる女性である。

 「ああ。ここ見てくれよ。ここ、最近めっちゃ人が来てるだろ。登録者だけで一カ月で五百以上だぞ」
 「あら、そうね」
 「でもさ。こんなに人が来てるのにだよ! 俺たち安月給だぞ。ここは非効率的だ。稼げねえんだよな。登録料なんて、安すすぎる! もう少しお金を取ろうぜ! 一人500Gだ」
 「そんなこと出来るわけないでしょ。ここは地方よ。そんな取り決めはね。中央のギルドでやる事よ。マスター会議をしないと出来ないでしょ」

 冒険者登録は、一人30G。
 地方の宿一泊代である。この町の宿よりかは高い。

 「それにね。ここは初心者がよく来るのよ。依頼だって高ランク帯が来るわけないじゃない。それに近くのダンジョンだって初心者用よ。高級素材や希少物なんて手に入らないもの。だから彼らも稼げませんからね。こっちだって稼げませんのよ」
 「・・・そうだよな。だから寂しいよな。元特級のお前がいる場所なのにな。つうか、なんでお前、冒険者辞めたんだ? 俺がここに来た時には、凄腕冒険者だったじゃないか。何で辞めてまで、ここに就職したんだよ。もったいねえ」
 「え? だ、だって・・そ、それは・・・あ、あなたが・・・・ここに」
 
 頬を赤く染めた。紫の髪にマッチしている。
 彼女がもじもじしている間に、クロウの話は進んでいた。

 「まあ、女の子がな。ずっと続けるような職業じゃないもんな。死と隣り合わせだもん。それに特級だったしな。測定不能の超危険任務もやらないといけないもんな・・・まあ、そうだよな。生きていればいいことあるもんな。誰かの嫁にでもなれるだろうしな。一度くらいは、いけるだろうしな。美人なんだしな」
 「お嫁さん!? そ・・・そんな・・・こと・・・いいの」
 
 彼女の反応を無視して、やはりクロウの話は勝手に進んでいる。

 「ああ。そうだよ。お嫁さんになっとけ、なっとけ。んでさ。たしか、ここのギルド会館で育ててるのが、『獅子一人レオハーレム』だっけ。あいつらで、三級冒険者か・・・そりゃ稼げないか。三級ってたしか・・・Cクラスの依頼か。そいつらじゃな、ごっそり稼げないよな」

 ギルド会館は冒険者が依頼達成した際に仲介手数料がもらえる。
 冒険者クランや冒険者パーティーたちがこなす依頼の成功報酬の1割。
 これがギルドのお金となる。
 運用資金や、職員の給料になるのだ。

 なので、ここのギルドは初心者冒険者が大量に来てくれるのは、ありがたい話なのだが。
 初心者がこなす依頼など安い!
 だから自分たちにくるお金も少ない!
 なので、ギルドでのお仕事の忙しさの割に、このギルド会館はお金がないのである。
 マスターでも、リリアナやフランと同じくらいの安月給なのだ。

 「どうしようかな・・・どうやったら稼げるかなぁ」

 ギルドマスタークロウの悩みは、どうやったら楽して稼げるかである。

 様子のおかしいシオンが、ちらちらクロウを見ながら、モジモジとしている隣で、クロウがギルドの行列を見ながらお金のことを考えていると、ボロボロの傷だらけになった冒険者がギルド会館にやってきた。

 「た、助けてほしい・・・応援を至急・・・」

 その人は中にまで入って来れずに入り口で倒れる。 

 「なんだ? 人が倒れたな」 
 「冒険者ね。クロウ、急ぎましょうよ。何かがあったのよ」

 シオンの意識がまともに戻っていた。

 「わかった。いくか」

 シオンと共にクロウは倒れた男性に駆け寄ると、先に介抱していたリリアナが事情を聴いてくれていた。
 クロウが聞く。

 「リリちゃん。この人、なんだって?」
 「マスター。ノール洞窟にA級モンスターのワームが出現したらしいです」
 「えええ? あそこは初心者ダンジョンだぞ。出て来るわけないぞ」
 「でもマスター、この人が言ってます!」

 可愛らしい言い方のリリアナが、怪我をしている男性に治癒魔法をかけていた。
 何も言わずに回復させてあげる彼女は天使である。
 普通は治療費の交渉をしてから回復させるので、周りの人間たちはそう思っている。

 「・・た、助けてください・・・俺の仲間が・・・・」
 「そっか。お仲間がね。どうしようかな」

 クロウが顎に手をかけると。

 「助けにいきなさいよ!」
 「いて!?」
 
 頭に張り手をもらった。
 振り向くとシオンだった。

 「なんだよ。シオン!」
 「助けにいきなさいよ。ワームよ。ワーム。ここらの子たちじゃ、絶対に勝てないわよ」
 「そうだな」
 「そうだな・・・じゃないわよ。いきなさいって」
 「でもな」
 「でも? ってなによ」
 「倒しても金にならん! このギルド会館! お金ないのに、俺はタダ働きだけは嫌だ!」

 子供のように駄々をこねるクロウは涙目であった。
 ずっと金欠は嫌なのだ。

 「何言ってんのよ。いきなさいよ。あなた、強いでしょ」
 「・・・んんん。お金ちょうだい!」
 「馬鹿言ってんじゃないわよ。私だってお金ないわよ。それにね、ギルド会館もお金が出せないの。でも助けなさいよ」 
 「えええ。ケチ」
 「ケチじゃありません!」

 シオンが言った後。
 彼の傷だけでも回復させたリリアナが、クロウのズボンを引っ張った。

 「マスター。この人が可哀想です。この人、こんなに一生懸命になって知らせに来てくれたんですよ。助けてあげましょうよ。仲間が大切なんですよ。きっと」

 リリアナのおねだりは天使のおねだりだった。
 これを聞いて断るような男は男じゃない。

 「しょうがない。リリちゃんが言うんだ! 助けに行こうか!」

 ないネクタイを動かして、クロウはカッコつけた。

 「なんで私の言う事は聞かないのよ!」
 「イテ!?」
 
 シオンにグーでお腹を殴られた。
 背中まで響く一撃は武闘家ではないだろうか。
 職業を間違えているのでは?
 と思うクロウはお腹を押さえる。

 「何すんだよ」 
 「どうせ、私の言う事は聞いてくれないんだ。ああそうなんだ」
 「おい、何すんだよ」 
 「この人酷い。私だって、一生懸命言ったのにさ。リリのマスター。可哀想です! なんかにやられちゃってさ。なによ。私だって可愛いでしょ」
 「おい! だから何の話になってんだ?」
 「もういいから、リリの為に行ってきなさいよ。リリが言ったんだから、ササッと片付けて来なさいよ」

 やけに投げやりな言い方だった。

 「は~い。んじゃ、こいつを借りていくか。よいしょと」

 口を尖らせて拗ねているシオンは、倒れている男性をおぶって走ったクロウを見て呟く。

 「酷い人ね。私だって、助けてあげてって言ったのに・・・言う事聞いてくれないんだもん」

 カッコいい彼の姿は、やっぱり人助けしている時だ。
 と思うシオンは、なんだかんだ言って彼の背中を目で追いかけていた。


 ◇

 ノール洞窟地下5F
 初心者ダンジョンの一つであるノール洞窟は、出現モンスターの平均等級がE。
 七段階評価の内の一番最下級がEランクなので、初心者にはうってつけのダンジョンだ。
 C一体が出現する確率が0.5%くらいのダンジョンなので、ワームのようなAクラスの魔物が出現するなど、宝くじに当たるよりも稀である。
 
 だから初心者冒険者たちがうじゃうじゃいるダンジョンの5Fでは悲鳴だらけとなり、焦りと命を失うかもしれない切迫具合で、彼らは方向感覚すらも失いかけていた。
 どちらに逃げれば上に上がれるのか分からなくなっていた。
 
 そこに逃げ腰じゃない冒険者たちがやって来る。
 ロクサーヌのギルド会館一の冒険者クラン『獅子一人レオハーレム』だ。

 金髪の鬣がある団長レオが、皆に指示を出す。
 
 「とにかく誘導だ。初心者の子たちを上に逃がせ。とにかく上だ」
 「「「はい団長」」」

 団員たちが返事を返した。黄色い声しか聞こえない。

 「ミリマリ。君は俺に防御魔法を三重にかけてくれ」
 「はい。団長。『リグルフィールダ』」

 青い目の少女は団長に防御魔法を厳重にかける。
 
 「ルノー。君は、奴に攻撃魔法を。ナリア。君は弓で。シルティ。君は・・・」

 と団長レオが言う名前が全部女性である。
 そうお気づきかもしれないが、この冒険者クラン。
 レオ以外が女性である。
 だから名前がアレである。

 「俺が行く。注意は俺が惹きつけるから、君たちは援護だ!」
 「「「はい!」」」
 
 女性陣の黄色い声援を背に、レオは行く。
 男一人。男を見せる時なのだ。

 ワームの等級がA。それに対してレオの冒険者ランクは三級冒険者つまりはCランク相当が撃破可能。
 だから完全にレオの負けである。
 でも、その事は彼自身だって百も承知だ。
 自分の力が及ばないことを理解しても、人々を守るために勇気で前に出ているのである・・・。
 なんてのは嘘だ。
 本当は自分のクランの女性たちにカッコいい所を見せたいだけである。
 要はスケベ心で頑張っているのだ!

 「おおおおおおおおおおおおおおお」 

 雄叫びは倒しそうだけど、ワームは甘くない。
 地面に潜る速度が速く、レオの一撃は空振りに終わる。しかしそれで終わってくればよかったが、ワームはもう一度地面から出現して、レオを飲み込むようにして攻撃を仕掛けてきた。

 「「「レオ!!!」」」
 
 黄色い声が一斉に心配した。

 「大丈夫だ! 君たち。これくらい俺は・・・大丈夫さ!」

 という強がりを言うレオは、本当は心が折れそうである。
 ワームの口を閉じさせないために必死で抵抗している。
 ぐぐぐっと、口が閉じるのが見える。
 彼の限界の様子に気付いた副団長が泣きながら叫びそうになると。

 「いやいや、大変だな。レオ君よ」
 「あ。あなたは!?」
 「ああ。君は、レオの所の・・・・誰だっけ? 俺が女性の名前を忘れるなんてな。すっかり年を取ったな俺も・・・年は取りたくないね」
 「マスター!?」
 「はい。マスターですよ。ということで、この男性預かってくれ」

 マスターがおんぶしていた男性は気絶していた。
 地面に降ろしてあげて副団長の足元に寄せる。
 
 「マスター。何故、この方、泡を吹いているのでしょうか」
 「ああ。そいつはさ。俺が全力で走ったら、気絶しちまったんだよね。速かったんだね。俺の足」
 「え?!」
 「まあまあ。それはいいから、よいしょっと。ファイアボム」
 
 クロウが指をパチンと鳴らすと、レオの前のワームの口が爆発した。
 ワームは口の中が燃えて苦しみ。レオは爆風でこちらに飛ばされる。
 落ちて来そうな場所には、戦士リュリュがいた。 
 当然、彼を受け止めて守ろうとしている人も女性である。

 「おいおい。あいつ。なんかのスキルでもあるのか。女性だけ侍らせてさ。ちょっとおじさんとしてはね。許しがたいですよ。まったく・・・羨ましい! けしからん! 若い男性なのに許せませんな。そういうのは金持ちの爺さんがする事でしょ!」

 文句が別なところにあるクロウだった。

 「さてと。倒すか」
 「ま、待ってください。マスター。ワームは危険ですよ。お一人では危ない」
 
 副団長が声を掛けていても、クロウはゆっくりとワームに近づいていた。

 「大丈夫。大丈夫。この程度はね。そこら辺にいる蚊と同じさ。あれれ? くらっ!?」
 「え!? そ、そんな・・・」

 副団長は、お一人では危ない『皆で』の続きを言えなかった。
 それは、クロウが次の瞬間にワームに飲み込まれたからである。

 「ま、マスター!?」
 
 飲み込んだついでに地面に潜ったワーム。
 マスターと共に消えてしまったと思った獅子一人レオハーレムたちは、この町のマスターが死んでしまったら、誰が支援をしてくれるのだろうかと、町の心配をしていた。

 「いやいや、口の中くせえ!」

 ダンジョンに声が響いたと同時に。

 「ディーヴァフレイム!」

 地面から巨大な火柱が出現。 
 地中から上がったのに、天井にまでぶつかる。
 すると当たった所から横に広がるくらいに巨大な火魔法であったのだ。

 「ふぅ。俺の勝ち! つうか加減しないといけないからな。わざと地面に潜ったのは良いけど、こいつの中がくせえわ。どうしよう。俺の身体とか臭いかな。くんくん。うわ。わかんねえ。自分の匂いって分かんねえ。君、どう! そこの君。俺って臭い?」
 「え!?・・・そ、それは。わ、わかりません」

 話しかけられた神官ゾフィは戸惑った。

 「いや、おじさんにはね。正直に言ってほしい。この事態を知らない人に、臭いってね。思われたくないのよ。おじさん、自分の匂いが匂わないからこそ、匂いに敏感なのよ。特に若い女性に嫌われたら嫌でしょ。とにかく世の中で生きていくには無臭が良い。なんか香水とかつけてさ。さらに臭くなったらいやじゃん。汗とかとさ。超反応して臭いとか悲惨だよね。せっかく香水買ったのにね」
 「は、はい。そうですね」

 話がオジサン談議になるクロウである。
 これもまた苦労話。
 
 「あ、そうだ!? こいつ、消滅させちまった。普通に倒せば素材がゲットできたかもしれないのに・・・しまった!? また金欠だぜ。はぁ。失敗した・・・ああ、お金、楽して手に入んねえかな・・・誰か金持ちの美人でも俺を養ってくれねえかな・・・ヒモになりたい」

 お金が欲しいギルドマスターは、今日を無一文でも生きる!
 ギルドマスタークロウは、最強なのにお金で苦労をしている男なのだ。
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