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 夜会の会場となる王宮は、華やかな装飾が施され、大勢の人たちで賑わっていた。
 オーガスタは父の隣に立ち、参集者たちと挨拶を交わした。オーガスタも父もサミュエルの件で気を揉んでいたが、それを社交の場に持ち込むわけにもいかず、お互いその話題には触れなかった。

 夜会は情報交換の場でもあり、広間では様々な噂話が飛び交っている。

「聞きました? 第四王子殿下は体調不良で今日も欠席ですって」
「一度も社交の場に顔を出さないとは、余程の事情があるんだろうか。同じく身体が弱い王女殿下は公務に積極的だというのに、王族として体たらくではないか?」
「なんでも――吸血鬼なんじゃないかって噂があるそうよ。銀色の髪に赤い目をした彼の姿を見たメイドがいるとか」
「おお、怖い怖い。だが、公務に参加しないのは第三王子もだったな」
「あの方は事情がはっきりしてるじゃない。娼婦の子だから、他の王族から敬遠されてるのよ」

 オーガスタの耳に届いたその話題に、思わず冷や汗が流れる。

(吸血鬼……か。一度も会ったことはないけど、怖いな)

 ネリア王国には、数は少ないが――吸血鬼が存在する。人間の血を糧とする彼らは闇夜に潜み、時々人を襲う。銀髪に赤目で、心臓がなく不死であると言われているが、その実態はあまり明らかになっていない。

 すると、オーガスタたちの前にひとりの中年の夫人がやってきて、囁くように言った。

「ねぇ、お二人はご存知なの? サミュエル様が王女様のパートナーとしてこの夜会に参加しておりますわよ」
「「……!」」

 オーガスタと父は絶句した。この国において、社交の場にパートナーとして参加するのは普通、恋人や夫婦、家族に限られる。婚約者を差し置いて別の女性のパートナーになるなど、到底許されることではない。まして、今日の夜会はオーガスタが先約だったのに。

 王女の忠実な近衛騎士だったとしても、その業務範疇をいささか超えているのではないか。

「みんな、ふたりが禁断の仲だと噂しておりますわ。もしそれを承知で黙認されているのならともかく、クレート公爵家の名誉が傷つくのではないかと心配で、お伝えした次第ですの。つい先ほども、大変仲睦まじげに寄り添い合っていて……」
「サミュエル殿はどこにいる?」
「さぁ……分かりませんわ。――では、私はこれで」

 夫人は扇子の奥でふふと微笑んだあと、踵を返した。彼女の瞳にはどこか、好奇心が滲んでいたように見えた。

 他方、父は拳を固く握り締め、怒りに震えている。

「お前はここにいなさい。すぐにあの男を引きずり出して謝罪させる。王女殿下の近衛騎士を辞め、二度と関わらないと言わなければ――破談だ。異論はないね?」
「ありません。父上」

 ダグラスは寂しそうに言う。

「私はただ、お前の幸せを願っているだけだった。あの男では到底、お前を幸せにはできない」
「正直……先ほどのご夫人の言葉が本当なら、彼との信頼関係を修復するのは難しいと思います」
「そうだね。まずは事実を確認しなくては」

 ダラススはオーガスタを置いて、広間を足早に出て行った。オーガスタの母ソフィアはオーガスタが幼いころに病で亡くなり、父は母の分までオーガスタのことを大切に育ててきた。
 サミュエルのこともオーガスタの未来の伴侶として大切にしてきたはずなので、期待を裏切られた心境は相当複雑だろう。

 オーガスタの胸中に、深い霧が立ち込めていく。人々のざわめきが、余裕のないオーガスタにとってはひどく耳障りだった。

(ちょっと、風に当たろう)

 この広間の大窓の向こうはバルコニーになっている。夜風を浴びれば、少しは心が落ち着くかもしれない。
 そう思って、重厚なカーテンを片手で持ち上げ、バルコニーへと出た。

「……だめよ、こんなところで」
「君は本当に可愛いな……。――愛している」

 バルコニーの隅から、男女が親しく話す声が聞こえてきた。その声は聞き覚えがあり、視線を向け唖然とした。

(……やっぱりふたりは、不貞を働いていた)

 ひとり掛けのソファにサミュエルとアデラが座り――口づけを交わしていたのだ。
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