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 今まで、サイン会には欠かすことなく来てくれていたのに。

(それとももしかして……私の作品、飽きられちゃったのかな)

 どんなに夢中になっていたものだって、飽きが来ることがある。仲が良かった恋人に冷めてしまい、別れることがあるように。
 こればかりは理屈ではどうにもならないし、止める方法はない。もう自分の作品がノーブルプリンスマンが読まなくなって、二度と会いに来ないのではないかと想像すると、寂しさが胸に広がった。

「最後の方~中へどうぞ」

 店主に促され、ウェンディの前に現れたのは――待ち焦がれていたノーブルプリンスマンだった。

「お久しぶりです。ウェンディ先生」 
「プリンスマンさん……! こんにちは」

 全身をローブで覆いフードを被っており、口元も隠している。身分を隠していることを最初は疑問に思っていたが、何か事情があるのだと思って詮索はしてこなかった。今はもう慣れたものだが。
 マスクで表情はよく見えないが、優しげな雰囲気が目元から伝わる。

(あれ……この目元、誰かに似ているような……)

 一瞬そんな思いを巡らせていると、ノーブルプリンスマンの声に意識を引き戻される。

「しばらくお会いしてませんでしたが、元気でしたか?」
「はい! ありあまるくらい元気ですよ! まぁ……色々あったんですけど……。それよりプリンスマンさんは? 病気でもしたんじゃないかってすごく心配していたんです」
「僕も実は……色々あって」

『ノーブルプリンスマン』を宛名にサインを書き終えて渡すと、ちょうど持ち時間が終わり、彼が店主に下がるように促される。

「あの、ウェンディ先生!」
「……どうかしました?」
「この後少しお話しませんか? 報告したいことがあって」

 彼はちょうど最後尾だったので、ウェンディの仕事はもうここで終わりだ。誘いを快く承諾すると、彼は「外で待っています」と言って書店を出て行った。



 ◇◇◇



 急いで支度をして書店の外に行けば、彼は壁にもたれかかりながら、ぼんやりと空を見上げていた。憂いを帯びた眼差しが、やはり似ている。

(……こうして見ると、イーサン様にそっくりな目……)

 ウェンディはそっと彼に声をかけた。

「お待たせしました! 近くに公園があるので、そこで話しましょうか」
「はい。お時間をとってしまいすみません」
「そんなそんな。お気になさらず」

 2人で10分ほど歩き、湖畔にある公園に着いた。屋台で買ったホットコーヒーを片手に、ベンチに腰を下ろし、鳥たちの囀りを遠くに聞きながら話をする。

「報告したいことって……なんですか?」
「個人的なことなんですが、実は僕……結婚しまして」
「!」

 彼から告げられた『結婚』というワードに戸惑い、カップを落とす。

「大丈夫ですか? 火傷は……」
「平気です。それよりプリンスマンさんのローブが汚れちゃいました。シミになっちゃう……」
「構いません。ウェンディ先生に怪我がなくてよかった」

 ウェンディは慌てて濡れた場所をハンカチで拭きながら、謝罪した。それから、結婚の報告について詳しく聞く。ウェンディのところに今日こうして来たのは、妻を不安にさせないようにするために、女性作家であるウェンディの元にはもう通わないと伝えるためだった。サイン会も、朗読会も、販売会も、全て。

「……なるほど。報告ってそういうことだったんですね」

 ウェンディはそっと胸に手を当てた。

(思ったより痛くない。――失恋の痛み。もっと苦しいものかと思ったのに)
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