上 下
18 / 52

18

しおりを挟む
 
 イーサンと気まずくなってしまったまま、王妃の誕生日を祝う夜会の日を迎えた。

 エリファレットと口を効くなと言われ、つい咄嗟に反発してしまったが、きっとイーサンがそう言ったのは何か理由があるはずだ。ウェンディは『ノーブルプリンスマン』としてのエリファレットしか知らないが、イーサンは弟として、第1王子のエリファレットを見てきたのだから。
 表面的な面しか知らないのは、自分の方かもしれないのだ。

 鏡台の前でアーデルに髪を結ってもらいながら、反省する。今自分が向き合うべき相手はイーサンなのに、話し合いもせずに逃げてしまったこと。

(今日、イーサン様に謝ろう)

 そう心の中で決心しているうちに、髪形が完成する。今日は長いベージュの髪を後ろでハーフアップにしてもらった。ひとつにまとめるだけではなく、複雑に編み込んであるためこなれた感じがする。編み込みの中に白いパールの飾りを埋めるように差し、きらきらと繊細な輝きを放つ。

 姿見の前に立ち、腰を揺すってふわりとスカートをはためかせると、アーデルが「よくお似合いです」と賛辞を口にした。

「……アーデル。あなたはイーサン様のことをどう思う?」
「不器用で優しい、気の毒なお方です」
「じゃあ、第1王子殿下は?」
「冷酷で危険な人です」
「……そう」

 アーデルの見解は、イーサンがエリファレットに対して抱いていたものとは一致しているが、エリファレットがイーサンに対して言っていた印象とは違った。

「エリファレット様は、特に幼いころから異母弟であるイーサン様を見下していました。暴言を吐くことはもちろん、物を取り上げたり隠したりの嫌がらせに、手を上げることもありました」
「嘘……」
「私が信じられないのは、先日のエリファレット様のご様子です。女性に親切にされているお姿は初めて見ました」

 彼女が語るエリファレットの姿は、ウェンディには想像つかないもので。困惑していると、今度は彼女の方が尋ねてきた。

「ウェンディ様。もしかしてですけど、最近イーサン様と仲違いされているのは、エリファレット様が原因ですか?」
「……うん。そんな感じ。エリファレット様と関わるなって言われて反発したせいで、ちょっと気まずくて」
「私もイーサン様と同意見ですが、それは置いておき……。イーサン様は自分の気持ちを伝えるのが不得意なんです。ウェンディ様の行動を制限したくて、意地悪でそうおっしゃったのではないことは確かです。もう少し、イーサンのお言葉に耳を傾けて差し上げてください。きっと誤解が解けます」

 アーデルの言葉に、そっと目を伏せる。

「……ええ。そうね」



 ◇◇◇



 身支度を整えてエントランスに行くと、すでに支度を済ませたイーサンが待っていた。美しく着飾ったウェンディを見て、目を見開く。

「すごく綺麗だ」
「……ありがとう、ございます」

 直球すぎる褒め言葉に少しだけ恥ずかしくなり、頬を染める。しかし、綺麗なのはイーサンの方だ。ウェンディのドレスに合わせた深緑の礼服を着こなし、いつも下ろしている前髪をセンターパートにセットして、爽やかさを演出している。

「イーサン様こそ、とてもお綺麗です」
「はは、そう? あなたにそう言ってもらえて嬉しいよ」

 彼は恥じらったりせず、ウェンディの賛辞を素直に受け止め、にこと口角を上げた。

 馬車に乗り、1時間、2時間……と時間だけが過ぎていく。向かい合って座るが、2人の間にこれといって会話はない。先日の件でお互い体裁が悪いのだ。

 ウェンディはスカートをぎゅっと握り、上目がちに言った。

「……先日は、申し訳ありませんでした。イーサン様とまともに話し合いもせずに、突っぱねたりして」
「いや……謝るのは僕の方だよ。あなたのことを尊重すると契約を立てておいて、肝心なことを説明せずに、一方的に押し付けようとしたのだから」

 ふるふると首を横に振って否定する。今、2人に必要なのは話し合いだと伝えて。どうしてエリファレットと関わるのを禁止にしようとしたのか。危険視する理由は何かと問う。

「……これは、王族の中でも限られた者しか知らない話なんだけど、国王は、次の王に第1王子ではなく第2王子を据えようと考えておられる」
「……!」
「国王陛下が、第1王子が人格的に王位継承者にふさわしくないと判断されたからだ」

 よほどのことがない限り、王位継承者を変えようという考えには至らない。エリファレットが、国王の信頼を裏切るよほどの何かをしたのだと察した。
 そしてイーサンは、重々しい口調で告げた。

「兄は名誉を挽回して、王位継承権を取り戻すために――ウェンディの小説を利用しようとしている」
「!」

 なんでもエリファレットは、ウェンディに、自分を賞賛する小説を書かせて求心力を上げさせようと画策しているとか。
 だから、エリファレットと関わってはいけないのだと続ける。

「あなたこそ、なぜ兄に肩入れするのか教えてくれ」

 困ったように眉尻を下げる彼に、ウェンディは俯きがちに答える、

「エリファレット様が……私の大事なファンだからです。昔からずっと応援してくれた……」
「ファンだって? いや、そんなはずはない。彼はあなたの本を読んだことはないと言っていたから」
「ええっ!?」

「むしろ兄は……大衆小説を好まないはず」

 衝撃の事実にショックを受ける。ということは、エリファレットはウェンディに取り入るためにファンを装ったということだろうか。それに、ウェンディがよく知るノーブルプリンスマンなら、ウェンディのことを政治利用しようなどと考えないはず。

(エリファレット様は……ノーブルプリンスマンじゃない……?)

 ウェンディがエリファレットを信頼していたのは、彼がノーブルプリンスマンだからだ。もし彼がファンではないとしたら、エリファレットを信じる理由がなくなる。
 イーサンが嘘をついているようには見えなかった。それに彼は、まだ会ってまもないウェンディのことを心から案じているように感じる。

「兄は危ない。僕なんかのことは信じられないかもしれないけど、あなた自身のためにあの男に近づいてほしくないんだ。不安にさせたくなくてあなたに打ち明けるか迷ったんだけどね……」

 ウェンディはそこまで聞いてようやく納得した。そのときちょうど、馬車が到着する。今日の夜会は、王宮から離れた王妃お気に入りの別荘で行われる。敷地にはすでに、多くの馬車が到着していた。

 先に馬車を降りた彼は、こちらに手を差し伸べかけて、迷ってからすぐに戻す。

「私、イーサン様のお話を信じます」
「え……本当に?」
「はい。さ、行きましょう。エスコートしてくれますか?」
「ああ、もちろん。喜んで!」

 手を出すウェンディ。イーサンはぱっと表情を明るくさせて、その手を取った。
 趣ある別荘の外観を少し先に見上げながら思う。

(エリファレット様はプリンスマンさんを語って私を騙したの? 私に求婚したのは何のため? あの笑顔も親切も全部偽物なら……すごく怖いわ)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

処理中です...