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しおりを挟む「第3王子と結婚した!?」
「しっ、声が大きいってば」
街のお洒落なカフェで、ウェンディは親友のリズベットに相談をしていた。リズベットは昔からの幼馴染で、作家ウェンディの読者でもある。元伯爵家の令嬢で、今は侯爵家に嫁ぎひとりの男の子の母親をしている。
イーサンとの結婚が契約であることは、守秘義務があるからもちろん伏せているが、イーサンと結婚したその日に、第1王子エリファレットからも求婚を受けたことを打ち明けると、リズベットは皿のように目を見開いた。
「……最近ちょっと色々ありすぎて、私どうしちゃったのかな? 何か悪いモノが取り憑いてたりするんじゃ……」
婚約破棄から始まり、現実味のないような出来事が立て続けに起きている。
周囲の人たちには聞こえない声の大きさに抑えてこそっと尋ねると、リズベットはチッチッ、と人差し指を振ってから何もかも分かりきったように言った。
「いいえ。これは――モテ期ですわ」
「モテ期!?」
確信をついたような口ぶりで突飛なことを告げられ、口に含んでいた紅茶をぶっと吹き出す。ごほごほと咳き込んでいると、彼女は、人は人生で3回のモテ期が来るのだと続けた。そんな通説、当てになるのかと首を傾げる。
「それに。運命の人に会うとき、その前兆として、病気や失恋などの大きな不幸が起こることがあると言われておりますのよ?」
「……まぁ、大きな不幸ならあったけど……」
大勢の人の前で婚約破棄された、心の傷が疼く。
「2人の麗しの貴公子から言い寄られるなんて、物語の中だけのお話ではなかったのですわね。人気作家様の次作の内容は、禁断の三角関係かしら」
呑気な彼女は、「1ファンとして楽しみにしておりますわ」と優雅にふふと笑った。
リズベットは、小説を書く度に女性目線で感想をくれる。原稿を修正する前に、カフェで話を聞いてもらうことも。
ケークサレをひと口口に運びながら、彼女が言う。
「それで……ウェンディは2人の貴公子のうち、結婚できなかった方のことで悩んでいる――と」
「ち、違……っ」
「わたくしが気づいていないとでも? 感情は理屈ではどうにもならないものです。決して口外はいたしませんわ」
思い入れのあるファン『ノーブルプリンスマン』の正体がエリファレットだったことが引っかかっていることを、リズベットは早々に見抜いていた。
「分からないの。どうしてこんなに胸がざわめくのか。プリンスマンさんのことを考えると、切なくなって……」
どうして自分が結婚したのが、エリファレットではなくイーサンだったのか。なぜ自分はこんなに悩んでいるのか。ウェンディには何も分からなかった。
「……難儀なことですわね」
彼女は同情した様子で眉をひそめる。彼女にはノーブルプリンスマンのことも何度も話しており、ウェンディが彼に思い入れがあることをよく知っている。
すると、リズベットは紅茶のカップをそっと持ち上げ、「これは聞き流していただいて構いませんが」と前置きしてから言った。
「わたくしが思うに……ウェンディ。あなた、そのお方に恋愛感情のようなものを抱いていたのでは?」
「……!」
「あなたが悩んでいる理由は、ファンだったエリファレット殿下のことが気になるから。だから一緒になれるチャンスを逃したことに深く傷ついている」
「…………」
リズベットの推察が、心にぐっさりと刺さる。今までの人生、小説を書くばかりで恋とか愛とかそういうものは一切放ったらかしにしてきた。恋愛経験に乏しいから、自分の感情もよく分からなかったが、彼女の言葉が刺さるということは、その通りなのだろう。
「エリファレット様が気になってるのは……事実。でも、結婚した以上……イーサン様への不義理はできない」
「――なら、エリファレット殿下への想いは心の奥におしまいなさい」
「そう……だよね」
親友であるリズベットは、ウェンディが今日ここに彼女を呼び出した理由を、本人以上に見抜いているのかもしれない。『諦めろ』と言ってほしかったのだ。はっきり言われて、心が少しすっきりする。
「……わたくしも同じでしたわ」
「……」
リズベットは同情した様子で目を伏せた。彼女は侯爵に嫁ぐことが小さなころから決まっていたが、別の男が好きだった。侯爵家に嫁いでまもないころの彼女はげっそりと痩せて、見ていられないほどの落ち込み方だったのを覚えている。
リズベットはその男への片思いを引きずっていたが、いつの間にか侯爵のことを愛するように。そして、例の男は実は過去に犯罪を起こしていて、それが露見し今は捕まっていると語った。
「……世の中には縁というものがあります。これにも何か意味があるとわたくしは感じますわ」
そして――リズベットの直感は、後々当たることになる。
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