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しおりを挟む「おい!! 一体どういうつもりだ! イーサン!」
王宮の離れにて、数名の護衛を付き従えたエリファレットが、イーサンの寝室の扉をばんっと開け放つ。
寝台でクッションにもたれながらウェンディの小説を読んでいたイーサンが、忌々しそうに顔を上げる。外した眼鏡をサイドテーブルに置き、閉じた本を片手に寝台を下りた。
エリファレットはずかずかと汚れた靴で絨毯を踏み歩き、イーサンのナイトウェアの襟元を掴み上げる。
「手荒な真似はおやめください。兄上。こんな夜中に押しかけてきて謝罪のひと言もないのは、礼儀に欠けるのでは?」
「黙れ! そんなことはどうでもいい。それよりも説明しろ! ウェンディ・エイミスの婚姻を結んだというのはどういうつもりだ!?」
せっかくの毎夜のルーティンの読書時間を邪魔され、ただでさえ不愉快なのに、エリファレットの耳障りな怒鳴り声が、がんがん頭に響く。
「別に、そのままですよ。彼女に求婚し、正式に婚姻を結んだ。何か問題でも?」
「ふざけるな。あの娘の婚約を破棄させるために俺が根回ししていたことを知っていたくせに」
「はは。ええ、知っていました。あなたがウェンディ先……さんを軟禁して、自分の評判を上げるための小説を書かせようとしていらしたこともね」
イーサンは唇に乾いた笑いを浮かべた。
ウェンディが公開婚約破棄されたのは、エリファレットの思惑が背景にあった。侯爵家の令嬢エリィに好意を抱いていた元婚約者のロナウドをそそのかして、想い人と結婚できるように環境を整えると約束した。実際に、ロナウドを婿入りさせるように侯爵夫妻に口添えまでした。
そして、ウェンディが社交界で孤立させるため、女として欠陥があると見せしめるかのように公の場で恥をかかせたのだ。
「彼らがうまくいくとは思えません。リューゼラ侯爵家は多額の借金を抱えている。その事実を伏せて婚姻を斡旋したようですが、すぐに明らかになるでしょう」
ロナウドに、多額の借金を返していくような気概はないように思えてならなかった。
「あの男はただの駒に過ぎない。不幸になろうとどうでもいい」
彼はいつも、利用するだけ利用して、役に立たなくなったら残酷に切り捨ててきた。――元妃でさえも。
(……つくづく、横暴で冷酷な人だ)
呆れたように冷めた眼差しを向ける。次期国王の地位を失ったのは、そういうところだぞ――と。
「ウェンディ先……さんに、兄上を讃えるような小説は書かせません。……それに、あなたは一度だって彼女の本を読んだことなどないんでしょう」
「大衆小説は下賎の民の卑しい娯楽だ。興味もない」
卑しい娯楽とばっさり切り捨てる彼。ウェンディの小説を馬鹿にされて腹が立ち、拳をぎゅっと握り締める。
「彼女の物語は、誰かの心に寄り添い、励ましてくれるものです」
「そして――孤独な王子の心を慰めたってか?」
「……はい」
イーサンは王宮の中で孤立していた。なぜなら、半分は高貴な王族の血、半分は賎しい娼婦の血が流れているからだ。婚外子のイーサンは本邸に居住することができず、離れでひっそりと息を潜めて暮らしてきた。
生きているだけで懐疑的な目を向けられる。罪人のように生きる日々の中、イーサンにとってウェンディの物語だけが楽しみだった。
「だから、彼女を政治利用するなど――絶対に許しません。僕が絶対にさせない」
「お前に何ができるって言うんだ! 賎しい売女の血を引いた紛い物のくせに!」
「紛い物で結構」
婚外子であろうと、半分は王族。王族としての権利は有している。これまで他の王子たちの顔色を窺い、決して自分の主張をすることはしてこなかったが、ウェンディに手出ししようとするなら見逃すことはできない。
エリファレットにも体裁がある。王子の妻であれば、ウェンディに簡単に手出しできないだろう。
イーサンは鋭い眼差しで兄を射貫き、はっきりと告げる。
「父上の評価を挽回し、王位を継ぎたいのなら――楽をしようとしないで、自分の力を尽くすべきです」
「~~~~! ……半分偽物のくせに、生意気な……!」
彼は怒りで顔を真っ赤にし、歯ぎしりした。八つ当たりするようにイーサンの手から本を奪い上げ、床に叩きつけて部屋を出て行った。
叩きつけられてページが広がった小説。その表紙裏には、この本の著者であるウェンディのサインが書かれてきた。
その宛名は――『ノーブルプリンスマン』だった。
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