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「終わった……私の人生、完全に詰んだ……」

 移送馬車に揺られながらウェンディはひとり、ぼそぼそと呟く。手錠で拘束された手で頭を抱えた。

(国家反逆とか、ナイナイ。ありえないでしょ!)

 捕まってからの二時間、生まれて自我が芽生えてからの今までの人生を振り返ってみた。
 ウェンディだって人間だから、時には惰眠を貪ったり、仕事を後回しにしたり、お菓子を夕食の前につまみ食いしたり、ちょっとした悪いことはしてきた。――でも。国家反逆などという、一発で首が飛ぶような悪いことはした覚えがない。本当に、ウェンディの人生は部屋に閉じこもって本を読んだり書いたりするだけだったのに。

 そんなことを考えてるいるうちに、馬車は到着した。留置所や裁判所ではなく、到着したのは――王宮。

 訳も分からないまま、騎士に馬車を下ろされ連行される。ウェンディは恐怖でだらだらと汗を垂れ流していた。

「ど、どこに連れて行くつもりですか?」
「無駄口を効くな。黙って着いてこい」
「ひっ、はい分かりました! 黙ります!」

 乾いた笑みを浮かべてそう返す。覚束ないあしどりのまま、荘厳豪華な王宮内を引っ張られ、放り込まれたのは広間だった。王族を含めた上流階級が社交の場に使うような贅沢な空間で、頭上に大きなシャンデリアが輝いている。

 へたり込んで両手を床に着けると、白い大理石に自分の情けない表情な写っていた。

(……これから、どうなっちゃうんだろう)

 きゅっと唇を引き結ぶ。たとえ冤罪だったとしても、国家反逆罪が確定したらまず命はない。下級貴族であるエイミス男爵家は一族もろとも根絶やしにされるのだ。
 不安が込み上げてきて、じわりと目に涙が浮かんだ。そのとき、広間の奥から靴音が近づいて来た。


「ずっと会いたかったよ。――ウェンディ先生?」


 身をかがめてこちらに囁いたのは、ウェンディが今まで見てきた中でとりわけ美しい青年だった。さらさらとした絹のような金髪に、完璧に整った顔立ち。緑色の瞳は、水分量が多いのかやけに光っているように見えた。年齢はウェンディよりは少し下だろうか。『ウェンディ先生』と呼ぶ声も、清涼水のように爽やかで綺麗だ。

(ずっと会いたかったってどういうこと……? それにこの声、どこかで聞いたことがあるような……)

 懐かしいような、よく聞き慣れたような、そんな声。けれど、こんなに派手な見た目の人なら、一度でも会っていれば忘れないだろう。彼とは初対面のはず。
 会いたかったとはどういうことですかと尋ねると、彼はこちらと目線を合わせるようにしゃがみ、ウェンディの顎を指で持ち上げた。

「ずっと顔を拝んでやりたかったんだ。この僕を――第3王子イーサン・ベルジュタムを侮辱した小説を書いたのがどんな人なのかね」
「侮辱する、小説……?」

 イーサンは一見人好きのしそうな笑顔を浮かべているが、その瞳は全く笑っていない。ごくんと固唾を飲むウェンディ。彼は、顔を覗き込むように近づいてくる。

「とぼけても無駄さ。あなたの著作『嫌われ者の王子様』の主人公イザルは――勝手に僕をモデルにしているでしょ?」

 想定外の疑いに、目を瞬かせた。

「いや……してませんけど」



 これが、ウェンディの運命の出会いだった。彼女の物語のような恋が動き出しているのを、本人はまだ――全然気づかない。
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