【完結】私のことはお構いなく、姉とどうぞお幸せに

曽根原ツタ

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 そして、一同はラウリーン公爵邸に到着した。ペリューシアの親友であるルーシャとロゼは、このパーティーの招待状を偽物のペリューシアから受け取っている。
 ルーシャが検問所で招待状を見せると、ネロとペリューシアは付き人としてあっさり通過が認められた。普通であれば、身体チェックがくまなく行われるはずだが、それすらなく。

「あの……身体検査などはなさらないのですか?」
「馬鹿っ、黙ってればいいのに」

 正直なペリューシアが、検問所に立っている騎士にそう尋ねると、ロゼがペリューシアを叱責する。すると騎士は、恭しく言った。

「旦那様からルーシャ様とロゼ様は、検問せずにお通しするようにと申し付けられておりますので」

 彼の言葉を聞いて、ペリューシアは首を傾げる。

(お父様がなぜそのようなことを……?)

 まるで、父が今回の計画を知っていて、協力しているようではないか。けれど一旦その疑問は頭の片隅に追いやり、移動をした。

「あっちがパーティー会場よ」

 エントランスで、広間の方を指差すペリューシア。ここから先、ルーシャとロゼとは別行動になる。
 ロゼはペリューシアの腕に手を添えて、励ましの言葉を口にした。

「健闘を祈っているわ」
「ありがとう、ロゼ。次に会うときはきっと……」

 本当の姿で、という言葉は、喉元で留める。ロゼは聞かずともその先を推測して頷く。

「ええ、待ってる」

 そしてペリューシアは、ネロとともに広間とは逆方向に向かい始めた。だだっ広い廊下をふたりで歩きながら言う。

「思い当たる部屋をいくつか案内するわ。もし魔道具の気配がしたら教えてちょうだい」
「ああ、分かった」

 魔道具は、使用していることが知られたら即刻逮捕される代物だ。ロレッタはきっと、目の届く場所で保管しているはず。書斎、音楽部屋、衣装部屋、寝室など、いくつかの候補を回ってみるとしよう。

 この屋敷には、現在のペリューシアの姿であるロレッタをよく知る者が多い。変装してきているとはいえ、じっくり見られたら正体がバレてしまうかもしれない。
 だから、できるだけすれ違う使用人達と視線を合わせないようにした。

 そしてまず、衣装室の前で止まる。

「ここは衣装部屋よ。どう? 魔力の気配はする?」
「いや、ここにはなさそうだ」

 ネロは首を横に振る。

「そう。なら、次に向かいましょう」

 続いて書斎と音楽部屋に訪れたが、残念ながら魔力を感知することはできなかった。

 ロレッタがよく過ごしている部屋の最後の候補、セドリックとの共同寝室。薄い敷居で仕切られているが、ふたりはその部屋で一緒に寝ている。元はといえば、結婚式後にペリューシアが使うはずだった場所。

 そして寝室の前に立ったとき、ネロは表情を険しくさせて、鋭い眼差しで、重厚な扉を射抜いた。

「……ここだ」

 彼の呟きとともに、ふたりの間に緊張感が走る。ペリューシアはぐっと喉の奥を鳴らし、扉に手をかけた。

(あ)

 鍵がかかっていて、開かない。ペリューシアは首を横に振り、鍵がかかっている旨を彼に伝える。

「管理室に鍵を取りに行かないと」
「その必要はないぜ。俺に任せな」
「ネロ……?」

 彼は懐から大量の鍵の束を取り出して、鍵穴の前にしゃがみ込む。そして、ひとつひとつ確かめていき、とうとう寝室の部屋の鍵を探し当てた。

(どうしてネロが、我が家の鍵を持っているの……!?)

 ペリューシアは頭の中に大量の疑問符を浮かべる。呆気にとられ、目を瞬かせていると、ネロが言った。

「遅い。ぼさっとしてないでさっさと中に入れ」
「え、ええ」

 そしてふたりは、寝室に入った。



 ◇◇◇



「なんだこの悪趣味な部屋は」

 部屋に入ったネロの第一声はそれだった。どこもかしこも、赤い色に染まっている。派手好きなロレッタらしいが、寝室にはそぐわないデザインだ。

 敷居があるものの、大きな寝台がふたつ並んでいる。体裁を守るために仲の良い夫婦を演じているセドリックたちは、ここで一緒に眠っているのだ。そして、ロレッタは妊娠した。

(ここで、お姉様とセドリック様は……)

 ペリューシアはきゅっと唇を引き結ぶ。しかし、切ない思いをしまい込み、ネロに問う。

「それより……どうして鍵を持っていたの?」
「あんたの父親に借りた」
「え……」
「ラウリーン公爵家に、王家から今回の事の仔細を報告している。あんたの両親は、事情を理解している」

 ペリューシアは目を大きくした。
 ネロは王家を通して、入れ替え天秤によって引き起こされた事件について、公爵家に報告書を送っていた。父は納得し、ロレッタを警戒させないように、気付かないふりをしながらネロに協力する意志を示したという。

 すんなり検問所を通過できたことや、ネロが鍵を持っていたことに違和感を感じていたが、そこでようやく納得した。

「お父様は……全部知っているのね」
「ああ。今日も俺たちが回収を行えるように、色々と図らってくれたよ」

 両親が理解してくれていたことに安堵する。
 そして、ペリューシアは目を伏せながら言った。

「ひとつ聞きたいことがあるのだけれど、いい?」
「なんだ?」
「魔道具の回収は……いつからしているの?」
「十歳過ぎたあたりだったかな」

 一体どうして、十歳かそこらの子どもに、こんな大変なことをさせたのだろうか。今回はラウリーン公爵家の協力があるが、いつでも助力を得られるわけではないはず。

 古代魔道具を盗む人なんて、まともな神経の人ではない。その相手から魔道具を取り返すのは、危険が伴うはずだ。

「今まで無事に生きてこられたのは、奇跡みたいなものよ。どうしてネロひとりが責任を押し付けられているの? 誰かひとりでも、力になってくれる人はいなかったの?」
「いないな。俺は国王にとって、数ある盤上の駒のひとつに過ぎない。いつ死んでもいいと……思われたってことさ」

 ネロの過去を思って悲しげに眉をひそめると、彼はペリューシアの頭をわしゃわしゃと掻き撫でた。

「そんな顔すんな。忘れちゃいないぜ。いくらでも替えが利く消耗品の駒でも、心にかけてくれる人間がいるってこと」

 そう言ってどこか嬉しそうに目を細めるネロを見て、ペリューシアの胸はまた甘やかに締め付けられた。

 頭に感じるずっしりとした手の重みや温かさが心地良い。ペリューシアは会話を続けることで、その感情をごまかそうと試みる。

「それで、魔道具の気配は?」

 ネロは目を閉じて手をかざし、意識を集中させる。そして、部屋の中央に佇む寝台まで歩み、下方に手を入れ持ち上げた。

 起こされた寝台の裏は四角くくり抜かれていて、そこに木製の箱が埋め込まれていた。ネロはそれを丁寧な仕草で引き出し、蓋を開ける。

「――見つけた。これだ」

 箱の中には、金でできた天秤が収められていた。古びてはいるが、細部の装飾までこだわりが感じられ、中央にはいくつも宝石が埋め込まれている。
 そして、精巧な絵が描かれたふたつの皿にはペリューシアとロレッタの髪が載っている。

(これが……入れ替え天秤)

 この道具を無効化する方法は、両方の皿に載った術者たちの身体の一部を退かすこと。
 しかし、ふたりの髪は強力な接着剤で張り付いていた。

「簡単に取れそうにないな」
「無理に力を加えたら、天秤を壊してしまうかもしれないわ」
「見たところこの接着剤はおそらく、熱に弱いものだ。沸騰したお湯に入れれば剥がせるはず」
「では、蒸留室へ行きましょう。お湯を用意できるわ」

 ネロは入れ替え天秤を再び箱の中にしまって、適当な布で包む。

「蒸留室に行って魔術を解除したあとだが……まだやることがある」
「やること……?」
「そうだ。……ペテュ。あんたにひとつ、言っておかないといけないことがある」

 するとネロは、いつになく真剣な眼差しでこちらを見つめた。そしてどこか、決まり悪そうに口を開く。

「落ち着いて聞いてくれ。あんたには、入れ替え天秤の他にももうひとつ、別の魔術がかかっている」
「……!? そ、それはどういう……」
「詳しいことは移動しながら説明する。行くぞ」

 そして、起こした寝台を元に戻し、寝室を出ようとしたときだった。ネロの形の良い眉の間に、しわができる。

「誰か来る」
「え……」
「魔力の気配……。そいつも魔道具を持ってる」

 ネロは険しい表情を浮かべながらそう呟き、ペリューシアの腕を強引に引っ張る。そして、クローゼットの中に押し込んだ。

「きゃっ――」
「ここは俺に任せて、あんたは必ず蒸留室に行ってそいつを無効化しろ。いいな、くれぐれもここに来た目的を忘れるな」

 彼はこちらに入れ替え天秤を預けたあと、唇の前に人差し指を立てる。それは、母親か子どもを諭すような仕草で、『静かにしていろ』という意味なのだと理解した。

 こちらに有無も言わさずネロがクローゼットの扉を閉めたのと、寝室に複数人が入ってきたのは、ほぼ同時だった。

「――君、ここで何しているの?」

 クローゼットの中でその声を聞いたペリューシアは、目を見開く。

(この声、セドリック様だわ……)
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