上 下
27 / 35

27

しおりを挟む

 そして、一同はラウリーン公爵邸に到着した。ペリューシアの親友であるルーシャとロゼは、このパーティーの招待状を偽物のペリューシアから受け取っている。
 ルーシャが検問所で招待状を見せると、ネロとペリューシアは付き人としてあっさり通過が認められた。普通であれば、身体チェックがくまなく行われるはずだが、それすらなく。

「あの……身体検査などはなさらないのですか?」
「馬鹿っ、黙ってればいいのに」

 正直なペリューシアが、検問所に立っている騎士にそう尋ねると、ロゼがペリューシアを叱責する。すると騎士は、恭しく言った。

「旦那様からルーシャ様とロゼ様は、検問せずにお通しするようにと申し付けられておりますので」

 彼の言葉を聞いて、ペリューシアは首を傾げる。

(お父様がなぜそのようなことを……?)

 まるで、父が今回の計画を知っていて、協力しているようではないか。けれど一旦その疑問は頭の片隅に追いやり、移動をした。

「あっちがパーティー会場よ」

 エントランスで、広間の方を指差すペリューシア。ここから先、ルーシャとロゼとは別行動になる。
 ロゼはペリューシアの腕に手を添えて、励ましの言葉を口にした。

「健闘を祈っているわ」
「ありがとう、ロゼ。次に会うときはきっと……」

 本当の姿で、という言葉は、喉元で留める。ロゼは聞かずともその先を推測して頷く。

「ええ、待ってる」

 そしてペリューシアは、ネロとともに広間とは逆方向に向かい始めた。だだっ広い廊下をふたりで歩きながら言う。

「思い当たる部屋をいくつか案内するわ。もし魔道具の気配がしたら教えてちょうだい」
「ああ、分かった」

 魔道具は、使用していることが知られたら即刻逮捕される代物だ。ロレッタはきっと、目の届く場所で保管しているはず。書斎、音楽部屋、衣装部屋、寝室など、いくつかの候補を回ってみるとしよう。

 この屋敷には、現在のペリューシアの姿であるロレッタをよく知る者が多い。変装してきているとはいえ、じっくり見られたら正体がバレてしまうかもしれない。
 だから、できるだけすれ違う使用人達と視線を合わせないようにした。

 そしてまず、衣装室の前で止まる。

「ここは衣装部屋よ。どう? 魔力の気配はする?」
「いや、ここにはなさそうだ」

 ネロは首を横に振る。

「そう。なら、次に向かいましょう」

 続いて書斎と音楽部屋に訪れたが、残念ながら魔力を感知することはできなかった。

 ロレッタがよく過ごしている部屋の最後の候補、セドリックとの共同寝室。薄い敷居で仕切られているが、ふたりはその部屋で一緒に寝ている。元はといえば、結婚式後にペリューシアが使うはずだった場所。

 そして寝室の前に立ったとき、ネロは表情を険しくさせて、鋭い眼差しで、重厚な扉を射抜いた。

「……ここだ」

 彼の呟きとともに、ふたりの間に緊張感が走る。ペリューシアはぐっと喉の奥を鳴らし、扉に手をかけた。

(あ)

 鍵がかかっていて、開かない。ペリューシアは首を横に振り、鍵がかかっている旨を彼に伝える。

「管理室に鍵を取りに行かないと」
「その必要はないぜ。俺に任せな」
「ネロ……?」

 彼は懐から大量の鍵の束を取り出して、鍵穴の前にしゃがみ込む。そして、ひとつひとつ確かめていき、とうとう寝室の部屋の鍵を探し当てた。

(どうしてネロが、我が家の鍵を持っているの……!?)

 ペリューシアは頭の中に大量の疑問符を浮かべる。呆気にとられ、目を瞬かせていると、ネロが言った。

「遅い。ぼさっとしてないでさっさと中に入れ」
「え、ええ」

 そしてふたりは、寝室に入った。



 ◇◇◇



「なんだこの悪趣味な部屋は」

 部屋に入ったネロの第一声はそれだった。どこもかしこも、赤い色に染まっている。派手好きなロレッタらしいが、寝室にはそぐわないデザインだ。

 敷居があるものの、大きな寝台がふたつ並んでいる。体裁を守るために仲の良い夫婦を演じているセドリックたちは、ここで一緒に眠っているのだ。そして、ロレッタは妊娠した。

(ここで、お姉様とセドリック様は……)

 ペリューシアはきゅっと唇を引き結ぶ。しかし、切ない思いをしまい込み、ネロに問う。

「それより……どうして鍵を持っていたの?」
「あんたの父親に借りた」
「え……」
「ラウリーン公爵家に、王家から今回の事の仔細を報告している。あんたの両親は、事情を理解している」

 ペリューシアは目を大きくした。
 ネロは王家を通して、入れ替え天秤によって引き起こされた事件について、公爵家に報告書を送っていた。父は納得し、ロレッタを警戒させないように、気付かないふりをしながらネロに協力する意志を示したという。

 すんなり検問所を通過できたことや、ネロが鍵を持っていたことに違和感を感じていたが、そこでようやく納得した。

「お父様は……全部知っているのね」
「ああ。今日も俺たちが回収を行えるように、色々と図らってくれたよ」

 両親が理解してくれていたことに安堵する。
 そして、ペリューシアは目を伏せながら言った。

「ひとつ聞きたいことがあるのだけれど、いい?」
「なんだ?」
「魔道具の回収は……いつからしているの?」
「十歳過ぎたあたりだったかな」

 一体どうして、十歳かそこらの子どもに、こんな大変なことをさせたのだろうか。今回はラウリーン公爵家の協力があるが、いつでも助力を得られるわけではないはず。

 古代魔道具を盗む人なんて、まともな神経の人ではない。その相手から魔道具を取り返すのは、危険が伴うはずだ。

「今まで無事に生きてこられたのは、奇跡みたいなものよ。どうしてネロひとりが責任を押し付けられているの? 誰かひとりでも、力になってくれる人はいなかったの?」
「いないな。俺は国王にとって、数ある盤上の駒のひとつに過ぎない。いつ死んでもいいと……思われたってことさ」

 ネロの過去を思って悲しげに眉をひそめると、彼はペリューシアの頭をわしゃわしゃと掻き撫でた。

「そんな顔すんな。忘れちゃいないぜ。いくらでも替えが利く消耗品の駒でも、心にかけてくれる人間がいるってこと」

 そう言ってどこか嬉しそうに目を細めるネロを見て、ペリューシアの胸はまた甘やかに締め付けられた。

 頭に感じるずっしりとした手の重みや温かさが心地良い。ペリューシアは会話を続けることで、その感情をごまかそうと試みる。

「それで、魔道具の気配は?」

 ネロは目を閉じて手をかざし、意識を集中させる。そして、部屋の中央に佇む寝台まで歩み、下方に手を入れ持ち上げた。

 起こされた寝台の裏は四角くくり抜かれていて、そこに木製の箱が埋め込まれていた。ネロはそれを丁寧な仕草で引き出し、蓋を開ける。

「――見つけた。これだ」

 箱の中には、金でできた天秤が収められていた。古びてはいるが、細部の装飾までこだわりが感じられ、中央にはいくつも宝石が埋め込まれている。
 そして、精巧な絵が描かれたふたつの皿にはペリューシアとロレッタの髪が載っている。

(これが……入れ替え天秤)

 この道具を無効化する方法は、両方の皿に載った術者たちの身体の一部を退かすこと。
 しかし、ふたりの髪は強力な接着剤で張り付いていた。

「簡単に取れそうにないな」
「無理に力を加えたら、天秤を壊してしまうかもしれないわ」
「見たところこの接着剤はおそらく、熱に弱いものだ。沸騰したお湯に入れれば剥がせるはず」
「では、蒸留室へ行きましょう。お湯を用意できるわ」

 ネロは入れ替え天秤を再び箱の中にしまって、適当な布で包む。

「蒸留室に行って魔術を解除したあとだが……まだやることがある」
「やること……?」
「そうだ。……ペテュ。あんたにひとつ、言っておかないといけないことがある」

 するとネロは、いつになく真剣な眼差しでこちらを見つめた。そしてどこか、決まり悪そうに口を開く。

「落ち着いて聞いてくれ。あんたには、入れ替え天秤の他にももうひとつ、別の魔術がかかっている」
「……!? そ、それはどういう……」
「詳しいことは移動しながら説明する。行くぞ」

 そして、起こした寝台を元に戻し、寝室を出ようとしたときだった。ネロの形の良い眉の間に、しわができる。

「誰か来る」
「え……」
「魔力の気配……。そいつも魔道具を持ってる」

 ネロは険しい表情を浮かべながらそう呟き、ペリューシアの腕を強引に引っ張る。そして、クローゼットの中に押し込んだ。

「きゃっ――」
「ここは俺に任せて、あんたは必ず蒸留室に行ってそいつを無効化しろ。いいな、くれぐれもここに来た目的を忘れるな」

 彼はこちらに入れ替え天秤を預けたあと、唇の前に人差し指を立てる。それは、母親か子どもを諭すような仕草で、『静かにしていろ』という意味なのだと理解した。

 こちらに有無も言わさずネロがクローゼットの扉を閉めたのと、寝室に複数人が入ってきたのは、ほぼ同時だった。

「――君、ここで何しているの?」

 クローゼットの中でその声を聞いたペリューシアは、目を見開く。

(この声、セドリック様だわ……)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

真実の愛の言い分

豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」 私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。

国王の情婦

豆狸
恋愛
この王国の王太子の婚約者は、国王の情婦と呼ばれている。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

あなたには彼女がお似合いです

風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。 妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。 でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。 ずっとあなたが好きでした。 あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。 でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。 公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう? あなたのために婚約を破棄します。 だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。 たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに―― ※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

【完結】都合のいい女ではありませんので

風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。 わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。 サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。 「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」 レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。 オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。 親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。 ※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

処理中です...