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 ペリューシアの誕生日パーティー当日。
 ペリューシアはルーシャの屋敷で身支度を整えていた。自分の誕生日を祝うためにパーティーに参加するなんて、なんだか妙な心地だ。

(お姉様の顔だと、どんなドレスも栄えるわね……)

 使用人たちにドレスを着せてもらい、姿の前で確認する。装飾が少なくて落ち着いた色合いの衣装なのに、元の素材がいいロレッタが着ると途端に華やかになる。
 けれど、いつまで経っても鏡から離れようとせず、うっとりと姿見を眺めていたら、使用人たちに気味悪がられてしまった。

「あ、あの……お嬢様、いつまでそうしてお鏡を見ていらっしゃるおつもりですか?」
「ごめんなさい。あまりにも美しくてつい……」
「はぁ……。お着替えが済みましたのでお化粧に移りますね」

 そして、化粧をしてそばかすを描き、かつらをかぶって、ロレッタと分からないように変装していく。

 今日は、ルーシャの付き人として、誕生日会に参加することにした。もともとは、招待客に紛れてネロがひとりで屋敷に侵入し、入れ替え天秤を回収する予定だった。けれど、ペリューシアが自分も手伝いたいと駄々をこねたら、しぶしぶ納得してくれたのだ。

「ロレッタ様、お支度は終わりましたか?」

 コンコン、というノックの音とともに、扉の向こうからルーシャの声がした。一応彼女には、面倒がないように人前ではロレッタとして接してもらっている。

「着替えがちょうど済んだところよ。――どうぞ」

 入室を促すと、身支度を終えたルーシャが中に入ってきた。

「ロゼとネロさんも支度を済ませてエントランスでお待ちです」
「まぁ、お待たせしてしまって悪いわね。わたくしもすぐに向かうわ」
「ふふ、まだ時間がありますから、慌てなくて結構ですよ。私も皆さんとエントランスにいますからね」
「分かったわ」

 公爵家を追い出されたペリューシアにお金がないと推測したのか、ルーシャはドレスや装飾品を一式用意してくれた。そして、ネロの礼服まで手配してくれたのだった。

 支度を終えてペリューシアが慌ててエントランスに向かうと、同じく準備を済ませたルーシャたちが待っていた。

 ネロと視線がかち合ったとき――どきんと大きく心臓が跳ねる。いつも白いシャツにスラックスといったシンプルな格好して、ローブで姿を隠しているが、正装姿だと印象ががらりと変わる。

(まただわ……。心臓が言うことを聞いてくれない)

 黒を基調とした上質な礼服を身にまとい、まるで絵画から飛び出してきたように洗練された美しさを放っている。
 そして、丸い眼鏡をかけていて、レンズ越しに見える瞳の色が赤ではなく茶色になっていた。

(あら……瞳の色が違う……)

 螺旋階段を降りて、ネロたちがいる場所へと向かった。ネロが真っ先にこちらに歩いてきて、苦言を呈す。

「随分と遅かったな」
「ご、ごめんなさい」
「さてはあれだ、便秘だろ」
「ち、違うわよ……! デリカシーないんだから。ところでネロ、その瞳は――むぐ」
「しっ」

 すると彼は、人差し指でペリューシアの柔い唇を塞ぐ。彼は、エントランスにいるルーシャとロゼに聞こえないように、こちらの耳元で囁いた。

「この眼鏡には特殊な加工が施されていて、瞳の色が違って見えるんだ。余計な面倒は御免だからな。俺の目のことは黙っていてくれ」
「分かったわ」

 鼓膜に直接注がれ、温かい吐息が耳たぶを掠める。その刺激によって頭が真っ白になりかけるが、なけなしの理性を掻き集めて頷く。

 赤い瞳は、魔の象徴とされ、人々からの差別の対象となる。たとえ、ルーシャとロゼが差別しないとしても、あまりその目を他人に見せたくないのだろう。
 しかしそこで、ふと気になることが。今度はペリューシアが、ネロにそっと耳打ちする。

「ならどうして、わたくしの前でその眼鏡をかけていなかったの?」
「最初にあんたに会う直前、眼鏡を落して割ったんだ。どうせ見られちまったからには、隠す意味もないだろ?」
「なるほど。ネロってうっかりさんなところがあるわよね」
「いつもうっかりしてるあんたには言われたくない」

 ネロはペリューシアの頬を軽くつねる。
 ふたりでひそひそと内緒話をしていると、ロゼが言った。

「そこふたり。なーにこそこそ話してるの? 随分と楽しそうね」

 ペリューシアとネロの返事が、ぴったりと重なる。

「なんでもないわ」
「なんでもない」

 ふたりの息ぴったりの様子に、ロゼはからかうような笑みを浮かべる。そして一同は、ラウリーン公爵邸へと向かったのだった。



 ◇◇◇



 ラウリーン公爵邸に向かう馬車に、ペリューシアとネロ、ルーシャにロゼは同乗していた。窓の外に見慣れた公爵領の景色が見えるようになったころ、四人は今日の作戦を確認する。

「ルーシャとロゼは、付き人として俺らを公爵家の敷地に侵入させたらお役御免だ。そのあとは俺とペテュのふたりで魔道具の捜索にあたるが……。ペテュ、くれぐれも俺の足を引っ張るなよ。廊下で転んでも泣いたりしないように」

 ネロがからかうように片眉を上げ、ペリューシアはムキになって言い返す。

「その言い方は何? わたくしはネロに協力するために付いてきたのに」
「俺は別に、最初から手伝ってほしいなんて言ってない。あんたが無理やり付いてきたんだろ」
「それは……。だって、今回の件はわたくしの問題でもあるから……」
「あんたの手を借りるくらいなら、猫の手を借りる方がまだ役に立ちそうだ」
「ひどい……っ!」

 ペリューシアは長らくあの屋敷に住んでいたため、建物の構造にも詳しい。人通りの少ない廊下や、それぞれの部屋の用途、非常口まで熟知しているため案内役となった。
 ペリューシアはわずかに口ごもったあと、咳払いをして気を取り直す。

「――と、とにかく。ラウリーン公爵家の警備体制はとっても厳しいわ。検問所を無事に通れるかどうか」
「それなら大丈夫、問題ない。すでに――手は打ってある」

 ネロがそうはっきりと断言するので、ペリューシアはどういうわけかと首を傾げる。

「手を打ったって……どういうこと?」
「とにかく、俺たちの安全は確保してあるってことだ。――それから、あの屋敷の外から古代魔道具の気配を感知している。恐らく入れ替え天秤はロレッタの手の届く場所で管理されているはずだ」
「それを見つけ次第、無効化するのよね」
「ああ、その瞬間、あんたとあんたの姉さんの身体は入れ替わる」

 元の身体に戻りたい。
 それだけを一心に願い続けてきたが、心に影が差す。

(もし、無事に無効化ができたら……。ネロとはもう会えなくなるのかしら)

 ネロと出会ってから二ヶ月間を振り返る。年上相手に無礼で生意気だけれど、悪人というわけではなかった。一緒にいると素の自分でいられて、悩みさえも忘れていつの間にか自然と笑っている。ペリューシアの境遇に同情し、力になろうとしてくれた。

 それでも、赤い目を持つことで苦労してきた過去があるのだろう。猜疑心と警戒心が強く、人を信頼できないようだった。
 ネロと過ごすうちに、彼が心に抱える孤独に気づき……癒してあげたいと思うようになっていた。

 任務を終えた彼とは、もう会えなくなるかもしれない。そう考えただけで胸が切なくなって、ぎゅっと締め付けられる。

(いつの間にかわたくしにとってネロが……大切な存在になっていたのね)

 痛む胸を抑えながら嘆息したとき、今度はルーシャが言った。

「ペリューシアが家を追い出されたきっかけは、ペリューシアの身体に入ったロレッタ様の妊娠でしたのよね? そろそろ安定期に入るころでしょうし、もしや、今日の誕生日パーティーで発表なさったりするのでしょうか」
「ていうか、人の身体を奪って妊娠するとか……一体どういう神経をしてるのかしら。信じらんないわ全く」

 ルーシャとロゼの話を聞き、ペリューシアはスカートを握り締める。

(元の身体に戻ったら……わたくしはセドリック様との子の母親に……?)

 無惨に捨てられていたクッキーが脳裏に浮かび、ほの暗い気持ちになる。自分で望んでセドリックの妻になったはずなのに、心が揺らいでいた。

(何を悩んでいるのよ、ペリューシア。セドリック様と結婚することは、わたくしが望んだことじゃない。あの人と一緒にいることが、一番幸せな……はずなのに)

 ペリューシアが複雑そうな表情で目を伏せたのを、ルーシャとロゼは話に夢中になって気づかなかったが、ネロだけは見逃さなかった。
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