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しおりを挟むペリューシアたちは食堂のテーブル席に移動した。入れ替わっている事実だけは口にせず、結婚式から今に至るまでをかいつまんで説明する。ルーシャは、ペリューシアのわずかな情報から、状況を推測していった。
「ここに来る前にね、もしロレッタ様の身体にペリューシアの心が入っているとしたら、古代魔道具の力しか考えられないねってルーシャと話していたんだけど……」
ペリューシアは小さく頷く。
「にわかには信じがたいです。古代魔道具の使用なんて…大罪ですよ!?」
ペリューシアは膝の上で、拳を握る。身内の中から犯罪者が出れば、ラウリーン公爵家の醜聞に繋がる。
元の身体に戻ったとしても、古代魔道具を使用したという事実は、公爵家やペリューシアの心に深い傷を残すだろう。
するとロゼが腕を組みながら、苦言を呈す。
「それにしたって、セドリック様も大概よね。一番傍にいながら、入れ替わりに気づけないなんて。おまけに家を追い出したりしてさ」
「ペリューシアのお気持ちを思うと、胸が痛みます。私たちでさえ、見抜けましたのに……」
もともと、セドリックとの結婚は書類上だけのものだった。ペリューシアの一方的な愛情があるだけ。
彼にとってペリューシアは、立身のための駒のような存在だったのだ。それでも、肩書だけの妻でいられるだけで幸せなはず……だった。
「では、セドリック様にもクッキーを作って差し上げてはいかがです? そうすれば、入れ替わりに気づくかもしれません」
「あっ、それいい考え!」
ロゼは決まりよくぱちんと指を鳴らした。
ルーシャの提案を聞いて、まだ癒えていない心の傷がじくじくと疼く。ペリューシアは困ったような笑みを浮かべながら話した。
「実はね、もう渡したの。でも……道に捨てられているところを見てしまって」
「はぁ!?」
大きな声を上げるロゼに、ルーシャが「しっ!」と人差し指を口の前に立てる。そのクッキーを作るように依頼してきたのはセドリックであると伝えれば、ロゼは疑念を抱いた。
「ねえそれ……ひょっとして、あたしたちみたいに、ペリューシアの正体を確かめようとしてない?」
「………」
「自分から見限っていたくせに、突然『クッキーを作ってくれ』なんて明らかに変よ。ね、ルーシャ?」
ロゼが同意を求めると、ルーシャはうんうんと頷く。
「真意がどうであれ……私はペリューシアを傷つけたことが許せません。正直、ずっと前から思っていたんです。セドリック様は確かに、人当たりも評判も良い方ですが……どこか、胸に一物を抱えていそうというか……」
「今回の件で分かったじゃない。ペリューシアの傍にいながら入れ替わりに全く気づかない、肝心なときに役に立たない体たらくで、人の気持ちを無下にする軽薄な一面があるってこと」
ふたりは今まで、セドリックに対し否定的なことは一切言わなかった。きっとペリューシアがセドリックのことを慕っていたから、配慮してくれたのだろう。
だがここに来て、セドリックの夫としてのふがいなさが露呈し、ロゼとルーシャは口々に不満を零した。
ペリューシアも、表面的な付き合いしかしてこなかったから、セドリックのことはあまりよく分からない。いつも穏やかに微笑んでいて、気遣いができて、でも実は野心家で冷酷だったり……。
セドリックは自分のことをあまり語ろうとしなかったけれど、ペリューシアも踏み込もうとしなかった。
「ふたりとも、わたくしのために怒ってくれてありがとう。でも、いいの。わたくしはセドリック様に見返りを求めていたわけではないから」
「「…………」」
ペリューシアの健気な態度に、ロゼとルーシャは顔を見合わせ、肩を竦めた。そして、ルーシャが寂しげに微笑む。
「……欲を言えば、ペリューシアと結婚する人は、ペリューシアを心の底から愛して、このような危機に貧したとき、真っ先に苦しんでいるあなたに手を差し伸べてくださる方が良かったな……と思います」
「……」
そのとき、ペリューシアの顔がほのかに色づく。
(わたくしったら、どうしてネロのことを思い出したりして……)
入れ替わりを一番最初に見抜き、孤独だったペリューシアの味方になってくれたのはネロだった。もしも彼が結婚相手だったら……という想像が勝手に膨らみ、強引に掻き消す。
仮にも結婚しているのだから、たとえ想像であっても、不義理なことは控えなくては。
一度冷静になろうと、ティーカップの紅茶を飲む。
しばらく話し込んでいたせいですっかりぬるくなっていた。
だが、ペリューシアの一瞬の表情の機微を、ロゼは見逃さなかった。彼女は頬杖を突き、いたずらに口角を持ち上げる。
「何? 思い当たる人でもいた?」
「も、もう、わたくしは既婚者なのよ。そういう話はやめて」
「はは、てことは図星か」
「……ただ、この状況になってからずっと、力を貸してくれている人がいるの」
「例の、古代魔道具の回収をしてる人?」
「ええ」
「なんて名前? どんな人なの?」
これまでの経緯を話すときに、協力者がいるということは伝えている。
「ネロ、と名乗っていたわ」
「ふうん。第三王子殿下と同じ名前なんだね」
「第三王子……」
紅茶を飲んでいたペリューシアの手が、ぴたりと止まる。
ウィルム王国の第三王子、ネロ・リングレスト。彼は生まれつき病弱で、社交界に一度も顔を出したことがない。王宮の喧騒が身体に触るからという理由で、田舎の別荘で療養しているとか。
年齢は確か、ペリューシアのよく知るネロと同じ十六歳だったはず。
ネロは国王の命令で魔道具の回収を行っていると言っていたし、王族と面識があるようだった。それに、王家の内情にも随分と詳しそうで。
そして彼は、赤い瞳という人前に出られない事情を持つ。第三王子が人前に出られない本当の理由がその瞳の色だったのなら、ネロが隠れながら生きていることにも辻褄が合う。
ティーカップをテーブルの上に置き、ごくんと喉を上下させるペリューシア。
(まさか、関係ないわよね……?)
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