【完結】私のことはお構いなく、姉とどうぞお幸せに

曽根原ツタ

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 ネロはほぼ毎日のように王立学園に通い、ペリューシアに会いに来た。

 魔道具不正使用の被害者を観察するためだと言われているものの、彼とのひとときを心のどこかで楽しみにしていた。
 嫌われ悪女のロレッタには友達がおらず、その身体に入ってしまったペリューシアも孤独を強いられていたから。けれど、ただ孤独を埋めるだけではなく、ネロへの友情のようなものがペリューシアに根付きつつあった。

(今日のお弁当……気に入ってくれるかしら)

 ネロが訪れるのは昼休みと決まっており、ふたりはいつも、人気のない旧校舎の開放廊下で昼食を食べる。ネロと昼食を食べ始めて、もうひと月が経っていた。

 彼は成長期真っ只中なので、多めに作ってきている。何かにつけてペリューシアのことをからかってくるネロだが、作ってきた料理だけはいつも『美味しい』と褒めて完食してくれる。

 ペリューシアが軽い足取りで旧校舎に向かい敷地内を歩いていると、目の前にあの男が現れた。

「――お義姉さん。久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「……! セドリック様」

 入れ替わりに気づかず、ペリューシアを家から追い出した相手。前からずっと、恋い焦がれて止まなかった相手だ。
 その顔をひと目見ただけで胸が切なく締め付けられて、鼻の奥がつんと痛くなる。

 彼とはクラスが違うため、あの騒動のあと一度も顔を合わせていなかった。

「……ええ、変わりはないです。そちらは?」
「そう、よかった。元気に過ごしているよ」
「どうしてわたくしに声をかけてくださったのです? わたくしはてっきり、二度と口を利いてくださらないのかと……」

 そう口にしただけでどうしようもなく悲しくなってしまい、瞳にじわりと涙が滲む。セドリックはその様子を見逃さず、意味深な表情で凝視していた。

「今日は君に、ちょっとした頼みがあってね」
「わたくしに頼み……ですか?」
「クッキーを作って欲しいんだ」
「え……」

 思わぬ頼みの内容に、ぱちくりと目を瞬かせる。それこそペリューシアがペリューシアの姿であるときは、よく彼のためにクッキーを焼いていた。それをどうして、姉のロレッタに頼んでくるのだろうか。

「いいかな? 迷惑で、なければだけど」

 眉尻を下げて、遠慮がちに言うセドリック。
 ペリューシアは彼の頼みにはめっぽう弱い。子どもがおねだりをするようなあどけない様子で懇願されれば、拒むことなど到底できない。

「め、迷惑だなんてとんでもありませんわ! もちろんお作りいたします。いつまでがよろしいですか? 何人分?」
「君の都合が良いときで大丈夫だよ。えっと……僕の分だけで」
「分かりましたわ。喜んでいただけるように頑張ってお作りしますね。きっと教室に届けに行きますから……!」
「…………」

 ペリューシアがふわりと満面の笑顔を浮かべてそう告げると、彼から息を飲む気配がした。

「やっぱり、その笑い方は……」
「……?」

 そのあと彼が何か呟いたが、声が小さくて聞き取ることができなかった。すると、セドリックの視線がペリューシアの手元に向く。

「そのバスケットは?」
「お弁当です」
「随分と大きいね」
「お友達の分も作ってきているので」
「そう、楽しんでおいで」

 ペリューシアは柔らかく微笑み、「ありがとうございます。それでは、また」と答えた。セドリックとこうして普通に会話ができていることに、自然と心が踊り、舞い上がってしまう。そして、彼に背を向けた直後――

「――ペリューシア」
「はい?」

 セドリックに名前を呼ばれたペリューシアは、思わず返事をしてくるりと振り返る。

(しまった。今のわたくしはロレッタだったわ……! 爆発……してない……?)

 ぎゅっと瞼を閉じて覚悟するが、予想したような衝撃は身体のどこにもない。手も足も欠けてない。
 返事をしても爆発しなかったということはやはり、自分の口から正体を打ち明けると身体が爆発する、などの効果は入れ替え天秤にないのかもしれない。あるいは、返事をした程度では、爆発には至らないのだろうか。
 
 爆発はしなかったものの、ネロから正体を隠すようにと言いつけられている。

『いいか? ロレッタを警戒させないように、魔道具の回収が完了するまでは正体を黙っておけ』

 ネロの言いつけを思い出したペリューシアは口元を両手で抑え、あわあわと目をさまよわせる。そして、なけなしの平常心を掻き集めて愛想笑いを浮かべた。

「い、嫌ね、セドリック様。その……つい咄嗟に反応してしまいましたが、わたくしはロレッタですわ。お間違いなく。何か言い忘れでも?」
「……いや、なんでもないよ。引き止めて悪かったね」
「そうですか。では、ごきげんよう」

 だらだらと額や頬から汗を流し、そそくさと去っていくペリューシア。そんな彼女の後ろ姿を、セドリックは険しい表情で見送っていた。そして、小さな声で呟く。


「本当に間違えて返事をしたのかい?」
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