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 そしてふたりは黙々とサンドイッチを完食した。時々たわいもない小競り合いをしたりして、ただ一緒に食事をしているだけで心が満たされていた。
 ペリューシアはネロと話していると、不思議と自然体でいられる気がする。セドリックに対しては気を遣ってばかりで素を見せられなかったが、ネロは案外気が合うらしく、傍にいると落ち着く。

 空になった箱を閉じていると、ネロが言った。

「あんたの身体は、俺が必ず取り戻してやる。入れ替え天秤の魔術を無効化さえすれば、何もかも元通りさ」

 これは全ての魔道具に共通していることだが、破壊することで無効化することができる。破壊以外にも、魔術を解く手段が魔道具によってそれぞれあったりなかったりする。

 入れ替え天秤の場合は、両側の皿にふたりの肉体の一部を置くことで魔術が引き起こされる。それを取り除くことが、まず解除のためのひとつの手段だ。そしてもうひとつの方法として、破壊することで入れ替わりが元に戻る。

 結婚式は姉に台無しにされてしまったが、入れ替え天秤の無効化さえすれば、もう一度ペリューシアはセドリックと夫婦になる。

 しかし、セドリックがペリューシアの見た目をしたロレッタのことを愛し、子どもができたことを思い出す。

(愛のない結婚だとしても、セドリック様の妻になれるだけでどんなに幸せか……。それでも、わたくしの一番の望みはセドリック様が幸せであること)

 胸の辺りが鈍く痛むのを感じながら、ペリューシアは言う。

「なんだ、そんなしけた面して。元に戻るのが嬉しくないのか?」
「元通りにしなくては……だめ?」
「はぁ? あんた、ロレッタの身体に入っちまったせいで散々な目に遭ったんだろう? どうしてそんなこと言うんだ」
「だって……この形がセドリック様の幸せなら、わたくしにとってもそれが何よりのことだもの」
「……」

 打ち明けられた健気な恋心に、ネロは呆れたようにため息を零す。

「そりゃ殊勝なことで。だが、あんたが犠牲になったところで、あんたを愛してる旦那サマも喜ばないと思うぜ」
「……そうね」

 そもそもペリューシアとセドリックは書類上だけの夫婦であり、彼に愛されているわけではない。
 セドリックが爵位を手に入れるためだけに、ペリューシアの気持ちを利用しているように聞こえてしまうと辛いので、自分の一方的な片思いなのだという事実は黙っておく。

「随分執心してるみたいだが、そいつのどこが好きなんだ?」

 ネロの問いに、目をぱちぱちと瞬かせる。
 そして、なぜかすぐに答えられない自分に戸惑った。

「よく考えてみたら……分からないわ」
「なんだそりゃ。自分の気持ちのことだろ?」
「出会った瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けて、どうしようもなく恋い焦がれるようになったの。どうして好きになったかと言われると答えられないわ。理屈ではない、というか」
「はは、結局惚気かよ」
「ふふ、まるで……魔術みたいね」
「……!」

 魔術みたい、という発言に、ネロは眉をぴくりと上げた。そして、鋭い眼差しでこちらを見抜く。

「セドリックに出会ったのはいつだ?」
「えっと…… 一年、前」
「そいつに惚れたのもそのときか?」
「一目惚れだったの」
「そのとき、何か違和感はなかったか?」
「……」

 セドリックと運命的な出会いをした当時のことは、鮮明に覚えている。当時の記憶を思い返し、はっとするペリューシア。セドリックに会ったとき、彼に話しかけられるより先にうなじの辺りに冷たいものが触れて振り返ったのだ。

「確か、首筋に冷たいものが触れて……。そう、雨が降り出したのかなと思って空を見上げたの」
「……液体か? 何か――甘い匂いがしたんじゃないか?」
「どうして知っているの? そう、ジャスミンのような匂いがしたわ。そしたらすぐ後ろに、彼が立っていて」
「そうか。そういうことが……」

 ネロは険しい顔を浮かべ、顎に手を添えて思案する。

「どうしたのネロ? 何か気になることでも?」
「少し気になることができた。確証が掴めるまでこれは黙っておく。あんたには……酷な話だから」
「どういうこと……?」
「もう帰る。あんたのサンドイッチ、美味かったぜ。じゃあな」

 彼は難しい顔をしたまま、王立学園を去っていった。彼の後ろ姿を見つめながら、ペリューシアは首を傾げるのだった。
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