17 / 35
17
しおりを挟む(んん、美味しい……!)
王立学園の旧校舎の解放廊下。昼休みにペリューシアはひとりベンチに座り、作ってきたサンドイッチを食べていた。
ペリューシア以外に生徒の姿はなく、嫌われ者にはうってつけの場所だ。視線を移せば、食堂や庭園で生徒たちが仲良さそうに喋ったり、食事を楽しんだりしている。
(少し前までわたくしもあんな風に、誰かとお昼ご飯を食べていたのに)
ああいう和やかな世界には自分の居場所がない気がして、孤独感に苛まれる。
料理好きなペリューシアは、ルーシャやロゼの分のお弁当を作ってくることもあった。ふたりと過ごした楽しい昼休みを思い出し、サンドイッチを味気なく感じたとき――
「ペテュ」
「!」
ペリューシアのことをその愛称で呼ぶのは、ひとりしか思いつかない。
上から声が降ってきて顔を上げると、ベンチの後ろからネロが弁当箱を覗いていた。
「ネロ……!」
突然現れた彼にびっくりして目を開くと、その反応を見た彼はふっと意地悪に笑った。
「こんな場所でぼっち飯か? 寂しい奴だな」
「別にいいじゃない。ひとりの方が気楽でいいわ」
「そんな風に強がるのはいいが、また泣きべそかいたりすんなよ?」
「なっ……!?」
確かに少し、いやかなり、強がってはいたけれども。図星を突かれたペリューシアはかっと顔を赤くする。
ネロはペリューシアの隣にそっと腰掛けて、足を組んだ。
「ネロこそ、ここに何をしに来たの?」
「あんたは今回の魔道具使用の被害者だろ? その観察とあとは――からかうためかな。あんた、いちいち反応が面白いからさ。からかいがいがあるよ」
「もう……年上のことは敬うようにと教育を受けなかったの?」
「はは、あいにく学校には行ってなかったもんでね。だったらせめて、もっと年上らしくしてほしいぜ。――お姉さん?」
くつくつと肩を揺らす彼を見て、すっかりむくれるペリューシア。楽しそうに笑う彼の両頬をつまんで引っ張る。
「相変わらず生意気なんだから……! 年下のくせに!」
「わっ、おいやめろ、離せ」
「減らず口をきかないって約束できるならね」
「……泣き虫」
「ほら、また!」
「事実を述べただけだろ!」
頬を引っ張ると、彼の端正な顔が横に伸びておかしな顔になる。ああでもないこうでもないとくだらない言い合いをしたあと、ペリューシアが作ってきたサンドイッチをやけ食いしていると、ネロが言った。
「ひとり分にしちゃ随分多くないか? 食いしん坊だな」
「一言余計よ。今までお友達の分も作ってきていたから、その癖で……作り過ぎてしまっただけ」
「へぇ、これ全部あんたが作ったのか。器用なもんだな」
野菜に卵、肉、果物など、ひとつひとつ具が違い、かなり手間をかけてある。感心するネロに、ペリューシアは箱を差し出す。
「よかったら一緒にいかが?」
「い、いや俺は……」
「ちょうどお昼だし、ネロもお腹が空いてるでしょう? もし迷惑でなかったら食べて。ああもちろん、毒は入っていないわよ」
ふわりと気の抜けた笑みを向ければ、ネロは一瞬、戸惑ったように目を泳がす。そして、おずおずと野菜のサンドイッチを手に取った。
「……じゃあ、遠慮なく」
「ふふ、どうぞ。美味しい?」
「まだ食ってねーから」
ひと口食べて、「おいしい」と短い感想を述べたあと、彼はそっと目を伏せた。
「こうやって誰かと食べるのは初めてだ」
「初めて?」
「今まで誰も、俺なんかと食事をしたがらなかったから。誰かと食べる食事は、こんなに……美味しいんだな」
「…………」
彼の憂いを帯びた微笑みに、ペリューシアの胸がつきりと痛んだ。
ウィルム国でもそれ以外の国でも、赤い瞳を持つ人は激しい差別の標的となる。ネロがどんな生まれで、どんな人生を歩んできたかは知らないが、決して幸福ばかりではなかったと想像できる。
ペリューシアはたった数日、ひとりで食事をしただけで寂しかったのに、ネロは今までどれほどの孤独を味わってきたのだろうか。
(ずっと……寂しかったわよね)
そう考えると熱いものがこみ上げてきて、ペリューシアの頬を濡らした。
「ペテュ、なんで泣いて……」
「わたくしはほんの数日の孤独でも辛かったわ。ネロはもっと辛かっただろうなって……」
「まさか、俺のために泣いてるのか?」
ペリューシアはぐすぐすと鼻を鳴らす。
「わたくしが泣いたところで、あなたの傷が癒えるわけでもないのにね。ごめんなさいね」
「……あんたって、すぐ泣くし、本当……変な奴だよな。一緒にいると、調子が狂う」
ネロは困ったように眉尻を下げて、目を逸らした。
912
お気に入りに追加
1,236
あなたにおすすめの小説
初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。
豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」
「はあ?」
初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた?
脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ?
なろう様でも公開中です。
真実の愛の言い分
豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」
私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。
あなたには彼女がお似合いです
風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。
妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。
でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。
ずっとあなたが好きでした。
あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。
でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。
公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう?
あなたのために婚約を破棄します。
だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。
たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに――
※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる