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王立学園の旧校舎の解放廊下。昼休みにペリューシアはひとりベンチに座り、作ってきたサンドイッチを食べていた。
ペリューシア以外に生徒の姿はなく、嫌われ者にはうってつけの場所だ。視線を移せば、食堂や庭園で生徒たちが仲良さそうに喋ったり、食事を楽しんだりしている。
(少し前までわたくしもあんな風に、誰かとお昼ご飯を食べていたのに)
ああいう和やかな世界には自分の居場所がない気がして、孤独感に苛まれる。
料理好きなペリューシアは、ルーシャやロゼの分のお弁当を作ってくることもあった。ふたりと過ごした楽しい昼休みを思い出し、サンドイッチを味気なく感じたとき――
「ペテュ」
「!」
ペリューシアのことをその愛称で呼ぶのは、ひとりしか思いつかない。
上から声が降ってきて顔を上げると、ベンチの後ろからネロが弁当箱を覗いていた。
「ネロ……!」
突然現れた彼にびっくりして目を開くと、その反応を見た彼はふっと意地悪に笑った。
「こんな場所でぼっち飯か? 寂しい奴だな」
「別にいいじゃない。ひとりの方が気楽でいいわ」
「そんな風に強がるのはいいが、また泣きべそかいたりすんなよ?」
「なっ……!?」
確かに少し、いやかなり、強がってはいたけれども。図星を突かれたペリューシアはかっと顔を赤くする。
ネロはペリューシアの隣にそっと腰掛けて、足を組んだ。
「ネロこそ、ここに何をしに来たの?」
「あんたは今回の魔道具使用の被害者だろ? その観察とあとは――からかうためかな。あんた、いちいち反応が面白いからさ。からかいがいがあるよ」
「もう……年上のことは敬うようにと教育を受けなかったの?」
「はは、あいにく学校には行ってなかったもんでね。だったらせめて、もっと年上らしくしてほしいぜ。――お姉さん?」
くつくつと肩を揺らす彼を見て、すっかりむくれるペリューシア。楽しそうに笑う彼の両頬をつまんで引っ張る。
「相変わらず生意気なんだから……! 年下のくせに!」
「わっ、おいやめろ、離せ」
「減らず口をきかないって約束できるならね」
「……泣き虫」
「ほら、また!」
「事実を述べただけだろ!」
頬を引っ張ると、彼の端正な顔が横に伸びておかしな顔になる。ああでもないこうでもないとくだらない言い合いをしたあと、ペリューシアが作ってきたサンドイッチをやけ食いしていると、ネロが言った。
「ひとり分にしちゃ随分多くないか? 食いしん坊だな」
「一言余計よ。今までお友達の分も作ってきていたから、その癖で……作り過ぎてしまっただけ」
「へぇ、これ全部あんたが作ったのか。器用なもんだな」
野菜に卵、肉、果物など、ひとつひとつ具が違い、かなり手間をかけてある。感心するネロに、ペリューシアは箱を差し出す。
「よかったら一緒にいかが?」
「い、いや俺は……」
「ちょうどお昼だし、ネロもお腹が空いてるでしょう? もし迷惑でなかったら食べて。ああもちろん、毒は入っていないわよ」
ふわりと気の抜けた笑みを向ければ、ネロは一瞬、戸惑ったように目を泳がす。そして、おずおずと野菜のサンドイッチを手に取った。
「……じゃあ、遠慮なく」
「ふふ、どうぞ。美味しい?」
「まだ食ってねーから」
ひと口食べて、「おいしい」と短い感想を述べたあと、彼はそっと目を伏せた。
「こうやって誰かと食べるのは初めてだ」
「初めて?」
「今まで誰も、俺なんかと食事をしたがらなかったから。誰かと食べる食事は、こんなに……美味しいんだな」
「…………」
彼の憂いを帯びた微笑みに、ペリューシアの胸がつきりと痛んだ。
ウィルム国でもそれ以外の国でも、赤い瞳を持つ人は激しい差別の標的となる。ネロがどんな生まれで、どんな人生を歩んできたかは知らないが、決して幸福ばかりではなかったと想像できる。
ペリューシアはたった数日、ひとりで食事をしただけで寂しかったのに、ネロは今までどれほどの孤独を味わってきたのだろうか。
(ずっと……寂しかったわよね)
そう考えると熱いものがこみ上げてきて、ペリューシアの頬を濡らした。
「ペテュ、なんで泣いて……」
「わたくしはほんの数日の孤独でも辛かったわ。ネロはもっと辛かっただろうなって……」
「まさか、俺のために泣いてるのか?」
ペリューシアはぐすぐすと鼻を鳴らす。
「わたくしが泣いたところで、あなたの傷が癒えるわけでもないのにね。ごめんなさいね」
「……あんたって、すぐ泣くし、本当……変な奴だよな。一緒にいると、調子が狂う」
ネロは困ったように眉尻を下げて、目を逸らした。
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