15 / 35
15
しおりを挟むペリューシアが帰って行ったあと、ネロは居間のソファに腰を沈めていた。手持ち無沙汰で、加工が施された眼鏡をもてあそぶ。
飾り気がなく閑散とした部屋。
子どものころからこのだだっ広い屋敷でひとり生活してきたネロだが、普段よりも部屋が広く感じた。寂しさを感じることには慣れているというのに、ペリューシアがいない部屋で、孤独感に苛まれる。
『綺麗な瞳。――宝石みたい』
初めて会ったとき、彼女から発せられた第一声がそれだった。
瞼を閉じれば、ネロの瞳に見蕩れるペリューシアの顔が思い浮かぶ。そして、ネロの顔はたちまち朱色に染まり、のぼせ上がっていく。
(この瞳を褒められたのは……生まれて初めてだった)
普段は眼鏡をかけて外に出ていたのに、あのときはなぜか眼鏡を忘れて出かけてしまった。ネルン教団が異端とする赤い瞳。昔のように、見つけ次第即刻処刑、というような過激な迫害はなくなったが、道を歩けば蔑視されるので、目の色を偽り、人を避けるように息を潜めて生きてきた。
誰もが醜いと揶揄し、恐れてきた瞳を、ペリューシアは貶すどころか綺麗だと褒めてくれた。彼女の言葉に熱いものが込み上げてきて、唇を引き結んで堪えていなければ、涙が出てしまいそうだった。
彼女の前なら、瞳を隠す必要はないと思い、素顔のままで接している。
ネロは眼鏡をそっとテーブルに置く。
(ペリューシアは結婚式で姉に身体を乗っ取られたと言っていた。結婚するような相手が……いるのか)
彼女が別の男と腕を組み、並んで立っているところを考えただけで、なぜか胸がざわつく。
家族や人々からの迫害に耐えるために心を殺して生きてきたはずなのに、ペリューシアと出会ってからはやけに心が揺らぐ。こんなの、自分らしくない。
婚約者にも入れ替わりを気づいてもらえなかったと悲しむ彼女の泣き顔を思い出したとき、口をついて出た。
「……俺だったらあんな顔、させないのに」
まるで、ペリューシアの婚約者の座を望んでいるかのようなセリフで、ネロははっと我に返る。
(俺は何を考えて……)
愚かなことを口走った唇を手で抑える。
自分とペリューシアでは、あまりに生きている世界が違いすぎる。優しくて崇高で、まっさらなキャンパスのように清らかな彼女に、忌み子である自分は到底ふさわしくない。
彼女に近づきたいと願うのは、身の程知らずでおこがましいことなのだと自分を諌める。何かを望めば、傷つくことになるのは自分自身だ。
空っぽの心に芽生えた感情に蓋をし、そしてペリューシアのことを意識から遠ざけるように、首を横に振った。
テーブルの上には、眼鏡のほかに書面とペンが置いてある。国王に提出する報告書だ。そこに、『入れ替え天秤』が公爵令嬢ペリューシア・ラウリーンに使用されていた旨を詳しく書く。
『追記:恐らくペリューシアには、入れ替え天秤以外にも別の魔道具が使用されている。二重の魔術を感知したため、以後観察していく』
報告書を書き終わったネロは、ことんとペンを置いた。
ペリューシアに初めて会ったとき、彼女から魔力の気配をかすかに感じ、すぐに魔術がかけられているのだと分かった。しかし、彼女は何やら余程の不幸体質らしく、入れ替え天秤より前に――別の魔術をかけられた形跡を感知した。
ネロは国王から預かっていた、紛失した魔道具のリストを眺める。そして足を組み、手を顎に添えながら思案した。
(やっぱり、身体を爆発させるような魔道具はリストにないな。――だとしたら、ペテュにかかってる魔術は一体……なんだ?)
875
お気に入りに追加
1,258
あなたにおすすめの小説
婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜
みおな
恋愛
王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。
「お前との婚約を破棄する!!」
私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。
だって、私は何ひとつ困らない。
困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。
いつだって二番目。こんな自分とさよならします!
椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。
ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。
ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。
嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。
そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!?
小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。
いつも第一王女の姉が優先される日々。
そして、待ち受ける死。
――この運命、私は変えられるの?
※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

純白の牢獄
ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる