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しおりを挟む扉の手前に立つロレッタは、いかにも重そうなボストンバッグを抱えていた。それを見たペリューシアは青ざめて、勢いよく椅子から立ち上がる。
「いけない、重い荷物を持つと腹圧がかかってお腹の子に障るわ! わたくしが代わりに運ぶから」
挑発されたことなど全く意に介さず、妊婦の身体を心配する。
荷物を渡すようにと駆け寄ると、ロレッタはボストンバックをこちらに思いっきり投げつけた。
「きゃっ――」
ずっしりとした重みのバックが身体にぶつかり、顔をしかめる。
「不愉快だから善人ぶるの、やめてくれる? それ、あんたの部屋の荷物。適当にまとめておいたから、さっさと屋敷を出て行ってちょうだい」
「……」
「返事は?」
「今すぐ出なくちゃだめ? これだけでは足りないわよ。もっと他に必要なものを揃えたり、色々とやることが――」
「そんな時間あげる訳ないでしょ」
こちらの要望を最後まで聞かずに、ぴしゃりと跳ね除けるロレッタ。温厚なペリューシアが普段はほとんどしわを作らない眉と眉の間に、深い縦じわを刻み、こちらに迫ってくる。
そして、こちらの顎を指で持ち上げながら、地を這うような声で囁く。
「あんたはね、妊婦に嫌がらせをして追放される立場なの。旅行に出かけるんじゃないだから、のんびり身支度する資格なんてないのよ。目障りだから――早く消えて」
「…………」
ペリューシアはきゅっと唇を引き結ぶ。
「どうして……こんなひどいことをするの? わたくしの身体を返して」
ただ、平和に暮らしていたいだけだった。人並みの幸せを得たいだけだった。それなのになぜ、奪われなくてはならないのだろうか。
ペリューシアはこれまでの人生で、誰かをいじめたこともないし、盗みを働いたことも、その他の犯罪に手を染めたこともない。真面目に生きてきたのに、どうして無実の罪で、家まで追い出されなくてはならないのか。
(こんな仕打ち……あんまりだわ)
ペリューシアは悲しげに眉尻を下げ、切々と訴える。
「一体どうやって身体を乗っ取ったの? わたくしがお姉様に何をしたというの……?」
「乗っ取った方法は秘密よ。ただ、あんたがこの家の後継者で、セドリック様の隣にいるのが気に食わなかっただけ。後継者の座も、セドリック様の寵愛も自分のものにしようだなんて、図々しいにもほどがあるのよ。あたしに懇願したところで、この家にあんたの居場所はないわ。諦めなさい」
「…………」
「いい? 再三言ってるけど、入れ替わりの事実をあんたの口から他人に言おうとすれば、あんたの身体は内側から裂けて、悶え苦しみながら死ぬことになるわ。せいぜい、あたしの幸せを指をくわえて眺めながら惨めに生きていくことね」
勝ち誇ったような笑顔のまま突き放され、失意の念に項垂れる。何を言ったところで、彼女の心には届かないだろう。
床に転がった荷物におずおずと手を伸ばし、ゆっくりと持ち上げる。
交渉したところでどうせ無意味なので、このまま出ていくほかないだろう。
「……なら、最後にひとつだけ、聞いてもいい?」
「何?」
「あなたは本当に……妊娠しているの?」
その問いに、ロレッタの眉がわずかにぴくりと動く。しかしすぐに元の余裕たっぷりの表情に戻し、こちらを煽るように言った。
「あ、当たり前じゃない。あたしたちは愛し合って結婚したのだから。あたしのお腹の中にはその愛の結晶が宿っているのよ」
「そう。……ならどうぞお幸せに」
「そちらもお元気で。お姉様?」
最後にペリューシアは、ロレッタのお腹を一瞥した。心はロレッタとはいえ、ペリューシアの身体が授かった尊い命だ。しかも、愛するセドリックとの子ども。
自分の子であるも同然なのに、自分の手で抱くことができないのだと思うと、切なくて胸のあたりがぎゅっと締め付けられた。
ペリューシアはロレッタと目を合わせず、そのまま部屋を後にし、両親への挨拶に向かうのだった。
しかし、残されたロレッタは余裕の表情を崩し、目をさまよわせながら動揺をあらわにしていた。そして、親指の爪を噛みながら小さく呟く。
「まさかあの子、あたしの嘘に気づいてないわよね……?」
そう、ロレッタが妊娠したというのは――真っ赤な嘘である。
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