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 外出から帰宅後、夕食を終えた私は、メイドのハンナを私室に呼び出した。昨日の私が残した、もう一つの伝言。それは――


『二つ。メイドのハンナさんに協力を仰いでください。情に弱そうな方なので、もしかしたらユハル様が隠している過去を教えてくださるかもしれません。ちなみに彼女は、ユハル様に私の書き置きを回収するよう指示されているようなので、くれぐれも気をつけて』


 手紙の最後は、『健闘を祈ります』という言葉で締め括られていた。

「奥様。私になんのご用でしょうか」
「教えてほしいの。この四年間のことを全て。ユハル様は、私たちが契約結婚だとお言いになるけれど、違うわよね」
「それは……」

 ハンナは苦い顔を浮かべた。私は情に訴える作戦を決行した。

 しおらしげな表情で、彼女の手をそっと握る。

「お願いよハンナさん。ユハル様が私を気遣ってくださっていることは分かってるわ。でも、どんな記憶も、私にとってはかけがえのないものなの。取り上げられたくないの。私……ユハル様ばかりに背負わせて、自分だけ何も知らないままなんて……嫌なのよ……っ」

(あれ……演技のつもりが、涙が出て……)

 彼女を絆すための作戦だったが、つい感情が高ぶって涙が零れた。ハンナも泣きそうな顔で、肩を竦めた。

「そうですよね、そのお気持ち、分かります。……少々お待ちください」

 ハンナは部屋を一旦出て、しばらくしてから二冊の本を胸に抱えて持ってきた。

「これは?」
「ご結婚されてから、一年目と二年目に奥様がつけられていた日記です」
「まぁ、あなたが預かっていたの?」
「いいえ。……その、旦那様の執務室より拝借して参りました」
「それ、ちょっとまずいのでは」
「すぐに戻せば大丈夫でしょう」

 ハンナはなぜか、主人に対してより、私への忠誠心が強い気がする。それに結構腹が座っている人だ。

 日記を開き、さらっと目を通す。日記の中の私はずっと苦しんでいた。何度も泣きながら文章を書いていたようで、濡れた跡がいくつも残っている。『私がこんなことになってしまい、ユハル様に申し訳が立たない』と、夫への謝罪を繰り返していた。

 一年目のころは、ユハルも精神的に参っていたようで、私の前でもしょっちゅう泣いていたようだ。二人とも痛々しくて、読んでいるだけで胸の奥が苦しくなる。二年目のときは私がもっと酷い状態で、自分に対しての怒りが綴られている。

「一年目、二年目のお二人は、見ているだけでも辛くなるようなご様子でした。旦那様が元の奥様への執着を手放しになって、"契約結婚"という体で暮らし始めてからは、だいぶ良くなったのですが……」
「ユハル様は、そんなに苦しいのに、どうして私と離婚したり、一時的に別居する選択をなさらなかったのかしら」
「それは、あなたが一番お分かりでしょう?」
「……」

 ――それは、ユハルが私を深く愛しているからだ。どんな状況になっても手放せないほどに。記憶を失ってもなお、その深さはきっと変わっていない。

 三年目の日記はないが、ハンナ曰く、ユハルと私の精神状態は落ち着いていたらしい。契約上の夫婦とはいえ、それなりに仲良くやってきたようだ。きっと、ユハルの心も、毎日記憶がリセットされる私の心も、長い時間が少しずつ癒してくれたのだろう。

 今は真実を知っても、ショックを受けたり、悲嘆に暮れるというより、少しでも良い方向に進んでいきたいという前向きな気持ちでいる。記憶を取り戻せなくても、ユハルを幸せにしたい……と。

「三年目の偽りの結婚生活も、心の整理の期間として必要だったのかもしれない。けれど、四年目は、毎日幸せに過ごせるようにしたいわ」

 それは、今日みたいに。

 私がこう伝えると、ハンナは嬉しそうに目を細めた。

「はい……!   前向きで、素晴らしいお考えだと思います」

 私はハンナと話し合い、まずは本当のことを知っても私が体調を崩したり病んだりせず、普通に過ごせるかどうか試すことにした。ユハルは心配性なので、上手くいってから報告するつもりだ。  

 朝起きて一番初めに目につくサイドテーブルに、ユハルのメモが固定されている。私はその隣に、ここまでの本当の経緯を書き記したメモを並べた。

 それから、新しい日記帳を用意して、今日の出来事を綴った。今も、手のひらにユハルの肌の感触が残っている。明日の自分は忘れてしまうけれど、精一杯文字にして記録するのだった。

(明日も良い一日になりますように)
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