【完結】小公爵様、死亡フラグが立っています。

曽根原ツタ

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二章

〈48〉小公爵様、好きが溢れて止まりません(2)

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 食事を終えたロベリアとユーリは、ユーリの母の墓参りをした後、アルネスの街が一望できる丘の上に来ていた。
 冬至祭で色彩豊かに飾られた街の向こうに見えるのは、緩やかに波打つ海。

「綺麗……!   今の季節だと、雪が降ったらまた違った景色なのかしら」
「うん。きっと、寒くてかなわないよ」
「でも私は好きだわ」
「……?」
「凍えるくらい寒い冬の日。友だちや家族、大切な人と"寒いね"なんて言い合いながら、かじかんだ手を擦って歩く時間が。ささやかな瞬間に、凄く幸福を感じる」
「そういうささやかなことに幸福を感じられるのは、君の心が豊かな証だ。……でも今なら、その気持ちが分かる気がする。心の在り方で、見える世界はいかようにも変わるんだね」

 ロベリアたちは、大きなトウヒの木の根元に腰を下ろした。ロベリアはそっと、彼の肩に身を寄せた。

「……僕は、家柄にも能力にも恵まれている。けれど、幸福ではなかった。他人にたいして猜疑心が強くて、愛情に飢えていて……孤独だった。けれど、僕の前に君が現れて、世界が一変したんだ」
「……」
「ロベリアがひたむきに生きている姿を見て、固く閉じていた心が開かれた。誰かと想い合うことがこんなに幸せなことだなんて、僕はずっと――知らなかった。ロベリア……君が好きだ。心から愛してる」
「ええ。私もユーリ様を愛しているわ」

 愛してる――なんて口にするのはこそばゆいが、こんなロマンチックな冬至の夜の日くらいはいいだろう。
 彼は、妾の子として公爵家に生まれた。ロベリアは小説を読み、彼が家でどんな仕打ちを受けてきたか知っている。胸を痛めずにはいられないほど、不遇な日々だ。精神的苦痛だけでなく、肉体に暴力を振るわれ傷や痣を作ることもしばしば。彼はよく、耐え忍んできたと思う。

(ユーリ様は強いわ。普通だったら心が折れてしまうような中で育ったのに、優しい心を忘れていない)

「……君は、僕の境遇も知っているんでしょ?」
「……ええ」

 ロベリアは頷く。

「知ってるわ。小説に描かれていたから。それでも、全てを知る訳ではないけれどね」

 髪を鷲掴みにされ、酒瓶を投げつけられ、罵声を浴びせられる。ユーリの心は義母の暴言と暴力に支配され、妾の子である自分が不当な扱いを受けるのは当然なのだと思い込むように刷り込まれた。
 そんなときに出会ったナターシャが、義母の異常性を説き、彼の唯一の心の拠り所となったのだ。当時のユーリには、ナターシャだけが救いだった。

「私はあなたがどんなトラウマや闇を抱えていても、全て受け止めて一緒に抱えたいと思っているわ」
「例えばもし、僕が一人で眠れないとしたら?」
「ふふ。そうしたら毎日子守唄を聴かせてあげる」

 ちなみに、ロベリアは自他ともに認める音痴だ。違う意味で不眠になること間違いなしである。

「……ありがとう。君は優しい人だ」
「あなたもね」
「……ロベリア。少し、目を閉じていてくれないかな?」
「……?   分かったわ」

 ロベリアは彼に言われた通り、そっと目を閉じた。彼の手がロベリアの左手を取る。薬指に冷たい金属の感触がした。

「――いいよ、開けて」
「……――!」

 左手の薬指に、きらきらと繊細な輝きを放つダイヤが嵌め込まれた指輪が付けられている。ロベリアは手をかざし、角度を変えながら指輪を眺めた。

「ロベリア」

 艶のある呼びかけに隣を振り向くと、ユーリはいつになく真剣な眼差しでこちらを見つめていた。

「君以上に素敵な人は他にいない。……君がよければ、僕の奥さんになってくれないかな?」
「…………」

 ロベリアは瞳を潤ませながら、彼に抱きついた。

「はい、もちろん。……私でよかったら、ユーリ様の奥さんに……してください」

 彼の腕もロベリアの背に回され、二人はしばらく抱き合っていた。名残惜しげに寄せていた身体を離し、今度はどちらからともなく唇を重ねた。何度も何度も、角度を変えながら口付けする。長い口付けの後で、ロベリアが尋ねた。

「でも……お父様とお母様は?   私との結婚に納得していただけたの?」
「父は放任主義だからすぐに。権力欲のない人で、今まで政略結婚を強られなかったのは幸いだった。……義母は長らく面会謝絶だったんだ。だから、彼女が住む離れに通ったよ。毎日ね」
「それで、お母様は……?」
「一言、勝手にしろ……って。だから僕は勝手にさせてもらうことにした」
「そう……」

 ユーリだって、義母に会うのは嫌だったはずだ。もしかしたら、凄く恐怖していたかもしれない。それでも、ロベリアのために行動してくれたことが嬉しかった。

「ありがとう、ユーリ様。私、あなたのことをきっと幸せにするわ」

 ユーリは、ロベリアの宣言に困ったように笑った。

「そういうのは僕のセリフでしょ?   でも、嬉しいよ。いつも幸せをもらってる。僕も君のことを大切にすると約束しよう」

 ロベリアはユーリと互いに目を細め合い、再び唇を重ねた――。
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