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二章

〈47〉小公爵様、好きが溢れて止まりません(1)

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 ナターシャとアリーシャの誕生日が過ぎ、王立学園は冬季休暇を迎えた。
 吐く息は白く、木枯らしに冬を感じる今日。ロベリアはユーリと共にアルネスの冬至祭に来ていた。街は赤や白、緑に装飾され、屋台がずらりと並んでいる。肉を焼く香ばしい匂いが鼻を掠める。道の脇の街路樹も、丸や星型のオーナメント、リボンで飾られている。

「――これがアルネスの冬至祭……。素敵だわ」

 冬至は、一年の中で最も夜が長い。このドウェイン王国は、太陽が再び力を取り戻していくこの日以降を新年としている。新年の健やかな日々と豊穣を願い、各地で祭りが開かれる。

 ロベリアは王都から離れたアヴリーヌ公爵領の祭りには何度も行ったことがあるが、アルネスの祭りもまた違った賑やかがあった。

「きゃ――」

 よそ見をして歩いていたら、歩行者にぶつかってよろめいた。

「ロベリア、危ない」
「……!   ありがとう……ございます」

 ユーリはよろめいたロベリアを抱き寄せて支えた。彼は自分の手をこちらに差し出して言う。

「ほら、手。はぐれるといけないから」
「は、はい」

 こくんと小さく頷き、彼の手に自分の右手を重ねる。

「君の手は冷たいな」
「末端冷え性なの。……ユーリ様の手はとても温かいわね。手が温かい人は心が冷たいそうですよ」
「ふうん。じゃあ僕は冷たいから、この手を離して人混みの中に君を置いていこうか」
「う、嘘嘘!   ああ、ユーリ様はなんて慈悲深くてお優しい方でしょう。まるで寒い冬の陽だまりのような温かいお心!」
「よろしい」

 ロベリアははぐれないように、彼の横に寄った。ユーリの手は、大きくて柔らかい。男性らしく節があるが、しなやかで美しい指をしている。まるで、指先まで精巧な彫刻のようだ。ロベリアはおもむろに、彼の指に自分の指を絡ませて繋ぎ直した。

「……何?   やけに積極的だね」
「私がかつて生きていた国では、恋人同士はこうやって指を絡ませて手を繋ぐの。いわゆる恋人繋ぎってやつね」
「へぇ。……経験があるのかい?」
「人並みに」
「…………」

 人並みとは言ったものの、十八で病床に伏すより前の、刹那的な青春時代の記憶だ。ロベリアは前世でも、恋愛経験が特別豊富という訳ではなかった。
 しかし。ユーリは立ち止まって、こちらを見下ろしながら怪訝そうに眉を寄せた。

「気に入らないな。その相手は何処の馬の骨だ?」
「ふふ。むかーしのことじゃない」
「その上でいい気がしないんだ」
「何拗ねてるの。自分から聞いたくせに」
「うるさいよ」

 ユーリはふいと顔を背けて再び歩き出した。拗ねているくせに、手はしっかりと繋いだままだ。以前ナターシャも言っていたが、ユーリは結構やきもち焼きである。

 屋台が並ぶ通りを歩き、ユーリがある店の前で立ち止まる。"果実飴"と看板に書かれている。苺やぶどう、パインなどの果物が串に刺さっており、その上に透明な飴がコーティングされている。

「買いますか?」
「お祭りといったら果実飴でしょ?   君も食べる?」
「私はあっちの肥えた猪肉を貪りたいと思うわ」
「随分野性的な言い方をするね」

 二人で購入した五本の果実飴は、全てユーリの胃の中に収まった。フルーツに掛かっている飴がかなり甘く、ロベリアは一口でもう充分で、一本さえ完食できなかった。

「今から食事なのに、そんなに食べて大丈夫なの?」
「甘い物は別腹って言うだろ?」
「そのうち歯を傷めますよ。せっかくの美貌が台無しね」
「歯が傷んだ僕の美貌は損なわれたりしないよ」
「虫歯で歯がボロボロの小公爵様は、流石に百年の恋も冷めるわ」
「……」

 ああだこうだと楽しく言い合いながら、二人は前回と同じレストランに入った。今回も領主の長子であるユーリには高待遇で、忙しい祭りの日にも関わらず、店の奥から立派な人たちが挨拶に来た。

 広々とした個室に案内されて席に着く。

 さっぱりとしたレモンソースがかかった白身魚のポワレ。玉ねぎ、セロリ、にんじんなどがゆっくり蒸し煮されたスープ。そして、メインディッシュは牛のステーキだった。

(わ……柔らかい)

 臭みはなく、一口口に運べばほろほろと溶けていく。デザートには、カスタードクリームと苺が段になったミルフィーユが運ばれてきた。大きめの皿にベリーのドライフレークと、赤いソースで装飾が施され、見た目も華やかな一品だ。ユーリは丁寧な手つきでフォークを入れている。ロベリアはその姿を観察しながら言った。

「あなたって、甘い物が本当にお好きよね」
「うん。僕の体の七割が糖分でできているといっても過言じゃない」
「そこは過言でありなさいよ。体に良くないわ。少し控えた方が健康のためよ」
「なら、いつかは君が管理してよ。僕の健康のために」

 ユーリは小首を傾げ、悪戯に口角を上げた。

(それって、"俺のために毎日味噌汁を作って"的なノリ?)

 彼の真意が分からず、じっと顔を見つめるが、彼の作られた笑顔からはなんの感情も読み取れなかった。まだまだユーリの方が何枚も上手だ。ロベリアは視線を下に落とし、キャラメリゼされたパイ生地にそっとフォークを刺した。
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