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二章

〈44〉可憐な双子の誕生会(1)

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 秋が過ぎ、落ち葉が舞う頃。日毎に寒さが増して、冷たい風が吹くようになった。
 アリーシャが都市で暮らすようになって初めての誕生日を迎えた。エヴァンズ夫妻は、娘二人の誕生日を盛大に祝うパーティを開催した。

 しかし。アリーシャは、朝から憂鬱だった。

「ナターシャちゃんにアリーシャちゃん。本当によく似合ってるわ……!   愛らしい私の子どもたち……!」

 感激して目に涙を浮かべる母を、アリーシャは冷めた目で見ていた。

 アリーシャは、ナターシャと揃いのドレスを着せられている。フリルとレースがふんだんにあしらわれた華やかなドレスだ。胸や肩、そこかしこに色とりどりのリボンが飾られている。……少し、どころかかなり子どもっぽいデザイン。ぐるぐるとリボンを巻かれたテディベアかプレゼントボックスのような気分だ。

「すごく気に入ったよ、お母様……!   私もアリーシャちゃんとお揃いが着れて凄く嬉しい……!」
(もし本心でそう思っているなら、正気とは思えません)

 母のセンスはかなり前衛的だ。ナターシャとて、このドレスに思うところはあるだろう。しかし、母を落胆させまいと気遣い、さも本心で気に入ってように振る舞うところは、どこまでもお人好しだ。アリーシャは正直、異議申し立てたい。この姿で人前に出るなんて、以ての外だ。もちろん、小心者の彼女は何も言えないのだが。

 ナターシャは愛嬌があるので、年齢に不相応なドレスさえも着こなしているが、鉄面皮のアリーシャでは、尚のこと不格好でひょうきんな人に見える。

 アリーシャが仏頂面を浮かべていると、母が不安そうに顔を覗き込んだ。

「あら……?   アリーシャちゃん、もしかしてこのドレス、気に入らなかった?」
「……そういう訳ではありません。素敵……です」
「そう……ならいいわ」

 世辞や建前を駆使して百点満点の反応を取ったナターシャ。しかし、アリーシャは不器用だった。愛情の受け取り方も、あまり気に入らない贈り物にどう答えるべきかも、これまで希薄な人間関係の中で生きてきた彼女には分からなかった。

 すると、重くなった空気を察したナターシャが言った。

「私、お母様が考えてくれたこのドレス、ずっと宝物にするね」
「まぁまぁ。ナターシャちゃんたらすぐ調子のよいことを言うんだから」
「だってお母様の気持ちが嬉しいんだもの」

 恥じらいさえせず、笑みを浮かべて母に抱きついたナターシャ。アリーシャの心に醜い劣等感が広がる。別に、この二人が悪いという訳ではない。ただ、親子として健全に愛情と絆を育んできた彼らが、羨ましいのだ。

 大きな姿見があるこの部屋には、今朝に届いた贈り物が山積みになっている。中でも、王家の紋章が刻印された箱が大量にあり、マティアスからの贈り物だと分かった。一方、アリーシャには知人が少ないため、ほとんど届かなかった。

(なんて私は心の狭い人間なんでしょう。お母様のプレゼントを素直に喜んで差し上げることもできなくて、お姉様を妬んだりして……)

 自分のことを責め始めたとき、頭にロベリアのことが思い浮かんだ。ピクニックに二人で出掛けたとき、彼女が話してくれた一言一言が思い出され、固くなった心が解されていく。「自分を責めないで」と言ってくれた彼女に励まされ、こんな自分の悪いところも、許容できる気がした。

(悪い感情を手放して、心地のよいことを考えてみましょう。……そうだ。今日はタイス様やポリーナ様たちもいらっしゃる。きっととても賑やかになるでしょう。……楽しみです)

 すると、ナターシャがこちらを覗き見て言った。

「あれ、アリーシャちゃんどうしたの?」
「え……何がですか」
「だって、笑ってる……」
「……っ!」

 ナターシャの指摘に、唇に手を当てる。ほんの微かに口角が上がっていることに気付き、アリーシャは自分でも驚いた。表情の機微に乏しいアリーシャが笑顔になる瞬間は、滅多になかったのだ。――ロベリアに出会う前までは。
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