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一章
〈27〉モブのはずが、小公爵様とデートに来ています(2)
しおりを挟む孤児院の敷地にユーリが足を踏み入れると、彼の姿を見つけた子どもたちが一斉に集まってきて、彼を取り囲んだ。
「ユーリ様だー! ユーリ様が来たぞ!」
「今日は女連れだぜ!」
「ユーリ様わたしと遊ぼうよー!」
小さな子どもたちの活発さに圧倒されていると、ユーリは子どもたちに優しく微笑みかけた。いつもの胡散臭い笑顔ではなく、本心で子どもたちを慈しむような、そんな表情だ。
「ちょっとみんな、はしゃぎすぎだよ。院長先生を呼んできてくれないかな?」
「分かったー!」
子どもたちは元気よく頷き、施設の方へ駆け出した。
「ローズブレイド家は慈善事業にも熱心でね。公爵の代理で僕が顔を出すことがあるんだ。ここは有志団体の寄付金で運営している孤児院」
「……あの子たちみんな、身寄りのない子どもたちなのね」
「うん。世の中には色んな事情を抱えた人たちがいるということだね」
まもなく院長と他の職員たちがユーリの元へ来て、折り目正しく挨拶した。施設の中にどうぞと促されたが、ユーリはそれを断り、先程買った杏と野菜を預けた。
「ねー、ユーリ様。その人ユーリ様の――女?」
院長の腰にくっついている少年が、悪戯に口角を上げて小指を立てた。
「はは、そうなのかな? ロベリア」
「そうなのかな? じゃないでしょう。知人よ」
「友人ですらないのか」
ユーリは苦笑する。ロベリアの答えに、少年はつまらなそうに口を曲げた。
「ちぇっ、つまんねーの。ま、そうだよな。このねーちゃん、色気ねーし」
「がに股だし!」
「なっ……!?」
(なんて生意気なのかしら! 失礼しちゃうわ。……というか、最近の子どもって、こんなにませてるの……?)
子どもにまで馬鹿にされ、頬をひきつらせる。しかし、子ども相手にムキになるのは大人気ないと黙していると、小公爵の連れの女性への侮辱に、院長が顔を真っ青にして謝罪した。
ロベリアたちは長居はせず、早々に孤児院を離れた。近くの花屋で花束を購入し、ユーリの母の墓へ向かう。
町外れの丘の麓。大きなトウヒの木の下に彼女の墓はひっそりと佇んでいた。
"ソフィア・ルッツ"。石にはそう刻まれている。ソフィアは、ローズブレイド家の正妻ではなく、あくまで妾だった。勿論、ローズブレイド公爵家に籍は入れていない。ユーリは花束を添えて、長いこと手を合わせていた。ロベリアも彼に並んで手を合わせる。
(ソフィアさん。きっと、ユーリ様のことは守ってみせます。私がきっと……。どうか、天から彼のことを見守って差し上げてください)
ロベリアが祈り終えると、ユーリが言った。
「……さぁ、行こうか」
ユーリに並んで、丘陵地を登っていく。ゆるやかな丘を登った先、ユーリがくるりと背を向けて、麓の方を指さした。ロベリアも振り返る。
「わぁ……綺麗」
ロベリアはその光景に感嘆の息を漏らした。
視界に広がるモダンチックなアルネスの街並み。その向こうに海が広がっている。水面がさざ波を打ち、ガラス片のように陽の光を反射してきらきらと輝いている。港には黒い貿易船がいくつも停まっており、空には白い鳥が飛んでいる。
「この景色を、君に見せたかったんだ。僕が物心ついた頃、母が連れてきてくれたのを、今でも鮮明に覚えている。……寒い冬の日だった。アルネスでは冬至祭が行われていて、母は屋台で買ったホットワインを飲んで、僕は果実飴を買ってもらったんだ」
「そう……。素敵な思い出の場所なのね。冬至祭は今も続いているの?」
「うん。街全体は彩られて、色んな屋台が並ぶ。後は……トウヒの木に飾り付けしたりね」
ユーリは芝生の上に腰を下ろした。懐から大きめのハンカチを取り出して、さっと芝生の上に敷く。それはロベリアの服が土で汚れないための配慮だった。彼に促され、遠慮がちにその上に座った。
「私も冬至祭……行ってみたいわ。どんな風に街が彩られるのか、この目で見てみたい」
「ふふ、いつかきっと一緒に来よう」
ロベリアは気恥しそうに頷く。
「ええ。楽しみにしています」
遠い未来に思いを馳せる。この約束を果たす日が来るのかどうか……。ユーリは小説では、あとたった半年で亡き人になる。ロベリアが一人、胸が締め付けられる思いでいると、ユーリがおもむろに言った。
「僕、ロベリアのことが好きだ」
「…………!」
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