【完結】小公爵様、死亡フラグが立っています。

曽根原ツタ

文字の大きさ
上 下
26 / 51
一章

〈26〉モブのはずが、小公爵様とデートに来ています(1)

しおりを挟む
 
 潮の香りが鼻腔をくすぐる。
 ぱっかぱっかと馬の蹄が石畳に音を立てる。

 約束の日、ロベリアはユーリと共に港町アルネスに来ていた。大勢の人が街道を行き交い、活気に満ちている。この国は海に面しており、他国との貿易が盛んだ。国の玄関口といわれるアルネス。泊地には大きな貿易船が停船しており、市場には異国から集められた珍しい品物が揃っている。そしてアルネスは、ローズブレイド公爵家の領土の一つである。

「凄く素敵な街ね。潮の匂いがして、気持ちがいいわ」
「はしゃぐのはいいけど、はぐれないようにね」
「子どもじゃないんだから」

 ロベリアは軽い足取りで石畳の道を歩いた。かつかつと靴音が跳ねる。道の脇は、見渡す限り店が軒を連ねていて、露店から美味しそうな食べ物の匂いが漂ってくる。

 ロベリアの軽やかな動きに合わせて、スカートの裾がひるがえった。今日は動きやすいワンピースを着てきた。クラシックな雰囲気の若草色の生地に、白いフリルを胸元に当てたヨーク切替が上品さを演出している。曲線が身体のラインを美しく魅せており、袖口の白のレースもまた繊細さを際立たせる。

「今日の服、とてもよく似合ってるね。……綺麗だ」
「それはどうもありがとう。……ユーリ様は、相変わらずどこに行っても人気者ね」
「はは、知ってる」

 多様な人々の往来の中で、ユーリは一際存在感を放っていた。女性たちはユーリを見ながらひそひそと内緒話をし、すれ違いざまに振り返る人までいる。

(まるで少女漫画の世界ね。……いや、似たようなものだったわ)

 ずらりと立ち並ぶ飲食店街で、ユーリに連れられたのは特に上等な高級レストランだった。

 店員にテラス席を案内され、腰を下ろす。ユーリが入店すると、店の奥から見るからに偉い風貌の人たちがわんさかやってきて、恭しく挨拶した。さすがは、領主ローズブレイド公の子息である。

 運ばれてきたのは、夏によく合う爽やかなフルコースメニュー。港町ということで、海の幸が贅沢に使われている。

 色調豊かなオードブルから始まり、グランデーが効いたソースとレモンの酸味が癖になるサーモンに海老とアボカドの料理に、ひんやりとしたスープ。それから、牛のワイン煮込みは口の中でとろけるほど柔らかかった。

「ふふ、君は本当に美味しそうに食べるんだね」
「ここのお料理、本当に美味しいんだもの……!」
「よかった。気に入ってくれたならまた一緒に来よう。違う季節に来ると、そのときの旬のものが食べられるから」
「ええ、ぜひ」

 デザートに運ばれてきたのは、夏が旬のイチヂクを使った赤ワインのマリアージュタルト。ご機嫌で頬張っているロベリアは、ユーリの次の誘いに、深く考えずに承諾した。

「……あの、ロベリア。アルネスには、母の墓があるんだ。……寄ってもいいかな?」
「…………」

 ロベリアはフォークを動かす手をぴたりと止めた。

 彼の母親が逝去していることは、小説を読んで知っているが、彼自身の口から語られるのは初めてだ。勿論、こちらも知らなかったという体で話を聞く。

「そう……。私も挨拶させていただきたいわ」
「あえて話すことでもないと思って言わなかったんだけど、母は僕が幼い頃に病死したんだ。アルネスは……母の故郷でね」
「お母様はどんな方だったの?」
「とても綺麗で、優しい人だったよ。よく可愛がってもらってた。……君のご両親はどんな人たちなんだい?」
「穏やかで、目立つことを好まない人たちね。でも、領民のことをとても想っていて、信頼も厚いわ。……ふっ。面白い話があるんだけどね、先代が当主だったころ……父が幼かったとき、雨漏りする家に住んでいたの。公爵家の当主ともあろう人がよ?」

 ロベリアは、父から聞いた話を思い出しながら語り始めた。

「そのころ、領地では不作が続いて、民たちは生活苦に陥っていた。だから、先代は屋敷の改築をするのは、血税の無駄遣いだと言ってやらせなかったの。家族もみんな、庶民と同じ粗末な食事をして暮らしていたそうよ。……父はそんな先代の影響を受けてか、決して贅沢はしないし、私もそんな父や先代当主――お爺様を尊敬してる」
「へぇ。君のお父上は素晴らしい領主なんだね。君のお人好しは、お父上に似たんだろうな」
「私、お人好しってこともないと思うのだけれど。結構自分勝手に生きいるし」
「はは、確かに自由奔放ではあるね。でも、良い話を聞かせてくれてありがとう」

 食事を済ませた二人は、再び商店街を散策した。しばらく歩いていると、小さな女の子がロベリアたちの元へ駆け寄ってきた。

「お兄さんお姉さんっ!   おひとついかが?」

 七歳ほどの彼女が掲げた大きな籠の中に、杏がいっぱいに入っている。

「お使いかな?   小さいのに偉いね」

 ユーリが愛想よく少女に微笑みかけると、少女は照れくさそうにはにかんだ。

「うん!   採れたての美味しい杏、いかがですか?」
「じゃあそれ、全部いただこうかな」
「え……全部!?」

 戸惑う彼女から籠ごと杏を買い取り、定価より余計に代金を渡す。少女はほくほくしながらスキップで帰っていった。帰り際、何度も振り返って手を振る様子はなんともいじらしい。

 続いて、屋台で野菜をたたき売りしている婦人にユーリが呼び止められる。

「あんた本当にいい男だねぇ。うちの旦那の若い頃にそっくり!   新鮮なのが揃ってるから買ってっとくれ!   オマケするよ」
「はは、ありがとうございます」

 押しに押されたユーリは、二つの紙袋いっぱいに野菜を買った(買わされた)。
 少女から買い取った杏の籠と、婦人に売りつけられた野菜で両手が塞がったユーリに言う。

「その量……店でも開くおつもり?   ほら、籠の方を貸してちょうだい。私が持つわ」
「ありがとう、助かるよ。……母の墓に行く前に、もう一箇所寄ってもいいかな?」
「ええ。構わないわ」

 そうして辿り着いた先は、レンガ造りのこじんまりとした施設だった。敷地にはいくつかの遊具があり、子どもが走り回って遊んでいる。

(……ここは――孤児院?)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...