【完結】小公爵様、死亡フラグが立っています。

曽根原ツタ

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一章

〈11〉私は決して怪しい者ではございません(5)

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 ナターシャの無事と事の仔細を報告すべく、生徒会室へ戻る。すると、大きな扉にもたれかかりながらユーリが待っていた。

「ほら、あなたの大事な大事なナターシャはちゃーんとお連れしたわよ」
「ご苦労さま」

 ユーリは扉を開き、ナターシャとロベリアを中へと促した。ナターシャが生徒会室へ入るやいなや、王太子の熱い抱擁が彼女を待ち受けていた。

「マティアス様……っ」
「――ナターシャ」

(……!?!?)

 ロベリアは、突如目の前で繰り広げられる劇的なラブシーンに唖然とした。マティアスは人目もはばからず、ナターシャの頬を確かめるように撫でている。
 生徒会室の他の役員らは、二人の様子に全く見向きもしない。ユーリは、やれやれといった風に首を横に振っている。――恐らく、これは珍しい光景ではないのだろう。

(えー……。これじゃ、目をつけられても文句言えないじゃない。……このバカップル)

 ロベリアは呆れ混じりの半眼を向けた。

「すまないが、俺は彼女を停車場まで送ってくる」
「はいはい、お好きにどうぞ」
「ああ」

 ユーリは寄り添い合う二人を手で追い払った。

 窓の外に視線をやると、日が沈みはじめており、生徒会の生徒たちも帰りの支度を整えていた。ユーリは、ソファの背もたれにかけていた制服の上着を手に取ってこちらに言った。

「君。ちょっと僕に付き合って」


 ◇◇◇


 ユーリに連れられて、ロベリアは校舎の屋上へと来た。春の終わりの夜は、まだ肌寒い。
 彼と並んでレンガ造りの床に腰を下ろすと、彼はロベリアの背に自分の上着を掛けた。

(……こういうところは、さり気ないのね)

 ユーリは、屋上からの景色を眺めながらおもむろに話し出した。

「君は、大人しそうに見えて結構度胸があるんだね。……不覚にも、ちょっと格好いいと思ったよ。……ありがとう、ナターシャを助けてやってくれて」
「ふふ、どういたしまして。あなたって、あの子の母親みたいね」

 ユーリの柔らかな黒髪が、夜の風に吹かれてなびいている。ロベリアかぼんやりとその怜悧な横顔を見ていると、彼が続けた。

「……君の目には、僕が困っているように見えたのかい?」
「…………」

 それはきっと、ロベリアが無茶な取引を持ちかけて、ナターシャへの執着を手放した方がいいとほのめかした件についてだろう。あのときロベリアは、『困っている人は助けるのが信条』だと彼に語った。

「困っている……というより、ユーリ様の生き方は、とても窮屈に見えるわ」

 ユーリがナターシャにこだわっているのは、彼の不幸な境遇が背景にある。彼は、ローズブレイド公爵家の正妻の子ではなく、公爵と妾の間で出来た婚外子だった。ユーリの実母は幼い頃に亡くなり、屋敷では正妻と父と共に暮らしていた。

 父親との関係は希薄、義母からは妾の子として虐げられていた。ユーリは幼い頃から愛情に飢え、孤独を抱いて育った。――そんなとき、唯一ユーリに手放しで優しさを向けたのが――ナターシャだったのだ。

 ユーリは、自分に愛情を持ってくれるのは、ナターシャだけだと思い込んでいる。幼少から精神の奥深いところに刷り込まれた意識というのは、そう簡単に覆るものではない。

「窮屈……か。確かにそうかもしれない」

 ユーリが、自分の深い愛情をひた隠しにし、幼馴染としてナターシャの傍らにい続けた日々の苦悩や葛藤。ロベリアは小説を読み、彼の心理をよく知っている。

「ユーリ様は、疑い深くて、人を信頼することを恐れていらっしゃるでしょう。……けれどね、周りを見渡せば、優しい人は案外沢山いるものだと思うわ」

 ユーリはこちらを振り向いた。

「君は不思議だ……。心の全てを見透かされているような、そんな感覚がする。僕は他人に踏み込まれることが何より嫌いなのに、なぜか君のことは嫌じゃない。……どうしてかな」
「…………」
「僕も他人の感情の機微に敏感な方なんだ。君は……悪い人ではないような気がする。君のことは、少し信じてみてもいいかなって思ったんだ」
「それは……光栄ですわ」

 ロベリアはやけに気恥しさを覚え、そっと目を逸らした。すると、その様子を見た彼が小さく微笑む。その表情は、いつも彼が顔に貼り付けている嘘くさい笑顔ではなく、ちゃんと感情が伴っていて――人間らしい笑顔だった。

「僕のナターシャへの気持ちは、独りよがりなものだ。僕自身が一番よく分かっている。……でも、理屈ではどうにもならないのが感情だ」
「大丈夫。ユーリ様ならきっと、良い方へ進んでいけるわ」  

 ユーリの人間不信は深刻だった。家庭環境が特に大きく影響しているが、とにかくナターシャ以外の人間を極端に拒んで寄せ付けない。ユーリを気遣う友人も過去にはいたが、裏切りを恐れて彼らのことを自分から突き放してきた。人を試すような態度も、軽薄な言動も、多くが人への不信感から来ている。

(一筋縄ではいかないかもしれない。……でも、人間はいくらでも変われるものだわ)

 空を見上げると、暗闇の中に満天の星が広がっている。空気が澄んでいて、星々が近くに感じられる。ロベリアは、春の終わりの夜空に思いを馳せた。
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